君に溺れてしまうのは僕だから

星野しずく

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君に溺れてしまうのは僕だから.92

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 水族館に行き館内のレストランで昼食をとり、昼からも館内を隅々まで見て回った。

 水族館はとても広くて、イベントもあって、丸一日あっても見切れないほどのボリュームがあった。

 夕食も外で食べると田所さんには伝えてある。

 二人は武彦のひいきにしている寿司屋で夕食を済ますとようやく家路についた。



「いやあ、最近の水族館はもはやテーマパークだな」

「そうですね」

 武彦はきっと自分が幼いころのイメージしかなかったのだろう。

 北海道の時といい、どこかに出かけて実際どちらが楽しんでいるのかと言えば、むしろ武彦の方であることを今回の水族館に来て伊織は確信した。

「なんだ、伊織は楽しくなかったのか?」

「楽しかったですよ」

 ただ、おじさまの方が楽しそうだっただけで。

「それならいいんだが」

 武彦は長年ほったらかしにしてきた家族的なコミュニケーションの正解を模索中といったところなのだろう。

 別に私は今までのままでも十分幸せですよ、おじさま。

 伊織は普通を取り戻そうとしている武彦に、そんな言葉をかけたくなる。



「伊織、悪いがコーヒーをいれてくれないか」

「はい」

 武彦はリビングのソファに座ると、ニュース番組にチャンネルを合わせた。

「おじさま、どうぞ」

 伊織はローテーブルにコーヒーを置いた。

「ここに座りなさい」

 武彦は自分の隣を指さした。



 夜はいつも田所さんがいなくて二人きりだ。

 それでもこういう場所で武彦と二人でゆっくりと過ごしたことなどない。

 何しろ家は武彦にとっては仕事場なのだから。

 伊織はずっとそう思って特に何も疑問に思うこともなかった。

 伊織は言われるままに武彦の隣に腰をおろした。



「違う、こっちだ」

 武彦はそう言うと伊織を自分の膝の上に座らせた。

「えっ、えっ!」

 すぐそばに武彦の顔が…、そして体には武彦の腕が回されている。

「伊織…」

 伊織の身体は一瞬で熱くなった。

「どうした?顔が赤いぞ」

「だ、だって、おじさまが、こんなこと…」

「なんだ、こんなことが恥ずかしいのか」



 それは…、確かにいつもはもっと恥ずかしいこともしてるけれど…。

 こういう、いかにも恋人みたいなのは別の意味で恥ずかしい…。

「…はい」

「まったく、かわいいやつだな」

 武彦は伊織の額にキスをした。

「キャッ!」

「どうした?今日のお前はなんだか変だぞ。キスくらいいつでもしてるじゃないか」

 いえいえ、おじさまの方が変です。

 そう言いたくても言えないのがつらい。

「そうやって俺のことを煽るなんて、まったくどこで覚えたのか」

 武彦はそう言うと伊織のことをじっと見つめた。
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