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君に溺れてしまうのは僕だから.59

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 いつまでたっても何も言わない伊織に、武彦はもう許す気さえなくなったのだろうか。
 
 伊織は泣きながら服を着た。

「部屋に戻りなさい」

「…はい」

 伊織は止まらない涙を拭いながら自室に戻っていった。



 どうしよう、どうしよう、どうしよう…。

 伊織の身体はまだガタガタと震えていた。

 今からおじさまのところに行って全てを話してしまうべきだろうか。

 それでおじさまは許してくれるだろうか。

 伊織はもう途方に暮れていた。



 そんなとき、携帯の着信音が鳴った。

 伊織の携帯にかかってくる電話など、家の人間以外には坂口しか思い当たらない。

 今、電話に出たら泣いているのが分かってしまう。
 
 でも、誰かに話を聞いてもらいたかった。

 そして、その話は坂口以外に話せる相手はいないというのが、伊織の置かれている現実だった。



「もしもし…」

「いやあ、大丈夫だったかと思って。やっぱりちょっと心配だったから」

「…うん」

「泣いてるの?」

 鼻声で答える伊織に、坂口はすぐ泣いていることに気がついたようだ。

「うっ、うう~っ」

 坂口の優しい声に伊織は抑えていた感情が溢れてしまう。

「大丈夫か?俺、行ってやろうか」

「だ、だめっ…」

 そんなことしたら、余計に武彦を怒らせてしまう。

「じゃあ、電話で話聞くよ?」

「い、いいよ」

「どうして?俺、今は村井の彼氏だろ。彼女が泣いてたら心配だよ」

「そ、それは…」

「俺こう言ったらなんだけど、今誰よりも村井の近くにいる人間だと思ってる。家族は除いてね。だからさ、家族には話せないことだったら俺に話してみない?」

 坂口の口車に乗ったせいで色々と困った事態に陥ってるというのに、頼れるのは坂口しかいないというのが悲しい。

 伊織はこのままでは本当に苦しくて仕方がなくて、つい坂口の甘い言葉の誘惑に負けてしまった。



「このあいだ坂口君がうちに来た時いた人覚えてる?」

「ああ、あのよく喋る女の人?」

「うん。美紀さんっていうんだけど、おじさまの妹なの。あ、私の母親は美紀おばさんの姉で、おじさまの妹なのね。それで母が死んで以来、おばさまは何かと気を使ってくれてるんだけど…」

「なんとなく分かるよ」

 ドラマでよく見るお節介なおばさんなんだなと坂口は理解した。

「これはずっと前からなんだけど、おばさまはおじさまに所帯を持つようにすすめてたの。でも、おじさまは全然相手にしなかったのね」

「そんな感じの人だもんね」

「そ、そう?」

 伊織は自分から見た武彦と、坂口の目に映っている武彦は随分印象が違っているのだと、坂口の言葉の端々から感じていた。

「それで、最近またお見合いの話が出て、そこに私も付き合わされたの。その時、おじさまがいつまでも独りだと私の将来にも影響するって。つまり、おじさまの老後は私がみることになるから、彼氏や結婚相手が出来にくくなるって」
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