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25.混迷
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一度にたくさんの事を聞かされて、ソウは戸惑い、混乱した。自分の身に起きたことも、センが話してくれた過去のことも、許容量を遥かに超えていると思うくらいだった。
痛む身体が現実感を持たせてくれるからこそ実感もあるが、昔から苦しいことがあったときは本能がそれを忘れようとしているのか、一部の記憶が曖昧になるような、少しふわふわしたような不思議な感覚になる。
センが部屋を出て行って少し経ち、ソウは一人横になった。雨が降る窓の外は少し明るくなっているから、止む気配を感じる。時間はもう夜のほうが近いのだろうか。一日寝てばかりいては、時間の感覚も鈍ってしまっていた。
けれど、これはきちんと考えなくてはいけないと、まどろむ意識を何とか手繰り寄せて、センから聞かされた話を思い返した。
アマネが皇帝の息子で、後継者争いで命を危険に晒したこと、そしてそれに関与していた都で地位を持っていた若き日のセン。それをぽつりぽつりと話されて、ソウは終始驚きっぱなしだった。
皇帝がどんなものかくらいは、地方で暮らしていたソウでも理解しているつもりだった。初代皇帝から脈々とつながる家系。そして亜人を奴隷化したのもその時代からだと聞いている。かつての主だった人間が誇らしげに、人間とは何たるかをよく話していたからだ。
アマネの家系は――いわば自分たちを今、苦しめている原因を作り出した存在だ。
虐げられ貶められ、たくさんの亜人が涙に濡れて死んできた。それを考えると人間なんて大嫌いだと思う。こんな扱いを受けなくてはいけなくなった――今を作り出した皇帝なんて大嫌いだ。
だけど。アマネのことを、素性を知ったからといってそう思っていない自分がいる。
アマネが帝の子供だからといって、何も変わらない。あの人の優しさに、無邪気さに、悲しさに愛しくて、今こうして想うだけで溢れてくる気持ちだけが、ソウが感じることだ。
身分を考えて好きになったわけでもないし、だからとって気持ちが醒めるわけでもない。
「でも……許されるはずはない……」
アマネの言葉が鈍くソウの心を抉る。
亜人と人間が分かりあうことなんてできない。そう言ったのは紛れもないアマネなのだ。たとえソウのことを少しでも想ってくれていたとしても、それはソウが亜人だと知った時点で散っていく感情だろう。
「どうして、亜人なんだろう……」
寝台の上でゆっくりと寝返りをうち、ソウは呟いた。痛む手を持ち上げて触れてみると、頭には大きな獣の耳がある。見るのさえ嫌で、できるだけ鏡の前に立たないようにしているが、自分が見えないだけで他人から見れば大きく目立つ耳だ。
「こんなの……いらない……」
指先に触れたそれに、ソウの瞳が苦しそうに歪んだ。亜麻色の潤みを帯びた瞳が飾り気のない壁をじっと見つめ、何かに耐えるように伏せられた。
これがあるから駄目なんだ。これのせいで、いつかアマネ様に嫌われる。嘘をつくことが嫌だけど、これのせいで本当のことを言えない。何もかもこれがいけないんだ。
喉を締め付けて懸命に、溢れてくる自分への憎悪に似た気持ちを押さえ込む。いつの間にか両手ともが頭にあり、髪を乱暴に鷲掴みにしていた。
今までも、何度、生まれ落ちた亜人というものに嫌悪を持ったか。どうにもできないことだと分かっていながら、諦めがつかない。亜人であるがために自分を嫌いで仕方がないし、自分を認めることができない。
こんな風に思うのはおかしいのだろうか。目頭が熱くなって、ソウは震える手を胸元へ下ろし握りこんだ。自分が嫌いすぎて、アマネに抱く感情までもが穢れてしまいそうだ。
でもあの人への想いだけは、そんな自分から守りたかった。あの人はいつも笑っている。それがうらやましくて少しだけ嫉妬した。それはあまりにも純粋な笑顔だったから。
亜人であり、今となれば余計、人の命を貶めた自分はとてもじゃないがあんな風には笑えない。こんな自分が本当に嫌いだ。あの人には似合わない。ソウの唇から我慢できない嗚咽が一人きりの部屋に零れた。
隙間もないほど、思考はアマネで満たされる。どれだけその手に触れたいか。触れてほしいか。笑顔が見たいか話がしたいか。アマネが満たしてくれたら、少しは自分のことを好きになれそうな気がする。そんな身勝手なことまで考え、ソウは整った唇に歪んだ笑みを浮かべた。
そのとき。疑問が頭を掠めた――あの人は、自分のことを好きなのだろうか。
頭を満たす一人の人間に、聞いてみたい。あの無邪気な笑顔と、諦めを滲ませたあの人らしくない笑顔がソウの腫れぼったい瞼の裏に浮かんでくる。
とんでもない身分の上に生まれるのもまた、苦労があるだろう。ましてセンの話では命まで危うかったのだから。母親を亡くしたこともまた、傷として今も在るのだろう。だがそれをアマネに聞くことは、また傷を作りそうでできない。アマネのことを想うと、そんなことはとてもできないし、してはいけないような気がした。何より、悲しい顔をするアマネを想像すらしたくなくて、ソウは無理矢理考えることをやめようとした。
するとまた頭を掠めるものがあった。とりとめのない思考は、どんどん流れを変えていく。脈絡のなさに自分でも戸惑うくらいだが、思い返された涙に心が痛んだ。
その話をしていたとき、センは泣いていたっけ。滲んだ視界を、ぼんやりと闇を潜ませた壁の隅に移す。
でも、センを責める気にはなれなかった。自分が今まで見てきたセンはいつも笑っていて温かくて、そして愛してくれていたし、今もそれは変わらない。
きっとアマネにもカグラにも、センは許せない存在なのかもしれない。けれどソウにとっては違う。ソウを助けてくれた恩人だ。センがソウを理解したいと言うように、ソウもまた、センを理解したかった。
アマネがいてセンがいて、カグラがいて、そしてそれらの下に自分の今までの過去がある。憎い人間ばかりだったソウの今までとは違って、この三年で大好きだと思える人間もできた。それだけでも胸の奥底が少しづつ温かくなってくる。誰も好き好んで憎みたいわけではない。ただ好きになる機会を与えてもらっていないだけだ。
いま周りにいる人間はみんな優しい。そして愛情を知ることができて、アマネを好きになる礎を与えてくれた。
「人間って……いいものなのかも……」
呟くソウ瞳がうっとりと涙を湛え、ゆっくりと瞬く。ほろりと零れた涙を拭うことも億劫で、そのままにした。亜麻色の瞳を瞬く動作が少しずつ緩慢さを増していき、そして完全に目を閉じた。
体力のまだ回復しきっていない身体は貪欲に睡眠をほしがる。急いで考えなければいけないことでもない。事実は明日になっても変わらない。アマネを好きなことも、アマネがとんでもない身分であることも何も。
ソウは水に沈む小石のように、意識を深い眠りの中に落とす。もう怖くないはずなのに、それなのに無意識に自分を守るように身体を小さくしていた。
夜が完全に街を支配した時間。雨は上がり空の雲は緩やかに刷かれ、星がきらめきを地上に落としていた。
店の明かりを完全に落とし、二階に上がろうかとセンが椅子から立ち上がったところに、入り口の扉を誰かが控えめに叩いた。先日のことがあり、小さな音だったがセンが飛び上がらんばかりに驚く。
「なに……」
丸い身体をちぢこめるようにして足音をできるだけさせないまま、センは扉に近づく。役人に引き渡されたミカゲは今はもう自由に歩けないはずだ。きっとこの街にい続けることはできないだろうと言っていた。しかし植えつけられた恐怖は簡単に消えることはない。
「……誰だい?」
硝子が落ちてしまい、今は貧相な板で補修された扉越しに相手を伺う。少しの間を置いて返ってきた声は淡々として、たった一声で誰か分かった。
「見舞いがしたい」
「カグラ……?」
落ち着き払った声音は、機嫌が悪いのかと思えるほどだった。センは息を呑んで少し考えたが、過去のつながりよりも今はソウの恩人だ。躊躇う手に力を入れて扉を開けた。
「長居はしない。邪魔をする」
「別にかまわない……」
宵闇の瞳は相も変わらず感情が読めない。濃紺の装束に金糸で刺繍を施した防寒性の高い上着を着たカグラを見上げて、センは言葉を宙に放り投げた。カグラの後ろにアマネがいたからだ。
「アマネ様……」
帝の子であると知ってから初めて会ったアマネに、センの中でさまざまなものが吹き荒れた。あのときの自分の占いのせいで翻弄された皇子は、人生の中で数々のものをきっと失い、だけれど立派に成長された。大柄なアマネを見上げるにはかなり視線を持ち上げなくてはいけないが、その姿を焼き付けるように、センは瞬くこともできなかった。気品と大らかさと聡明さは、あの頃と何も変わっていない。整った顔立ちは男らしさを増しているが、面影はわずかに残っている。この人は確かにシオリ様だ。
思わず涙がこみ上げそうになったセンに、しかし何も知らされていないのだろうアマネは心配そうに言葉をかけた。
「夜に申し訳ないが、どうしてもソウのことが気になって……少しで良いから会えないだろうか」
勿論先日のことを知っているのだから、心配しないはずはない。だがセンは返答に困って口をつぐんだ。アマネのことを好きで悩んでいるソウに、断りもなく招き入れて良いのだろうか。判断がつきかねて、おずおずと切り出した。
「今、眠っているのかもしれません。それに、まだ顔も腫れていますし……きっと見られることが辛いかもしれません……」
なんとか断ることができないかと思い継いだ言葉に、センはハッと息を呑んだ。盲目のアマネに対して、なんと失礼なことを言ってしまったのかと思い至ると、それ以上上手い言葉が浮かんでこなかった。視線を泳がせてどうにかしないとと慌てるセンに、カグラが厳しい目を向け小さくため息を落としたが、当のアマネは気にした様子もなく微笑んだ。深緑の光を宿さない瞳が笑うと、ますますシオリの面影を濃くした。
「幸い俺は目が見えないから、ソウの顔を見ることはできない。寝ていたら起こさないと約束をするから、少しだけソウの部屋に入る許可を頂けないだろうか」
「……アマネ様はずっとソウを心配しておられる。私はここで待っているし、騒いだりしないから聞き入れてもらえないか」
二人の纏う、ソウを心配する空気は本当だった。センは昔の後ろめたさも手伝って、半ば押し切られるように頷いてしまっていた。
「本当に、少しだけでお願いしますね」
それを言うのがやっとだった。
痛む身体が現実感を持たせてくれるからこそ実感もあるが、昔から苦しいことがあったときは本能がそれを忘れようとしているのか、一部の記憶が曖昧になるような、少しふわふわしたような不思議な感覚になる。
センが部屋を出て行って少し経ち、ソウは一人横になった。雨が降る窓の外は少し明るくなっているから、止む気配を感じる。時間はもう夜のほうが近いのだろうか。一日寝てばかりいては、時間の感覚も鈍ってしまっていた。
けれど、これはきちんと考えなくてはいけないと、まどろむ意識を何とか手繰り寄せて、センから聞かされた話を思い返した。
アマネが皇帝の息子で、後継者争いで命を危険に晒したこと、そしてそれに関与していた都で地位を持っていた若き日のセン。それをぽつりぽつりと話されて、ソウは終始驚きっぱなしだった。
皇帝がどんなものかくらいは、地方で暮らしていたソウでも理解しているつもりだった。初代皇帝から脈々とつながる家系。そして亜人を奴隷化したのもその時代からだと聞いている。かつての主だった人間が誇らしげに、人間とは何たるかをよく話していたからだ。
アマネの家系は――いわば自分たちを今、苦しめている原因を作り出した存在だ。
虐げられ貶められ、たくさんの亜人が涙に濡れて死んできた。それを考えると人間なんて大嫌いだと思う。こんな扱いを受けなくてはいけなくなった――今を作り出した皇帝なんて大嫌いだ。
だけど。アマネのことを、素性を知ったからといってそう思っていない自分がいる。
アマネが帝の子供だからといって、何も変わらない。あの人の優しさに、無邪気さに、悲しさに愛しくて、今こうして想うだけで溢れてくる気持ちだけが、ソウが感じることだ。
身分を考えて好きになったわけでもないし、だからとって気持ちが醒めるわけでもない。
「でも……許されるはずはない……」
アマネの言葉が鈍くソウの心を抉る。
亜人と人間が分かりあうことなんてできない。そう言ったのは紛れもないアマネなのだ。たとえソウのことを少しでも想ってくれていたとしても、それはソウが亜人だと知った時点で散っていく感情だろう。
「どうして、亜人なんだろう……」
寝台の上でゆっくりと寝返りをうち、ソウは呟いた。痛む手を持ち上げて触れてみると、頭には大きな獣の耳がある。見るのさえ嫌で、できるだけ鏡の前に立たないようにしているが、自分が見えないだけで他人から見れば大きく目立つ耳だ。
「こんなの……いらない……」
指先に触れたそれに、ソウの瞳が苦しそうに歪んだ。亜麻色の潤みを帯びた瞳が飾り気のない壁をじっと見つめ、何かに耐えるように伏せられた。
これがあるから駄目なんだ。これのせいで、いつかアマネ様に嫌われる。嘘をつくことが嫌だけど、これのせいで本当のことを言えない。何もかもこれがいけないんだ。
喉を締め付けて懸命に、溢れてくる自分への憎悪に似た気持ちを押さえ込む。いつの間にか両手ともが頭にあり、髪を乱暴に鷲掴みにしていた。
今までも、何度、生まれ落ちた亜人というものに嫌悪を持ったか。どうにもできないことだと分かっていながら、諦めがつかない。亜人であるがために自分を嫌いで仕方がないし、自分を認めることができない。
こんな風に思うのはおかしいのだろうか。目頭が熱くなって、ソウは震える手を胸元へ下ろし握りこんだ。自分が嫌いすぎて、アマネに抱く感情までもが穢れてしまいそうだ。
でもあの人への想いだけは、そんな自分から守りたかった。あの人はいつも笑っている。それがうらやましくて少しだけ嫉妬した。それはあまりにも純粋な笑顔だったから。
亜人であり、今となれば余計、人の命を貶めた自分はとてもじゃないがあんな風には笑えない。こんな自分が本当に嫌いだ。あの人には似合わない。ソウの唇から我慢できない嗚咽が一人きりの部屋に零れた。
隙間もないほど、思考はアマネで満たされる。どれだけその手に触れたいか。触れてほしいか。笑顔が見たいか話がしたいか。アマネが満たしてくれたら、少しは自分のことを好きになれそうな気がする。そんな身勝手なことまで考え、ソウは整った唇に歪んだ笑みを浮かべた。
そのとき。疑問が頭を掠めた――あの人は、自分のことを好きなのだろうか。
頭を満たす一人の人間に、聞いてみたい。あの無邪気な笑顔と、諦めを滲ませたあの人らしくない笑顔がソウの腫れぼったい瞼の裏に浮かんでくる。
とんでもない身分の上に生まれるのもまた、苦労があるだろう。ましてセンの話では命まで危うかったのだから。母親を亡くしたこともまた、傷として今も在るのだろう。だがそれをアマネに聞くことは、また傷を作りそうでできない。アマネのことを想うと、そんなことはとてもできないし、してはいけないような気がした。何より、悲しい顔をするアマネを想像すらしたくなくて、ソウは無理矢理考えることをやめようとした。
するとまた頭を掠めるものがあった。とりとめのない思考は、どんどん流れを変えていく。脈絡のなさに自分でも戸惑うくらいだが、思い返された涙に心が痛んだ。
その話をしていたとき、センは泣いていたっけ。滲んだ視界を、ぼんやりと闇を潜ませた壁の隅に移す。
でも、センを責める気にはなれなかった。自分が今まで見てきたセンはいつも笑っていて温かくて、そして愛してくれていたし、今もそれは変わらない。
きっとアマネにもカグラにも、センは許せない存在なのかもしれない。けれどソウにとっては違う。ソウを助けてくれた恩人だ。センがソウを理解したいと言うように、ソウもまた、センを理解したかった。
アマネがいてセンがいて、カグラがいて、そしてそれらの下に自分の今までの過去がある。憎い人間ばかりだったソウの今までとは違って、この三年で大好きだと思える人間もできた。それだけでも胸の奥底が少しづつ温かくなってくる。誰も好き好んで憎みたいわけではない。ただ好きになる機会を与えてもらっていないだけだ。
いま周りにいる人間はみんな優しい。そして愛情を知ることができて、アマネを好きになる礎を与えてくれた。
「人間って……いいものなのかも……」
呟くソウ瞳がうっとりと涙を湛え、ゆっくりと瞬く。ほろりと零れた涙を拭うことも億劫で、そのままにした。亜麻色の瞳を瞬く動作が少しずつ緩慢さを増していき、そして完全に目を閉じた。
体力のまだ回復しきっていない身体は貪欲に睡眠をほしがる。急いで考えなければいけないことでもない。事実は明日になっても変わらない。アマネを好きなことも、アマネがとんでもない身分であることも何も。
ソウは水に沈む小石のように、意識を深い眠りの中に落とす。もう怖くないはずなのに、それなのに無意識に自分を守るように身体を小さくしていた。
夜が完全に街を支配した時間。雨は上がり空の雲は緩やかに刷かれ、星がきらめきを地上に落としていた。
店の明かりを完全に落とし、二階に上がろうかとセンが椅子から立ち上がったところに、入り口の扉を誰かが控えめに叩いた。先日のことがあり、小さな音だったがセンが飛び上がらんばかりに驚く。
「なに……」
丸い身体をちぢこめるようにして足音をできるだけさせないまま、センは扉に近づく。役人に引き渡されたミカゲは今はもう自由に歩けないはずだ。きっとこの街にい続けることはできないだろうと言っていた。しかし植えつけられた恐怖は簡単に消えることはない。
「……誰だい?」
硝子が落ちてしまい、今は貧相な板で補修された扉越しに相手を伺う。少しの間を置いて返ってきた声は淡々として、たった一声で誰か分かった。
「見舞いがしたい」
「カグラ……?」
落ち着き払った声音は、機嫌が悪いのかと思えるほどだった。センは息を呑んで少し考えたが、過去のつながりよりも今はソウの恩人だ。躊躇う手に力を入れて扉を開けた。
「長居はしない。邪魔をする」
「別にかまわない……」
宵闇の瞳は相も変わらず感情が読めない。濃紺の装束に金糸で刺繍を施した防寒性の高い上着を着たカグラを見上げて、センは言葉を宙に放り投げた。カグラの後ろにアマネがいたからだ。
「アマネ様……」
帝の子であると知ってから初めて会ったアマネに、センの中でさまざまなものが吹き荒れた。あのときの自分の占いのせいで翻弄された皇子は、人生の中で数々のものをきっと失い、だけれど立派に成長された。大柄なアマネを見上げるにはかなり視線を持ち上げなくてはいけないが、その姿を焼き付けるように、センは瞬くこともできなかった。気品と大らかさと聡明さは、あの頃と何も変わっていない。整った顔立ちは男らしさを増しているが、面影はわずかに残っている。この人は確かにシオリ様だ。
思わず涙がこみ上げそうになったセンに、しかし何も知らされていないのだろうアマネは心配そうに言葉をかけた。
「夜に申し訳ないが、どうしてもソウのことが気になって……少しで良いから会えないだろうか」
勿論先日のことを知っているのだから、心配しないはずはない。だがセンは返答に困って口をつぐんだ。アマネのことを好きで悩んでいるソウに、断りもなく招き入れて良いのだろうか。判断がつきかねて、おずおずと切り出した。
「今、眠っているのかもしれません。それに、まだ顔も腫れていますし……きっと見られることが辛いかもしれません……」
なんとか断ることができないかと思い継いだ言葉に、センはハッと息を呑んだ。盲目のアマネに対して、なんと失礼なことを言ってしまったのかと思い至ると、それ以上上手い言葉が浮かんでこなかった。視線を泳がせてどうにかしないとと慌てるセンに、カグラが厳しい目を向け小さくため息を落としたが、当のアマネは気にした様子もなく微笑んだ。深緑の光を宿さない瞳が笑うと、ますますシオリの面影を濃くした。
「幸い俺は目が見えないから、ソウの顔を見ることはできない。寝ていたら起こさないと約束をするから、少しだけソウの部屋に入る許可を頂けないだろうか」
「……アマネ様はずっとソウを心配しておられる。私はここで待っているし、騒いだりしないから聞き入れてもらえないか」
二人の纏う、ソウを心配する空気は本当だった。センは昔の後ろめたさも手伝って、半ば押し切られるように頷いてしまっていた。
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