君に溺れてしまうのは僕だから

星野しずく

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君に溺れてしまうのは僕だから.24

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「伊織さん、伊織さ~ん」

 田所さんがドアをノックした。

「どうかしましたか」

 伊織がドアを開けると、田所さんが立っていた。

「ええ、ケーキをいくつか買ってきたんですが、どれをお出ししたらいいか選んでいただこうかと思いまして」

「今行きます」

 伊織は田所さんについてキッチンに行くと、テーブルの上にケーキがたくさん入った箱が置いてあった。

「うわあ、美味しそう」

「旦那様の申し付けで、この辺りだと大納言デパートにしか出店してない洋菓子店のケーキなんですよ。だから、あらかじめ注文しておかないとすぐ売り切れてしまうんです」

「へえ、そうなんですか」

 伊織は男子高校生である坂口君にはボリュームたっぷりのチョコレートケーキを選んだ。

 ティーセットの準備も完了し、あとは坂口君が来るのを待つだけだ。



 伊織はだんだん緊張が高まってくるのを何とかしようと、武彦の好きなクラシックの曲を流した。

 そしてついに玄関のチャイムが鳴った。

 インターフォンの画面を覗くと坂口君がやや緊張した面持ちで映っている。

「ちょっと待ってね」

 伊織は武彦の部屋に行くとドアをノックし、「坂口君が来ました」と伝えた。

「わかった、今行く」と中から返事が聞こえた。

 伊織は玄関に行き扉を開け坂口君を招き入れた。

「暑かったでしょ」

「うん、まあね。でも夏なんだからこのくらい普通だよ」

 坂口君をリビングに案内する。

「ここに座って。ねえ、坂口君は、アイスコーヒーかアイスティーかどっちがいい?」

「じゃあ、アイスコーヒーお願いしようかな」

「は~い」

 伊織の姿がキッチンに消え、そのかわりに武彦がリビングに入ってきた。



「いらっしゃい。伊織の父です」

「ど、どうも、初めまして。坂口壮と言います」

 坂口はあわててソファから立ち上がった。

「そう硬くならないで、座って座って」

「は、はい」

 坂口君は促されるまま腰をおろした。

 ローテーブルをはさみ坂口君と武彦は向かい合って座った。

「伊織はどうだい」

 武彦はいきなり切り出した。

「え?どうっていうと?」

 坂口君は武彦の言っている意味が分からない。

「僕は理解がある親のつもりだ。男女のつきあいについてうるさく言うつもりはないよ」

 いきなり?そういう話って会ってすぐにするものか?

 坂口君は真面目そうな武彦の外見からは想像できない発言に面食らう。

「いや、まだそういうことは何も」

「本当に?今時の若い子にしては奥手なんだね」

「さあ、どうなんでしょう」

 坂口君は思わずムッとした。

 なんだこの人。理解があるとか言っておきながら、俺のことバカにしたいのか?

 いやいや父親なんて、娘に彼氏が出来たら全力でつぶしにかかるのが普通なんだ。

 こんなのきっと男がみんな通る道なんだ。

 坂口君はそう自分を納得させた。
 
 伊織と田所さんが飲み物とケーキをもってリビングに入って来ると、武彦と坂口の話は一旦終了した。
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