聖夜戦記サンタロボ

平良野アロウ

文字の大きさ
上 下
13 / 20

第13話

しおりを挟む
 ひとしきりゲームで遊んだ後、昼頃になって二人はゲームセンターを出た。
「隊長、お昼ご飯どこにしましょう?」
「俺は別にどこでも構わんが」
「じゃあこの辺の適当なとこでいいですかね」
 真琴はレストランを探そうと辺りを見回すが、ふとそこであるものを見つけた。
「あ、サンタさんですよサンタさん!」
 それは街行く子供達にサンタクロース協会のチラシを配っていた、若い女性のサンタクロースであった。真琴は昼食のことなど忘れて、サンタへと駆け寄る。
「こんにちはサンタさん、お仕事ご苦労さまです!」
「あら、こんにちは」
 彼女は小人の子供達にプレゼントを配る、言わば本物のサンタクロースである。サンタロボに乗って人間の子供を担当する修二達とは職場からして違うため、関わり合うことはあまりない。
 彼女の配るチラシは早めに手紙を提出することを促すものであり、今年人気の高いプレゼントの一部も載っていた。勿論、人間の子供達とは流行も全く違っている。
「あの、よろしければ握手していただいてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
 サンタは快く受け入れ、真琴と握手を交わす。
「キャー! 私本物のサンタさんと握手しちゃいましたよ! ねえ隊長!」
「お前も本物だろ」
「あ、そうでしたね」
 自分自身がサンタになったことも忘れてファン目線でサンタに接する真琴を見て、修二は呆れた。
「貴方もサンタクロースを?」
「あ、ロボに乗る方です」
「まあ、こんな可愛らしい方が……」
 サンタは大層驚いた表情をしていた。当然の反応である。こんな小柄な少女が「自分は軍人だ」と言って驚かない者はそうはいない。
「サンタさん、プレゼント配達、がんばってくださいね!」
「ええ、こちらこそ。サンタ狩りにお気をつけてくださいね」
「はい、生きて帰るまでが任務ですから!」
 真琴は元気よく敬礼。
「それで天宮、昼飯はどうするんだ?」
「あ、そうでした。うーんと……あ、丁度ここにレストランありますね」
 サンタの所まで走っていったら、丁度サンタがレストランの前でチラシを配っていたのである。
「じゃあさっさと飯にするぞ」
「了解です!」
 真琴はサンタに手を振ると、修二と共にレストランに入った。
「あれー? 隊長に真琴ちゃんじゃん」
 空いてる席に向かうと、そのすぐ横の席で美咲が三人の友人と食事をしていた。美咲の私服は豊満なバストを目立たせる縦セーターである。
「梶村、お前もここに来てたのか」
「はい、民間人の友達と」
「偶然ですねー先輩」
「そっちもデート楽しんでるみたいねー真琴ちゃん」
「もー、デートじゃないですよー」
 真琴は照れ笑いしながら否定。
「変な誤解はやめてくれないか。世間体とかもあるわけだし……」
「今日の私は隊長の妹なんですから!」
 真琴が両手を腰に当てて自信満々に言うと、美咲の友達三人が一斉に真琴の顔を見た。その後にこれまた揃って、修二の顔を見る。
(よく考えたら余計にいかがわしくなってないか)
 修二は気まずくなって顔を引き攣らせる。
「あのな天宮、一体何なんだその妹ってのは」
「え? だって隊長、去年亡くなった矢野准尉のことを弟みたいに思ってたそうじゃないですか。ですから私も 矢野准尉みたいに隊長と仲良くなりたいと思いまして」
「それでか……」
 ようやく趣旨を理解して、修二は肩を落とした。
「梶村、お前の差し金だな」
 一人笑いを堪えている美咲を、修二は睨む。
「いやーまさかこんな面白いことになるとは……」
「面白がるな。まったく……ほら天宮、他の客に取られないうちに俺達も座るぞ」
「了解!」
 席について、二人はメニューを手に取る。
「隊長はどんな料理が好きなんですか?」
「お前今日はいちいち俺に訊いてくるな」
「だって隊長のことをもっと知りたいですから」
「……別に何が好きというわけでもない」
「もー、すぐそうやって冷めた反応するー」
 真琴は自分の好物を、修二は適当なものを注文。料理を待つ間、真琴は引っ切り無しに修二に話しかけてきた。
「隊長ってー、軍学校時代はヤンキーだったんですよね? 喝上げとかやってる悪い人だったんですか?」
「いや……あまりその頃のことは思い出したくないんだが……誤解を解くために言っておくと、喝上げとか盗みとかはやってなかったからな。やってたのはサボりとかケンカくらいで……ヤンキーというほどヤンキーでは……」
 話していると修二は自然と猫背になり、手を軽く額に当てて顔を隠すようなしぐさを見せた。調子に乗っていた頃の自分を思い出すと、それだけで死にたくなってくる。
「協会に入った後もよく命令無視して勝手に戦ってたって聞きましたよ」
「それは若気の至りで……当時はそれをかっこいいと思ってたんだ! 頼むから思い出させないでくれ!」
 恥ずかしい過去をほじくり返され、修二は焦ってむきになる。板一枚の向こうに座る美咲の笑いを堪える声が聞こえた。
「……はっきし言ってあの頃の俺はクズでカスだった」
 一旦深呼吸して冷静になった修二は、落ち着いた声で話す。
「自分の行いがより若い世代の手本になってしまうだなんて思ってもいなく、自分の才能にかまけて調子に乗っていた。自分のことしか見えていなかったんだ。今更反省しても、そのせいで一人の命を奪ってしまった以上はもう手遅れだ……」
「隊長……」
「天宮、俺はお前が羨ましいよ。天才と呼ばれて持て囃されても調子に乗ることなく、かといって嫌味ったらしく謙遜するでもなく、天才としての自分をありのままに受け入れている」
「自分の能力が皆さんのお役に立てるのなら、それが一番ですからね!」
「やはりお前は俺とは違う」
「私の方こそ、隊長は私より凄いって思ってますよ。だって隊長の考えた技や操作法が教科書に載ってるんですから」
「え?」
 何のことだか分からず、修二は聞き返した。
「あれ、隊長知らなかったんですか?」
「ああ、そんな話は全く」
「隊長がやり始めた斬新な操作法が軍上層部に有用性を認められて、今ではパイロット皆が学んでるんですよ。隊長はバトルロボの操作技術に多大な貢献をした偉人なんです!」
「知らなかった……」
 軽く衝撃を受けて、修二は動揺した。
 以前から自分を真似た動かし方をする新兵が結構いるなーとは思っていたが、まさかそれが教科書で学んだものだとは思ってもいなかった。
「別に元ヤンなことくらい気にしなくていいんじゃないですか? 人間の偉人でお札の顔になるような人だって、実は結構ワルだったっていうくらいですし」
「……お前は前向きだな」
「ポジティブなのはお前のいいところだって、軍学校の教官にも言われました!」
 そうやって話していると、丁度店員が料理を運んできた。
「いただきまーす」
 心底美味しそうに食べる真琴を見ながら、修二は仏頂面のまま食べる。
「頭が花畑の奴は戦場ではすぐ死ぬ。教官からそう教わらなかったのか?」
「ちゃんと習いましたよ」
「習った上でこうなのか」
「生まれつきの性質なんて、なかなか変わりませんからねー」
「俺は自分を変えようと努力した。もうあの頃のクズとは違うことを自負している」
「あ、隊長のことを言ってるわけじゃないですよ」
「……お前は昔から優等生だったそうだな」
「人間の間ではサンタさんって、良い子の所にしか来ないって言われてるじゃないですか。だから私、とびっきり良い子になればサンタさんになれるかもって思ってたんですよ」
 随分と論理が飛躍しているが、所詮は子供の考えることである。
「それで勉強も習い事も物凄く頑張って、家の手伝いとか困ってる人を助けたりとか沢山やって、とにかく良い子でいようって思いながら生きてたんです」
「お前が人に取り入るのが上手いのはそのためか」
「もー、隊長ってば。人と仲良くなるのが上手いって言ってくださいよ」
「そういえばお前が死んだのも、車から子供を庇ったからだったな」
「はい、その子は助かったんですけど、私は死んじゃいまして」
「……クリスマスの奇跡、ねえ。未だに信じ難い話だが……」
「まさかそれで本当にサンタさんになれるとは思ってもいませんでしたよ」
「むしろ思ってる方がおかしいな」
「夢が叶ったのは嬉しいですけど……もう家族や友達と会えないってのは、ちょっと寂しいですね」
 修二ははっとする。また自分の懸念していたことを真琴が口にした。
 イブ当日、仕事を投げ出して家族や友達に会いに行ったりするなよと、今ここで念を押しておくべきか。
「その……天宮……」
 いつもの調子できつく言おうとするも、思うように言葉が出ない。
 彼女はタカシとは違う。そう信じたい思いと、彼女も勝手な行動をして死にに行くのではという不安が混ざり合い葛藤する。
「何ですか?」
「いや……何でもない」
 親に会えなくて寂しいと言う十五歳の少女に、そんな言葉はかけられなかった。真琴はきょとんとしながらも、何事も無かったように食事を再開した。

 美咲達一行は修二達より先に席を立ち、一度二人に挨拶してから出て行った。
 昼食を終えた修二と真琴はレストランを出て、暫く街を散策する。
「隊長、今度はどこ行きます? さっきは私の好きな所だったので、今度は隊長の好きな所にしましょうよ」
「俺の好きな所と言われてもな……お前連れて酒飲みに行くわけにもいかないし」
「じゃあどうしましょうか」
 行く当ても無くぶらつく二人。ふと真琴は、目線の先によく知る後姿を見つけた。
「あっ、坂本先輩!」
 女性と二人並んで歩く坂本和樹である。
「あ、隊長に天宮ちゃん」
 声に気付いて、和樹は振り返った。
 ここは基地から最寄の街であるため休日には遊びに来る隊員が多く、こうして偶然出くわすのは珍しいことではない。
「そちらの方は噂の彼女さんですか?」
「そうだよー」
「それはそれは。坂本曹長の部下をやっております、天宮真琴です」
 真琴は丁寧に挨拶。
「あ、そうですよ隊長、坂本先輩なら楽しそうなとこ知ってるんじゃないですか? 先輩達はこれからどこへ?」
「ラブホ」
 和樹は即答。
「だから、ラブホ」
 わかっていない顔をする真琴に対し、和樹はもう一度言う。
「坂本、お前昼間っから……」
「あのー、ラブホって何ですか?」
「エロいことする場所ー」
 直後、和樹は彼女に頭をチョップされた。修二は呆れ顔。
「ほら俺達は向こうに行くぞ天宮。じゃあな坂本」
 修二は振り返り、来た道を引き返す。
「あ、待ってくださいよ隊長ー。坂本先輩、彼女さんとお幸せにー」
 真琴は和樹に手を振りながら、修二を追いかけた。
「凄いですね隊長。エッチなことする場所ですって」
 真琴は仄かに顔を赤らめながらも興味津々で修二に話しかける。
「お前、そういうこと興味あるのか」
「えっ? えへへ……まあ人並みには……」
 真琴は頭を掻いて照れ笑い。
 年齢的には中学生。そういうことに興味を持つのも不思議ではない年頃である。
「そういう隊長こそ、むっつりスケベだって梶村先輩が言ってましたよ」
 突然そう言われ、修二は咳き込んだ。
「あいつ……帰ったらシメる」
「いつも隊長が私のお尻見てること知ってるんですからね!」
「街中でそういうこと言うのはやめろ!」
「それで隊長、これからどこ行きます?」
「……さあな。適当に歩くぞ」
しおりを挟む

処理中です...