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初恋がこじれにこじれて困ってます.11

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 翌日、沙耶は用も無いのに朝早く目が覚めてしまった。バスケ部は今日は午前部活だから、直から返事がもらえるのは昼過ぎだというのに。いつもだったら、ダラダラと昼まで寝ているというのに…。両親は仕事でいないし、一樹はもちろんとっくの昔に部活に出て家にはいない。
 
 沙耶はニット素材のワンピースに着替えるとキッチンに行ってトーストとオレンジジュースの軽い朝食をとった。今日もいい天気だ。夏の日差しが目に痛いくらいだ。とんでもなく暇なので、庭の植物に水やりでもしようかと、リビングのドアを開けた。暑さと湿気で一気に外に出る気が失せそうになる。しかし、母が育てているちょっとした菜園とプランターの花たちは今にもしおれそうだ。

「仕方ない、やるか。」

 沙耶はジョーロに水をたっぷり入れると、ひび割れた土に水をあげた。何気なくお隣に目をやると、誰もいないはずの一ノ瀬家のリビングに人の影が見える。

(ど、泥棒!)

 一瞬ビビった沙耶だったが、もう一度しっかり見てみると、そこにいるはずのない人物、瞬ちゃんがぼんやり立っていた。

(どうしたんだろう…、瞬ちゃんが部活休むなんて…。どっか具合でも悪いのかな?昨日は元気そうだったのに。)

 気にはなるけれど、何故だか声をかけられない雰囲気があって、沙耶は水やりを済ますとそのままリビングへ戻った。携帯のブルブルっという振動で目が覚めた。ソファに座ってぼんやりとテレビを見ているうちに眠ってしまったようだ。急いでメッセージを確認する。直からだった。

『マネージャー明日からよろしく。』

「やったー、やったー、マネージャー合格だー。」

『こちらこそよろしく。』

 なんだかこそばゆいが、沙耶はそんな返事を返した。マネージャーになれたことをいち早く瞬ちゃんに報告しようと、沙耶はお隣を訪ねた。チャイムを押して返事を待つ。しかし応答はない。

(おかしいな、さっきは確かに瞬ちゃんがいたはずなのに。)

 もう一度チャイムを押してみたけれどやはり反応がない。

(出かけちゃったのかな?せっかく、マネージャーになれたこと瞬ちゃんに聞いてもらおうと思ったのに。)

 沙耶は仕方なく家に帰った。でも、明日からは張り合いのある毎日が送れそうだ。そう思うと少しだけ前向きな気持ちになれた。

 夕方になり、くるみに連絡を入れてみる。

『私もマネージャーやることになったよ。よろしく!』

 どんな返事が返ってくるだろう。ちょっと緊張する。

『みんな喜んでたよ!二人で頑張ろね!』

 くるみからの返事はいたって普通のものだった。構えていた自分がおかしくなるくらい拍子抜けしてしまう。

(くるみってどこまでが本音なのかな…。なんだかどんどん分からなくなるよ…。)

 一見普通の答えなのに、何だか不自然に感じるのは自分が過剰に反応してるだけなのかもしれない。沙耶はどこまで考えても分からないものは分からないとあきらめた。とりあえず明日からが勝負だ。

『ありがとう。色々教えてね!』

 そう返事をして会話を終えた。

 くるみのことも気になるけれど、瞬ちゃんのことも気になる。まあ、夜になったら家庭教師で来てくれるんだからいいか。沙耶は気持ちを切り替えて、明日の準備に取り掛かった。マネージャーはユニフォームなんてものはないから、体育のジャージと上は体操服らしい。まったく可愛気ない。ユニフォームにあこがれてテニス部に入った沙耶にとっては、ひどく不満があるが仕方がない。マネージャーは選手でもないし、そのうえ代理なのだから、贅沢を言っている場合ではないのだ。

 塾に行くために一樹は一人さっさと夕食をすませて出かけてしまった。沙耶はお母さんと二人でテーブルについた。

「あのねお母さん、私、明日からバスケ部のマネージャーやることになったんだ。」

「へえ、どうしちゃったの?そんな雑用みたいなこと沙耶好きそうじゃないのに。」

 たしかに余り器用とは言えない自分が、人の世話をする仕事に向いているとは思えない。

「何かね、マネージャーの子が自転車で転んで骨折しちゃったんだって。それで直たち困ってて、ちょうど私と同じテニス部のくるみっちゃんって子にマネージャー代理を頼んだらしいんだけど、やっぱり一人で慣れない仕事をこなすのは大変みたいだから、ここは私も一肌脱ごうかと思ったの!」

 大嘘だけど、お母さんにはとりあえず何か理由をつけて明日からマネージャーをやるということを伝えておかなければならないのだ。毎日自分の汗臭いジャージを洗ってもらうためにも。

「ふうん、そういう理由があったのね。あんたも家でゴロゴロしてて太っちゃうよりはよっぽどましな時間の過ごし方だわね。」

 母はすんなり納得してくれたようだ。

「そう言えば、バスケ部は結構強いんでしょ?」

「あ、そろそろ瞬ちゃんが来る頃だ。ごちそうさまー。」

 これ以上根掘り葉掘り聞かれてボロが出る前に沙耶はさっさと部屋に引き上げた。

 部屋に戻って随分経つのに瞬ちゃんは一向にやって来ない。どうしたのかと思った沙耶は、お隣を訪ねた。チャイムを押すとおばさんが出てきた。

「あの、瞬ちゃんは…。家庭教師の時間なんだけど、来ないからどうしたのかと思って。」

「それがね、あの子沙耶ちゃんが来たらこれを渡してくれって言ったまま出かけちゃったのよ。」

 おばさんはそう言うと薄っぺらい手紙を沙耶に渡した。

「何だろう?」

「さあ、詳しいことは何にも言わないで行っちゃったのよ。男の子ってなんにも言わないんだもん。もう、ほんとうに扱いづらいんだから。うちも女の子一人欲しいわ~。」

 こっちのお母さんも面倒くさい話が始まりそうだったので、それじゃあと言ってさっさと家に戻ってきた。

 部屋に入ると、手紙の封をあけた。

『突然で悪いけど家庭教師は終わりにしよう。そろそろ受験勉強に集中したいんだ。俺の勝手でゴメン。』

 簡単にまとめるとそんなことが書いてあったのだけど、なんで直接言わないんだろう。沙耶はそのことの方が気になった。

(瞬ちゃんらしくない。何かあったのかな。逆に心配になるよ。)

 しかし、家庭教師以外で接点のなかった二人は、それからしばらく顔を合わせることはなかった。
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