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君に溺れてしまうのは僕だから.65

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「ですって伊織さん。よかったわね」

「は、はい…」

「なんだ、嬉しくないのか?」

 嬉しいに決まってるけど、今は驚きすぎて気持ちがついてこないのだ。

「う、嬉しいです」

「なんだか投げやりだな」

「照れてるんですよ」

 田所さんの勝手な解釈でその場はなんとか事なきを得た。



 急遽、明日からおじさまと二人きりで北海道に旅行することになってしまった。

 嬉しい、嬉しすぎる…。

 だけど、武彦とはまだまともに会話をしていないのだ。

 このままの状態で行く旅行は果たして楽しいものになるのだろうか。

 どうせならこんな風になる前に行ってみたかった。

 しかし今さらそんなことを言っても仕方がない。

 伊織は明日の出発に備えて荷物をカバンに詰め込んだ。



 翌朝、伊織は緊張した面持ちでキッチンへと下りていった。

 ちょうど武彦が朝ごはんを食べているところだった。

「おはようございます」

「ああ、おはよう。準備はもう出来ているか?」

「はい。できています」

「そうか。じゃあ、早く朝ごはんを食べなさい。すぐに出発するから」

「まあまあ、一度決めると旦那様はそのことで頭がいっぱいなんですから」

 田所さんは半分呆れたように笑っている。

「わ、わかりました」

 伊織はさっそく食卓につくと、急いで朝ごはんをお腹に詰め込んだ。

「伊織さん。旦那様のペースに乗せられないようにね。ごはんはしっかり噛んで召し上がってください。でないと、お腹を壊します」

「は、はい」

 伊織は武彦の言うことをきけばいいのか、田所さんの言うことをきけばいいのか分からなくなってきた。



「伊織、食べ終わって支度が出来たら私の部屋に来なさい」

「…わかりました」

 武彦の部屋に来いと言われ、伊織は急に緊張が高まってきた。

 まあ、これから一緒に旅行に行くのだからそんなことを気にしている場合ではないのだけれど。

 伊織は身支度を整えると武彦の部屋へ行きドアをノックした。



「入りなさい」

「…準備ができました」

「そうか…」

 武彦は少し困った様な表情で間を置いて言った。

「その…、色々と悪かった」

「え…」

 武彦の口からは思ってもみなかった言葉が飛び出した。

「私が大人げなかった」

「いえ、そんな…」



 武彦は伊織のことを大切に育ててくれた。

 しかし、いわゆる美形で愛想が良くない場合、本人にはそのつもりが無くても冷たい人の様な印象を受けてしまう。

 一緒に暮らしていて、最近までは毎夜のように体を重ねていた伊織でさえ、武彦の外見からその内面を伺い知ることは出来ていない。
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