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誰かイケメン達を止めてくれませんか!!.08

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 特に自慢できるほどの家ではないが、唯一ゆっくりできるのが自宅のはずだ。

 そこに帰るのが恐怖になる日が来るとは。

 しかし、帰る場所はそこしかない。

 みゆうは祈るような気持ちで玄関を開けた。

 二階にあがり自室のドアを一気に開いた。

「あっ!!」

 いた、今日も。

 幻ではない。

 ミュージシャンのイザナミ ジンくんだ。

「ジンくん?だよね」

「うん、そうだよ。君に歌を聴かせたくてね」

 こ、声が、セ、セクシーすぎる!

 ヤバい、これはかなりヤバいやつだ。

 ジンくんは膝が破れたスリムなパンツにロング丈のTシャツに細身のジャケットを羽織っていた。

 その手にはギターが握られている。

 もうむちゃくちゃカッコイイじゃん。

 みゆうは膝から崩れ落ちそうになる。

 だが、そのまま雑誌の表紙を飾れるお姿の背景がみゆうの勉強机なのが悲しい。

「ここで歌ってもいいかな?」

 セクシーボイスは当然のようにそう言った。
 
 この部屋で?住宅街のど真ん中のこの家で?

 無理、無理、無理です。

 すぐに通報されます。

 もちろん嬉しくないわけじゃないですよ。

 だって大ファンなんだから。

 目の前に、こんな至近距離でジンくんがいるんだから。

 ライブに行っても遥か彼方に米粒くらいにしか見れない。

 基本顔出しNGだから、ネットでかき集めた画像でやっと本人って分かるだけで。

 だからね、ジンくんのお顔が拝めているこの状況は、ファンにとってはもうそれだけで国宝級なんですよ。

 みゆうはもう本人を無視して大声で叫びたかった。

 殴られてもいいから飛びつきたかった。 

「ここではちょっと無理かと」

 みゆうは口から心臓が出そうになるのを何とか抑え、息も絶え絶えに答えた。

「そうか、じゃあ家くる?」

 セクシーの塊はグイグイくる。

「えっ?ジンくんの?」

 うそでしょ、ジンくんの自宅?

 ああ、もう心拍数と血圧が限界を超えてますよ。

 看護婦さんが測ったらドクターストップのレベルですね。
 
 命の危険を知らせるエマージェンシーストップボタンが点滅している。

 嬉しすぎるって、必ずしも幸せじゃないかも。

「そう、じゃあ行こう」

 ジンくんは例のごとく強引にみゆうを連れ出した。

 一目でロッカーだと分かるその風貌に、ギターを持っていればそれだけで目立つ。

 ジンくんの顔を知らない人たちでさえ、二度見必死だ。
 
 さすがに歩いていける距離ではないらしく、大通りに出るとタクシーに乗り込んだ。

 せまい車内でジンくんと隣同士だ。

 チラリチラリとその横顔を拝ませてもらう。

 うぎゃあ~、やっぱりカッコイイ。

 長めの前髪から覗く瞳は長いまつ毛に覆われている。

 顔自体もしっかり見たことが無いのに、その目など一生見れると思っていなかった。

 しかも、その目力たるや歌舞伎役者のそれに引けを取らない程強い。

 真っすぐなその瞳は、彼のロック魂を体現しているかのようだ。

 勝手に盛り上がっているうちにタクシーは目的地についたようだ。

「ついたよ」

 ジンくんはそういうと、みゆうを連れて自宅マンションへと入っていった。

「スタジオも兼ねてるから、防音もバッチリなんだ」

 ジンくんは嬉しそうにそう言った。

 ジンくんが笑ってる。

 爆死。

 その破壊力はみゆうのキャパを越えた。

「大丈夫?」

 みゆうは揺り動かされて目を覚ます。

 しかし至近距離でジンくんの顔を見て、ふたたび死んだ。

 遠くから歌声が聴こえてくる。

 みゆうは目を覚ますとゆっくりと身体を起こした。

 ジンくんはソファに腰掛けてギターを弾きながら歌っていた。

 あ、ありえねー。

 ジンくんの生歌、生演奏。

 観客は自分だけ。

 ここはきっとあの世だ。

 みゆうはそれならゆっくり聴こうじゃないかと思った。

 ああ、この歌大好き!

 もう、イントロから鳥肌が止まらない。

 それにしても、なんて色気のある声なんだ。

 特に高音の張り上げるところがたまらない。

 うつむき加減でギターを掻き鳴らす姿もそそる。

 エロ目線ばかりですみません。

 でも、私だけじゃないんですよ。

 あなたの存在自体が女子にとっては性的対象なので、あしからず。

 ひたむきに歌うジンくんとは対照的に、みゆうは完全にエロスの海に浸っていた。

 こんな海ならいつまでも泳いでいたい。

 歌われる曲はどれもみゆうのお気に入りの曲ばかりだ。

 まるでみゆうのためだけにに組まれたような、神曲セットリストだ。

 感動に次ぐ感動で、体の震えが止まらない。  

 涙も鼻水も止まらない。

 耳が、心臓が全身がジンくんの声に包まれて、現実の世界に戻れない。

 なんだ、この贅沢すぎる時間は。 

「以上です。聴いてくれてありがとう」

 ジンくんは歌い終えて満足げだ。

 みゆうは呆然としながらもできる限りの力を振り絞って拍手をした。

 また、笑顔が…。

 カワイイ、いやでもカッコイイ。

 どっちもだ。

 キラキラ輝いている。まぶしい…。まぶしすぎる。

 体中を駆け巡る血流の勢いがハンパない。

 興奮しすぎて過呼吸なのに酸欠状態のように頭はボーっとして、体は思うように動かない

 しかし、この白昼夢は唐突に終わりを迎える。
 
「僕これからライブがあるんだ。タクシーよんであるから。あ、もう行かないと」

 ジンくんに連れられてみゆうはヨロヨロと立ち上がる。

 そして、やってきたタクシーにポイっと乗せられた。

「行っちゃった。でも、めちゃくちゃカッコよかった」

 みゆうはタクシーに揺られているうちに眠ってしまった。

「お客さん着きましたよ」

 運転手さんの声で起こされると、家の前だった。

「ありがとうございました」
 
 お礼を言ってタクシーをおりた。

 お金はもらってありますからいいですよと言われた。
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