ヤンキーVS魔法少女

平良野アロウ

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第七章 インターバル編

第121話 最強寺徹

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 四十四年前、妖精王ラザニアに双子の男児が生まれた。兄の名はユドーフ、弟の名はオーデン。
 王家の跡取りの誕生は、本来大変喜ばしいことである。しかしこれは妖精王国全土を震撼させることとなった。旧六王国時代から現在に至るまで、王家の長子が双子なのは不吉だと言われてきたのである。
 本来直系の長子は神の力の十割を継承し、二人目以降は傍系として神の力の八割を継承する。だが双子の場合、二人とも直系継承することとなるのだ。双子の王子は、国家を二分させる可能性を秘めた危険因子なのである。
 ラザニアは先に生まれたユドーフを次期妖精王とし、オーデンには後天的に傍系へと変える儀式を行った。これによりオーデン自身は直系同様の魔力を持つが、オーデンの子は直系継承にはならなくなるのだ。
 一先ずこれで継承問題は解決。双子の王子は順調に育ってゆき、いつしか麗しい美男子へと成長していった。
 眼鏡をかけている方が兄のユドーフ、眼鏡をかけていない方が弟のオーデン。とはいえユドーフは目が悪いわけではない。双子の王子は、親でも見分けることが難しいほどに瓜二つであった。そこでいつしかユドーフは皆に見分けがつくよう常に伊達眼鏡を着用するようになったのである。

 双子の王子には、同い年の幼馴染がいた。名門貴族スピカ家の令嬢、マカロンである。マカロン嬢がどちらの王子を選ぶのかは、国民の間で常々話題となっていた。
 二人が十七歳のある日、オーデンはユドーフに言った。
「ユドーフ、マカロンはお前のことが好きだ。お前がマカロンを娶るべきだ」
 それを聞かされたユドーフは、何を突然にと言いたさげな顔をしていた。
「オーデン……僕の妻は僕自身で決める。君が僕に遠慮する必要は無い」
 ユドーフはオーデンの気持ちを知っていた。だからこそオーデンとマカロンが結ばれることを望んでいた。同じくオーデンもまたマカロンの気持ちを知っていたが故に、ユドーフとマカロンが結ばれることを望んでいたのである。
 三者の気持ちはひたすらに一方通行であり、それ故になかなか進展することはなかった。

 双子の王子の二十歳の誕生パーティで、事件は起こった。
「これはこれはオーデン殿下、お誕生日おめでとうございます」
 本日の主役の一人であるオーデンに声をかけてきたのは、財務大臣トンコツ・エンケラドゥス。権力欲が強く何かと不穏な噂の多い人物であると同時に、悪気なく失礼な発言をして他者を不快にさせることも多い人物であった。
「実は今日は殿下へのプレゼントを兼ねて良い事をお教えしようかと思いまして……」
 胡麻擂りの姿勢を見せるこの男に対して、勿論オーデンは警戒心を向けた。だがトンコツは、オーデンのその様子に微塵も気付かない。
「他でもありません、マカロン嬢の落とし方ですよ。このままでは兄君に奪われてしまいますでしょう?」
 下劣なにやけ笑いを浮かべて言うトンコツ。オーデンにはこの男の思惑が解っていた。娘であるテリーヌを王妃の座に就けて己の政治的権力をより高めるには、最も王妃の座に近いとされるマカロンは目の上のたんこぶだ。だからオーデンとくっつけて王妃レースから脱落させることを目論んだのである。
 だがマカロンの幸せを何よりも望むオーデンにとって、これは逆鱗であった。この発言がきっかけで、トンコツは闇の一族ダークマターによる粛清を受けることとなったのである。

 オーデンがどれほどユドーフとマカロンが結ばれることを望んでも、ユドーフはオーデンの気持ちにもマカロンの気持ちにも応えるつもりは無かった。自分の結婚相手はあくまで自分自身で決めることを信条としていたのである。

 妖精王国において王位を継ぐ者は、社会勉強のため妖精騎士団に在籍し騎士の業務を行うこととなる。ユドーフは双子座の騎士として時に国内の平和を守り、時に人間界に赴いて魔法少女バトル運営に従事した。
 ユドーフ二十二歳の時、彼は将来の魔法少女バトル開催国候補である日本に滞在していた。
 運命の出会いが起こったのは、その冬の日のことであった。


 ユドーフが何気なく夜の散歩をしていた時のことである。
 河川敷から響く怒号が、ユドーフの耳に入った。荒々しい男の声が沢山ある中に、一つだけ女性の声が混ざっている。ユドーフはつむじ風に包まれたかのように姿を消し、声のする先へと駆け出した。

 河川敷の砂利の上で、彼女は戦っていた。
 二十人の男を相手にたった一人丸腰で立ち向かう女子中学生は、この殺伐とした場に似つかわしくないくらいの愛らしく麗しい容姿をしている。対する男達はいずれもわかりやすい悪人面。手にした殺傷力の高そうな凶器の数々を見れば、彼らが善人でないことは明らかだ。
 一見するとこの少女にとって勝ち目の無い戦いのように見えるが、不思議なことに少女には傷一つ付いておらず。そして男達の半数以上は既に地に伏していたのである。
 顔面にハイキックを喰らってのされた男が別の男を薙ぎ倒し、二人纏めて撃破。瞬時に振り返り、背後から狙う男の顔面に弾丸の如きパンチを入れた。
 少女は決して体格に恵まれているわけではない。この年頃の娘としてはおおよそ平均的な背丈といえるだろう。それが屈強な男達を、いとも容易く一撃でのしてゆく。
 そんな中、一人の男が釘バットを手に背後から迫った。振り下ろされる釘バット。あわや少女の可憐な顔が血に染まるかに見えた。だがその時、突如として現れた長身金髪の男が、素手で軽々と釘バットを受け止めたのである。
「大の男がこれだけの人数で女性に暴力とは酷いものだ」
 指先だけで釘バットを支えながら、ユドーフは言った。力一杯振り下ろされたはずの釘バットを受けたユドーフの手には傷一つ付いておらず、男は動揺。そこを狙って、ユドーフの腕の下を通すように放たれたキックが男をノックアウトした。
「何だあんた。あんな攻撃、助けてもらわなくても避けられたんだが」
 少女は突然の助太刀に戸惑いつつも、ユドーフが味方であることは理解した。一方でまだ残っている男達は、どこからともなく降って沸いてきた二メートル超の外国人に腰が引けていた。少女は怯んだ男達を容赦なくぶん殴りに行き、背を向けて逃げ出した男には跳び蹴りをかまし冬の川に顔面からダイブさせた。
 敵をあっという間に片付けたところで、少女とユドーフは改めて向き合う。腰に右手を当て若干身体を傾けて立つ少女は、切れ長の目でこの怪しい外国人に疑いの視線を向けていた。
 艶やかな長い黒髪をポニーテールに結っており、目つきは悪いがそれがまた妖しい魅力を感じさせる顔立ち。胸は並程度だが、太腿の肉付きが大変宜しい。服装は紺のセーラー服。股下ギリギリまで短くしたスカートからは、パンチラ防止用の短パンを覗かせていた。
「あんた何者だ? 何しに来た?」
「私は最強寺さいきょうじとおると申します。女性が暴漢に襲われていたので、思わず助けに入ってしまいました」
 にこやかな笑顔で、ユドーフ改め徹は答える。
「あんた日本人か?」
「生まれは違いますが、現在は日本国籍を持っています」
 日本に滞在するにあたり、ユドーフは日本国籍を取得し日本人名を名乗っていた。見た目がとても日本人には見えない長身金髪翠眼というだけに、この名を名乗ると大抵相手には驚かれる。
「さっきも言ったが、助けてもらう必要なんか無かった。あんな攻撃完璧に見切れていたし、あんたに出張ってこられたせいでかえってやりにくくなった」
「それは申し訳ないことをしました。ですが助けに行かずにはいられなかった私の気持ちもわかって頂けませんか?」
 仄かな陽光に照らされたような微笑を向けられて気圧された少女は、少したじろいだ。
 と、その時。倒された男達の中でリーダー格の男が、目を覚ましてピクリと動いた。
「く、くそっ! 何なんだよこいつら!」
 男は動揺しつつも上着のポケットに手を突っ込んで黒光りする何かを取り出す。少女が視認したそれは、リボルバー式の拳銃であった。
「言っておくがこいつは裏のルートで買った本物だ。人殺しにはなりたくなかったんであんま使いたくはなかったが、こうなった以上はこいつに頼るしかねえ!」
 震える手で銃口を向けた先は、少女の眉間。躊躇い気味な言葉に反して、男はしっかり狙いを定める間も無く即座に発砲した。
 いかにこの少女が強いといえど銃弾を目視で避けられるほどではないし、銃で撃たれて無傷でいられるほどではない。絶体絶命のその瞬間に、徹は少女の身体を持ち上げて抱え駆け出した。
 次々と撃たれる弾を、目で終えぬほどの速足で避けてゆく徹。男の銃の使い方は素人そのものであり、元より神の血に由来する魔力を持つ上に騎士としての修練も積んできた徹にとっては脅威にすら感じぬ代物だった。
 男が弾を撃ち尽くしてカチカチと空撃ちしていると、その隙にユドーフは男に接近し銃を握る手を爪先で蹴った。拳銃は手を離れて飛んでいき、男の指の骨が折れる。
「お怪我はありませんかお嬢さん」
 悲鳴を上げる男を尻目に、徹は少女に優しく声をかけた。所謂お姫様抱っこの体勢で超絶美男子に身体を密着されて抱えられる少女は、顔を赤く染めて呆けている様子であった。
「……は、早く下ろせ!」
 はっと気が付き正気に戻った少女は、紅潮した顔色も戻らぬまま徹に怒鳴る。徹は優しくゆっくりと少女を地面に立たせるような形で下ろした。
「よ、よし。その……今のは助かった。ありがとう」
 徹と目を合わせられず、そっぽを向いて口をすぼめながら少女は言った。
「っと、あんたとの話は後回しだ。まずはやらなきゃならないことがある」
 少女は緩んだ表情を直して真顔になると、川の水を水筒に汲んで気絶した男達一人一人にかけて目を覚まさせていった。そして男達を整列させて、全員土下座させたのである。
「よしお前ら、約束通り全員警察に突き出すからな」
「すいませんそれだけは勘弁して下さい……俺達が喝上げしてきた金は全部さしあげますから……」
 リーダー格の男が、情けない泣き顔で言う。彼らは隣町を拠点に活動していた恐喝グループであった。主に中高生を対象に脅しで金を巻き上げていたが、彼らもとうとう年貢の納め時が来たようである。
「私じゃなく持ち主に返せ。それにもう遅い」
 少女がそう言うと、どこからともなくパトカーのサイレンが響いてきた。


 恐喝グループの男達が警察に連行されていった上で少女もたっぷりお説教され、その場に居合わせた徹も事情聴取を受けた。ようやく解放されたところで、少女はうんざりした気持ちを露骨に態度に出していた。
「あー、めんどくさかった」
 形だけ説教を聞いていたようだが、その内容は殆ど頭に入ってはいなかった。両手を頭の後ろに回して上を向き独り言を言う少女を見て、徹は笑みがこぼれた。
「そういえば貴方の名前をまだ聞いていませんでしたね」
「私? 私は白藤しらふじ美緒みおだよ」
 帰路を歩きながら振り返り名乗る美緒。その後ろを徹は一緒に歩く。
「で、何でついてくるわけ?」
「女性に夜道を一人で帰らせるわけには参りませんので」
「いらないんだけど」
 照れた顔を見られたくないので、美緒は慌てて前を向いた。
「また先程のような輩が襲ってこないとも限りませんから。私に付き添わせて頂けませんか」
 美緒は答えない。徹に背を向けたまま沈黙を貫く。初めての気持ちに戸惑いながらも、美緒はこの感情をはっきりと理解していた。こんなにも強くて美形で紳士的で、だけどどことなく高貴な雰囲気を漂わせる男。もう惚れないわけがなかった。
「美緒さん?」
「名前呼ぶなエロ外人!」
 突然甘い声で名前を呼ばれるのは大変心臓に悪い。普段硬派ぶってる分こういう時の対応の仕方がわからず、照れ隠しに悪態を吐いた。
 結局家まで徹に付いてこられて、美緒は心臓の高鳴りが収まらなかった。
「それでは美緒さん、お元気で」
 そっと髪に触れてから、頬へと手を動かし優しく撫でる。どうして一挙一動がこんなにも気障ったらしいのだろうか。美緒はぶわわっと湧き出る感情で体が沸騰したように熱くなり頭から湯気を出した。冬の夜に、白い湯気はよく目立つ。
「またいつかお会いしましょう。それでは」
 高貴な笑みを湛えて手を振った徹は、美緒に手を振って去る。美緒は暫く、自宅の扉の前で立ち尽くしていた。



 二人の出会いから、一週間後のことである。
「お隣に引っ越してきた、最強寺です。どうぞ宜しくお願いします」
 暫く空家になっていた隣の家の住人として白藤家に挨拶に来たのは、あの日河川敷で出会った外国人であった。
「あんたあの時の!」
「何だ美緒、知り合いなのか」
 呆気にとられた顔をする美緒に、兄の和義が尋ねた。
「いやまあ色々あって……」
 美緒が不良相手にケンカに明け暮れていることを、和義は快く思っていない。美緒はあまり詮索されたくなくて言葉を濁した。
「お元気そうで何よりですよ美緒さん。貴方のことをもっとよく知りたくて、隣に引っ越してきてしまいました」
 にこやかな笑顔でさらりととんでもないことを言われて、美緒はぼっと顔を赤くした。
「ああ、そういえばこちらをお渡しするのを忘れておりました。ご家族の皆さんと共にどうぞご賞味下さい」
 そう言って徹が差し出すのは、何やら高級そうな外国の菓子。
「まあ、こんな高級なもの頂いて宜しいんですか!?」
「ええ、私は仕事柄各国を飛び回っている身なので。海外からの土産はいくらでもありますから」
 美緒の母は目を輝かせる。
「こんな素敵な方がお隣さんになるだなんて。それに美緒、あなたのこと随分と気に入ってるようじゃない」
「ちょっ、やめてよ母さん」
 親にそういうことをからかわれるのは、たまらなく恥ずかしいものである。
「それでは美緒さん、今後はご近所さんとして長い付き合いにできるといいですね」
 悩殺されてきた気品溢れる笑顔を見せられ、美緒はまたも轟沈。この先気が休まらない日々になるのだろうと、今から恐ろしくなった。


<キャラクター紹介>
名前:白藤しらふじ美緒みお
性別:女
学年:中二(回想当時)
身長:155
3サイズ:80-55-88(Cカップ)
髪色:黒
星座:蠍座
趣味:ケンカ
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