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初恋がこじれにこじれて困ってます.24
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「リュック、ありがとうございました。」
沙耶たちのリュックはみんなが交代で持ってきてくれていた。
「ありがとう、瞬ちゃん。」
「まあ、リュックよりちょっと重かっただけだ。大した事ないから気にすんな。そんなことより、ここからの夜景もきれいだぞ。」
さっきまで曇っていたのに、今はすっかり晴れて、眼下の夜景が一望できる。
「ほんとうだ。綺麗。」
「だろう。」
みんなの疲れを美しい夜景が吹き飛ばしてくれる。
「みんな、お疲れー。今日はゆっくり休んで、明日の下山に備える様に。それじゃあ、各自荷物を部屋に運んで、8時に食堂に集合。」
部長の声が響く。みんなゾロゾロと山荘に入っていった。
「森崎君大丈夫?」
同期の小野寺くんだ。
「あ、うん。まだ少し痛むけど、そんなにひどくは捻ってないから。」
「そう、大事に至らなくてよかったね。」
「ありがとう。でも、最初っからみんなに迷惑かけちゃって申し訳ないなー。」
「そんなふうに思ってたの?僕たちなんて初心者なんだから、先輩たちはこんなこと想定済みだろ。今は目一杯甘えとけばいいんだよ。特に、女の子は貴重らしいからさ。ガンガンわがまま言っちゃえばいいんじゃない。」
「そ、そんな訳にはいかないよ~。」
お気楽な小野寺君の物言いに、沙耶は困り果てる。
「おい、新入り、好き勝手言ってくれるな。」
その声に二人はギクッとなる。
「お、もうこんな時間か。荷物片づけてこよーっと。」
小野寺君はそそくさと部屋へ退散した。まだ知り合ったばかりで余り話したこともなかったけれど、どうやら彼はお調子者らしい。
「何だ、あいつは。俺たちのこと完全になめてるな。」
自分のせいで、余計な火の粉が小野寺君にかかりそうになる。
「き、きっと小野寺君は私が気を遣わない様にああ言ってくれたんだと思う。先輩方をなめてる訳じゃないよ。」
「やけにあいつのことかばうな。あいつに気があるのか?」
瞬ちゃんは小さな声で言った。
「ま、まさか。私は瞬ちゃん以外…。」
そこまで言って沙耶は口をつぐむ。
「沙耶、足見てやるから。」
瞬ちゃんはそう言って沙耶を椅子に座らせる。
「ちょっと腫れてるけど、そんなにひどく捻ってないみたいだな。一応テーピングで固定しとくから。痛みはどうだ。」
瞬ちゃんにおんぶされたことももちろんだが、その手が自分の足に触れているということが、現実に思えない。
演技だとは分かってる。それでも沙耶の心臓はいちいち反応してしまうのだ。
一八〇?はゆうにこえているであろう高身長に均整のとれた体躯と、あいかわらず綺麗なその目鼻立ち、以前より少し低くなった声も沙耶にとっては新鮮で、ドキドキが止まらない。
「おい、話きいてるのか。」
「あ、い、痛みは随分良くなったよ。ありがとう、瞬ちゃん。」
「そうか。まあ、でも下山の方が足の負担が大きいからな。明日の朝、もう一度しっかり固定してやるよ。」
「ありがとう、瞬ちゃん。」
妄想にふけっていた沙耶とは違い、瞬ちゃんは現実的に明日のことまで考えてくれていた。
沙耶は、それは誰に対してもする優しさなのか、それとも自分だけに対する特別なものなのか。
後者だったらいいのにな。だけど、そんなはずはないことは分かっている。
つい先日までの瞬ちゃんの態度が彼の本音なのだから。
「ねえねえ、沙耶、リアルに一ノ瀬さんとイイ感じなんじゃない?」
日奈子は母を彷彿とさせる野次馬根性で、沙耶と瞬ちゃんの関係に首を突っ込んでくる。ほんとどこに行ってもこういう人はいるものだと、沙耶はうんざりする。
「そんなわけないでしょ。みんなの手前優しくしてくれてるだけだよ。」
「またまた謙遜しちゃって~。私の目に狂いが無ければ、一ノ瀬さんは脈ありだな。」
狂いが無ければね。だけど、あれだけ露骨に避けられていたのにそんな事はにわかに信じられない。
「もう、そんな話はいいから、寝よう。私疲れたよ。」
「ほーんと、つっかれたー。でも、明日で下山なんて何か寂しいなー。登山って意外に楽しいんだもん。」
日奈子の言葉に、沙耶は中学の時の友人くるみを思い出していた。
見かけのゆるさと身体能力のギャップがかなりあるというタイプが存在するということを。
初心者向けのコースと聞いていたはずの今回でさえ、結局はついていけず、足をくじいてしまった。
もちろん、次回に向けて個人的に努力するつもりではいる。
しかし、自分の身体能力は今まで生きてきた20年弱の人生で十分わかっている。
人には努力では乗り越えられない持って生まれたものがあるのだということを。
たとえて言うなら、軽自動車のエンジンと大型トラックのエンジンのようなもので、人間だから外から見たら分からないけれど、実際そういう違いは存在するのだ。
ただ、大型トラックの持ち主には理解出来ないだろう。
しかし、持たないものは、持っている人との違いを人生のあらゆる場面で思い知らされるのだ。
人がたやすく出来ることがどんなに頑張っても出来ないのだから。
幸いなことに、頭脳だけはどうにか人よりも少し優れていたから、こうして瞬ちゃんのいる大学に入ることも出来た。
それは感謝してもしきれない。
ただ、瞬ちゃんとのつながりであるこのワンダーフォーゲル部に体力的についていけないとなると、それは致命傷だ。
これまでの努力が無になってしまう。
学部も違い、学年も違うのだ。唯一の接点をなくしたら、いったいどうやって瞬ちゃんにそばにいられるのか、今の沙耶には何のアイディアも浮かばなかった。
疲れてはいるのに、そんなことをグルグル考えてなかなか眠れない。沙耶は、部屋を出ると山小屋の外に出てみた。
「うわあ、きれい!」
そこには満天の星空が広がっていた。町ではとても見ることが出来ない星たちが、澄み切った夜空にキラキラと瞬いていた。
ジャリ。沙耶の他にも誰かがいるようだ。
「星、すごく綺麗ですね。」
沙耶は、同じ山小屋に泊まっている人ならと、気軽に話しかけていた。
「みんながいないときに、俺に話しかけるな。」
それは確かに、瞬ちゃんの声だった。
「え、瞬ちゃんなの?」
「…。昨日言った事もう忘れたのか?俺がお前のこと、ずっと避けてたの分かってるだろ。部長の命令でカップルのふりしてるだけって分かってるよな。」
「そ、それはそうだけど、なんで私のこと無視するの?」
暗闇に紛れて、沙耶はずっと言えなかった疑問をぶつけた。
「はあ?勝手に追いかけてきといてよくそんな口がきけるな。隣同士じゃなかったら、ストーカーで警察に突き出すところだ。」
「う、うそでしょ。瞬ちゃん…。」
あの優しかった瞬ちゃんが、こんなひどいこと言うはずない…。
「なあ、沙耶。お前、いつまで隣同士にしがみついてるんだよ。いい加減大人になれよ。率直に言う、もう迷惑だからこれ以上俺につきまとわないでくれ。」
完全に拒絶された。信じられない、信じたくないけれど、これは現実なのだ。涙がとめどなく溢れてくる。
「わ、分かった。もう、つきまといません。」
「ああ、ただ、明日はみんなの手前ちゃんと演技してもらうから。これ以上みんなに迷惑かけたくないからな。それから、近いうちに退部届け出してくれ。」
「えっ…。」
瞬ちゃんは沙耶の横をすり抜け、山小屋の中へ消えていった。
どうして…、瞬ちゃん私のことそんなに嫌い?その答えは、いくら考えても沙耶には分からない。
沙耶は、痛む左足を引きずりながら自分の部屋へ戻っていった。
みんなを起こさない様にそっとベッドに入った。
布団にもぐり声を押し殺して泣いた。
いつ眠りに落ちたのか…、日奈子に起こされて目が覚めた。
沙耶たちのリュックはみんなが交代で持ってきてくれていた。
「ありがとう、瞬ちゃん。」
「まあ、リュックよりちょっと重かっただけだ。大した事ないから気にすんな。そんなことより、ここからの夜景もきれいだぞ。」
さっきまで曇っていたのに、今はすっかり晴れて、眼下の夜景が一望できる。
「ほんとうだ。綺麗。」
「だろう。」
みんなの疲れを美しい夜景が吹き飛ばしてくれる。
「みんな、お疲れー。今日はゆっくり休んで、明日の下山に備える様に。それじゃあ、各自荷物を部屋に運んで、8時に食堂に集合。」
部長の声が響く。みんなゾロゾロと山荘に入っていった。
「森崎君大丈夫?」
同期の小野寺くんだ。
「あ、うん。まだ少し痛むけど、そんなにひどくは捻ってないから。」
「そう、大事に至らなくてよかったね。」
「ありがとう。でも、最初っからみんなに迷惑かけちゃって申し訳ないなー。」
「そんなふうに思ってたの?僕たちなんて初心者なんだから、先輩たちはこんなこと想定済みだろ。今は目一杯甘えとけばいいんだよ。特に、女の子は貴重らしいからさ。ガンガンわがまま言っちゃえばいいんじゃない。」
「そ、そんな訳にはいかないよ~。」
お気楽な小野寺君の物言いに、沙耶は困り果てる。
「おい、新入り、好き勝手言ってくれるな。」
その声に二人はギクッとなる。
「お、もうこんな時間か。荷物片づけてこよーっと。」
小野寺君はそそくさと部屋へ退散した。まだ知り合ったばかりで余り話したこともなかったけれど、どうやら彼はお調子者らしい。
「何だ、あいつは。俺たちのこと完全になめてるな。」
自分のせいで、余計な火の粉が小野寺君にかかりそうになる。
「き、きっと小野寺君は私が気を遣わない様にああ言ってくれたんだと思う。先輩方をなめてる訳じゃないよ。」
「やけにあいつのことかばうな。あいつに気があるのか?」
瞬ちゃんは小さな声で言った。
「ま、まさか。私は瞬ちゃん以外…。」
そこまで言って沙耶は口をつぐむ。
「沙耶、足見てやるから。」
瞬ちゃんはそう言って沙耶を椅子に座らせる。
「ちょっと腫れてるけど、そんなにひどく捻ってないみたいだな。一応テーピングで固定しとくから。痛みはどうだ。」
瞬ちゃんにおんぶされたことももちろんだが、その手が自分の足に触れているということが、現実に思えない。
演技だとは分かってる。それでも沙耶の心臓はいちいち反応してしまうのだ。
一八〇?はゆうにこえているであろう高身長に均整のとれた体躯と、あいかわらず綺麗なその目鼻立ち、以前より少し低くなった声も沙耶にとっては新鮮で、ドキドキが止まらない。
「おい、話きいてるのか。」
「あ、い、痛みは随分良くなったよ。ありがとう、瞬ちゃん。」
「そうか。まあ、でも下山の方が足の負担が大きいからな。明日の朝、もう一度しっかり固定してやるよ。」
「ありがとう、瞬ちゃん。」
妄想にふけっていた沙耶とは違い、瞬ちゃんは現実的に明日のことまで考えてくれていた。
沙耶は、それは誰に対してもする優しさなのか、それとも自分だけに対する特別なものなのか。
後者だったらいいのにな。だけど、そんなはずはないことは分かっている。
つい先日までの瞬ちゃんの態度が彼の本音なのだから。
「ねえねえ、沙耶、リアルに一ノ瀬さんとイイ感じなんじゃない?」
日奈子は母を彷彿とさせる野次馬根性で、沙耶と瞬ちゃんの関係に首を突っ込んでくる。ほんとどこに行ってもこういう人はいるものだと、沙耶はうんざりする。
「そんなわけないでしょ。みんなの手前優しくしてくれてるだけだよ。」
「またまた謙遜しちゃって~。私の目に狂いが無ければ、一ノ瀬さんは脈ありだな。」
狂いが無ければね。だけど、あれだけ露骨に避けられていたのにそんな事はにわかに信じられない。
「もう、そんな話はいいから、寝よう。私疲れたよ。」
「ほーんと、つっかれたー。でも、明日で下山なんて何か寂しいなー。登山って意外に楽しいんだもん。」
日奈子の言葉に、沙耶は中学の時の友人くるみを思い出していた。
見かけのゆるさと身体能力のギャップがかなりあるというタイプが存在するということを。
初心者向けのコースと聞いていたはずの今回でさえ、結局はついていけず、足をくじいてしまった。
もちろん、次回に向けて個人的に努力するつもりではいる。
しかし、自分の身体能力は今まで生きてきた20年弱の人生で十分わかっている。
人には努力では乗り越えられない持って生まれたものがあるのだということを。
たとえて言うなら、軽自動車のエンジンと大型トラックのエンジンのようなもので、人間だから外から見たら分からないけれど、実際そういう違いは存在するのだ。
ただ、大型トラックの持ち主には理解出来ないだろう。
しかし、持たないものは、持っている人との違いを人生のあらゆる場面で思い知らされるのだ。
人がたやすく出来ることがどんなに頑張っても出来ないのだから。
幸いなことに、頭脳だけはどうにか人よりも少し優れていたから、こうして瞬ちゃんのいる大学に入ることも出来た。
それは感謝してもしきれない。
ただ、瞬ちゃんとのつながりであるこのワンダーフォーゲル部に体力的についていけないとなると、それは致命傷だ。
これまでの努力が無になってしまう。
学部も違い、学年も違うのだ。唯一の接点をなくしたら、いったいどうやって瞬ちゃんにそばにいられるのか、今の沙耶には何のアイディアも浮かばなかった。
疲れてはいるのに、そんなことをグルグル考えてなかなか眠れない。沙耶は、部屋を出ると山小屋の外に出てみた。
「うわあ、きれい!」
そこには満天の星空が広がっていた。町ではとても見ることが出来ない星たちが、澄み切った夜空にキラキラと瞬いていた。
ジャリ。沙耶の他にも誰かがいるようだ。
「星、すごく綺麗ですね。」
沙耶は、同じ山小屋に泊まっている人ならと、気軽に話しかけていた。
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それは確かに、瞬ちゃんの声だった。
「え、瞬ちゃんなの?」
「…。昨日言った事もう忘れたのか?俺がお前のこと、ずっと避けてたの分かってるだろ。部長の命令でカップルのふりしてるだけって分かってるよな。」
「そ、それはそうだけど、なんで私のこと無視するの?」
暗闇に紛れて、沙耶はずっと言えなかった疑問をぶつけた。
「はあ?勝手に追いかけてきといてよくそんな口がきけるな。隣同士じゃなかったら、ストーカーで警察に突き出すところだ。」
「う、うそでしょ。瞬ちゃん…。」
あの優しかった瞬ちゃんが、こんなひどいこと言うはずない…。
「なあ、沙耶。お前、いつまで隣同士にしがみついてるんだよ。いい加減大人になれよ。率直に言う、もう迷惑だからこれ以上俺につきまとわないでくれ。」
完全に拒絶された。信じられない、信じたくないけれど、これは現実なのだ。涙がとめどなく溢れてくる。
「わ、分かった。もう、つきまといません。」
「ああ、ただ、明日はみんなの手前ちゃんと演技してもらうから。これ以上みんなに迷惑かけたくないからな。それから、近いうちに退部届け出してくれ。」
「えっ…。」
瞬ちゃんは沙耶の横をすり抜け、山小屋の中へ消えていった。
どうして…、瞬ちゃん私のことそんなに嫌い?その答えは、いくら考えても沙耶には分からない。
沙耶は、痛む左足を引きずりながら自分の部屋へ戻っていった。
みんなを起こさない様にそっとベッドに入った。
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