11 / 37
初恋がこじれにこじれて困ってます.11
しおりを挟む
翌日、沙耶は用も無いのに朝早く目が覚めてしまった。バスケ部は今日は午前部活だから、直から返事がもらえるのは昼過ぎだというのに。いつもだったら、ダラダラと昼まで寝ているというのに…。両親は仕事でいないし、一樹はもちろんとっくの昔に部活に出て家にはいない。
沙耶はニット素材のワンピースに着替えるとキッチンに行ってトーストとオレンジジュースの軽い朝食をとった。今日もいい天気だ。夏の日差しが目に痛いくらいだ。とんでもなく暇なので、庭の植物に水やりでもしようかと、リビングのドアを開けた。暑さと湿気で一気に外に出る気が失せそうになる。しかし、母が育てているちょっとした菜園とプランターの花たちは今にもしおれそうだ。
「仕方ない、やるか。」
沙耶はジョーロに水をたっぷり入れると、ひび割れた土に水をあげた。何気なくお隣に目をやると、誰もいないはずの一ノ瀬家のリビングに人の影が見える。
(ど、泥棒!)
一瞬ビビった沙耶だったが、もう一度しっかり見てみると、そこにいるはずのない人物、瞬ちゃんがぼんやり立っていた。
(どうしたんだろう…、瞬ちゃんが部活休むなんて…。どっか具合でも悪いのかな?昨日は元気そうだったのに。)
気にはなるけれど、何故だか声をかけられない雰囲気があって、沙耶は水やりを済ますとそのままリビングへ戻った。携帯のブルブルっという振動で目が覚めた。ソファに座ってぼんやりとテレビを見ているうちに眠ってしまったようだ。急いでメッセージを確認する。直からだった。
『マネージャー明日からよろしく。』
「やったー、やったー、マネージャー合格だー。」
『こちらこそよろしく。』
なんだかこそばゆいが、沙耶はそんな返事を返した。マネージャーになれたことをいち早く瞬ちゃんに報告しようと、沙耶はお隣を訪ねた。チャイムを押して返事を待つ。しかし応答はない。
(おかしいな、さっきは確かに瞬ちゃんがいたはずなのに。)
もう一度チャイムを押してみたけれどやはり反応がない。
(出かけちゃったのかな?せっかく、マネージャーになれたこと瞬ちゃんに聞いてもらおうと思ったのに。)
沙耶は仕方なく家に帰った。でも、明日からは張り合いのある毎日が送れそうだ。そう思うと少しだけ前向きな気持ちになれた。
夕方になり、くるみに連絡を入れてみる。
『私もマネージャーやることになったよ。よろしく!』
どんな返事が返ってくるだろう。ちょっと緊張する。
『みんな喜んでたよ!二人で頑張ろね!』
くるみからの返事はいたって普通のものだった。構えていた自分がおかしくなるくらい拍子抜けしてしまう。
(くるみってどこまでが本音なのかな…。なんだかどんどん分からなくなるよ…。)
一見普通の答えなのに、何だか不自然に感じるのは自分が過剰に反応してるだけなのかもしれない。沙耶はどこまで考えても分からないものは分からないとあきらめた。とりあえず明日からが勝負だ。
『ありがとう。色々教えてね!』
そう返事をして会話を終えた。
くるみのことも気になるけれど、瞬ちゃんのことも気になる。まあ、夜になったら家庭教師で来てくれるんだからいいか。沙耶は気持ちを切り替えて、明日の準備に取り掛かった。マネージャーはユニフォームなんてものはないから、体育のジャージと上は体操服らしい。まったく可愛気ない。ユニフォームにあこがれてテニス部に入った沙耶にとっては、ひどく不満があるが仕方がない。マネージャーは選手でもないし、そのうえ代理なのだから、贅沢を言っている場合ではないのだ。
塾に行くために一樹は一人さっさと夕食をすませて出かけてしまった。沙耶はお母さんと二人でテーブルについた。
「あのねお母さん、私、明日からバスケ部のマネージャーやることになったんだ。」
「へえ、どうしちゃったの?そんな雑用みたいなこと沙耶好きそうじゃないのに。」
たしかに余り器用とは言えない自分が、人の世話をする仕事に向いているとは思えない。
「何かね、マネージャーの子が自転車で転んで骨折しちゃったんだって。それで直たち困ってて、ちょうど私と同じテニス部のくるみっちゃんって子にマネージャー代理を頼んだらしいんだけど、やっぱり一人で慣れない仕事をこなすのは大変みたいだから、ここは私も一肌脱ごうかと思ったの!」
大嘘だけど、お母さんにはとりあえず何か理由をつけて明日からマネージャーをやるということを伝えておかなければならないのだ。毎日自分の汗臭いジャージを洗ってもらうためにも。
「ふうん、そういう理由があったのね。あんたも家でゴロゴロしてて太っちゃうよりはよっぽどましな時間の過ごし方だわね。」
母はすんなり納得してくれたようだ。
「そう言えば、バスケ部は結構強いんでしょ?」
「あ、そろそろ瞬ちゃんが来る頃だ。ごちそうさまー。」
これ以上根掘り葉掘り聞かれてボロが出る前に沙耶はさっさと部屋に引き上げた。
部屋に戻って随分経つのに瞬ちゃんは一向にやって来ない。どうしたのかと思った沙耶は、お隣を訪ねた。チャイムを押すとおばさんが出てきた。
「あの、瞬ちゃんは…。家庭教師の時間なんだけど、来ないからどうしたのかと思って。」
「それがね、あの子沙耶ちゃんが来たらこれを渡してくれって言ったまま出かけちゃったのよ。」
おばさんはそう言うと薄っぺらい手紙を沙耶に渡した。
「何だろう?」
「さあ、詳しいことは何にも言わないで行っちゃったのよ。男の子ってなんにも言わないんだもん。もう、ほんとうに扱いづらいんだから。うちも女の子一人欲しいわ~。」
こっちのお母さんも面倒くさい話が始まりそうだったので、それじゃあと言ってさっさと家に戻ってきた。
部屋に入ると、手紙の封をあけた。
『突然で悪いけど家庭教師は終わりにしよう。そろそろ受験勉強に集中したいんだ。俺の勝手でゴメン。』
簡単にまとめるとそんなことが書いてあったのだけど、なんで直接言わないんだろう。沙耶はそのことの方が気になった。
(瞬ちゃんらしくない。何かあったのかな。逆に心配になるよ。)
しかし、家庭教師以外で接点のなかった二人は、それからしばらく顔を合わせることはなかった。
沙耶はニット素材のワンピースに着替えるとキッチンに行ってトーストとオレンジジュースの軽い朝食をとった。今日もいい天気だ。夏の日差しが目に痛いくらいだ。とんでもなく暇なので、庭の植物に水やりでもしようかと、リビングのドアを開けた。暑さと湿気で一気に外に出る気が失せそうになる。しかし、母が育てているちょっとした菜園とプランターの花たちは今にもしおれそうだ。
「仕方ない、やるか。」
沙耶はジョーロに水をたっぷり入れると、ひび割れた土に水をあげた。何気なくお隣に目をやると、誰もいないはずの一ノ瀬家のリビングに人の影が見える。
(ど、泥棒!)
一瞬ビビった沙耶だったが、もう一度しっかり見てみると、そこにいるはずのない人物、瞬ちゃんがぼんやり立っていた。
(どうしたんだろう…、瞬ちゃんが部活休むなんて…。どっか具合でも悪いのかな?昨日は元気そうだったのに。)
気にはなるけれど、何故だか声をかけられない雰囲気があって、沙耶は水やりを済ますとそのままリビングへ戻った。携帯のブルブルっという振動で目が覚めた。ソファに座ってぼんやりとテレビを見ているうちに眠ってしまったようだ。急いでメッセージを確認する。直からだった。
『マネージャー明日からよろしく。』
「やったー、やったー、マネージャー合格だー。」
『こちらこそよろしく。』
なんだかこそばゆいが、沙耶はそんな返事を返した。マネージャーになれたことをいち早く瞬ちゃんに報告しようと、沙耶はお隣を訪ねた。チャイムを押して返事を待つ。しかし応答はない。
(おかしいな、さっきは確かに瞬ちゃんがいたはずなのに。)
もう一度チャイムを押してみたけれどやはり反応がない。
(出かけちゃったのかな?せっかく、マネージャーになれたこと瞬ちゃんに聞いてもらおうと思ったのに。)
沙耶は仕方なく家に帰った。でも、明日からは張り合いのある毎日が送れそうだ。そう思うと少しだけ前向きな気持ちになれた。
夕方になり、くるみに連絡を入れてみる。
『私もマネージャーやることになったよ。よろしく!』
どんな返事が返ってくるだろう。ちょっと緊張する。
『みんな喜んでたよ!二人で頑張ろね!』
くるみからの返事はいたって普通のものだった。構えていた自分がおかしくなるくらい拍子抜けしてしまう。
(くるみってどこまでが本音なのかな…。なんだかどんどん分からなくなるよ…。)
一見普通の答えなのに、何だか不自然に感じるのは自分が過剰に反応してるだけなのかもしれない。沙耶はどこまで考えても分からないものは分からないとあきらめた。とりあえず明日からが勝負だ。
『ありがとう。色々教えてね!』
そう返事をして会話を終えた。
くるみのことも気になるけれど、瞬ちゃんのことも気になる。まあ、夜になったら家庭教師で来てくれるんだからいいか。沙耶は気持ちを切り替えて、明日の準備に取り掛かった。マネージャーはユニフォームなんてものはないから、体育のジャージと上は体操服らしい。まったく可愛気ない。ユニフォームにあこがれてテニス部に入った沙耶にとっては、ひどく不満があるが仕方がない。マネージャーは選手でもないし、そのうえ代理なのだから、贅沢を言っている場合ではないのだ。
塾に行くために一樹は一人さっさと夕食をすませて出かけてしまった。沙耶はお母さんと二人でテーブルについた。
「あのねお母さん、私、明日からバスケ部のマネージャーやることになったんだ。」
「へえ、どうしちゃったの?そんな雑用みたいなこと沙耶好きそうじゃないのに。」
たしかに余り器用とは言えない自分が、人の世話をする仕事に向いているとは思えない。
「何かね、マネージャーの子が自転車で転んで骨折しちゃったんだって。それで直たち困ってて、ちょうど私と同じテニス部のくるみっちゃんって子にマネージャー代理を頼んだらしいんだけど、やっぱり一人で慣れない仕事をこなすのは大変みたいだから、ここは私も一肌脱ごうかと思ったの!」
大嘘だけど、お母さんにはとりあえず何か理由をつけて明日からマネージャーをやるということを伝えておかなければならないのだ。毎日自分の汗臭いジャージを洗ってもらうためにも。
「ふうん、そういう理由があったのね。あんたも家でゴロゴロしてて太っちゃうよりはよっぽどましな時間の過ごし方だわね。」
母はすんなり納得してくれたようだ。
「そう言えば、バスケ部は結構強いんでしょ?」
「あ、そろそろ瞬ちゃんが来る頃だ。ごちそうさまー。」
これ以上根掘り葉掘り聞かれてボロが出る前に沙耶はさっさと部屋に引き上げた。
部屋に戻って随分経つのに瞬ちゃんは一向にやって来ない。どうしたのかと思った沙耶は、お隣を訪ねた。チャイムを押すとおばさんが出てきた。
「あの、瞬ちゃんは…。家庭教師の時間なんだけど、来ないからどうしたのかと思って。」
「それがね、あの子沙耶ちゃんが来たらこれを渡してくれって言ったまま出かけちゃったのよ。」
おばさんはそう言うと薄っぺらい手紙を沙耶に渡した。
「何だろう?」
「さあ、詳しいことは何にも言わないで行っちゃったのよ。男の子ってなんにも言わないんだもん。もう、ほんとうに扱いづらいんだから。うちも女の子一人欲しいわ~。」
こっちのお母さんも面倒くさい話が始まりそうだったので、それじゃあと言ってさっさと家に戻ってきた。
部屋に入ると、手紙の封をあけた。
『突然で悪いけど家庭教師は終わりにしよう。そろそろ受験勉強に集中したいんだ。俺の勝手でゴメン。』
簡単にまとめるとそんなことが書いてあったのだけど、なんで直接言わないんだろう。沙耶はそのことの方が気になった。
(瞬ちゃんらしくない。何かあったのかな。逆に心配になるよ。)
しかし、家庭教師以外で接点のなかった二人は、それからしばらく顔を合わせることはなかった。
0
お気に入りに追加
147
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる