84 / 107
君に溺れてしまうのは僕だから.84
しおりを挟む
ただ、その前に武彦にも聞きたいことがあった。
もう自分の気持ちや隠していることは言い尽くした。
伊織が聞きたいことはただ一つだ。
武彦が愛美をどう思っているのかだ。
「おじさま、私はおじさまのことを男性として好きになりました。だから聞かせてください。おじさまは愛美さんのことが好きになったんですか?」
武彦は若いということは羨ましいことだと心から思った。
大人になるとこんなにストレートに自分の気持ちをぶつける機会も勇気もなくなってしまう。
「伊織、それは私と愛美さんの問題だ」
武彦はそれ以上は言わないと決めていた。
「どうして?おじさま。私はおじさまだけが好きなんです。それ以外の男の人なんて絶対に好きになりません。だから、結婚もしません。ずっとおじさまのそばにいます」
武彦は困った顔になり、また黙ってしまった。
「伊織の人生と私の人生は別のものだよ」
「そんな…、おじさま。おじさまは私のことが嫌いですか?それなら、それなら…」
なぜ私のことを抱くのですか?そう聞いてしまいたかった。
だけど、そこで伊織の中の何かがその一言を言わせなかった。
それさえ言わなければ、おじさまはこれからも自分を抱いてくれるかもしれない。
しかし言ってしまったらもう二度と抱いてくれなくなるかもしれない。
その一言はそれほどの重みをもっていることを伊織は無意識に感じていたのかもしれない。
それはとても卑怯なやり方で、永遠に本当の恋人になどなれないかもしれない。
「おじさま、さっき坂口君から夏フェスというのに一緒に行こうと誘われました。行ってもいいですか?」
伊織は愛美のことは一旦心の隅に追いやった。
「さっきも言った通り、残りの一ヶ月は自由にしていい。私の許可も取らなくてかまわない」
叱られるのも堪えるけれど、こうあっさりと突き放されるのもそれはそれで堪えるものだ。
「わかりました。お仕事中にお邪魔してすみませんでした」
「いや…」
武彦は歯切れの悪い返事をすると、クルリと椅子を回して伊織に背を向けた。
伊織は自室に戻ったけれど、頭の中は混乱したままだった。
これから自分と武彦は一体どうなってしまうのだろう。
どんなに自分の気持ちを伝えても、武彦にはまったくと言っていいほど響かない。
ただ、坂口とのことはもう隠し立てする必要がなくなった。
坂口と本当に付き合っていると誤解されている状態でいるよりは随分マシだ。
それでも明日は確実にやって来る。
伊織は愛美とのことはとりあえず坂口との一ヶ月が終わった時点でまた考えようと思った。
一度の多くのことを抱えて無茶をするのは、結局失敗する可能性の方が高いことが分かったから。
気持ちを切り替えようと、少し勉強をした。
夏休みだからといって遊んでばかりいられるほど進学校は生易しくない。
いったん教科書とノートを広げれば、自慢じゃないけど集中力は高い。
気晴らしに勉強などと言うとただの嫌味にしかならないけれど、人に言う訳じゃないから伊織にとってはいい気分転換になった。
勉強を始めて一時間ほど経った頃、ドアをノックする音が聞こえた。
もう自分の気持ちや隠していることは言い尽くした。
伊織が聞きたいことはただ一つだ。
武彦が愛美をどう思っているのかだ。
「おじさま、私はおじさまのことを男性として好きになりました。だから聞かせてください。おじさまは愛美さんのことが好きになったんですか?」
武彦は若いということは羨ましいことだと心から思った。
大人になるとこんなにストレートに自分の気持ちをぶつける機会も勇気もなくなってしまう。
「伊織、それは私と愛美さんの問題だ」
武彦はそれ以上は言わないと決めていた。
「どうして?おじさま。私はおじさまだけが好きなんです。それ以外の男の人なんて絶対に好きになりません。だから、結婚もしません。ずっとおじさまのそばにいます」
武彦は困った顔になり、また黙ってしまった。
「伊織の人生と私の人生は別のものだよ」
「そんな…、おじさま。おじさまは私のことが嫌いですか?それなら、それなら…」
なぜ私のことを抱くのですか?そう聞いてしまいたかった。
だけど、そこで伊織の中の何かがその一言を言わせなかった。
それさえ言わなければ、おじさまはこれからも自分を抱いてくれるかもしれない。
しかし言ってしまったらもう二度と抱いてくれなくなるかもしれない。
その一言はそれほどの重みをもっていることを伊織は無意識に感じていたのかもしれない。
それはとても卑怯なやり方で、永遠に本当の恋人になどなれないかもしれない。
「おじさま、さっき坂口君から夏フェスというのに一緒に行こうと誘われました。行ってもいいですか?」
伊織は愛美のことは一旦心の隅に追いやった。
「さっきも言った通り、残りの一ヶ月は自由にしていい。私の許可も取らなくてかまわない」
叱られるのも堪えるけれど、こうあっさりと突き放されるのもそれはそれで堪えるものだ。
「わかりました。お仕事中にお邪魔してすみませんでした」
「いや…」
武彦は歯切れの悪い返事をすると、クルリと椅子を回して伊織に背を向けた。
伊織は自室に戻ったけれど、頭の中は混乱したままだった。
これから自分と武彦は一体どうなってしまうのだろう。
どんなに自分の気持ちを伝えても、武彦にはまったくと言っていいほど響かない。
ただ、坂口とのことはもう隠し立てする必要がなくなった。
坂口と本当に付き合っていると誤解されている状態でいるよりは随分マシだ。
それでも明日は確実にやって来る。
伊織は愛美とのことはとりあえず坂口との一ヶ月が終わった時点でまた考えようと思った。
一度の多くのことを抱えて無茶をするのは、結局失敗する可能性の方が高いことが分かったから。
気持ちを切り替えようと、少し勉強をした。
夏休みだからといって遊んでばかりいられるほど進学校は生易しくない。
いったん教科書とノートを広げれば、自慢じゃないけど集中力は高い。
気晴らしに勉強などと言うとただの嫌味にしかならないけれど、人に言う訳じゃないから伊織にとってはいい気分転換になった。
勉強を始めて一時間ほど経った頃、ドアをノックする音が聞こえた。
0
お気に入りに追加
207
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
その男、人の人生を狂わせるので注意が必要
いちごみるく
現代文学
「あいつに関わると、人生が狂わされる」
「密室で二人きりになるのが禁止になった」
「関わった人みんな好きになる…」
こんな伝説を残した男が、ある中学にいた。
見知らぬ小グレ集団、警察官、幼馴染の年上、担任教師、部活の後輩に顧問まで……
関わる人すべてを夢中にさせ、頭の中を自分のことで支配させてしまう。
無意識に人を惹き込むその少年を、人は魔性の男と呼ぶ。
そんな彼に関わった人たちがどのように人生を壊していくのか……
地位や年齢、性別は関係ない。
抱える悩みや劣等感を少し刺激されるだけで、人の人生は呆気なく崩れていく。
色んな人物が、ある一人の男によって人生をジワジワと壊していく様子をリアルに描いた物語。
嫉妬、自己顕示欲、愛情不足、孤立、虚言……
現代に溢れる人間の醜い部分を自覚する者と自覚せずに目を背ける者…。
彼らの運命は、主人公・醍醐隼に翻弄される中で確実に分かれていく。
※なお、筆者の拙作『あんなに堅物だった俺を、解してくれたお前の腕が』に出てくる人物たちがこの作品でもメインになります。ご興味があれば、そちらも是非!
※長い作品ですが、1話が300〜1500字程度です。少しずつ読んで頂くことも可能です!
父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました
四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。
だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる