初恋がこじれにこじれて困ってます

星野しずく

文字の大きさ
上 下
16 / 37

初恋がこじれにこじれて困ってます.16

しおりを挟む
 瞬ちゃんとは学年が違うこともあり、ついに顔を合わすこともなく高校受験の時期を迎えていた。

 長男の受験ということで、母親たちはちょくちょく情報交換をしている。沙耶は、何気ない感じを装ってそれとなく瞬ちゃんの動向を聞いてみた。

「ねえ、お母さん。お兄ちゃんは港南高校にするんでしょ?」

「うん、そうよ。」

「だよね。港南高校は陸上強いもんね。じゃあ、やっぱり瞬ちゃんも同じなのかな?」

 仲のいい二人だ、部活動も一緒で、そのまま同じ高校を目指してもおかしくはない。

「それがね、お隣の奥さんもちょっとびっくりしてるんだけど、旭高校にするらしいのよ。」

「ええー、旭高校ってあの旭高校!」

「そう、あの旭高校。」

 旭高校というのは、学力は全国でもトップクラスの全寮制の男子校だ。
 
 しかし、陸上部が特に強いという訳ではない。

 旭高校よりもうんと近いところに、学力レベルも割と高く、陸上をやるには申し分ない港南高校があるというのに、なぜわざわざ他県の旭高校に行く必要があるのだろうか。

 確かに学力では全国レベルではあるのだが…。

「そ、そうなんだ。瞬ちゃん、そんな遠いところに行っちゃうんだ。」

「うん。奥さんも港南に行くとばかり思ってたからって、ちょっと複雑そうだったわ。まあ、でも本人が行きたいって言うんだから仕方がないわよね。」

「そ、そうだね。瞬ちゃんだったら、頭いいからきっと受かるよね。」

 沙耶は瞬ちゃんがますます手の届かないところに行ってしまうという現実に、まだ合格してもいないというのに、ひどく打ちのめされた気持ちになった。

「ねえ、直、瞬ちゃんが遠くに行っちゃうのってやっぱり寂しい?」

 沙耶は、学期末試験中で部活動が休みのため久しぶりに帰りが一緒になった直を捕まえる。

「はあ?べつに寂しくなんかねえよ。」

「うそー、ふたり兄弟なんだからちょっとは寂しいでしょ?」

 みんなの予想通り、瞬ちゃんは無事旭高校に合格した。春からは遠くへ行ってしまうのだ。

「お前なー、男兄弟なんて家にいたって口もきかねえし、いるのかいないのかそんなの気にしたことねえから、別に高校どこに行こうと何にも変わんねえよ。」

 直はあっさりと言い放つ。

 自分も兄である一樹とそんなに仲良しこよしではないけれど、一緒にテレビを見たり、他愛もない話をしたりはする。

 もし一樹がこれから先、大学なり就職なりで遠くに行くことになれば、それなりに寂しい。男と女でこんなにも感じ方が違うものなのだろうか、それとも直が鈍感すぎるだけなのか、本当のところは分からない。

「そ、そうなんだ。でも、今更だけど、どうして瞬ちゃん港南に行かなかったんだろうね。」

 沙耶は前から気になっていた疑問を直にぶつけてみる。

「はあ?お前ほんとオバサンみたくなってきたな。そんなのひとの勝手だろ。兄貴には兄貴のこだわりがあるんだろ。知らねえけど。」

「うう、ごめん。だけど、近くに港南があるのに、わざわざ遠くの高校に行くなんてどうしてかなって思うじゃん。」

「俺はそんなこと思わねえよ。俺も近いとか遠いとかそんなこと全く気にしねえよ。自分の行きたいところに行く、それがどんなに遠いところでもな。」

 そう言い放つ直が久々にカッコよくて、沙耶はしばらくその横顔にボーっと見とれてしまった。

「な、なんだよ、急に黙って。お前、今日何だかおかしくないか。」

 顔を覗き込むように近づけてきた直に、沙耶の胸はドキンと跳ねる。

「そ、そんなことない。」

 これ以上話したら、余計なことまで言ってしまいそうで沙耶は口を閉ざした。

 直のこともちゃんと諦めなければと思ってはいる。最近になって知ったのだ。

 直がバスケ部の例の骨折したマネージャーと付き合っているということを。

 人気者の直が付き合ったというニュースはあっという間に広まり、密かに直に思いを寄せていた女子をどん底に突き落とした。

 隠し事など出来ない性格の直は、彼女との交際を全く隠す様子はなく、そのあっぱれな程のオープンさがかえってみんなの反感を買わずに済んだほどだ。

 そうして、沙耶の初恋も木っ端みじんに吹っ飛んだのだった。

 直のことを好きな気持ちはそんなにすぐに消えてなくなる訳ではなかったけれど、彼女が出来たのを知ったとき自分が思っていた程ショックを受けなかったのはなぜだろうか。

 春休みは先生たちの移動などがある関係で、部活動は他の長期休暇よりも少ない。

 自主練を行う部もあるがそれも一部の強い部だけだ。テニス部はもちろんそっち側ではない。

 そんな訳で、沙耶はあいかわらず自堕落な生活を送っていた。

 お母さんから瞬ちゃんが明日旅立つと聞いていた。

 とっても気になる。勇気を出してお隣を訪ねてみようかと何度も思った。

 しかし、また前回のように拒絶されたら…、そしてそのまま遠くへ行ってしまうことになったら…。

 そう考えると、急に気が重くなる。

 カーテンを少し開けてお隣を覗き見た。

 おじさんもおばさんも仕事で、直は当然のごとく朝から部活に行っているだろう。

 瞬ちゃんは居るのだろうか。そのままお隣のリビングに視線を移した瞬間、誰かの影が動くのが見えた。

 はっきりとは見えなかったけれど、きっと瞬ちゃんだ。

 今日を逃したら次は一体いつ瞬ちゃんに会えるのだろう。このままじゃダメだ。沙耶部屋を飛び出した。

 沙耶はお隣の玄関の前で、やはりこの前の様に立ち尽くしていた。

 前回訪問したときはおばさんがいることが分かっていた。しかし、今日はいるとしたら瞬ちゃん一人だ。

 否が応でも緊張が増してくる。

 しかし、いつまでもひとの家の前で立ち尽くしていては、変な人だと思われかねない。

 既にさっきから、道行く人の視線が痛い。沙耶は勢いに任せてチャイムを押した。

「…はい。」

 しばらくして応答があった。瞬ちゃんだ。

「…沙耶です。」

「…ちょっと待ってて。」

 うわーっ、うわーっ、瞬ちゃんだ。ど、どうしよう、やっぱり家に帰っちゃおうかな。いまさらだけど、沙耶は焦る。ガチャと玄関のドアが開いた。

「どうぞ。」

 どうぞ、と言ってくれてはいるけれど、その表情は硬いままだった。

「お、お邪魔します。」

 以前毎日の様に来ていたはずの一ノ瀬家なのに、ひどく居心地が悪い。

「そこ座って。何か飲む?」

 沙耶は促されるままにソファに腰掛けた。

「い、いらない。」

 今すぐにでも帰って欲しいと思っているであろう瞬ちゃんの手を煩わせるわけにはいかない。

「どうした。何か用があったの?」

 瞬ちゃんは沙耶の方を見ない。

「しゅ、瞬ちゃん、明日行っちゃうんだよね。」

 瞬ちゃんの肩がピクッと動いた様に感じたのは気のせいだろうか…。瞬ちゃんはゆっくりと答えた。

「そうだけど、それが何か?」

 その言葉を聞いて、沙耶は次の言葉が出て来なかった。かわりに涙が溢れてくるのが分かる。

「ご、ごめんなさい。お邪魔しました。」

 沙耶はそのまま一ノ瀬家を飛び出した。自分の部屋に駆け込むとベッドに突っ伏した。

 後から後から溢れて来る涙を枕で受け止めた。

 どうして?私、そんなに嫌われる様なことしたのかな?瞬ちゃん、瞬ちゃん、どうして…?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。

梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。 王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。 第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。 常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。 ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。 みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。 そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。 しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません

しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。 曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。 ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。 対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。 そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。 おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。 「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」 時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。 ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。 ゆっくり更新予定です(*´ω`*) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

処理中です...