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ドSな彼のイジワルな愛し方.30

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「ん?また何か思い出しちゃった?」

 さっきから様子がおかしい琴乃が佐野君もやっぱり気になるようだ。

「別に、何でもないよ。ただ、私だけ空回りしてるみたいで…。」

「それってどういう意味?」

 琴乃は勇気を出して聞くべきか迷った。

 今から言うことで、これから二度とこうして会うことが出来なくなるかもしれないのだ。

「あのね。違ってたらごめんね。その…、佐野君の友達で、その…、女の子の友達ってたくさんいるの…かな?」
 
 それまでのラブラブな雰囲気から一転、緊迫した空気が流れる。しばらくの沈黙の後、佐野君が口を開く。

「そういうこと聞くんだ。俺のこと何も聞かない約束だよね。」

 佐野君はおもむろに立ち上がる。

「今日はもう帰るよ。」

 そう冷たく言い放ち、佐野君は部屋を出て行こうとする。

「あっ、佐野君。」

(行かないで。)

 本当はそう言いたかった。

 でも、これ以上彼を怒らせる訳にはいかない。

 だって私は何も聞いちゃいけないんだから。

 黙ったまま佐野君は家から出て行っってしまった。

(もう彼とはこうして会うことは二度とないんだ。普通のクラスメイトよりも遠い存在になってしまった…。)

 こんなに簡単に二人の関係を清算することになるとは思っていなかったけど、これが自分が望んでいた結果なのだ。

 しかし、琴乃の瞳からはまた知らないうちに涙があふれていた。

 佐野君とはあんな歪んだ関係だったけど、時折感じられる彼の優しさが(それがたとえ誰にでも向けられる程度のものだったとしても。)琴乃には何物にも変えがたいくらい大切で、彼女の心を震えさせたのだ。

 それがもう二度と叶わない。


 いつの間に彼の存在がこんなにも大きくなっていたのだろう…。

 明日から学校でもバイト先でもどんな顔をして会えばいいのだろう。

 でも、その点については、今までとあまり変わりないのかもしれない。

 彼との甘い時間は二人っきりの時に限られていたのだから。

 彼と会う前の自分に戻る。

 それだけのことなのに、もう戻れないのだ。

 彼によって開発された琴乃の身体はもうそれを知らなかった頃の私とは違うのだから。

 それが、琴乃を苦しめる。

 時間が経ったら忘れられるのだろうか。今はこんなに苦しくても…。

 琴乃は、全てを洗い流そうとするかのように、枕に顔を埋め思いっきり泣いた。


 次の日登校すると、佐野君はいつもと変わらない様子で友人たちと話していた。

(そうだよね。佐野君にとってみたら、大した出来事じゃないもんね。)

 琴乃は「ふぅっ。」と大きなため息をついて、席に着く。

 昨日は泣いたまま眠ってしまって、今朝タオルを水で濡らして冷やしてみたけど、泣き腫らした目は元通りにはならなかった。

 案の定、安藤君が気づいて声をかけてくる。

「琴乃どうしたその目。もう隠したって無駄だからね。白状してもらおうか。」

「だっ、大丈夫だよ。心配しないで。何でもないんだから。」

「とても何でもない人の顔には見えないね。」

 安藤君は断固としてゆずらない。

(はぁ~、どうしよう。もう終わったことなのに…。)

 琴乃は頭を抱える。

「分かったよ。安藤君にはその時が来たらちゃんと話すから。もう少しだけ待って。」

 どう見ても納得がいっていない様子の安藤君だったが、あまりしつこくして、余計に琴乃を困らせてしまっても可哀想だと思い、しぶしぶ応じてくれた。

 そんな様子は全て聞こえてしまっているであろう佐野君はと言えば、一見全く動じていないようだった。

 しかし、机の下で彼の拳は恐ろしいほど硬く握られ、手のひらには爪が深く食い込んだ痕がついてることなど琴乃は知る由もなかった。
 

 佐野君とはまるで何もなかったかのように、毎日が過ぎていった。

 しかし、琴乃の気持ちは変わらない。

 どんなに佐野君の行動が身勝手なものであったとしても、好きという気持ちに変わりはない。

 琴乃の中でこのままで終わってしまっていいのだろうかという思いが芽生え始めていた。

 そんな矢先、とんでもないうわさが耳に入ってきた。

 それは、佐野君が近々転校するといものだった。

(うそっ、うそでしょ。2年の1学期が始まったばかりで、まだあと何ヶ月も一緒にいられると思ってたのに。どうしよう。このままお別れなんて…。私の気持ちも伝えてないのに。)

 琴乃はそのうわさが嘘であることを願った。

 しかし、そんな願いはあっけなく打ち砕かれた。

 ホームルームの時間に、担任の口から佐野君の転校の話が告げられる。

「せっかく一緒のクラスになったんだけど、佐野君はご家庭の事情で1学期限りで転校することになりました。もうあと残すところ1ヶ月程だけど、みんないい思い出を作って送り出してあげましょうね。」

 そう先生が言うと、佐野君は立ち上がって軽くおじぎをする。

(ほっ、本当なんだ。)

 琴乃は愕然とした。こうなったら、泣いてる場合なんかじゃない。

 どんなに佐野君におどされたって、彼の口から秘密にしたかった理由を言わせることと自分の気持ちを伝えること。

 この2つのことを絶対にやると心に決めた。

 とは言え、佐野君がやすやすと琴乃の話に耳を貸すとも思えなかった。

(いったいどうしたらいいんだろう…。)

 琴乃は途方にくれてしまった。しかし琴乃はあることを思い出した。安藤君との約束だ。

 その時が来たら言うと約束したのだ。

 思いがけずその時が早く訪れたが、彼は悪く言えばおせっかいだが、よく言えば面倒見がいい。

 その上、頭が切れるので何かいいアイディアがもらえるかもしれない。

 放課後、近くのファミレスに安藤君を誘った。

 こんな風に友人を使ってしまうのは申し訳ないと思いながらも、琴乃は藁にもすがる思いで、ついに安藤君に今までの一部始終を話した。
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