ヤンキーVS魔法少女

平良野アロウ

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第七章 インターバル編

第127話 十二年前の妖精騎士団

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 急遽妖精界に帰国したユドーフは、切羽詰った表情で騎士団会議室の扉を開けた。
双子座ジェミニのユドーフ、只今到着した。ティラミスの件、詳しく聞かせて貰おうか」
 その場にはユドーフを除く騎士団全員が顔を揃えていた。
「この大事な会議に次期妖精王が人間界で遊び歩いていて遅刻ですか」
 そう指摘する緑色の髪の男は、獅子座レオのフォアグラ。妖精王ラザニアから強い信頼を得ている天才騎士であり、多くの者の心を惹き付ける圧倒的なカリスマの持ち主。だが心優しき人格者を装っている一方で、腹の内にはどす黒い野心を秘めている食えない男でもある。
「不敬であるぞフォアグラ」
 怒りを露にする筋骨隆々の中年騎士は牡牛座タウラスのビフテキ。ユドーフにとっては教育係のような存在でもある。
「王子といえど今は騎士である以上立場は対等。人間界での放蕩が原因で騎士の職務に支障をきたしている彼を私が注意する事は間違っていますか?」
「僕が会議に遅れたことは事実だ。非は詫びよう」
「ユドーフ様、まずはお席へ」
 ビフテキに言われるままに、ユドーフは自分の席に腰を下ろした。
「それでは全員が揃ったところで、緊急騎士団会議を始めましょう」
 会議を取り仕切る朱色の髪の中年騎士はビフテキと並ぶ妖精騎士団の重鎮、牡羊座アリエスのジンギスカン。名門シリウス家の当主であり、多くの騎士や軍人から目標とされる騎士の中の騎士である。
「ではミルフィーユ」
「はい」
 ふんわりとしたウェーブを描くピンクの長髪を揺らして立ち上がったのは、ピンクのレオタードに身を包んだうら若き乙女。件のティラミスの後任を務める乙女座バルゴのミルフィーユである。彼女は妖精王ラザニアの妹を母に持ち、ユドーフにとっては従姉妹に当たる。
 ミルフィーユはティラミスの一件について、落ち着いた口調で淡々と話し始めた。

 ティラミスが失踪したのは、大会が始まって間もない一次予選の頃であった。よって彼女はまだアメリカにいると踏んで、大会終了後ミルフィーユは捜索を続けていた。しかしある時、ミルフィーユはティラミスが飛行機でアメリカから日本に渡ったことを突き止める。
 自らも日本に飛んだミルフィーユは、遂にティラミスを見つけ出す。だが彼女は、アメリカで出会った日本人男性との間に子を設けていた。ミルフィーユはティラミスと交戦の末勝利し、彼女の夫に記憶処理を施した上でティラミスを妖精界に連れ帰った。そうしてティラミスは投獄され、裁きを待つ身となったのである。

「全く嘆かわしいことだ。我ら妖精騎士団の一角からこのような者が出るとは」
 そう言って溜息をつく立派な髭の騎士は、蟹座キャンサーのドリア。彼は規律に厳しい男である。
「彼女は素晴らしい騎士になると期待していた。それがまさかこのような形で終わろうとは……」
 燃える炎のような紅のレオタードに身を包んだベリーショートの赤髪の美女が、目を閉じ辛苦の表情を浮かべる。彼女、山羊座カプリコーンのソテーはティラミスの師匠のような立場であった。
「この件はまだ国民には公表されていない。公表すべきか隠蔽すべきか、皆の意見を聞きたい」
 国家機密を管理する闇の一族ダークマターの一員である蠍座スコーピオンのハバネロが言った。
「無論、公表すべきではない。これは妖精騎士団の沽券に関わることだ。彼女を秘密裏に処刑し、何事も無かった風を装うのだ」
 眼鏡を掛けた青髪の男性騎士、魚座ピスケスのカリーヴルストが冷酷に言い放つ。
 処刑という言葉を聞いたミルフィーユの表情が、険しいものに変わった。
「何か文句でもあるのかね、ミルフィーユ殿」
「いえ……」
 口では否定していても、態度からは不服が滲み出ている。
「ティラミスが人間と子を成した事を隠蔽するとしても、彼女の失踪は既に公表されています。このまま失踪したきりで通すつもりですか?」
「私は公表すべきだと考える。騎士団の沽券などというくだらぬもののために、騎士の犯した罪を隠すなど言語道断だ」
 フォアグラの尋ねに、ドリアが強い口調で返した。
「騎士団の沽券ではなくティラミスの名誉のために彼女の罪を国民に明かさないというのはどうか」
 そう提案するのは褐色の肌に銀色の髪の騎士、射手座サジタリアスのワンタン。
「それは君がティラミスと同郷の生まれだから贔屓目に見ているだけではないのかね」
「随分と馬鹿にされたものだ」
 この未曾有の危機に、騎士団内でも意見が割れて会議室はギスギスとした空気に包まれていた。
「ていうか、かったりぃんで俺帰っていいスか?」
 そこで火に油を注ぐように不真面目な発言をするのは耳や鼻や唇に沢山ピアスを開けた若い男性騎士、天秤座ライブラのオムハヤシ。彼は会議が始まった頃からずっと退屈そうにしており、机の上に足を乗せていた。
「フン……もしも騎士団の中で誰か一人が職務を放棄して失踪するなら絶対にお前だと思っておったわ」
「そいつはどーも」
 ドリアの苦言に、オムハヤシはへらへらと返す。
「まあそうしたいのはやまなまなんスけどね、将来の快適ニート生活のためにも騎士団のバカ高い給料は貰っておきたいんスわ」
「話を脱線させるなオムハヤシ。いい加減机から足を下ろせ」
 カリーヴルストから注意され、オムハヤシはへーいと返事しながら渋々足を下ろした。こんな不真面目でいい加減な男でも王家の血を引いているだけに戦闘力は高く、だからこそ厄介者なのである。

 怠惰な男が議論に水を差し会議室はますます混沌としてくる中、ユドーフは聴きに徹していた。だが、内心では既に自身の意見は纏まっている。
(皆様々な意見があるが、ティラミスのしたことは罪であり罰せられるべきだという点は概ね一致している。だが僕はそうは思わない。妖精と人間が愛し合うことが罪だなんて間違っている。どうにかして彼女を無罪放免させて、夫と子供の所に帰してやりたい)
 が、そんなユドーフの気持ちを逆撫でするかのように放たれた発言が一つ。
「大体人間と結婚するなんてのが理解不能なんだよね。そりゃあ人間の女の子達は可愛いとは思うけど、所詮僕らとは別の生き物でしょ? 恋愛対象としては見れないなあ」
 栗色の長髪の若い男性騎士、水瓶座アクエリアスのミネストローネが髪の先端を指に巻きつけていじりながら言う。
 どんなに魔法少女がスター的な人気を博しても、それを恋愛対象として見る妖精はそうそういない。人間はあくまでも別の生物、というのは妖精界の民にとっての共通認識と言ってよい。
「全く同意ッスわ。あーあ、俺ティラミスちゃんのこと割とガチで狙ってたのに、まさか人間と子供作るような子だったなんてなぁ」
 オムハヤシがへらへらとした口調で言った後、小馬鹿にした態度で舌を出す。
 ユドーフはまるで自分自身を、そして美緒を悪く言われているようで不快な気にさせられた。
「オムハヤシ、品の無い発言は控えよ。殿下も顔を顰めておられる」
 ジンギスカンの指摘にはっとさせられたのは、オムハヤシではなくユドーフの方だ。
(顔に出ていたか……駄目だな、あまり変な態度は見せない方がいい……)
 堅苦しい会議室の雰囲気は、どうも苦手だ。早く家に帰ってリラックスしたいと、本音ではオムハヤシの不真面目な発言に同意してしまっていた。
(僕が人間の王妃を迎えたいと言っても、きっと誰もが反対するだろう。だけど人間と愛し合うことのできた妖精が、少なくとももう一人いるんだ。僕のやろうとしていることは何も間違っていない)
 ユドーフが立ち上がると、会議室はしんと静まり返った。
「皆、僕にティラミスと話をさせてくれないか。どうして彼女がこうなったのか、直接会って話が聞きたい」


 ユドーフは政治犯の収容される独房に、単身足を踏み入れていた。
「久しぶりだね、ティラミス」
 柵越しにユドーフが話しかけた女性は、この薄暗く無機質な空間に似つかわしくない美女であった。
 ティラミス・ディフダ。先代乙女座の騎士にして、旧王族五家の一角たるディフダ家の令嬢。ラザニアのもう一人の妹を母に持ち、ユドーフ及びミルフィーユにとっては従姉妹の間柄になる。
 さも何事も無かったかのように親しげに話しかけてくるユドーフを、ティラミスは無言で睨んできた。
「君の言いたいことはわかっている。だが聞いて欲しい。僕は君の味方だ」
 険しかったティラミスの表情が、少し緩む。だがまだ警戒心を完全に無くしてはいないのが眉間の皺から見て取れた。
「僕も人間と愛し合っている。人間界に妻子がいるんだ」
 だがそう言った途端、ティラミスは目を丸くした。
「だから僕は君の助けになりたいんだ。君がこうなった経緯を、僕に話してくれないか」

 初めは強く警戒していたティラミスであるが次第にユドーフに絆され、夫と出会った経緯や騎士の職務を放棄してまで人間界で生きる決意をした理由を事細やかに話した。
「……ありがとうティラミス。僕は君を再び夫と子供と一緒に暮らせるようにしてみせる。それにはもしかしたらとても長い時間がかかるかもしれない。だけどそれでも、僕は必ずや妖精と人間が愛し合うことが許されるように、この国を変えてみせる」
 ユドーフが己の決意をはっきりと口に出すと、ティラミスは涙を零し黙って何度も頷いた。

 独房から戻る途中、ユドーフは一件何も無い壁に目を向けた。
「聞いていたのだろう、ハバネロ」
 ユドーフの声に呼応するように、壁の前で炎の中からサングラスをかけたモヒカン頭の男が姿を現した。
「申し訳ございません殿下。情報の記録は闇の一族ダークマターの使命ゆえ、無礼をお許し下さい」
 すぐさま跪いたハバネロを、ユドーフは警戒の目線で見下ろす。
「命に誓って、この場で聞いた事を他言は致しません。無論一族の者にも、ラザニア陛下にも」
闇の一族ダークマターは王家を裏切らない……その言葉、信用してよいのだな」
「無論にございます」
 ユドーフはそれ以上何も言うことなく、跪くハバネロに背を向けその場を立ち去った。

 次にユドーフが向かった先は、妖精王ラザニアの私室であった。
 解決を急ぐならば、兎にも角にもまずは自身が王位に就かねばならない。ラザニアを説得して早期に譲位させることを打診するのだ。
「入ります、父上」
 そう言って扉を開けると、目に入った光景は向き合ってソファに腰掛け談笑するラザニアとフォアグラの姿であった。
「これはこれはユドーフ様」
 微笑みかけてくるフォアグラに、ユドーフは何やら薄気味悪いものを感じ取った。
「席を外しましょうか、陛下」
「いや、いてくれて構わぬよ」
 ラザニアがフォアグラを引き止める。ユドーフはやむを得ずフォアグラの右隣、ラザニアと正面で向き合えぬ席に腰を下ろした。
「フォアグラは私の話し相手になってくれてね、彼の話は実に面白いのだ」
「左様ですか」
「それでユドーフ、一体何用かな?」
「父上に譲位の意思は御有りかと尋ねたくて参りました」
 この場にフォアグラがいる以上、あまり深く踏み込んだ話はできない。
「生憎だが私は生涯現役でいるつもりでね。あまり年寄り扱いされて貰っては困る」
 ラザニアは御歳五十を越え、急激に老け込んだ。妖精という生物の特性上これは仕方が無いことだ。
「ご安心下さいユドーフ様。陛下は私がお助けしますので」
 にこやかに言うフォアグラは、先程会議室で真っ先にユドーフを批難した時とは別人のようだった。
「フォアグラよ、君は本当に頼りになる男だ。これからも期待しているぞ」
「有り難きお言葉、胸に刻んでおきます」
 フォアグラに心酔する父の姿に、ユドーフは何とも言えぬ気にさせられた。

 ラザニアの私室を出ると、そこに待ち構えていたのはオーデンであった。
「オーデン」
「見たか? あの父上の様子を」
「……ああ」
 はっきりと内容を言わずとも、オーデンの伝えたいことをユドーフは察せた。
「あのフォアグラという男、口八丁ですっかり父上をたらしこんだようだ。いずれ父上はあやつの傀儡になるやもしれん」
「オーデン、僕は同じ騎士団の仲間をあまり悪く言いたくはない」
「同じ騎士団で務めてきて、あやつの本性に気付けなかったのか兄上は」
「確かに彼は二面性がある。腹に黒い物を抱えているのは事実だろう。だが彼がこの国と民のため誠心誠意働いてくれているのもまた事実だ」
「兄上は甘すぎる。そんな体たらくで妖精王が務まるものか」
 またも二人の意見は決裂する。
 そして将来、オーデンの懸念は当たることとなる。


 結局ユドーフは自身の目的を成す上で何の実入りも無いまま人間界の自宅に帰ることとなった。
 二重生活を続けながら、ただ月日だけが経つ。
 そんな父の悩みをまるで知ることもなく、拳凰はすくすくと育っていた。
 強きを挫き弱きを助ける正義感の強い子で、弱いものいじめをする相手にはたとえ上級生だろうと勇敢に立ち向かっていった。
 背丈は常に学年の中で一番高く、力持ちで皆に頼られるガキ大将。そんな男の子として、拳凰は親しまれていた。
 勉強はからっきしだった母親と違って、意外にも学校の成績は良かった。勉学も鍛錬の内だという父親の教えの賜物である。
 小学五年生の時には、従姉妹の花梨が同じ小学校に入学した。背が高くて逞しい拳凰と背が小さくて弱々しい花梨が手を繋いで登校する姿は不思議と絵になった。
 その翌年、妖精界ではフォアグラがラザニアの任命を受けて事実上の摂政と呼べる立場となった。オーデンの懸念通り、フォアグラが妖精界の政治を掌握することとなったのである。
 フォアグラはさながらユドーフの即位を引き伸ばそうとするかのように、ラザニアの延命に心血を注いでいた。
 そしてそれから二年後、未来永劫語り継がれるであろう大事件が起こることとなる。
 妖精界全土を震撼させた、王族暗殺事件が。


<キャラクター紹介>
名前:山羊座カプリコーンのソテー
本名:ソテー・ポラリス
性別:女
年齢:28(127話当時)
身長:176
3サイズ:96-63-99(Gカップ)
髪色:赤
星座:山羊座
趣味:キャンプ
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