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38.拒絶
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居間でカグラとシンキが話をしているので、ソウとシュリはシュリの部屋で食事をすることにした。
粗末なテーブルを二人で囲み、シンキの作ってくれた食事を口にしていると、シュリがスープを飲みながら口を開いた。
「さっきの人って、ソウの好きな人なの?」
突拍子もないそれを鼓膜に受け止めたソウは、思わず咀嚼していた肉を喉につめそうなほど驚き咳き込んだ。
来客があったことを知ったシュリが、こっそりと顔を伺いに行っていたことは知っていたが、まさかの方向からの問いかけにソウが何度も首を横に振る。
「えー、そうなの? でも顔見知りなんでしょう?」
「そ、それは……そうだけど……」
カグラの顔を見ないようにして、通り過ぎる長身の男をやり過ごしていたことは、扉を開けてくれたシュリも目撃した。だから顔見知りだということはシュリにも分かってしまったのだろうけれど、それにしてもいきなりそっちへ話を持っていった少年の思考もなんと言うか。
それに、アマネことをちらりと話したことがあったから、そういった考えになったのかもしれないが、あのカグラをそんな対象に見ようと思うなんてシュリの大らかさに驚く。ソウからすればカグラはまだまだ苦手な存在に代わりはない。
シュリは言葉にできないまま何度も首を振るソウに、おいしそうに肉を頬張って続けた。
「まぁでもさ、あの人なんか神経質そうだしうるさそうだし、ソウが好きになる相手でもないか……どうせなら優しい人がいいなぁ」
「優しい人?」
「うん、ソウのことを大事にしてくれる優しい人がいい。ソウは泣き虫だし弱いから」
「そんなこと……ないはずだよ?」
泣き虫だとは自分でも思ってはいないが、確かに最近よく泣くような気がすると、ソウは反論したくても言葉が弱くなってしまう。それを見てシュリはおかしそうに笑い声を立てる。黒い大きな瞳がソウを愛しげに見つめた。
「ソウは泣き虫でもいいじゃない。それでも本当の所は強い所だってあるんだろうし。シンキさんみたいに、いつでもどこでも強くてしっかりした人も悪くないけど、ソウは周りを穏やかにさせてくれるから、いいと思うよ」
「そうなのかな……」
「うん。ソウは見た目も綺麗だし、心だってずっと綺麗。眉間の皺が取れなくなったシンキさんよりずっといいや」
いつも難しい顔をしていることが多いシンキは、基本的に不機嫌そうに見える。それを言っているのだろうか。ソウはシュリの言葉が遠慮なく、しかしシンキに対して愛情を持っていることも分かるから小さく笑い出した。親子以上に親子らしい尊敬と親愛がふたりの中に確実にあった。
怪我が回復したおかげで、また少年と楽しく会話ができることを嬉しく思いながら、ゆっくりと食事を終えた頃――シンキがノックもせずに扉を開けた。
「ソウ、こっちへ来い」
金髪を無造作にかき上げ、シンキは簡単に言った。しかし来いと言われた場所にはカグラがいることは誰の目にも明らかで、ソウはびくりと身体を強張らせてシンキを振り返った。
「私がですか……?」
「当たり前だろう」
「あの……」
「何でもいいから、一回カグラと話しろ」
有無を言わせないシンキの雰囲気に、ソウは言い返すこともできないで椅子から腰を持ち上げた。いまさら何を話せというのか。緊張が一気にソウを満たしていく。
「僕も行こうか?」
そんなソウを見て、シュリが心配そうに声をかけれくれた。シンキの方へ亜麻色の瞳を流すと、シンキは好きにすればいいといった様子で頷いた。
「じゃあ、一緒に来てくれる?」
不安に揺れるソウの瞳を受けた少年は、まだ少し痛みを抱える体をひょこりと椅子から立ち上がらせた。
そのままシンキの後ろから二人して続き居間に入ると、黒髪に宵闇の瞳を持つ男がソファに腰を下ろしていた。長い足をゆったりと組んだカグラは、その瞳でソウを認めると、表情のないまま口を開いた。
「少し痩せたようだな。シンキがちゃんと世話をしてくれていないということか?」
顔を見るなりそんなことを言ったカグラに言葉を返せないソウの代わりに、シンキが心外そうに言い返した。
「ちゃんと飯は食わせてるさ。コイツが小食なだけだ」
「あの、シンキさんはちゃんと、私の面倒も見てくれています」
ソウも慌てて付け足した。ここでこうしていられるのも間違いなくシンキのおかげであるしへんな誤解をされたくない。二人の言葉を聴いたカグラは、自分が言ったもののさして興味がないように返事もしないで宵闇の瞳をシュリへと止めた。
「元気になったのか、よかったな」
亜人への偏見がないわけではないカグラが、シュリを見て瞳の中に安堵に似た感情を燈らせた。シュリは自分を助けてくれた人がいたことは知っていたが、それがカグラだということは聞かされていなかったので、ぽかんとした顔で端整な男の顔を見つめ返した。
シンキが手短にそれを説明すると、シュリは涙をこらえることができないように顔をくしゃくしゃにして何度もカグラに頭を下げた。少年の白い獣の耳が気になるようであったカグラだが、素直な感謝は亜人であっても人間であっても悪い気はしないだろう。いつもよりはずっと穏やかな笑みを見せてシュリに対応した。
シュリのことがあったから、少しだけ場の雰囲気が和んだような気がしたが、ソウにとってはカグラと話をすること自体が緊張の場面だ。
シュリは高価な絨毯の上にぺたりと座り込み、シンキの横にソウが腰掛け、カグラとテーブルを挟んで向かいあう形になった。藍色の装束の下で足を組み替えたカグラは、そのまま腕を組んで深くソファに身を預けてソウを見やった。
「それで、話というのは?」
「え……?」
「お前が話があるからと、シンキは言っていたが?」
思いがけないことにソウはきょとんとしてしまった。視線を泳がせながらシンキにそれを持っていくと、シンキは煙草片手に知らん顔をしていた。
何を話せばいのだろうか。この人にとって自分はアマネ様の障害になる存在なのだから、認めてくれることもないはずだ。
鼓動が嫌な音を立てて鼓膜に反響していく。眉間に皺を刻んで言葉を捜すソウを、カグラが特に表情もなく見つめていた。
誰も口を開かなくなって時間の感覚が麻痺したような感覚に襲われた。思考は鈍く動き、適当な言葉すら見つからない。いよいよ困ったように視線を落としたソウに向かって、カグラが呆れたようにため息を落とした後問いかけた。
「なにか、言いたいことはないのか?」
言いたいこと――聞きたいこと、ならある。
今のソウでは知ることができないことで、カグラならもしかしたら知っているかもしれないこと。でもそれを聞く資格はソウにはないのだけれど、でも知りたくて仕方がない。
喉が緊張で強張っているが、それでも知りたい欲求に逆らえず、ソウは視線を持ち上げてカグラに止めた。
「あ、の……せ、センは、元気でしょうか……それに……」
大切な人のことも知りたい。あの人の名を自分が口にするがおこがましいのも分かっている。でもどうしても知りたい。あの人は今、笑っているのだろうか。穏やかに日々を過ごしているのだろうか。あの深緑の瞳は涙に濡れていないだろうか。
「アマネ様……も、お元気で……いらっしゃるのでしょうか……」
心にこみ上げてくるのは後悔と、行き場のない想いの苦しさだった。
センに会いたい。抱き締めてほしい。家族だともう一度言ってほしい。
アマネ様に会いたい。あの声で名を呼んでほしい。もう一度本を読んで差し上げたい。ここに来てからもたくさんの本を読んだ。それをアマネ様にお伝えしたい。本に出会って自分の知識がこんなに増えました。楽しみができました。あなたに会ったから、ささやかな私の日常が色を増やしました。苦しくて切なくて、でも貴い感情を教えてくださったのはあなたです。
だけど、人間でなくてごめんなさい。卑しい存在でごめんなさい。
ずっと胸に押し込めていた言葉が溢れてきそうで、ソウはきゅっと唇を噛んで何とか飲み込む。シュリの言うとおり、泣き虫なんだとどこか思いながら、涙が滲んでくるのを我慢した。
ソウが必死で言った言葉を、カグラは無表情で受け止めた。長い睫毛の下の宵闇の瞳には全く動じた色がない。まるで興味のない話を聞かされているくらいの反応のなさで、ソウの不安は一気に高まる。何かあったのだろうかと、ソウは思った。
しかしカグラから返ってきたのは、そっけないものでしかなかった。
「お前に話す義理はない」
「え……?」
たった一言をソウに与え、カグラはゆったりとしたソファから立ち上がった。さらりとした装束が揺れるカグラの足元を呆然と眺めるソウに代わり、シンキが口を挟んだ。
「ソウの質問にも答えてやれや」
あまりにも突き放した答えに、シュリも言葉にはしないが眉間に皺を刻んで不快感を露わにした。カグラはそんな二人に視線を軽く流し、淡々とした口調で付け加えた。
「自分から逃げ出した者が、あとのことを気にして何になる。気になるのなら、そして離れたくないのなら、誠心誠意詫びて帰って来ればいいだけの話だ。わざわざ俺が何かを言うこともないだろう」
一度言葉を切り、カグラは深い闇を湛えた瞳をソウに流した。涙を滲ませた亜麻色の瞳にそれを結び、厳しさを増した声音で続ける。
「そうやっていつまでも逃げていれば、自分だけは楽になれるからな。周りの迷惑を考えない行動は、過去のお前と何も変わっていないと思うのは俺だけか?」
「おい、俺でももうちょっと優しくできるぞ?」
冷たい言葉に、シンキでさえ目を見張った。しかしそんなシンキにもカグラは冷めた視線を突き刺す。
「あっちもこっちも面倒は見れん。俺がお仕えするのはアマネ様だけだ。話がないのならこれで失礼する」
あっさりとカグラは装束を翻して居間から出て行った。シンキは文句を言いながらカグラを玄関まで追いかけていったが、ソウとシュリはその場から動くこともできなかった。
カグラの言葉が遠慮なくソウの中に沈んでいく。アマネに対する想いもセンに対する想いもまとめて引きずり込んでいく。
確かにそうだ。自分から逃げておいて、やはり都合のいい質問なんてするんじゃなかった。カグラの言うことは間違っていない。自分が楽になるために逃げ出したのだから。
「ソウ……」
シュリの手が優しく触れてきたことで、ソウは初めて自分が泣いていることに気付いた。
会いたい。あの人たちに。カグラに問いかけたことで、箍が外れたように想いが溢れてくるのを止められなかった。
粗末なテーブルを二人で囲み、シンキの作ってくれた食事を口にしていると、シュリがスープを飲みながら口を開いた。
「さっきの人って、ソウの好きな人なの?」
突拍子もないそれを鼓膜に受け止めたソウは、思わず咀嚼していた肉を喉につめそうなほど驚き咳き込んだ。
来客があったことを知ったシュリが、こっそりと顔を伺いに行っていたことは知っていたが、まさかの方向からの問いかけにソウが何度も首を横に振る。
「えー、そうなの? でも顔見知りなんでしょう?」
「そ、それは……そうだけど……」
カグラの顔を見ないようにして、通り過ぎる長身の男をやり過ごしていたことは、扉を開けてくれたシュリも目撃した。だから顔見知りだということはシュリにも分かってしまったのだろうけれど、それにしてもいきなりそっちへ話を持っていった少年の思考もなんと言うか。
それに、アマネことをちらりと話したことがあったから、そういった考えになったのかもしれないが、あのカグラをそんな対象に見ようと思うなんてシュリの大らかさに驚く。ソウからすればカグラはまだまだ苦手な存在に代わりはない。
シュリは言葉にできないまま何度も首を振るソウに、おいしそうに肉を頬張って続けた。
「まぁでもさ、あの人なんか神経質そうだしうるさそうだし、ソウが好きになる相手でもないか……どうせなら優しい人がいいなぁ」
「優しい人?」
「うん、ソウのことを大事にしてくれる優しい人がいい。ソウは泣き虫だし弱いから」
「そんなこと……ないはずだよ?」
泣き虫だとは自分でも思ってはいないが、確かに最近よく泣くような気がすると、ソウは反論したくても言葉が弱くなってしまう。それを見てシュリはおかしそうに笑い声を立てる。黒い大きな瞳がソウを愛しげに見つめた。
「ソウは泣き虫でもいいじゃない。それでも本当の所は強い所だってあるんだろうし。シンキさんみたいに、いつでもどこでも強くてしっかりした人も悪くないけど、ソウは周りを穏やかにさせてくれるから、いいと思うよ」
「そうなのかな……」
「うん。ソウは見た目も綺麗だし、心だってずっと綺麗。眉間の皺が取れなくなったシンキさんよりずっといいや」
いつも難しい顔をしていることが多いシンキは、基本的に不機嫌そうに見える。それを言っているのだろうか。ソウはシュリの言葉が遠慮なく、しかしシンキに対して愛情を持っていることも分かるから小さく笑い出した。親子以上に親子らしい尊敬と親愛がふたりの中に確実にあった。
怪我が回復したおかげで、また少年と楽しく会話ができることを嬉しく思いながら、ゆっくりと食事を終えた頃――シンキがノックもせずに扉を開けた。
「ソウ、こっちへ来い」
金髪を無造作にかき上げ、シンキは簡単に言った。しかし来いと言われた場所にはカグラがいることは誰の目にも明らかで、ソウはびくりと身体を強張らせてシンキを振り返った。
「私がですか……?」
「当たり前だろう」
「あの……」
「何でもいいから、一回カグラと話しろ」
有無を言わせないシンキの雰囲気に、ソウは言い返すこともできないで椅子から腰を持ち上げた。いまさら何を話せというのか。緊張が一気にソウを満たしていく。
「僕も行こうか?」
そんなソウを見て、シュリが心配そうに声をかけれくれた。シンキの方へ亜麻色の瞳を流すと、シンキは好きにすればいいといった様子で頷いた。
「じゃあ、一緒に来てくれる?」
不安に揺れるソウの瞳を受けた少年は、まだ少し痛みを抱える体をひょこりと椅子から立ち上がらせた。
そのままシンキの後ろから二人して続き居間に入ると、黒髪に宵闇の瞳を持つ男がソファに腰を下ろしていた。長い足をゆったりと組んだカグラは、その瞳でソウを認めると、表情のないまま口を開いた。
「少し痩せたようだな。シンキがちゃんと世話をしてくれていないということか?」
顔を見るなりそんなことを言ったカグラに言葉を返せないソウの代わりに、シンキが心外そうに言い返した。
「ちゃんと飯は食わせてるさ。コイツが小食なだけだ」
「あの、シンキさんはちゃんと、私の面倒も見てくれています」
ソウも慌てて付け足した。ここでこうしていられるのも間違いなくシンキのおかげであるしへんな誤解をされたくない。二人の言葉を聴いたカグラは、自分が言ったもののさして興味がないように返事もしないで宵闇の瞳をシュリへと止めた。
「元気になったのか、よかったな」
亜人への偏見がないわけではないカグラが、シュリを見て瞳の中に安堵に似た感情を燈らせた。シュリは自分を助けてくれた人がいたことは知っていたが、それがカグラだということは聞かされていなかったので、ぽかんとした顔で端整な男の顔を見つめ返した。
シンキが手短にそれを説明すると、シュリは涙をこらえることができないように顔をくしゃくしゃにして何度もカグラに頭を下げた。少年の白い獣の耳が気になるようであったカグラだが、素直な感謝は亜人であっても人間であっても悪い気はしないだろう。いつもよりはずっと穏やかな笑みを見せてシュリに対応した。
シュリのことがあったから、少しだけ場の雰囲気が和んだような気がしたが、ソウにとってはカグラと話をすること自体が緊張の場面だ。
シュリは高価な絨毯の上にぺたりと座り込み、シンキの横にソウが腰掛け、カグラとテーブルを挟んで向かいあう形になった。藍色の装束の下で足を組み替えたカグラは、そのまま腕を組んで深くソファに身を預けてソウを見やった。
「それで、話というのは?」
「え……?」
「お前が話があるからと、シンキは言っていたが?」
思いがけないことにソウはきょとんとしてしまった。視線を泳がせながらシンキにそれを持っていくと、シンキは煙草片手に知らん顔をしていた。
何を話せばいのだろうか。この人にとって自分はアマネ様の障害になる存在なのだから、認めてくれることもないはずだ。
鼓動が嫌な音を立てて鼓膜に反響していく。眉間に皺を刻んで言葉を捜すソウを、カグラが特に表情もなく見つめていた。
誰も口を開かなくなって時間の感覚が麻痺したような感覚に襲われた。思考は鈍く動き、適当な言葉すら見つからない。いよいよ困ったように視線を落としたソウに向かって、カグラが呆れたようにため息を落とした後問いかけた。
「なにか、言いたいことはないのか?」
言いたいこと――聞きたいこと、ならある。
今のソウでは知ることができないことで、カグラならもしかしたら知っているかもしれないこと。でもそれを聞く資格はソウにはないのだけれど、でも知りたくて仕方がない。
喉が緊張で強張っているが、それでも知りたい欲求に逆らえず、ソウは視線を持ち上げてカグラに止めた。
「あ、の……せ、センは、元気でしょうか……それに……」
大切な人のことも知りたい。あの人の名を自分が口にするがおこがましいのも分かっている。でもどうしても知りたい。あの人は今、笑っているのだろうか。穏やかに日々を過ごしているのだろうか。あの深緑の瞳は涙に濡れていないだろうか。
「アマネ様……も、お元気で……いらっしゃるのでしょうか……」
心にこみ上げてくるのは後悔と、行き場のない想いの苦しさだった。
センに会いたい。抱き締めてほしい。家族だともう一度言ってほしい。
アマネ様に会いたい。あの声で名を呼んでほしい。もう一度本を読んで差し上げたい。ここに来てからもたくさんの本を読んだ。それをアマネ様にお伝えしたい。本に出会って自分の知識がこんなに増えました。楽しみができました。あなたに会ったから、ささやかな私の日常が色を増やしました。苦しくて切なくて、でも貴い感情を教えてくださったのはあなたです。
だけど、人間でなくてごめんなさい。卑しい存在でごめんなさい。
ずっと胸に押し込めていた言葉が溢れてきそうで、ソウはきゅっと唇を噛んで何とか飲み込む。シュリの言うとおり、泣き虫なんだとどこか思いながら、涙が滲んでくるのを我慢した。
ソウが必死で言った言葉を、カグラは無表情で受け止めた。長い睫毛の下の宵闇の瞳には全く動じた色がない。まるで興味のない話を聞かされているくらいの反応のなさで、ソウの不安は一気に高まる。何かあったのだろうかと、ソウは思った。
しかしカグラから返ってきたのは、そっけないものでしかなかった。
「お前に話す義理はない」
「え……?」
たった一言をソウに与え、カグラはゆったりとしたソファから立ち上がった。さらりとした装束が揺れるカグラの足元を呆然と眺めるソウに代わり、シンキが口を挟んだ。
「ソウの質問にも答えてやれや」
あまりにも突き放した答えに、シュリも言葉にはしないが眉間に皺を刻んで不快感を露わにした。カグラはそんな二人に視線を軽く流し、淡々とした口調で付け加えた。
「自分から逃げ出した者が、あとのことを気にして何になる。気になるのなら、そして離れたくないのなら、誠心誠意詫びて帰って来ればいいだけの話だ。わざわざ俺が何かを言うこともないだろう」
一度言葉を切り、カグラは深い闇を湛えた瞳をソウに流した。涙を滲ませた亜麻色の瞳にそれを結び、厳しさを増した声音で続ける。
「そうやっていつまでも逃げていれば、自分だけは楽になれるからな。周りの迷惑を考えない行動は、過去のお前と何も変わっていないと思うのは俺だけか?」
「おい、俺でももうちょっと優しくできるぞ?」
冷たい言葉に、シンキでさえ目を見張った。しかしそんなシンキにもカグラは冷めた視線を突き刺す。
「あっちもこっちも面倒は見れん。俺がお仕えするのはアマネ様だけだ。話がないのならこれで失礼する」
あっさりとカグラは装束を翻して居間から出て行った。シンキは文句を言いながらカグラを玄関まで追いかけていったが、ソウとシュリはその場から動くこともできなかった。
カグラの言葉が遠慮なくソウの中に沈んでいく。アマネに対する想いもセンに対する想いもまとめて引きずり込んでいく。
確かにそうだ。自分から逃げておいて、やはり都合のいい質問なんてするんじゃなかった。カグラの言うことは間違っていない。自分が楽になるために逃げ出したのだから。
「ソウ……」
シュリの手が優しく触れてきたことで、ソウは初めて自分が泣いていることに気付いた。
会いたい。あの人たちに。カグラに問いかけたことで、箍が外れたように想いが溢れてくるのを止められなかった。
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