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理不尽な要求.17
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家に帰ってふとスマホを見ると、友人の加奈子からメッセージが届いていた。
『夏希元気?久しぶりに飲まない?』
加奈子は高校時代からの親友だ。
彼女の家は喫茶店を経営しており、今はご両親と一緒にその喫茶店で働いている。
彼女のお店は月曜日が定休日なのだが、夏希の休みが不定期なのでなかなか会うことができないのだ。
『いいよ。いつがいい?』と返すと、『今週の金曜日の夜は空いてる?』と帰ってきた。
『空いてるよ』
『じゃあ、いつものJUNKに9時でいい?』
『うん、ちょっと遅れるかもだけど、それでいいよ。』
夏希はこのところ、雅史と幸助に振り回されっぱなしだったので、久しぶりの女友達からの誘いに、ホッとした気持ちになった。
とは言え、雅史の事については何も話せないから、色々と気を付けないといけないけれど。
金曜の夜7時を過ぎ、仕事帰りのOL達が立て続けに来店し、あっという間に約束の9時になってしまった。
夏希はスタッフに任せて先に帰ってもいいのだが、今日は客足が途切れることが無く、ちょっと帰るのが難しい状態だ。
夏希はスタッフルームに引っ込むと、『悪いけど、10時までかかりそう。今日はおごるから、先にやっててくれる?』と加奈子に送ると、『仕方ないな、待っててあげる。』と帰ってきた。『ごめんね~。』『気にしなくていいから、気を付けて来るんだよ。』
気の置けない友人というのはありがたいものだと感謝しながら、夏希はまだお客さんで賑わっている店内に戻っていった。
閉店の時間を迎え、夏希は待っている加奈子に申し訳なく思いながら、帰り道を急いだ。
商店街の駐車場に車を停めると、夏希の家とは反対方向に10分ほど歩いたところにあるJUNKに向かった。
店のドアを開けると、店長である克己が「あちらです」と目くばせする。
「ごめーん、お待たせ。」
夏希は店の隅っこにある定番の場所に座っている加奈子の向かいに腰を下ろした。
「ああ、いいのいいの。店長に相手してもらってたから。」
店長の克己は若い頃某有名フレンチレストランで修業したあと30歳の時独立し、この場所に昼はレストラン、夜はBARとして営業するJUNKをオープンした。
それから5年ほど経つが順調に客足を伸ばしている。
克己は口数が少なく控えめな性格だが結構なイケメンのため、彼目当ての女性客が後を絶たない。
決して遊び人というタイプでは無いのだが、いまだに独身を貫いている。
実は加奈子はその大勢の女性客のうちの一人で、克己を狙って足?くこの店に通っているのだった。
「けっこう久しぶりだよね。」
もうかなり飲んだのか、加奈子の頬はほんのり赤みが差している。
「うん、なんだかんだ忙しくって。おまけに幸助に商店街の祭りの手伝いまで頼まれちゃって。」
夏希はこのところ溜まりっぱなしだった不満をぶちまける。
「まあ、幸助はあんたにベタ惚れだから。スキがあれば何かとちょっかい出してくるに決まってるじゃん。」
加奈子は夏希と幸助とは高校からのつきあいで、おまけに地元で喫茶店をやっているせいで、今でも当時の同級生と顔をあわせることが多く、嫌でも情報通になってしまうのだ。
だから、その辺りのことはいちいち話さなくても通じてしまう気安さが時にありがたく、時に面倒なことになる場合もある。
「まあ、そうなんだけど、うちも商店街にお店を構えているから他人事じゃないしね。」
「またまたー、あいつのもくろみにどっぷりハメられないように気をつけなよ。結構、外堀から固めてくるかもしれないからね。商店街のじいさん連中を味方につけて結婚ムードに持ち込んでくるかもよ。商店街の名物夫婦だとか言ってさ。」
「なにそれー。」
「いや、あいつならやりそうだって。」
二人がひと息ついた頃を見計らったように克己がやってくる。
「ご注文は何になさいます?」
「私はカシスオレンジ。」
加奈子はもう余り飲めそうにないと、ウーロン茶にしてもらった。
「で、今日はなんか話があったの?」
夏希が何気なく尋ねる。
加奈子は、店長に会えて浮かれていたせいで忘れていたのか、そうだったという顔つきに変わる。
そして、今までより随分トーンを落として話し始める。
「あんたさ、高柳君にお店出させてもらったじゃん。それでさ、高柳君って学生時代はパッとしなかったけど、今じゃあんなに立派になっちゃって、おまけに結構見た目も良くなったでしょ。だけど、ビジネスにはシビアだって、昔のよしみで頼ろうとした人も同級生の中で何人かいたみたいだけど、みんなキッパリ断られたんだった。それなのによ、あんたにだけやけに好待遇でお店出させてくれたでしょ。それだけでも、その子達からしたら鼻につく訳よ。だからか分からないんだけど、変な噂が立ってるらしくってさ。」
ここまで一気に話した加奈子が一層声を小さくする。
「高柳君とあんたが出来てるんじゃないかって。見た人がいるんだって。彼のビルからあんたが何度も出てくるのを。」
そう言うと、加奈子は心配そうな表情で夏希の事を見つめる。
「あんた、何か変なことに巻き込まれてるんじゃない?」
いっそのこと全部打ち明けられたらどれだけ楽か分からない。
しかし、このことは親友の加奈子にも話すわけにはいかないのだ。
ただの色恋の話ではなく、それこそビジネス以上の話なのだから。
「なにそれ。もう、ただの妬みだよ。私はたまたま彼のやりたかったショップに向いてたからOKが出ただけで、彼とは仕事での付き合いしかないよ。」
「夏希、ホントの事言ってよ。私だって、人の噂なんて全部信じてたら、商売やってられないよ。だから、言うけど、あんたを見かけたのって実は私なんだ。」
夏希はここで動揺しちゃいけないと、精一杯平静を装った。
「私も加奈子だから話すけど、高柳君にはほんとによくしてもらってるの。確かに彼のオフィスに何度か呼ばれて仕事の話をした。だけど、それ以上の関係は無いよ。信じてくれる?」
少しの間があった。
「夏希がそう言うんなら、信じるけど。高柳君のことをよく思ってない人はきっと口には出さなくてもあんたの事もセットで考えてると思う。だからさ、誤解を招くような行動は出来るだけしないように気を付けなよ。こんな小さな町じゃ、噂なんてすぐに広まっちゃって、取り返しがつかなくなるんだから。」
「うん、分かってる。心配してくれてありがとう。」
夏希は克己が運んできたカシスオレンジで喉を潤した。
心配してくれている加奈子に本当の事を言えない辛さで胸が痛む。
『夏希元気?久しぶりに飲まない?』
加奈子は高校時代からの親友だ。
彼女の家は喫茶店を経営しており、今はご両親と一緒にその喫茶店で働いている。
彼女のお店は月曜日が定休日なのだが、夏希の休みが不定期なのでなかなか会うことができないのだ。
『いいよ。いつがいい?』と返すと、『今週の金曜日の夜は空いてる?』と帰ってきた。
『空いてるよ』
『じゃあ、いつものJUNKに9時でいい?』
『うん、ちょっと遅れるかもだけど、それでいいよ。』
夏希はこのところ、雅史と幸助に振り回されっぱなしだったので、久しぶりの女友達からの誘いに、ホッとした気持ちになった。
とは言え、雅史の事については何も話せないから、色々と気を付けないといけないけれど。
金曜の夜7時を過ぎ、仕事帰りのOL達が立て続けに来店し、あっという間に約束の9時になってしまった。
夏希はスタッフに任せて先に帰ってもいいのだが、今日は客足が途切れることが無く、ちょっと帰るのが難しい状態だ。
夏希はスタッフルームに引っ込むと、『悪いけど、10時までかかりそう。今日はおごるから、先にやっててくれる?』と加奈子に送ると、『仕方ないな、待っててあげる。』と帰ってきた。『ごめんね~。』『気にしなくていいから、気を付けて来るんだよ。』
気の置けない友人というのはありがたいものだと感謝しながら、夏希はまだお客さんで賑わっている店内に戻っていった。
閉店の時間を迎え、夏希は待っている加奈子に申し訳なく思いながら、帰り道を急いだ。
商店街の駐車場に車を停めると、夏希の家とは反対方向に10分ほど歩いたところにあるJUNKに向かった。
店のドアを開けると、店長である克己が「あちらです」と目くばせする。
「ごめーん、お待たせ。」
夏希は店の隅っこにある定番の場所に座っている加奈子の向かいに腰を下ろした。
「ああ、いいのいいの。店長に相手してもらってたから。」
店長の克己は若い頃某有名フレンチレストランで修業したあと30歳の時独立し、この場所に昼はレストラン、夜はBARとして営業するJUNKをオープンした。
それから5年ほど経つが順調に客足を伸ばしている。
克己は口数が少なく控えめな性格だが結構なイケメンのため、彼目当ての女性客が後を絶たない。
決して遊び人というタイプでは無いのだが、いまだに独身を貫いている。
実は加奈子はその大勢の女性客のうちの一人で、克己を狙って足?くこの店に通っているのだった。
「けっこう久しぶりだよね。」
もうかなり飲んだのか、加奈子の頬はほんのり赤みが差している。
「うん、なんだかんだ忙しくって。おまけに幸助に商店街の祭りの手伝いまで頼まれちゃって。」
夏希はこのところ溜まりっぱなしだった不満をぶちまける。
「まあ、幸助はあんたにベタ惚れだから。スキがあれば何かとちょっかい出してくるに決まってるじゃん。」
加奈子は夏希と幸助とは高校からのつきあいで、おまけに地元で喫茶店をやっているせいで、今でも当時の同級生と顔をあわせることが多く、嫌でも情報通になってしまうのだ。
だから、その辺りのことはいちいち話さなくても通じてしまう気安さが時にありがたく、時に面倒なことになる場合もある。
「まあ、そうなんだけど、うちも商店街にお店を構えているから他人事じゃないしね。」
「またまたー、あいつのもくろみにどっぷりハメられないように気をつけなよ。結構、外堀から固めてくるかもしれないからね。商店街のじいさん連中を味方につけて結婚ムードに持ち込んでくるかもよ。商店街の名物夫婦だとか言ってさ。」
「なにそれー。」
「いや、あいつならやりそうだって。」
二人がひと息ついた頃を見計らったように克己がやってくる。
「ご注文は何になさいます?」
「私はカシスオレンジ。」
加奈子はもう余り飲めそうにないと、ウーロン茶にしてもらった。
「で、今日はなんか話があったの?」
夏希が何気なく尋ねる。
加奈子は、店長に会えて浮かれていたせいで忘れていたのか、そうだったという顔つきに変わる。
そして、今までより随分トーンを落として話し始める。
「あんたさ、高柳君にお店出させてもらったじゃん。それでさ、高柳君って学生時代はパッとしなかったけど、今じゃあんなに立派になっちゃって、おまけに結構見た目も良くなったでしょ。だけど、ビジネスにはシビアだって、昔のよしみで頼ろうとした人も同級生の中で何人かいたみたいだけど、みんなキッパリ断られたんだった。それなのによ、あんたにだけやけに好待遇でお店出させてくれたでしょ。それだけでも、その子達からしたら鼻につく訳よ。だからか分からないんだけど、変な噂が立ってるらしくってさ。」
ここまで一気に話した加奈子が一層声を小さくする。
「高柳君とあんたが出来てるんじゃないかって。見た人がいるんだって。彼のビルからあんたが何度も出てくるのを。」
そう言うと、加奈子は心配そうな表情で夏希の事を見つめる。
「あんた、何か変なことに巻き込まれてるんじゃない?」
いっそのこと全部打ち明けられたらどれだけ楽か分からない。
しかし、このことは親友の加奈子にも話すわけにはいかないのだ。
ただの色恋の話ではなく、それこそビジネス以上の話なのだから。
「なにそれ。もう、ただの妬みだよ。私はたまたま彼のやりたかったショップに向いてたからOKが出ただけで、彼とは仕事での付き合いしかないよ。」
「夏希、ホントの事言ってよ。私だって、人の噂なんて全部信じてたら、商売やってられないよ。だから、言うけど、あんたを見かけたのって実は私なんだ。」
夏希はここで動揺しちゃいけないと、精一杯平静を装った。
「私も加奈子だから話すけど、高柳君にはほんとによくしてもらってるの。確かに彼のオフィスに何度か呼ばれて仕事の話をした。だけど、それ以上の関係は無いよ。信じてくれる?」
少しの間があった。
「夏希がそう言うんなら、信じるけど。高柳君のことをよく思ってない人はきっと口には出さなくてもあんたの事もセットで考えてると思う。だからさ、誤解を招くような行動は出来るだけしないように気を付けなよ。こんな小さな町じゃ、噂なんてすぐに広まっちゃって、取り返しがつかなくなるんだから。」
「うん、分かってる。心配してくれてありがとう。」
夏希は克己が運んできたカシスオレンジで喉を潤した。
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