君に溺れてしまうのは僕だから

星野しずく

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君に溺れてしまうのは僕だから.07

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 翌日学校から帰ると、玄関に女性の靴があった。

 家の中からは聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 それは武彦の妹、美紀だった。

 つまり伊織の叔母だ。

 現在32歳の彼女は25歳の時、資産家の城之内勝と結婚し、裕福な生活を送っていた。

 目下の彼女の暇つぶしは、こうしてたまに武彦のところにやってきては、見合いを勧めることだった。



「おばさま、お久しぶりです」

 リビングのソファで話に夢中になっていた美紀に挨拶をした。

「あら伊織、久しぶり。あなた、見るたびに大きくなってない?それに、すっかり女らしくなって。本当にお姉さまに似てきたわ」

 美紀は感慨深げに伊織のことを見つめた。

「ねえ、あなたからも言ってあげて。本当に兄さまは頑固なんだから」

 美紀に促され、伊織は仕方なくソファに腰をおろした。

「兄さまがいつまでもお一人でいらっしゃると、伊織だって将来困るのよ」

「何でそこに伊織の話が出てくるんだ」

「だってそうでしょ、一応兄さまは伊織の父親なわけなんだから、その兄さまの老後は伊織がみることになるのよ」

「どうしてそう決めつける」

「じゃあ他に誰がみるって言うんですか?兄さまだっていつまでも若いわけじゃないんですよ。ちゃんと兄さまに相応しい女性とご結婚してくだされば、伊織も兄さまの世話から解放されて、やっと自由に結婚できるのよ」

 美紀の話はいささか飛躍が過ぎるように感じるのは、伊織が世間知らずだからだろうか。

「お前はどうしてそう結婚にこだわるんだ」

「別に結婚にこだわってる訳じゃありません。兄さまにちゃんとそういうお相手がいらっしゃるなら、こうして私がわざわざ来ることはないんです」

「そんなものは必要ない」

 武彦は何度も繰り返される美紀の話にうんざりした表情で言い放った。

「確かに今はそうかもしれません。だけど、伊織だって年頃です。あと三年で二十歳ですよ。そのうち伊織にも見合いの話が来るんです。その時に兄さまが今のままお一人でいらっしゃると、伊織にも迷惑なんです」

 美紀は完全に自己陶酔してしまって、伊織の気持ちまで勝手に代弁している気になっている。

「考えすぎだ」

「いいえ、世間というのはそういうものです。長男より次男、一人っ子より兄妹のいる人、家族に面倒な人がいないことが重要なんです」

「なんだその言い方は、俺がまるで面倒な人みたいじゃないか」

 武彦の表情からは、もう勘弁してくれという諦めの感情がありありと出ていた。

「だから、世間的にはそうなるんですって。本当に兄さまは世の中のこと分かってらっしゃらないんですから困ります。私がいるからまだいいようなものの、ご自分が世間の感覚からズレているってことをもっと認識してもらわないと、伊織にも苦労かけることになるんです。ねえ、伊織もそう思うでしょ?」

「いえ、私は別に…」

 面倒を見てもらっている立場の自分が、こんな会話に意見など言えるはずがない。 

「じゃあどうすればいいんだ」

「だから、私が素敵な女性を紹介しますから、一度お会いになってください。あなたもこんな叔父さんがいつまでも独り身で家にいたら彼氏も連れて来れないわよねえ、伊織」

 美紀は他意なく言ったようだった。

「いえ、別にそんなことは」

 おじさまが邪魔者扱いされるのが嫌で、つい曖昧な答えをしてしまった。

「え、伊織彼氏がいるの?」

 ここでいないと言ったら、やっぱりおじさまが悪く言われるだろう。

 伊織はたったそれだけの理由で「はい」と答えてしまった。

「まあ、そうだったの。そりゃあ、お年頃だものね」

 美紀は満足そうに微笑んだ。

「ほら兄さま、伊織の方がよほど社交性があるわ。今度お家に連れていらっしゃいね。私もどんなお相手かぜひ会ってみたいわ」

「そ、そんな、まだお付き合いしはじめたばかりですから」

「まあ、そうなの。それじゃあ、ちょっとまだ恥ずかしいかしらね」

「美紀、いい加減にしないか」

 武彦はピシャリと言った。

「ど、どちらにしても兄さま、一度くらいお会いになって…」

「わかった、お前が見繕ったのでいいから会うことにしよう」

 武彦は態度を急変させた。

「本当ですか?やっと私の努力が報われるわ。よかったわね、伊織。では、早速手配しますからね。また、連絡しますね」

 伊織の気持ちなどまるで分かっていない美紀は、これでも本当に役に立っているつもりなのだ。

「もう、本当に兄さまには困ったものだわ。伊織も大変ね。だけど、やっと観念したみたい。よかったわ」

「じゃあ、私はそろそろお暇するわ」

 おじさまからお見合いのGOサインをもらった美紀は喜び勇んで帰っていった。
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