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君に溺れてしまうのは僕だから.16

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「お~い、偶然だな!こっち来て一緒に食べようぜ」

 隣に友達いるじゃん。

 気安く呼ばないでよね。

「何シカトしてんだよ。聞こえてんだろ。こっちこっち」

 大声で叫ぶ坂口の口をふさぐには、彼に従うしかない。

 伊織は仕方なくトレーを持って、坂口の隣に座った。

「あ、こいつ中学ん時の連れで矢野っていうんだ。高校は違うんだけど。そいで、この子が今話してた村井伊織ちゃん。可愛いだろ~?」

 は、話してたって、何て話したのよ。

「はじめまして、村井伊織です」

「矢野晃です。壮からちょうど今聞いたばかりなんだ。彼女ができたって。その本人がまさに登場って、何か運命的だな」

「え、彼女って…」

 ちょ、ちょっと待ちなさいよ。
 
 期間限定の彼氏役なだけで、本当の彼氏じゃないじゃん!

「ちょっと、坂口君、二人で話したいんだけど」

「うわぁ、熱いね~。まあ、付き合い始めたばっかりだからしょうがないか」

「すまないな~、晃。また今度な」

 友人の矢野君はチラチラとこちらを振り返りながら店を出て行った。



「何で、私の事話しちゃってるのよ」

「そりゃあ、前から村井のこと好きだったからさ、つい嬉しくて。それに、まさか会うなんて思ってなかったし」

 そう言いながらも坂口は全く反省している様子はない。

 訳アリの彼氏役を頼んだ手前、それ以上強く言うことができない。

「まあ、今回は許してあげるけど、もうこれ以上は誰にも言わないでよね」

 すると、坂口はきまり悪そうな顔になった。

「ちょっと、もしかしてまだ他にもしゃべっちゃったの?」

 伊織は坂口のあまりに軽率な行動と自分の人選ミスにショックを受けた。

「いやあ、あまりに嬉しかったからつい。でも、大丈夫みんな口が堅い奴ばっかりだから」

 口が軽い人物が言うことに説得力などない。

「で、誰にしゃべったの?」

「えっと、クラスの仲のいいやつ数人と、テニス部で仲のいいやつ数人と、あとは昔から仲の良かったやつ数人に…」

「そんなに大勢に?ちょっと、本当の彼氏じゃなくて彼氏役だってこと分かってる?ていうか、彼氏役だって言ったんでしょうね」

「う~ん、期間限定だけど彼氏になるわけだから、その間は彼氏ってことでいいかなって」

「勝手に解釈しないでよ。もう、なんであなたに頼んじゃったんだろう。もう、私のバカ」

「そんなに怒るなよ。約束の期間が過ぎたら別れたって言えばそれですむじゃないか。俺はそれでも十分幸せだ」

「絶対よ。絶対に別れたってその人たち全員に言ってよね」

「分かってるよ。約束する」

 そこまで言われたらそれ以上追求することはできない。

「もう、信じられない」

「機嫌直してくれよ。何かおごるよ。スイーツがいいか」

「何もいらない」

 伊織はすっかり冷えてしまったハンバーガーをほおばった。

 仕切り直しだ。

 本番の日にこんな失態があっては困る。
 
 伊織はことの成り行きをかいつまんで話すことにした。
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