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君に溺れてしまうのは僕だから.55
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しかし、実の親を失った自分が安心して住める家があるだけありがたいのだ。
そう思って生きてきた。
だけど人というのは欲張りなものだ。
ひとつ手に入れればまた違うものが欲しくなる。
安心を手に入れた自分は知らないうちに普通の家庭というものを欲していたのかもしれない。
今日、坂口と一緒に心から楽しい時間を過ごした伊織はそう感じていた。
だけど、そんな時間ももう終わりを告げる。
そしてまたいつもの変化のない静かな毎日が始まるのだ。
武彦のことは大好きだし、彼に抱かれることは幸せだ。
しかし、それは普通の家族がすることではない。
だから、やはり伊織は普通の家族というものにずっと憧れて生きていくことになるのだろう。
それは受け入れるしかないことなのだ。
伊織はシャワーを終えるとリビングに坂口の姿を探したが、まだ外にいるようだ。
坂口を待つ間、帰り支度をしようとした伊織は、リビングにある電話の留守電のライトが点滅しているのに気づく。
「あ~、また汗かいた。村井、もうシャワー終わった?」
坂口が汗だくで部屋に入ってきた。
「うん、今出たとこ。ねえ、坂口君、留守電入ってる」
「へえ、誰だろう」
坂口は再生ボタンを押した。
「村井です。伊織に一度連絡するように伝えてください。では、失礼します」
「お、おじ…、お父さんだ」
驚きのあまり、ついおじさまと言ってしまいそうになった。
「こんなところにまで監視の目が光ってるな」
坂口は冗談ぽく言ったけれど、伊織は気が気ではなかった。
何しろ、このお泊り旅行については武彦の了承を得ないまま来てしまった。
しかもその相手は坂口だ。
いま武彦と話して、自分はうまく嘘がつきとおせるだろうか。
伊織は武彦と話すときは未だに少し緊張してしまう。
それは武彦が怖いというより、憧れが強すぎて自分のことを嫌いになってほしくないからだ。
「どうしよう」
「電話して安心させてあげればいいじゃん」
坂口は軽く言い放った。
「そう簡単にいけば苦労しないよ」
伊織はさっきまでの楽しい気分が一気に吹き飛んでしまった。
「何だか窮屈なところだな、村井の家は」
窮屈?とんでもない。
私は十分大切に育ててもらってる。
それを窮屈だと思うなんて、身勝手な人間が考えることだ。
伊織は人の家の事情に軽々しく口を挟んでくる坂口に少しムッとしてしまう。
「電話してみる」
「それがいい」
坂口はそう言うと部屋の片づけを始めた。
あまり話ているところを見られたくなかったけれど、出て行ってとも言いずらい。
伊織は仕方なく受話器を取ると家の番号を押した。
そう思って生きてきた。
だけど人というのは欲張りなものだ。
ひとつ手に入れればまた違うものが欲しくなる。
安心を手に入れた自分は知らないうちに普通の家庭というものを欲していたのかもしれない。
今日、坂口と一緒に心から楽しい時間を過ごした伊織はそう感じていた。
だけど、そんな時間ももう終わりを告げる。
そしてまたいつもの変化のない静かな毎日が始まるのだ。
武彦のことは大好きだし、彼に抱かれることは幸せだ。
しかし、それは普通の家族がすることではない。
だから、やはり伊織は普通の家族というものにずっと憧れて生きていくことになるのだろう。
それは受け入れるしかないことなのだ。
伊織はシャワーを終えるとリビングに坂口の姿を探したが、まだ外にいるようだ。
坂口を待つ間、帰り支度をしようとした伊織は、リビングにある電話の留守電のライトが点滅しているのに気づく。
「あ~、また汗かいた。村井、もうシャワー終わった?」
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「うん、今出たとこ。ねえ、坂口君、留守電入ってる」
「へえ、誰だろう」
坂口は再生ボタンを押した。
「村井です。伊織に一度連絡するように伝えてください。では、失礼します」
「お、おじ…、お父さんだ」
驚きのあまり、ついおじさまと言ってしまいそうになった。
「こんなところにまで監視の目が光ってるな」
坂口は冗談ぽく言ったけれど、伊織は気が気ではなかった。
何しろ、このお泊り旅行については武彦の了承を得ないまま来てしまった。
しかもその相手は坂口だ。
いま武彦と話して、自分はうまく嘘がつきとおせるだろうか。
伊織は武彦と話すときは未だに少し緊張してしまう。
それは武彦が怖いというより、憧れが強すぎて自分のことを嫌いになってほしくないからだ。
「どうしよう」
「電話して安心させてあげればいいじゃん」
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「そう簡単にいけば苦労しないよ」
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