ヤンキーVS魔法少女

平良野アロウ

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第八章 最終決戦編

第154話 最終決戦

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 黄道十二宮を抜けた最奥地。そこには一つの玉座が置かれ、その背後に目を見張るほど巨大な砲が鎮座していた。
「よう、オーデン叔父さん。ぶっ飛ばしに来てやったぜ」
 足を踏み入れて早々、拳凰が減らず口を叩く。玉座にどっしりと腰を下ろしたオーデンは、仮面の奥から覗く翠の瞳をギロリと細くした。
「父上」
 と、そこでムニエルが拳凰の前に出た。
「もうこんな馬鹿げたことはおやめください。こんなことをしても民は喜びませぬ」
「関係ない。民が喜ばずとも我が喜ぶ。よって人間界への砲撃は敢行する。我が娘ムニエルよ、我を裏切るならば其方も粛清せねばならぬ」
 玉座から動かぬまま、オーデンは淡々と冷徹に言う。ムニエルは腰に差した二本の剣を抜いた。
「父上……我は其方を斬る」
 そう口に出した瞬間――ムニエルは後ろに大きく吹き飛び壁に背を打ち付けた。
「ムニちゃん!」
 花梨が慌てて駆け寄ると、ムニエルは口元から血を垂らし力なく項垂れていた。
「これが……父上の……」
 オーデンはただ、玉座に腰を下ろしたまま平手を振りかざしただけだった。触れることすらなく、ムニエルを一撃の下吹き飛ばしたのである。
「椅子に座ったまま戦うたぁ、舐めた真似しやがって!」
 拳凰が駆け出し、オーデンに殴りかかる。猛烈なラッシュをかける拳凰に、オーデンはそれを上回る速度で腕を動かしパンチの一つ一つを的確に掌で受け止めた。
(こいつ……)
 拳凰は驚愕して目を見開く。ビフテキ、ハンバーグ、ハバネロ、三人の妖精騎士を地に沈めてきた拳凰の必殺拳を、いとも容易く受け止めているのだ。
「俺達も加勢するカニ!」
「うん!」
 棒立ちしているわけにはいかないと、カニミソと智恵理が攻撃の構えを取った。今回はステージ上で一対一の対戦ではない。全員で挑むことも可能なのだ。
 左腕を高く掲げて衝撃波を放つ必殺の手刀と、魔力を振り絞って発射する巨大な星型魔法弾。その同時攻撃が、拳凰のラッシュを中央にして両サイドから迫る。オーデンは拳凰だけに対応しノーガードであった。
 直撃する二つの攻撃。だがオーデンには傷一つ付いてはいなかった。防御も回避もしていなかったにも関わらず、二人の最強技を受けて無傷だったのである。
「な、何で!?」
「俺達の入っていける次元じゃないカニ……!」
 愕然とする二人の間を、高速で通り抜ける影が一つ。
「どけ! 最強寺拳凰!」
 拳凰が背後からの気配に勘付くと共に、響いた声。花梨に傷を治してもらったムニエルが双剣を手に突貫してきたのだ。拳凰はその指示に従って垂直に大きく飛び跳ねた。
 玉座ごと切り捨てんと両サイドから切り払われた二刀。だがそれすらも、オーデンは腕を広げて人差し指と中指で挟んで止めた。腕がピタリと止まって動かなくなったかのような感覚に襲われたムニエルは戦慄する。
(つ、強すぎる……我の剣術が全く通用しない……!)
 オーデンはユドーフと双子であるが故に兄と同様直系継承で生まれた身。しかし王位を継げない立場であることから、オーデンの子は傍系継承になるよう儀式を受けている。即ちムニエルの持つ神の力はオーデンの八割でしかないのだ。それに加えて年期や体格の差。ムニエルが絶望するのも無理はないほどに、親子間の実力差は開いていた。
 だが忘れてはならない。ユドーフの子は、ユドーフやオーデンと同等の力を継承しているということを。
 空高く跳び上がった拳凰は拳を下にして落下。両手の塞がったオーデンの頭頂部目掛けて、その鉄拳を振り下ろす。
 瞬間、オーデンの翠の眼が上を向いた。翠の眼同士が睨み合う最中、拳凰の拳が仮面の額にぶち当たる。
 砕ける仮面。それと同時に勢いをつけて立ち上がったオーデンは、拳凰の身を押し上げた。
 仮面は単なる飾りではない。王の頭部を守る強力な防具だ。そして再び空中に打ち上げられた拳凰は、遂に重い腰を上げたオーデンの姿を見下ろしながらその正面少し離れた位置に着地。
 拳凰の翠の瞳に映るは、砕け散った仮面の内側から姿を現す父と瓜二つの顔。一瞬動揺した拳凰だったが、すぐに我に返って冷静になる。
「大した悪人面だな。俺の親父とは微塵も似ちゃいねーぜ」
 自ら掻きむしった痛々しい傷跡と、目の下に出来た隈。痩せこけた頬に、ぎょろりと見開き白目を血走らせて翠の瞳とコントラストを作る眼。かつては美男子であった面影をそこかしこに残しつつも酷く悪い人相は、一目見ただけでこの男が正常ではないことを窺わせる。
「愚かなり。我を本気にさせたこと、後悔するがよい」
 玉座の前に立つオーデンの右手に、魔法陣が出現。その中からオーデンの身の丈ほどもある剣が召喚される。炎のレリーフを施した勇ましくも美しい深紅の大剣は、オーデンの右手に握られその刃を天へと掲げた。
「兄上の隠し子よ……貴様もこの神の剣で首を刎ねてくれる。貴様の父親と同じようにな!」
 巨大な剣を右腕一本で振り下ろし大きく薙ぐと、カニミソの使うそれとは比較にならない衝撃波が一行を襲った。
「あぶねーぞ花梨!」
「おぬしら、下がっておれ!」
 花梨とカニミソと智恵理を守るように拳凰とムニエルが防御姿勢を取る。拳凰は拳圧をぶつけてどうにか堪えるが、双剣を十字に結んで魔力のバリアを発生させるムニエルは耐えきれなくなって吹き飛ばされた。
「ムニちゃん!」
 三人がかりでムニエルを受け止めるも、皆して大きく後退する。
「ムニエル様、ご無事ですカニ!?」
「く……何ということじゃ……我も戦力になれぬとは……」
 花梨に傷を癒されながら、ムニエルは悔し涙を流した。
 拳で衝撃波を打ち破った拳凰は再びオーデン本体に接近し直に殴りかかろうとするが、リーチの長い大剣を前にして攻めあぐねていた。下手に懐に飛び込めばその刃の餌食となり、近寄ることすら許されない。あれだけ得物が大きければその分隙も大きくなるかのように思えるが、大剣を軽々と振り回す姿にはまるで隙を感じさせない。それでも幾度か接近を試みては引き下がるのを繰り返していた。
(やべーな、あんなバケモンをどう倒すよ)
 そう考える拳凰だが、傍から見ればたとえ劣勢とはいえその化け物と十分戦いと言える状態になれている拳凰の化け物ぶりも浮き彫りになった。
 その様子を見ていたムニエルは、ふとカニミソの顔を見る。
「カニミソよ、この場で其方に指令を出してもよいか」
 突然そう尋ねられたカニミソに緊張感が走り、背筋がピンと張った。ムニエルならばカニミソが死ぬことを前提とした作戦を命じてくることは無いだろうとは思ったが、それでも現在の状況でこれは強張るのも無理は無い。
「な、何なりとお命じ下さいカニ」
「あっ、あたしも! あたしも手伝う!」
 すると智恵理がそう懇願した。ムニエルは智恵理と目を合わせる。
「うむ……ならば其方にもお願いしよう」

 豪快に振り回される大剣の動きを目で追いながら回避する拳凰。本体に当たらずとも衝撃波が襲ってくるが、その程度ならば普通に防御できる。やがてその動きに慣れてきた拳凰は、いよいよ覚悟を決めて懐に飛び込んだ。首筋目掛けて横薙ぎに迫る大剣。拳凰は姿勢を低くして躱すと、大剣を握った右手にジャブを打ち付けた。
「ぬうっ!」
 歯を食いしばるオーデンは剣を落としこそしなかったものの、腕に痺れを感じ一瞬動きが鈍る。そこを狙って放たれた顔面へのストレート。オーデンは左の掌でそれを受け止めるも、渾身の一発はオーデンの左手ごと顔面を抉った。
「貴様……王の顔に傷を……」
 すぐさま後ろに跳んで退いたオーデンは手の甲で鼻血を拭う。
「んな傷跡だらけの顔で言う台詞じゃねーな」
 拳凰が煽ると、オーデンは右手だけで握っていた大剣を両手に持ち換え上段に構えた。
「まったく生意気で腹立たしい小僧だ。聡明で紳士的だった兄上とは微塵も似ておらんな」
 最初の意趣返しのような煽り文句をぶつけたオーデンは、剣の柄を顔の右横に持っていき幅広の刃を縦に構えて切先を拳凰に向けた。
「次の一撃で屠ってくれよう。そして貴様の命をも糧とし、次元破壊砲は人間界を撃ち滅ぼすのだ」
「させねーよ。俺がてめーをぶっ飛ばす!」
 拳をぎゅっと握り締め、シュシュっと両手で軽く空を切った後胸の前で構える。
 拳凰とオーデンは互いに駆け出す。眩い光が辺りを包み、拳と剣がぶつかり合った。
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