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君に溺れてしまうのは僕だから.70
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ほどなくぬるいことで有名な温泉に到着した。
伊織と武彦は三十分後という約束をしてそれぞれ女湯と男湯の暖簾をくぐった。
嬉しい…、でも苦しい…。
「はぁ~」
伊織はお湯につかりながら深~いため息をついた。
「それにしても本当にぬるい」
こんな寒いところに来てまさかぬるい温泉に入るとは思ってもみなかった。
「面白い…」
ぬるいお湯は思いがけず伊織の疲れた心と体を癒してくれた。
熱くないせいでいつまででも入っていられそうだったけれど武彦との約束がある。
浴場の時計はもうすぐ約束の十二時だ。
伊織は急いでお湯からあがった。
「本当にぬるかったな」
武彦はいかにも面白いといった風に言った。
「はい」
伊織は少し気持ちがほぐれ、笑顔が戻っていた。
「さて、この辺で食事をしてしばらくドライブをしたらホテルに帰って仕事をしたいんだが、かまわないか?」
「はい」
普通だったらこんなところに来てまで仕事をするなんてと思うところだが、伊織にしてみれば仕事があるのに旅行に連れてきてくれたことがまず信じられないくらい嬉しいことなのだ。
今日もこうして十分楽しい時間を過ごせたのだから何の文句もあるはずがなかった。
武彦と伊織は一時間ほどドライブを楽しむと宿泊しているホテルへと帰った。
「伊織はどうするんだ?」
「私は、プールで泳いでこようと思います」
「そうか、一人で行かせて悪いな」
「いいえ、どちらにしてもおじさまは泳がないですよね」
「いや、ジムのプールでは泳いでいる。ただ、ホテルのプールのようにリゾート気分は味わえないがね」
「そうですか、それは残念ですね。私だけ行くのが申し訳ないです」
「何言ってるんだ。こんなところにまで仕事を持ってきてしまって私の方が申し訳なく思っているよ」
武彦が妙に優しくて、伊織の胸はいよいよ苦しくなる。
「行ってきます」
伊織は泣いてしまいそうで、早々に部屋を出た。
おじさまは何だか別人のようだ。
それはやっぱり愛美さんのせい?
伊織はレンタル水着に着替えプールに飛び込んだ。
得意のクロールでゆっくりと水の中を進んだ。
泳いでいる間は無心になれた。
休憩を入れて一時間ほど泳ぎ、部屋に戻った。
ドアを少し開けると中から話し声が聞こえてきた。
「ああ、愛美さんのアドバイスをもらって本当に助かったよ。伊織も楽しんでくれている。帰ったらお土産を持ってお礼に伺いますよ」
愛実さんと電話で話してる?
武彦が仕事以外で女性と話している様な場面に出くわしたことはなかった。
それは、武彦が伊織に配慮していただけのことかもしれないけれど、こんな旅先に来てまで電話で話をするほど離れがたい気持ちになっているのだろうか。
伊織と武彦は三十分後という約束をしてそれぞれ女湯と男湯の暖簾をくぐった。
嬉しい…、でも苦しい…。
「はぁ~」
伊織はお湯につかりながら深~いため息をついた。
「それにしても本当にぬるい」
こんな寒いところに来てまさかぬるい温泉に入るとは思ってもみなかった。
「面白い…」
ぬるいお湯は思いがけず伊織の疲れた心と体を癒してくれた。
熱くないせいでいつまででも入っていられそうだったけれど武彦との約束がある。
浴場の時計はもうすぐ約束の十二時だ。
伊織は急いでお湯からあがった。
「本当にぬるかったな」
武彦はいかにも面白いといった風に言った。
「はい」
伊織は少し気持ちがほぐれ、笑顔が戻っていた。
「さて、この辺で食事をしてしばらくドライブをしたらホテルに帰って仕事をしたいんだが、かまわないか?」
「はい」
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「伊織はどうするんだ?」
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「何言ってるんだ。こんなところにまで仕事を持ってきてしまって私の方が申し訳なく思っているよ」
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「行ってきます」
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