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あいかわらずの二人.02
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「さくらちゃん。」
「うん?」
啓太は急に真剣な声でさくらの名を呼んだ。
「籍入れようか。」
「え、ええ~!!」
まさかの展開に、さくらは持っていた携帯を落としそうになる。
「な、なんでそうなるの?」
「だって、一番説得力あるでしょ?」
「そ、そりゃあそうだけど。」
「さくらちゃんは僕の奥さんになるのは嫌?」
女性にとって大切な瞬間を、こんなタイミングで迎えるとは…。
さくらは啓太の天然ぶりに免じて許そうとは思うものの、やっぱりもう少しムードのある場所で告げられたかった。
「結婚式とかは、まだまだ先になると思うけど、籍を入れて指輪を買おう。」
嬉しい事のはずなのに、啓太の事務的な言い方に、さくらはやっぱり悲しくなって、思わず泣き出してしまった。
「え、ええっと、さくらちゃん?どうしたの?」
電話の向こう側から聞こえてくる、さくらの泣き声に、啓太はパニックに陥る。
「ぐすっ、啓太のバカ。籍入れるとか、指輪買うとか、コンビニに行く様な感じで言わないでよ。もう、女心が分かってない!」
さくらは泣きながらも、キッチリと言いたいことは言うのだった。
「そ、そうか、ごめん。僕がデリカシーが無さ過ぎた。つい、問題を解決する事に集中しちゃって。ホントにごめんなさい。」
さくらは、すっかりしょんぼりする啓太に、それが決して悪気があって言った訳ではなくて、むしろさくらを何とか助けようとして出した結果なのだという事も分かっている。
「ついでとか、そういうんじゃないよ。さくらちゃんとは結婚することを前提につきあってるんだから。僕、さくらちゃんがそんな目に遭ってるなんて知らなくて、つい焦って先走った事を言っちゃったけど、よく考えたらこれもいい機会だと思うんだ。」
「え?」
「だって、僕たち学生時代の付き合いから、余り進んでないでしょ?まあ、主に僕が忙しすぎるのが原因なんだけど。だから、何かきっかけが必要だったんだよ。」
ちょっと都合のいい様に考え過ぎな気がしないでもないが、さくらも啓太との関係を進めることは純粋に嬉しい。
「そ、そうかな?」
「決して軽い気持ちじゃないよ、さくらちゃん。だから、今すぐできることとして、まず籍を入れて、指輪を買おう。それで、結婚式については、ちゃんと話合おう。君のご両親にも改めてご挨拶に行きたいしね。」
「う、うん。」
さくらは、泣き止んだものの、早すぎる展開に頭がついていかない。
「じゃあ、早速今度の休みは、え~っと、23日の日曜日だな。さくらちゃん空いてる?」
「う、うん。大丈夫。」
「じゃあ、指輪を買いに行こう。あと、婚姻届けは用意しとくから、その日に書いて、あ、証人は誰になってもらおうかな?やっぱり、一度お互いの両親に会ってちゃんと話す必要がありそうだね。」
どんどんと進んでいく啓太の行動力が余りに予想外で、さくらはさっきから返事しかしていなかった。
それから何とか二人の予定を合わせて、お互いの実家に挨拶に行き、無事、証人の欄も埋めることができた。
学生時代からの付き合いということもあり、お互いの家は何度か訪れたことはあるため、話はスムーズに進んだ。
結婚式がいつになるのか分からないというのが、両親の世代には少し理解してもらうのが難しかったが、啓太という堅物が家庭を持つと決心してくれただけでも、啓太の両親にとっては十分喜ばしい事で、さくらの両親も啓太の影響でさくらが目標を見つけたという経緯を知っているため、これ以上望むのは贅沢だと感じてくれている。
こうして、啓太とさくらは晴れて夫婦となり、さくらの左の薬指には結婚指輪がお守りのようにはめられた。
さすがの院長も、新婚のさくらを以前の様にしつこく誘うことは無くなり、ようやく平和な日常が送れるようになったのだった。
大学を卒業後、啓太はそのまま大学院に進み、相変らず研究に追われる毎日だが、教授になるべく勉強の日々を送っている。
さくらとしては啓太の美形を生かして、イケメン外科医として開業したらきっとうまくいくのにと残念に思いながらも、いつまでも子供みたいに研究に打ち込む啓太がやっぱり好きで、陰ながら応援している。
それに、恋愛経験値は相変わらず低いままの啓太が実際に開業医になったら、看護師さんからも患者さんからもアプローチされることは想像に難くない。
それはそれで、さくらとしては面白くない。カッコイイ彼氏を見せびらかしたいという思いと、隠しておきたいという二つの思いが、さくらの中で拮抗するが、やはり啓太の性格を考えると、人目に晒されない大学院という場所で大人しくしていてもらう方が、精神衛生上良いという結論に達していた。
啓太は、美容外科に勤め始めて更にきれいになっていくさくらを嬉しく思いつつも、内心ではやっぱり不安に思うこともあって…。
もちろん、さくらの事は信用している。
しかし、会えない時間の方が圧倒的に長い今、さくらにその気が無くても、周りにいる男たちに言い寄られたらという心配はついて回る。
実際に、そういう事が起こっていたことも判明したばかりだ。
それに、どちらも仕事が充実しているのは良いことだが、そっちに余りにも夢中になってしまうのも怖い気がしている。
そして、啓太はついに、さくらと同居することを決心した。
まだまだ一人前にはなれない自分だけど、准教授になるまでの間は診療バイトを入れればそこそこの収入になるため、学費と生活費はそこから捻出できる計算だ。
お互いすれ違うことが多くなって、別れを切り出されるようなことは絶対避けたい。
啓太は同居を切り出そうと、久しぶりにスケジュールが合った今日、待ち合わせのカフェで気合を入れてさくらが来るのを待っていた。
そこは二人が付き合う前に訪れた啓太お気に入りの思い出のカフェだ。
真剣な話をするには、やはり自分のホームが安心できる。
カランカランという音とともに、さくらが入ってくる。
「ごめん、待った?」
久しぶりに見るさくらは、また綺麗になったように思われ、自分はやっぱりさくらにベタ惚れなのだと思い知らされる。
「ううん。」
啓太は少しだけ緊張した面持ちで答える。
「ここ、久しぶりだね。」
「そうだね。なつかしいよね。」
お互い好きなものを注文すると、啓太は真面目な顔でさくらに向き直った。
「さくらちゃん。前から言おうと思っていたんだけど、なかなか言い出せなかったことがあるんだ。」
「へえ、なに?」
あいかわらず先の事は余り考えないタイプのさくらは、啓太の胸の内など知るはずも無く、いったい何の話だろうと、余り興味もない様子で雑誌をパラパラとめくり始める。
「率直に言うね。えっと、あの、僕と一緒に住んでくれませんか?」
「はあ!いきなり何?」
さくらは読んでいた雑誌を閉じると、バンッとテーブルの上に置いた。
「僕の中ではいきなりじゃないんだけど。これでも結構考えたんだよ…。」
「そうなんだ。ごめん。」
まさか、啓太の口からそんな提案がなされるとは想像もしていなかったさくらだが、それにしても、自分の反応はちょっとひどかったなと反省する。
実際、啓太は大学時代に住んでいたアパートにそのまま住み続けているが、さくらは勤務先の近くに引越したため、お互いの家を行き来するのに30分以上かかる。学生時代よりも、遠距離になってしまったのだ。
「僕達お互いどんどん忙しくなって、なかなか会えないでしょ。だから、せめて一緒に住んだらもう少し一緒にいられる時間が取れるかなってね。だめかな?」
啓太は、さくらのことを、すがる様な顔で見つめている。
「だめじゃないし、嬉しいよ。そんな事、啓太から言ってもらえるなんて、昔だったら考えられなかったなー。」
さくらは、背もたれに体重をかけると、う~んと体を伸ばした。
「そういう意地悪は言わないでよ。昔は恋愛初心者だったんだから。」
啓太は、消すことの出来ない過去のあれこれを言われると、心底困った表情になる。
「ごめん、ごめん。ちょっとふざけちゃった。いいよ、一緒に住もう。」
相変わらずさばけた性格のさくらは、即答した。同居という事に対する反応としては、ちょっと軽すぎる様な気がするけれど、それが二人にとってあまりに自然な事だからなのかもしれない。
「よかったー。断られたらどうしようかってめちゃくちゃ緊張してたんだ。」
啓太は、さくらの事を信じてはいるものの、お互い社会人になり、それぞれの事情もあるため、断られることも一応は覚悟していた。
特に、さくらは今の仕事に、かなり情熱を燃やしている。
例え籍を入れたとはいえ、彼女の仕事にマイナスになるようなら、同居の案はすんなり引っ込めるつもりでいた。
「新居、探さなくっちゃね。」
「うん。」
目的が決まれば、すぐに行動に移したくなるのがさくらの性格だ。
「啓太の今のアパートと、私の今のアパートの間がいいよね。でも、そうなると、研究室で徹夜して、啓太がしかばねみたいになってる時、ちょっとしんどいよね。」
「僕も、いつまでも学生時代みたいな生活してないから大丈夫だよ。徹夜することも年々減ってきてるし。」
「そうなの?やっぱ、私たち、完全にコミュニケーション不足だね。そんな事も知らないなんて。啓太が思い切って同居を切り出してくれてよかった。」
「そう言ってもらえると、うれしいな。」
啓太は、満足そうに微笑んだ。
「でも、ちょっと困ることもあるな~。」
なぜだか、さくらは何とも言えない表情を見せる。
「え、どんなこと?」
啓太は、何も考えずに尋ねる。
「そんなこと、ここでは言えないよ。」
うっすら顔を赤らめるさくらに、啓太もその意味するところが夜の生活だと気付き、あたふたしてしまう。
「そ、それについては、出来るだけさくらちゃんの体調も考慮して、その、善処します。あと、防音効果の高い物件を探して…。」
神妙な面持ちの啓太に、さくらはクスッと笑うと「うそうそ、啓太だったら何でも許してあげる。」そう言って啓太の額にチュッと口づける。
「ちょ、ちょっと、人に見られちゃうよ!」
未だにウブな反応をする啓太が愛おしい。
「大丈夫、誰も見てないから。」
さくらの言うとおり、カフェにはさくらたち以外誰もおらず、奥まったその席はカウンターのマスターからも死角になっている。
「もう、さくらちゃんは相変らずだな。」
啓太はこの明るくておてんばなかわいい女の子を一生離さないと心に決めるのだった。
「うん?」
啓太は急に真剣な声でさくらの名を呼んだ。
「籍入れようか。」
「え、ええ~!!」
まさかの展開に、さくらは持っていた携帯を落としそうになる。
「な、なんでそうなるの?」
「だって、一番説得力あるでしょ?」
「そ、そりゃあそうだけど。」
「さくらちゃんは僕の奥さんになるのは嫌?」
女性にとって大切な瞬間を、こんなタイミングで迎えるとは…。
さくらは啓太の天然ぶりに免じて許そうとは思うものの、やっぱりもう少しムードのある場所で告げられたかった。
「結婚式とかは、まだまだ先になると思うけど、籍を入れて指輪を買おう。」
嬉しい事のはずなのに、啓太の事務的な言い方に、さくらはやっぱり悲しくなって、思わず泣き出してしまった。
「え、ええっと、さくらちゃん?どうしたの?」
電話の向こう側から聞こえてくる、さくらの泣き声に、啓太はパニックに陥る。
「ぐすっ、啓太のバカ。籍入れるとか、指輪買うとか、コンビニに行く様な感じで言わないでよ。もう、女心が分かってない!」
さくらは泣きながらも、キッチリと言いたいことは言うのだった。
「そ、そうか、ごめん。僕がデリカシーが無さ過ぎた。つい、問題を解決する事に集中しちゃって。ホントにごめんなさい。」
さくらは、すっかりしょんぼりする啓太に、それが決して悪気があって言った訳ではなくて、むしろさくらを何とか助けようとして出した結果なのだという事も分かっている。
「ついでとか、そういうんじゃないよ。さくらちゃんとは結婚することを前提につきあってるんだから。僕、さくらちゃんがそんな目に遭ってるなんて知らなくて、つい焦って先走った事を言っちゃったけど、よく考えたらこれもいい機会だと思うんだ。」
「え?」
「だって、僕たち学生時代の付き合いから、余り進んでないでしょ?まあ、主に僕が忙しすぎるのが原因なんだけど。だから、何かきっかけが必要だったんだよ。」
ちょっと都合のいい様に考え過ぎな気がしないでもないが、さくらも啓太との関係を進めることは純粋に嬉しい。
「そ、そうかな?」
「決して軽い気持ちじゃないよ、さくらちゃん。だから、今すぐできることとして、まず籍を入れて、指輪を買おう。それで、結婚式については、ちゃんと話合おう。君のご両親にも改めてご挨拶に行きたいしね。」
「う、うん。」
さくらは、泣き止んだものの、早すぎる展開に頭がついていかない。
「じゃあ、早速今度の休みは、え~っと、23日の日曜日だな。さくらちゃん空いてる?」
「う、うん。大丈夫。」
「じゃあ、指輪を買いに行こう。あと、婚姻届けは用意しとくから、その日に書いて、あ、証人は誰になってもらおうかな?やっぱり、一度お互いの両親に会ってちゃんと話す必要がありそうだね。」
どんどんと進んでいく啓太の行動力が余りに予想外で、さくらはさっきから返事しかしていなかった。
それから何とか二人の予定を合わせて、お互いの実家に挨拶に行き、無事、証人の欄も埋めることができた。
学生時代からの付き合いということもあり、お互いの家は何度か訪れたことはあるため、話はスムーズに進んだ。
結婚式がいつになるのか分からないというのが、両親の世代には少し理解してもらうのが難しかったが、啓太という堅物が家庭を持つと決心してくれただけでも、啓太の両親にとっては十分喜ばしい事で、さくらの両親も啓太の影響でさくらが目標を見つけたという経緯を知っているため、これ以上望むのは贅沢だと感じてくれている。
こうして、啓太とさくらは晴れて夫婦となり、さくらの左の薬指には結婚指輪がお守りのようにはめられた。
さすがの院長も、新婚のさくらを以前の様にしつこく誘うことは無くなり、ようやく平和な日常が送れるようになったのだった。
大学を卒業後、啓太はそのまま大学院に進み、相変らず研究に追われる毎日だが、教授になるべく勉強の日々を送っている。
さくらとしては啓太の美形を生かして、イケメン外科医として開業したらきっとうまくいくのにと残念に思いながらも、いつまでも子供みたいに研究に打ち込む啓太がやっぱり好きで、陰ながら応援している。
それに、恋愛経験値は相変わらず低いままの啓太が実際に開業医になったら、看護師さんからも患者さんからもアプローチされることは想像に難くない。
それはそれで、さくらとしては面白くない。カッコイイ彼氏を見せびらかしたいという思いと、隠しておきたいという二つの思いが、さくらの中で拮抗するが、やはり啓太の性格を考えると、人目に晒されない大学院という場所で大人しくしていてもらう方が、精神衛生上良いという結論に達していた。
啓太は、美容外科に勤め始めて更にきれいになっていくさくらを嬉しく思いつつも、内心ではやっぱり不安に思うこともあって…。
もちろん、さくらの事は信用している。
しかし、会えない時間の方が圧倒的に長い今、さくらにその気が無くても、周りにいる男たちに言い寄られたらという心配はついて回る。
実際に、そういう事が起こっていたことも判明したばかりだ。
それに、どちらも仕事が充実しているのは良いことだが、そっちに余りにも夢中になってしまうのも怖い気がしている。
そして、啓太はついに、さくらと同居することを決心した。
まだまだ一人前にはなれない自分だけど、准教授になるまでの間は診療バイトを入れればそこそこの収入になるため、学費と生活費はそこから捻出できる計算だ。
お互いすれ違うことが多くなって、別れを切り出されるようなことは絶対避けたい。
啓太は同居を切り出そうと、久しぶりにスケジュールが合った今日、待ち合わせのカフェで気合を入れてさくらが来るのを待っていた。
そこは二人が付き合う前に訪れた啓太お気に入りの思い出のカフェだ。
真剣な話をするには、やはり自分のホームが安心できる。
カランカランという音とともに、さくらが入ってくる。
「ごめん、待った?」
久しぶりに見るさくらは、また綺麗になったように思われ、自分はやっぱりさくらにベタ惚れなのだと思い知らされる。
「ううん。」
啓太は少しだけ緊張した面持ちで答える。
「ここ、久しぶりだね。」
「そうだね。なつかしいよね。」
お互い好きなものを注文すると、啓太は真面目な顔でさくらに向き直った。
「さくらちゃん。前から言おうと思っていたんだけど、なかなか言い出せなかったことがあるんだ。」
「へえ、なに?」
あいかわらず先の事は余り考えないタイプのさくらは、啓太の胸の内など知るはずも無く、いったい何の話だろうと、余り興味もない様子で雑誌をパラパラとめくり始める。
「率直に言うね。えっと、あの、僕と一緒に住んでくれませんか?」
「はあ!いきなり何?」
さくらは読んでいた雑誌を閉じると、バンッとテーブルの上に置いた。
「僕の中ではいきなりじゃないんだけど。これでも結構考えたんだよ…。」
「そうなんだ。ごめん。」
まさか、啓太の口からそんな提案がなされるとは想像もしていなかったさくらだが、それにしても、自分の反応はちょっとひどかったなと反省する。
実際、啓太は大学時代に住んでいたアパートにそのまま住み続けているが、さくらは勤務先の近くに引越したため、お互いの家を行き来するのに30分以上かかる。学生時代よりも、遠距離になってしまったのだ。
「僕達お互いどんどん忙しくなって、なかなか会えないでしょ。だから、せめて一緒に住んだらもう少し一緒にいられる時間が取れるかなってね。だめかな?」
啓太は、さくらのことを、すがる様な顔で見つめている。
「だめじゃないし、嬉しいよ。そんな事、啓太から言ってもらえるなんて、昔だったら考えられなかったなー。」
さくらは、背もたれに体重をかけると、う~んと体を伸ばした。
「そういう意地悪は言わないでよ。昔は恋愛初心者だったんだから。」
啓太は、消すことの出来ない過去のあれこれを言われると、心底困った表情になる。
「ごめん、ごめん。ちょっとふざけちゃった。いいよ、一緒に住もう。」
相変わらずさばけた性格のさくらは、即答した。同居という事に対する反応としては、ちょっと軽すぎる様な気がするけれど、それが二人にとってあまりに自然な事だからなのかもしれない。
「よかったー。断られたらどうしようかってめちゃくちゃ緊張してたんだ。」
啓太は、さくらの事を信じてはいるものの、お互い社会人になり、それぞれの事情もあるため、断られることも一応は覚悟していた。
特に、さくらは今の仕事に、かなり情熱を燃やしている。
例え籍を入れたとはいえ、彼女の仕事にマイナスになるようなら、同居の案はすんなり引っ込めるつもりでいた。
「新居、探さなくっちゃね。」
「うん。」
目的が決まれば、すぐに行動に移したくなるのがさくらの性格だ。
「啓太の今のアパートと、私の今のアパートの間がいいよね。でも、そうなると、研究室で徹夜して、啓太がしかばねみたいになってる時、ちょっとしんどいよね。」
「僕も、いつまでも学生時代みたいな生活してないから大丈夫だよ。徹夜することも年々減ってきてるし。」
「そうなの?やっぱ、私たち、完全にコミュニケーション不足だね。そんな事も知らないなんて。啓太が思い切って同居を切り出してくれてよかった。」
「そう言ってもらえると、うれしいな。」
啓太は、満足そうに微笑んだ。
「でも、ちょっと困ることもあるな~。」
なぜだか、さくらは何とも言えない表情を見せる。
「え、どんなこと?」
啓太は、何も考えずに尋ねる。
「そんなこと、ここでは言えないよ。」
うっすら顔を赤らめるさくらに、啓太もその意味するところが夜の生活だと気付き、あたふたしてしまう。
「そ、それについては、出来るだけさくらちゃんの体調も考慮して、その、善処します。あと、防音効果の高い物件を探して…。」
神妙な面持ちの啓太に、さくらはクスッと笑うと「うそうそ、啓太だったら何でも許してあげる。」そう言って啓太の額にチュッと口づける。
「ちょ、ちょっと、人に見られちゃうよ!」
未だにウブな反応をする啓太が愛おしい。
「大丈夫、誰も見てないから。」
さくらの言うとおり、カフェにはさくらたち以外誰もおらず、奥まったその席はカウンターのマスターからも死角になっている。
「もう、さくらちゃんは相変らずだな。」
啓太はこの明るくておてんばなかわいい女の子を一生離さないと心に決めるのだった。
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