上 下
98 / 107

君に溺れてしまうのは僕だから.98

しおりを挟む
「兄さま、何が気に入らないんですか?この間まではこのまましばらくお付き合いするって言ってらしたのに…」

「そんなことを一々お前に言う義務はない」

「それはそうですけど、あんなにいいお嬢さん中々見つかりませんよ」

「別にかまわない」

「ようやく兄さまもご自分の将来のことを真剣に考えてくださるようになったと思ったのに…、がっかりです」

 美紀は深いため息をついた。



 えっ…、おじさまが愛美さんとうまくいってるって言ってたのは嘘だったの?

 リビングの外の廊下で立ち聞きをしていた伊織は、入るなら今しかないと思って扉を開けた。

「ただいま帰りました…。美紀おばさま、こんにちは」

「ああ、伊織、おかえりなさい」

 美紀はすっかり憔悴しきった様子で言った。

 きっとすでに愛美の方に出向いて嫌な役割を果たしてきたのだろう。

「いったいどうしたんですか?」

 ここまで聞いた内容で大体のことは分かるけれど、やはり美紀の口から聞きたい。



「兄さまったら、勝手にこの間のお見合い断ってたの。私に内緒でよ。先方から連絡があって、慌てて飛んでったんだから」

 美紀は自分がいかに大変だったかを必死でアピールしてくる。

 だが、伊織が確認したかったのは武彦が見合いを断っのが事実かどうかということだ。

「おじさま…、本当にお見合い断ったんですか」

「そうよ。それも、私には言わないで直接先方に言うんだもの。私の面目丸つぶれよ…」

 美紀は自分の面子のことしか頭にないようだ。

「もういいだろう、終わったことだ」

 武彦はお茶を一口すすった。

「そうですね、もう終わりました…。私は疲れたので今日のところは帰ります」



 美紀はタクシーに乗って帰っていった。

 玄関まで見送った伊織がリビングに戻ると、武彦がソファに腰掛けていた。

「とんだ邪魔が入ったな。伊織、散歩に行こうか」

「はい…」

 騒がしい美紀が来たことで機嫌が悪くなっていないかが心配だったけれど、武彦はいたって普通だった。

 普通にカッコよかった。

 そんなわけで、武彦にとってはただの散歩でしかなくても、伊織にとってはデートと変わらないドキドキで胸がいっぱいだった。

 しかも、詳しいことはわからなけれど、今回の愛美さんとの話は無くなったようだ。

 ただ、美紀の性格を考えると、これであきらめるとは思えない。



 夕方になっても気温はまだ三十度近くあって、日差しがないだけ幾分暑さが和らいだ程度だった。

 村井家のある住宅街のそばには川が流れており、その川に沿って遊歩道が作られている。

 ところどころに林がありその木陰だけが少し暑さをしのげるといったところだ。

「暑いな」

「はい…」

 暑いことも、そこが何の変哲もない遊歩道であっても、武彦と一緒に堂々と外を歩けることが伊織には嬉しかった。
 
 それでも何となくすぐ隣を歩くのは気が引けて、伊織は武彦の少し後ろを歩いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...