23 / 37
初恋がこじれにこじれて困ってます.23
しおりを挟む
みんなが部屋に戻ると、ホントに二人っきりになってしまった。
「あ、あの、瞬ちゃん、これって。」
沙耶は恐る恐る話しかける。
「沙耶、いいか、分かってると思うけど、俺とお前は付き合ってなんかいない。これは俺がこのサークルに在籍し続けるために仕方なく選んだ苦肉の策だ。みんなの前では、付き合っているふりをする。それ以外の時は俺に話しかけないでくれ。」
瞬ちゃんはこっちを見ることもなく言い放った。
「えっ…。」
「えって、当たり前だろう。いつ俺と沙耶が付き合ったんだよ。ただ、お前が自分の気持ちをぶっちゃけちゃったせいで、もうごちゃごちゃ否定してもみんなは信じやしないだろう。だったら、表向きは付き合ってることにして、丸く納めておけばこれ以上面倒なことに巻き込まれることもない。」
冷たく言われて、沙耶は言葉をなくす。
「まったく、急に現れて、ずっと追いかけて来たって言われて、こっちは寝耳に水だよ。」
「ご、ごめんなさい。」
「ああ、もう済んだことはしかたないから、きちんと芝居してくれよ。わかった?」
「はい…。」
まさかそんな風に言われるなんて想像もしてなくて、沙耶は泣きそうになる。
「じゃあ、今日はもう寝よう。明日も早いからな。お休み。」
そう言うと、瞬ちゃんはさっさと自分の部屋へと行ってしまった。
大好きな瞬ちゃんにやっと会えたのに…、どうしてこんなことになってしまったの?私が考えなしにペラペラしゃべっちゃったから?一人残された沙耶は、これから一体どうすればいいのか全く分からなくなってしまった。
追いかけて、追いつけばそこには幸せが待っていると勝手に思い込んでいた愚かな自分。
現実はそんなものとはかけ離れていた。
「沙耶、どう?あこがれの一ノ瀬さんとめでたく恋人同士になれた感想は。」
日奈子は目をキラキラさせて尋ねる。
「な、何言ってんの。あれは、日奈子がそうしたらって言ったから表向きそうしてるだけじゃない。」
「そう言っても、あんな風に彼女扱いしてもらったら、そりゃ嬉しいでしょ?どうよ?」
「そ、それは、その、う、嬉しいけど…。」
沙耶は顔を赤らめて下を向く。
「もう、素直じゃないなー。このまま何となくだらだらーっと本当の彼女になってっちゃえばいいんだって。男と女なんてそんなもんよ。演技で恋人してるうちに、なんとなくあれっ、俺たち本当に付き合ってるみたいだなーって、うわーっ、いい!いいわー!ドラマみたーい。」
日奈子は妄想が得意らしい。脳内でストーリーを作り上げて勝手に盛り上がっている。
「そ、そんなもんかな?」
恋愛経験のない沙耶は、日奈子の妄想をつい信じてしまいたくなる。
「勝算は十分あると思う。まあ、困ったことがあったら何でも私に相談しなさい。」
日奈子は自信満々に答える。そう言う日奈子の恋愛経験はどれほどのものなのだろうか。
しかし、そんな疑問すら湧かない程、沙耶は恋愛初心者で…。
自分の気持ちさえちゃんと分かっていない。
とりあえずは日奈子のアドバイスに従っていくしかないのかもしれないと、若干の諦めと期待を持って、楽しそうに微笑む日奈子を見つめるのだった。
「おはよう。みんなよく眠れたかー。今日はいよいよ丹沢山を登ります。今日は少し雲が出てるから、初心者のサポートは昨日以上に慎重にお願いします。他のメンバーも気を抜かない様に。朝食が終わった者から身支度をして、外に集合してください。」
朝食をすまして外に出ると、空気がヒンヤリと冷たかった。沙耶は今更だが、自分が山の上にいることが信じられない。
「沙耶、よく眠れたか?」
「えっ、うん。大丈夫。」
瞬ちゃんに話しかけられ、沙耶はつい不自然な返事をしてしまう。
「そうか、それならいい。今日は見通しが悪いから、足下に注意するんだぞ。何なら、ずっと手をつないでてやろうか?」
そ、そこまで言う必要あるのかな?
沙耶は、二人きりの時と、みんなの前での瞬ちゃんの態度の変化についていけない。
それにそんな言葉がスラスラと出てくるのを聞くと、瞬ちゃんの過去の恋愛を想像してしまって胸が苦しくなる。
そういう言葉を他の女性にも言ってたんだろうな。
そして、それはちゃんとした恋愛をした相手であって、今の自分みたいに偽物ではないのだ。
瞬ちゃんがいくらやさしい言葉をささやいても、それはあくまでみんなに聞かせるためなのだと思うと、それもつらい。
自分で自分の気持ちに気がつく前に部長にハッキリと決めつけられてしまったけど、こうして辛いって思うのはやっぱり瞬ちゃんのことを男性として好きなのだろうか。
自分の気持ち分からなくなってしまった沙耶は、いまだにそんなことを考えていた。
直の時はあんなにもハッキリと好きだって言えたのに。
これでも自分は大人になったのかな。
だって、大人ってあんまり自分の気持ちに正直じゃないもの。
同じ新入部員といえど、これまでの経歴はそれぞれ違う。
日奈子は登山の経験はなかったようだが、中高とゴリゴリの運動部(何部だったかは忘れた)、小野寺君は個人的に登山の経験があるらしい。そして楠木君は小さい頃ボーイスカウトに入っていて、中高は部活でやめていたらしいけれど全くの初心者なわけではない。
ということで、ズブの素人&運動神経も人並以下である沙耶は一番の心配用件だ。
「大丈夫か、沙耶。もう少しで休憩だからな。」
瞬ちゃんが気遣って(表向き)声を掛けてくれる。
「大丈夫。」
そう答えたものの、沙耶は山というものを甘く見ていたと今頃になって後悔しはじめていた。
当たり前だが登れば登るほど苦しくなる。
そして、まともに運動をしたことのない沙耶は自分の体力の限界を知らなかった。
正直、もう足はガクガクしはじめている。しかし、自分一人のためにみんなに迷惑をかける訳にはいかない。
「よーし、ここで休憩するぞー。」
部長の声に、みんなは適当に散らばって体を休める。
「沙耶、お前ちょっとしんどそうだけど、本当に大丈夫か?」
さり気なく横に腰をおろした瞬ちゃんが声を掛けてくる。これは演技だと分かっていても、その距離に沙耶は思わずドキッとしてしまう。
「大丈夫。私、これでもちょっとトレーニングしてきたんだから。」
「本当か?運動嫌いのお前が自分からトレーニングなんて。」
何もかも知られている瞬ちゃんに嘘は通用しない。
「ほんとだよ。まあ、そんなにハードにはできなかったけど。」
「ハハッ、正直だな。まあ、もうひと頑張りだから、一緒に登頂しような。」
笑顔でそう言われ、沙耶の心臓は更に高鳴る。これが、本当の言葉だったら。やっぱりそう思ってしまう。
「うん、頑張る。」
水分と、軽く糖分を取ると部長が出発の号令をかけた。
「ほら、行くぞ。」
瞬ちゃんが手を差し伸べる。沙耶はおずおずとその手を握って立ち上がった。
おっきいけれど、男の人にしてはゴツゴツしていないきれいな瞬ちゃんの手だ。
勉強を教えてもらってるとき、いつもそばで見ていたあの手だ。そんな感慨にふけっても空しいだけなのに。
自分のものになるはずなんてないのに。
みんなにとっては何てことないコースなのだろう。誰もが軽く会話をしながら登っていく。
しかし、沙耶の体力はもう限界に近づいていた。ただ、それを言う勇気はなかった。
少しずつ歩調が遅くなっていく。
「おい、沙耶、大丈夫か?」
瞬ちゃんが振り向いて声を掛けた瞬間、沙耶の身体やぐらりと傾いた。
「沙耶っ!」
瞬ちゃんが沙耶の腕をグッと握って支えてくれたおかげで、転ぶことは免れた。
しかし、瞬ちゃんのサポートも空しく、沙耶は左足首をひどく捻ってしまった。
「ううっ、痛い…。」
沙耶はその場にうずくまる。
「大丈夫か。」
そう聞かれ、みんなの足を引っ張るわけにはいかないと考えた沙耶は、「大丈夫」と即答していた。
日奈子や部長たちも心配そうに見守っている。
「ちょっと、立って歩いてみて。」
瞬ちゃんにそう言われ、立ち上がろうとしたが、左足に力が入らない。
それでも根性で何とか立ち上がろうとしてみる。
「ほら、大丈夫でしょ。」
そう言ってみたものの、右足だけで立っているのは見え見えだ。
「左足を下ろしてみろよ。」
沙耶はしぶしぶ左足を下ろす。
「痛っ!」
「大丈夫じゃないみたいだな。」
瞬ちゃんは心配そうに沙耶を見つめる。叱られるとばかり思っていた沙耶は、反応に困る。
「しようがないな。ほら、おぶってやるから。部長、俺たちのリュック頼みます。」
そう言うと瞬ちゃんはリュックを下ろして沙耶の前でしゃがんだ。
「ヒュー、ヒュー、お熱いね。」
事情を知っている日奈子にとっては、こういうアクシデントが心底楽しいようだ。
「え、そんな大げさにしなくても、ほんとに大丈夫だから。」
「カッコつけてる場合じゃないだろう。ちゃんと歩けない状態で歩かれる方がみんなに迷惑をかけることになる。」
そう言われると、瞬ちゃんの言うとおりだ。情けないけどこれ以上みんなに迷惑をかける訳にはいかない。
「ご、ごめんなさい。」
沙耶はビクビクしながら瞬ちゃんの背中に体をあずけた。
「軽っ。沙耶、お前普段ちゃんと飯食ってるか?」
「ちゃ、ちゃんと食べてるよぉ。」
沙耶はこの年で、しかも瞬ちゃんにおんぶされてる状態が嬉しいのと恥ずかしいので、それどころではなかった。
「でも、胸の成長だけはいいな。」
「ば、ばか。瞬ちゃんの、ばか。」
瞬ちゃんが下ネタを言うなんて、全く考えられない。沙耶は瞬ちゃんの背中で暴れた。
「おいおい、暴れるなよ。二人して崖の下に落っこちちゃうぞ。」
「だって、瞬ちゃんが変な事いうから…。」
「変な事?本当のことだろう。」
「もういい!」
今は何かを言える立場じゃない。それを分かっていて沙耶が困るようなことを言う瞬ちゃんが憎らしい。
そうこうしているうちに三山山荘に到着した。
「あ、あの、瞬ちゃん、これって。」
沙耶は恐る恐る話しかける。
「沙耶、いいか、分かってると思うけど、俺とお前は付き合ってなんかいない。これは俺がこのサークルに在籍し続けるために仕方なく選んだ苦肉の策だ。みんなの前では、付き合っているふりをする。それ以外の時は俺に話しかけないでくれ。」
瞬ちゃんはこっちを見ることもなく言い放った。
「えっ…。」
「えって、当たり前だろう。いつ俺と沙耶が付き合ったんだよ。ただ、お前が自分の気持ちをぶっちゃけちゃったせいで、もうごちゃごちゃ否定してもみんなは信じやしないだろう。だったら、表向きは付き合ってることにして、丸く納めておけばこれ以上面倒なことに巻き込まれることもない。」
冷たく言われて、沙耶は言葉をなくす。
「まったく、急に現れて、ずっと追いかけて来たって言われて、こっちは寝耳に水だよ。」
「ご、ごめんなさい。」
「ああ、もう済んだことはしかたないから、きちんと芝居してくれよ。わかった?」
「はい…。」
まさかそんな風に言われるなんて想像もしてなくて、沙耶は泣きそうになる。
「じゃあ、今日はもう寝よう。明日も早いからな。お休み。」
そう言うと、瞬ちゃんはさっさと自分の部屋へと行ってしまった。
大好きな瞬ちゃんにやっと会えたのに…、どうしてこんなことになってしまったの?私が考えなしにペラペラしゃべっちゃったから?一人残された沙耶は、これから一体どうすればいいのか全く分からなくなってしまった。
追いかけて、追いつけばそこには幸せが待っていると勝手に思い込んでいた愚かな自分。
現実はそんなものとはかけ離れていた。
「沙耶、どう?あこがれの一ノ瀬さんとめでたく恋人同士になれた感想は。」
日奈子は目をキラキラさせて尋ねる。
「な、何言ってんの。あれは、日奈子がそうしたらって言ったから表向きそうしてるだけじゃない。」
「そう言っても、あんな風に彼女扱いしてもらったら、そりゃ嬉しいでしょ?どうよ?」
「そ、それは、その、う、嬉しいけど…。」
沙耶は顔を赤らめて下を向く。
「もう、素直じゃないなー。このまま何となくだらだらーっと本当の彼女になってっちゃえばいいんだって。男と女なんてそんなもんよ。演技で恋人してるうちに、なんとなくあれっ、俺たち本当に付き合ってるみたいだなーって、うわーっ、いい!いいわー!ドラマみたーい。」
日奈子は妄想が得意らしい。脳内でストーリーを作り上げて勝手に盛り上がっている。
「そ、そんなもんかな?」
恋愛経験のない沙耶は、日奈子の妄想をつい信じてしまいたくなる。
「勝算は十分あると思う。まあ、困ったことがあったら何でも私に相談しなさい。」
日奈子は自信満々に答える。そう言う日奈子の恋愛経験はどれほどのものなのだろうか。
しかし、そんな疑問すら湧かない程、沙耶は恋愛初心者で…。
自分の気持ちさえちゃんと分かっていない。
とりあえずは日奈子のアドバイスに従っていくしかないのかもしれないと、若干の諦めと期待を持って、楽しそうに微笑む日奈子を見つめるのだった。
「おはよう。みんなよく眠れたかー。今日はいよいよ丹沢山を登ります。今日は少し雲が出てるから、初心者のサポートは昨日以上に慎重にお願いします。他のメンバーも気を抜かない様に。朝食が終わった者から身支度をして、外に集合してください。」
朝食をすまして外に出ると、空気がヒンヤリと冷たかった。沙耶は今更だが、自分が山の上にいることが信じられない。
「沙耶、よく眠れたか?」
「えっ、うん。大丈夫。」
瞬ちゃんに話しかけられ、沙耶はつい不自然な返事をしてしまう。
「そうか、それならいい。今日は見通しが悪いから、足下に注意するんだぞ。何なら、ずっと手をつないでてやろうか?」
そ、そこまで言う必要あるのかな?
沙耶は、二人きりの時と、みんなの前での瞬ちゃんの態度の変化についていけない。
それにそんな言葉がスラスラと出てくるのを聞くと、瞬ちゃんの過去の恋愛を想像してしまって胸が苦しくなる。
そういう言葉を他の女性にも言ってたんだろうな。
そして、それはちゃんとした恋愛をした相手であって、今の自分みたいに偽物ではないのだ。
瞬ちゃんがいくらやさしい言葉をささやいても、それはあくまでみんなに聞かせるためなのだと思うと、それもつらい。
自分で自分の気持ちに気がつく前に部長にハッキリと決めつけられてしまったけど、こうして辛いって思うのはやっぱり瞬ちゃんのことを男性として好きなのだろうか。
自分の気持ち分からなくなってしまった沙耶は、いまだにそんなことを考えていた。
直の時はあんなにもハッキリと好きだって言えたのに。
これでも自分は大人になったのかな。
だって、大人ってあんまり自分の気持ちに正直じゃないもの。
同じ新入部員といえど、これまでの経歴はそれぞれ違う。
日奈子は登山の経験はなかったようだが、中高とゴリゴリの運動部(何部だったかは忘れた)、小野寺君は個人的に登山の経験があるらしい。そして楠木君は小さい頃ボーイスカウトに入っていて、中高は部活でやめていたらしいけれど全くの初心者なわけではない。
ということで、ズブの素人&運動神経も人並以下である沙耶は一番の心配用件だ。
「大丈夫か、沙耶。もう少しで休憩だからな。」
瞬ちゃんが気遣って(表向き)声を掛けてくれる。
「大丈夫。」
そう答えたものの、沙耶は山というものを甘く見ていたと今頃になって後悔しはじめていた。
当たり前だが登れば登るほど苦しくなる。
そして、まともに運動をしたことのない沙耶は自分の体力の限界を知らなかった。
正直、もう足はガクガクしはじめている。しかし、自分一人のためにみんなに迷惑をかける訳にはいかない。
「よーし、ここで休憩するぞー。」
部長の声に、みんなは適当に散らばって体を休める。
「沙耶、お前ちょっとしんどそうだけど、本当に大丈夫か?」
さり気なく横に腰をおろした瞬ちゃんが声を掛けてくる。これは演技だと分かっていても、その距離に沙耶は思わずドキッとしてしまう。
「大丈夫。私、これでもちょっとトレーニングしてきたんだから。」
「本当か?運動嫌いのお前が自分からトレーニングなんて。」
何もかも知られている瞬ちゃんに嘘は通用しない。
「ほんとだよ。まあ、そんなにハードにはできなかったけど。」
「ハハッ、正直だな。まあ、もうひと頑張りだから、一緒に登頂しような。」
笑顔でそう言われ、沙耶の心臓は更に高鳴る。これが、本当の言葉だったら。やっぱりそう思ってしまう。
「うん、頑張る。」
水分と、軽く糖分を取ると部長が出発の号令をかけた。
「ほら、行くぞ。」
瞬ちゃんが手を差し伸べる。沙耶はおずおずとその手を握って立ち上がった。
おっきいけれど、男の人にしてはゴツゴツしていないきれいな瞬ちゃんの手だ。
勉強を教えてもらってるとき、いつもそばで見ていたあの手だ。そんな感慨にふけっても空しいだけなのに。
自分のものになるはずなんてないのに。
みんなにとっては何てことないコースなのだろう。誰もが軽く会話をしながら登っていく。
しかし、沙耶の体力はもう限界に近づいていた。ただ、それを言う勇気はなかった。
少しずつ歩調が遅くなっていく。
「おい、沙耶、大丈夫か?」
瞬ちゃんが振り向いて声を掛けた瞬間、沙耶の身体やぐらりと傾いた。
「沙耶っ!」
瞬ちゃんが沙耶の腕をグッと握って支えてくれたおかげで、転ぶことは免れた。
しかし、瞬ちゃんのサポートも空しく、沙耶は左足首をひどく捻ってしまった。
「ううっ、痛い…。」
沙耶はその場にうずくまる。
「大丈夫か。」
そう聞かれ、みんなの足を引っ張るわけにはいかないと考えた沙耶は、「大丈夫」と即答していた。
日奈子や部長たちも心配そうに見守っている。
「ちょっと、立って歩いてみて。」
瞬ちゃんにそう言われ、立ち上がろうとしたが、左足に力が入らない。
それでも根性で何とか立ち上がろうとしてみる。
「ほら、大丈夫でしょ。」
そう言ってみたものの、右足だけで立っているのは見え見えだ。
「左足を下ろしてみろよ。」
沙耶はしぶしぶ左足を下ろす。
「痛っ!」
「大丈夫じゃないみたいだな。」
瞬ちゃんは心配そうに沙耶を見つめる。叱られるとばかり思っていた沙耶は、反応に困る。
「しようがないな。ほら、おぶってやるから。部長、俺たちのリュック頼みます。」
そう言うと瞬ちゃんはリュックを下ろして沙耶の前でしゃがんだ。
「ヒュー、ヒュー、お熱いね。」
事情を知っている日奈子にとっては、こういうアクシデントが心底楽しいようだ。
「え、そんな大げさにしなくても、ほんとに大丈夫だから。」
「カッコつけてる場合じゃないだろう。ちゃんと歩けない状態で歩かれる方がみんなに迷惑をかけることになる。」
そう言われると、瞬ちゃんの言うとおりだ。情けないけどこれ以上みんなに迷惑をかける訳にはいかない。
「ご、ごめんなさい。」
沙耶はビクビクしながら瞬ちゃんの背中に体をあずけた。
「軽っ。沙耶、お前普段ちゃんと飯食ってるか?」
「ちゃ、ちゃんと食べてるよぉ。」
沙耶はこの年で、しかも瞬ちゃんにおんぶされてる状態が嬉しいのと恥ずかしいので、それどころではなかった。
「でも、胸の成長だけはいいな。」
「ば、ばか。瞬ちゃんの、ばか。」
瞬ちゃんが下ネタを言うなんて、全く考えられない。沙耶は瞬ちゃんの背中で暴れた。
「おいおい、暴れるなよ。二人して崖の下に落っこちちゃうぞ。」
「だって、瞬ちゃんが変な事いうから…。」
「変な事?本当のことだろう。」
「もういい!」
今は何かを言える立場じゃない。それを分かっていて沙耶が困るようなことを言う瞬ちゃんが憎らしい。
そうこうしているうちに三山山荘に到着した。
0
お気に入りに追加
147
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる