上 下
13 / 37

初恋がこじれにこじれて困ってます.13

しおりを挟む
「沙耶、大変じゃないか?。」

 すでにメンタルが疲弊しきったところに、天の声ならぬ直の声が降ってきた。

「ううん、大丈夫だよ。直たちこそ、凄いね!毎日こんな大変な練習こなしてたんだね。」

「ハハッ、そんな大げさなもんじゃないよ。うちはそんな強豪校でもないし、このくらい普通だよ。」

 そんな風に言われると普段だらけきった生活を送っていた沙耶としては益々肩身が狭くなるのだが、そういう別世界があるのだと納得するしかない。
 
 時間はあっという間に過ぎ、お昼のチャイムが鳴る。「みんな集まれー。」

 コーチの声でみんなが集まり、今日の反省点などが伝えられた。

 くるみと沙耶は、すっかり乾いたタオルとスポーツドリンクを部員に配った。これが毎日続くのだ。沙耶は直がいなかったらとてもやっていられなかっただろう。

 くるみは、頼まれてマネージャー代理になったけれど、きっと動機は沙耶のように不純ではないはずだ。むしろ、得意を生かして本当にみんなの役にたっている。

 一応解散となったところで、くるみは例の大きなお弁当箱を持ってきてみんなの前に広げた。

 オオーッという歓声が上がる。

「みんなお疲れ様。どうぞ、召し上がれ。」

「いっただきまーす。」

 中学生男子の食欲は半端ではない。決して少なくなかったお弁当箱の中身はあっという間に姿を消した。「ごちそうさまー。」

「どういたしまして。」

 くるみがお弁当箱を片付けていると、さっそく健太が飛んできた。

「俺きがえてくるから、一緒に帰ろう。」

「うん。」

 いたって普通に答えるくるみを、沙耶は畏敬の念を持って見つめた。マネジャーの仕事はきちんとこなし、メンバーの体調管理から練習メニューの管理までこなし、おまけにあんな量のお弁当も作っちゃうし。

「ねえ、くるみ、私もお弁当…。」

 料理なんてからっきしダメな自分が出来るはずもないのに、ついそんな言葉が口をついて出てしまった。

「沙耶、私、料理は昔から好きだったから作ってるだけ。だから、私と同じことなんてしなくていいんだよ。大体、沙耶はいてくれるだけで元気でるんだから。それ以上なんにもいらないよ。」

「え、えっと、ありがとう。」

 えらく大人びたくるみの発言に、沙耶は面食らう。でも、そんな風に思っていてくれるなんて、嬉しい。少しだけ気が楽になった。単純な沙耶は、くるみの言葉を素直に受け取った。

「おーい、くるみー、帰ろう。」

 ニッコニコ顔の健太様のお出ましだ。

「じゃあね、沙耶。また明日。」

「じゃあね。」

 沙耶は何だかホッコリした気持ちで二人を見送った。

「くるみちゃんっていい奴だな。お前、いい友達もってんな。」

 突然後ろから話しかけられて、沙耶は飛び上がる程びっくりした。声の主は直だ。

「どうせ帰り道おなじなんだ。一緒に帰るか。」

「え、う、うん。」

 ついこの間まで一緒に通学していたというのに、ちょっと間が空いただけで、妙に気恥しい。

「私、自転車取って来る。」

「ああ。」

(うわああああああ、直と一緒に帰れるなんて…、どうしよう、どうしよう、嬉しいけど、緊張ー!!)

「お待たせ。」

 力が入りまくっている沙耶とは対照的に、直はごく普通に話しかけてくる。

「しっかし今さらだけど、お前がマネージャーやるなんてどういう風の吹きまわしだ。」

 直は未だに女心には疎いらしい。特にバスケが好きでもなくて、人の世話をするよりも世話を焼かれる方が多い自分がマネージャーをやるなんて、何か別の目的が(つまりはお目当ての男子がいる=直)あるということには思い至らないらしい。沙耶は作り話をするのもいやだったので、半分本当の話をした。

「瞬ちゃんが、やってみたらってアドバイスしてくれたんだ。」

「兄貴が?どういうこと?」

「私、瞬ちゃんに家庭教師してもらってるでしょ。それで、くるみがマネージャーをするって話したら、慣れないうちは一人じゃ大変だろうって。どうせ私が暇人だって瞬ちゃんにはバレてるし。」

「ふうん。兄貴は沙耶のことになると変に面倒見がいいからな。弟の俺より、お前の方が絶対大事にされてるよ。」

「そ、そんなことないよ。」

 沙耶は瞬ちゃんとレッスンしたあれこれを思い出してアタフタしてしまう。

「それにしても、くるみちゃんってすごいなー。めちゃくちゃ頼りになる。代理のつもりで頼んだんだけど、このままマネージャー続けてくれないかな。なあ、沙耶からも聞いてみてくれよ。」

「べ、べつにいいけど。私たち一応テニス部なんだよ。」

 バスケ部の練習を見た後でどの口が言っているのかとは思うけれど。

「掛け持ちってのでもいいぜ。テニス部ってゆるいんだろ?」

 そう言われると返す言葉がない。練習風景を直接目にしたあとの今となってはなおさらだ。

「い、一応聞いといてあげる。」

「おー、サンキュー助かるよ。」

 未だにドキドキが止まらない沙耶とは反対に、直は鼻歌を歌って上機嫌だ。

「そ、それにしても、くるみと健太君付き合ってるなんてびっくりしちゃった。」

 何気ない振りをよそおい、そういう話題にもっていってみる。

「ああ、あれな。俺は今は生活がバスケ中心に動いてるから、あんな風にあれもこれもってできるやつは器用だなって思うわ。」

「ふ、ふーん。でも直は好きな子とかいないの?」

 沙耶は久しぶりに話せたこのチャンスを逃すまいと、ダメもとで尋ねた。

「はあ、何でお前にそんなこと言わなくちゃいけないんだよ。」

 え、ちょっと待って、その言い方はつまり、好きな子はいるけど、私には言えないって、そういうこと?

「そういうお前はどうなんだよ。」

 まさかそう来るとは思っていなかった。

「わ、私?私は、い、いるよ。」

「へえ、じゃあ教えてよ?」

 直が急にイジワルになる。

「だ、誰が。教える訳ないでしょ。」

「なんだよ、ひとには聞いといて、サイテー。」

「ううーっ。」

 浅はかすぎるこの性格が恨めしい。

「じゃあなー。」

 あっという間に家に着いてしまった。バスケ部のマネージャーになったというだけで、現状、沙耶の恋に関しては一歩も進んではいない。直との関係を進展させることが出来なければ、マネージャーになったことは沙耶にとっては、ただの時間の無駄遣いだ。
 
 しかし、どうやって二人の関係を今までと違ったものにすればいいのか皆目見当がつかない。

 これまで頼りにしていた瞬ちゃんにはあんな態度をとってしまったし…。

 沙耶は地獄の様な暑さの中、明日から毎日汗だくで洗濯や掃除、メンバーのサポートもろもろを行わなければならないことに、早くもへこたれそうになっていた。

「じゃあ、また明日。」

「おう、よろしく頼むな!」

 そう言ってニコッと笑った直の八重歯が、やっぱり沙耶の胸をキュンとさせる。

「う、うん。任せといて。」

 などと、心にも無いことを思わず言ってしまった。

 アホな私。とりあえず、直が喜んでくれるんなら、やる価値はあるかな…。恋愛対象とは相変わらず見られていないとしても。でも、やっぱり空しい…、お隣同士なのに。近くても遠い二人の心の距離。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。

石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。 すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。 なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

処理中です...