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理不尽な要求.21

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 夏希は何度も深呼吸をして心を落ち着けると彼の家を後にした。

 光子に買い物を頼まれていたことを思い出し、スーパーに寄って頼まれていた牡蠣を買って家に帰った。

 こんな時は仕事だったらよかったのに、運悪く月に一度の連休で、次の日も休みだった。

 家にいたら余計なことばかり考えそうだと、ジムにでも行こうかと準備をしていると、携帯が鳴った。

 加奈子からだ。

「もしもし、おはよ。どした?」

「おはよ~。夏希って今日休みだったよね。」

 この間あった時次の休みは連休なんだと言ったとは思うが、しっかり覚えていたとは、さすが情報通の記憶力は侮れない。

「う、うん。休みだよ。」

「ねえ、何か予定ある~?」

「あるって言えばあるけど…、何よ、ハッキリいいなさいよ。」

「え~、どうしよ~、あのね~、いや~、やっぱはずかし~。」

 一人で勝手に盛り上がっている加奈子に、ただでさえ憂鬱な気分の夏希はキレる寸前だ。

「もう、言わないんだったら、私これからジムに出掛けるから。」

「わわっ、ま、待って。言う、言うから。」

 加奈子は観念したように打ち明け始めた。

「あのね、実はね、前からさ、克己さんにどっか連れてってくださいよ~って、冗談っぽく言ってたんだけど、何と昨日の夜お店に行った時、誘われちゃったの、ドライブ~!!」

 電話からも十分伝わって来る幸せオーラに夏希は押し潰されそうになる。

「で、私に何かご用ですか?」

「ちょっと、親友がやっとデートに誘われたっていうのに、何か冷たくない?やったね、おめでとうとか言えないわけ?」

 確かに加奈子の言うとおりだ。

 夏希は雅史とのことで勝手に落ち込んでいるだけで、加奈子に罪はないのだから。

「ご、ごめん。とりあえず、おめでとう。」

「なんだか、祝われてる気がしないけど、まあいいや。でさ、今日暇だったら、洋服見立てて欲しいんだ。夏希の見立てだったら、間違いないでしょ。」

 まあ、そりゃあ仮にも服屋の店長ですから、得意じゃないわけがないけれど、気分が乗らなさずぎる。

 しかし、普段何かと気にかけてくれる親友の頼みだ。

 それも長年思い続けた克己さんとの初デートとなれば、気合が入るのも当然だろう。

「わかったよ。じゃあ、十時に迎えにいくからね。」

「わーい、夏希さま~。よろしくお願いしまーす。」

 加奈子は満面の笑みで答えた。

 ジムに行く予定だったのでもう一度着替え、加奈子の家に向かった。

「こんにちはー。」

 加奈子の自宅兼喫茶店「かりん」のドアを開ける。

「あら、夏希ちゃん久しぶり。相変わらず綺麗ねー。」

 加奈子の母美和子だ。ふっくらした体形は母譲りらしく、加奈子は年々美和子に近づいて行っている気がする。

「ご無沙汰してます。」

「相変わらず忙しいんだって?まあ、商売繁盛ってことなんだけど、お年頃の女の子があんまり忙しいのも考えものよ。」

「そうですね。」

 どうも娘と同じ年頃の女の子を見ると他人事では無いらしく、ついお説教が始まるようだ。

「あの、加奈子ちゃんは?」

「加奈子~、夏希ちゃんがいらっしゃたわよ~。」

「ほんとにあの子は夏希ちゃんみたいにスタイルもよくないし、顔も凡人レベルでしょ、お嫁に行けるか心配だわ。」

「加奈子ちゃんの売りは器量よしなところでしょ。見た目で決める男なんてろくなのいないですよ。」

「お、モテる女の発言は説得力がある!」

 美和子に乗せられると余計な事を言ってしまいそうになるので困る。

「ごめ~ん、お待たせ~。」

 ようやく加奈子がやってきて、美和子から解放された。

「お店どこにする?」

「今日お休みだから、夏希のお店はやだよね?」

「う~ん。まあ、微妙だけど。いいよ。」

 正直、夏希がお休みの日はスタッフも自由にやっているだろう。

 そこに急に休みのはずの店長が顔を出すのは嫌がられるのではないかと想像してしまう。
 
 夏希は出かける前にあみちゃんに簡単に事情を説明したメッセージを送っておいた。

 すぐに「お待ちしてます。」と返事が返ってきた。


 お店に着くと、さっそくあみちゃんがやってきて、嬉しそうに出迎えてくれた。

「夏希の親友の加奈子で~す。」

 加奈子のテンションは上がりっぱなしだが、今は仕方がない。

 デートが終わるまで、いや終わってもしばらくはこの調子のままだろう。

「じゃあ、適当に見てくから、よろしくね。」

 夏希はあみちゃんにそう告げると、早速加奈子のリクエストに見合う服を選び始めた。

「ありがとうございましたー。」

 あみちゃんに見送られながら、加奈子は夏希に選んでもらった服を胸に抱きしめ満足気だ。

 加奈子はどちらかというといつも可愛い雰囲気の服装なのだが、克己さんはシックで大人っぽい服装だ。

 そのため、今回は彼に合わせて少し甘さを抑えた大人っぽい雰囲気のものを選んでみた。

 店を出てショッピングモールのフードコートで食事をしている間も、デートでは何を話そうかとか、食事中にドジをしてしまわないか心配だとか、挙句の果てには化粧はいつも通りでいいだろうかと聞かれ、夏希はもう早く家に帰りたいばかりだった。

 いつ終わるか分からない加奈子のおのろけ話にうんざりしながら、夏希はぼんやりと遠くを眺めていた。

 すると夏希の目に、信じられない光景が飛び込んできた。

 雅史が女性と二人で楽しそうに話ながら歩いているのだ。

 その女性はというと、上品でいかにも育ちの良いお嬢様という雰囲気で…、どう転んでもビジネスの相手とは考えにくい。

 夏希が急に黙り込んだため、自然と加奈子もそちらに目を向けた。

「あっ、あれ、高柳君と…、横にいのは、彼女?」

「さ、さあ…。」

 夏希はそう言うのが精一杯だった。


 上機嫌の加奈子を降ろし、夏希は家に帰ろうかと思ったが、気持ちが混乱しすぎてどこか一人になれる場所に行きたかった。

 当てもなく車を走らせているうちに、いつの間にか雅史の新しい家の近くまで来てしまっていた。

 どうせ今日は居ないだろうと思い、彼に会えないのなら家だけでも見て帰ろうと更に家のそばまで車を走らせると、見覚えのある車が前の通りを横切って行った。

 夏希は何だか悪いことをしている様でやめたいと思いながらも、どうしても確かめずにはいられなかった。

 ちょっと遠いけれど雅史の家が見える場所に車を停めた。

 すると、雅史の車が駐車場に入っていくのが見えた。

 そして、その横にはさっきショッピングモールで見たあの女性が乗っていたのだった。

 夏希は自分は本当にバカだと思った。

 何も核心を突いて自分をこれ以上打ちのめすことなんて無いのに。

 愛人の立場で雅史の恋愛事情を知って何の得があるのだ。

 しかしもう後の祭りだ。

 見てしまったものは記憶から消すことはできない。

 益々下がり続けるテンションを何で上げたらいいのか分からないが、雅史に振り回されてばかりの自分が嫌になってきた。

 夏希は車を発進させると、家に帰ってもう一度ジムに行こうとアクセルを思い切り踏んだ。
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