ヤンキーVS魔法少女

平良野アロウ

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第六章 本戦編Ⅱ

第118話 拳凰VSフォアグラ

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「なんとこれは最強寺拳凰! 最強寺拳凰です!!」
 まさかの人物の出現に、実況のタコワサが興奮して叫んだ。その隣のカクテルは、愕然として苦い顔。
(どういうことですかこれは。何故あの男が……)

「どういうことだビフテキ! 相手はフォアグラなのだぞ!」
 拳凰の一人で戦いたいという話に同意したビフテキに、ホーレンソーが反論。
「宜しいのですかムニエル様!」
「ビフテキの信用した男じゃ。我は構わぬ」
「ハンバーグ、ミソシル、お前達は」
「ムニエル様の言うことなら俺に異論は無えよ」
「わしも同意見ぜよ」
 ムニエル個人に忠誠を誓うハンバーグと、妖精王家に忠誠を誓うミソシル。この二人に聞けばこういう結果が来るのは当然であった。四面楚歌のホーレンソーは、渋々従う。
「うっし、許しも出たことだし、さっそくやろうぜ教祖様よ」
「だが最強寺拳凰、其方が危なくなれば我々が加勢する。よいな」
 意気揚々とステージに上がる拳凰に、ムニエルが釘を刺した。
「危なくはならねーよ」
 一体どこからそんな自信が湧いてくるのか。自分を倒したハンバーグがフォアグラに敗れたことを、拳凰は知っている。にも関わらずこうも自分の勝利を疑っていないのは、ビフテキとの修行がそれほどにまで効果のあるものだったということだ。
 だがステージ上のフォアグラは、拳凰を所詮人間として蔑んだ目で見ている。ゴミのように弱い身の程知らずが、愚かにも自分から死にに来た。フォアグラの表情から見えるのはそんな感情だ。
「我々は結界を張りなおす。戦闘の余波を一分たりとも魔法少女や観客に通すな」
「了解!」
 妖精騎士五人が一同にステージへと手をかざすと、フォアグラによって一度破壊された結界がより強固になって蘇った。
「拳凰様、この結界は通常のものよりも遥かに強力。思う存分戦って下され」
 フォアグラとまっすぐ向き合う拳凰は、フォアグラに手招き。あちらからの先制攻撃を促す。
 だがそうするより先に、既にフォアグラは攻撃を始めていた。体の一部が煙状の気体となって分離し、結界内に充満してゆく。
 拳凰の目に映るフォアグラの姿が、次第に薄れていった。ただでさえ密閉された結界の中、煙で視界を完全に奪われるのはあっという間だ。更にそこからエアブレードによる全方位攻撃や催眠効果の煙による洗脳へと繋ぐ、次の一手への布石でもある。
 拳凰はその状況においても決して焦ることはなく、ゆっくりと右腕を後ろに振った。そして僅かな溜めの後、瞬きよりも速く拳を前に突き出した。
 ボン! と破裂するような音が鳴った。結界内に充満していた煙は一瞬にして、拳凰の向こう側へと押し出される。
 王立競技場の観客達は、初め何が起こったのかわからなかっただろう。煙を押し出したのは、凄まじいまでの拳圧。それに気付いた者達は、誰もが目を見開いた。そう、フォアグラでさえも。
(何だ……この力は……)
 人間だと思って完全に舐め腐っていたところに放たれた一撃。拳圧によって結界に背を打ち付けられたフォアグラは、心中がざわめいた。拳凰はそこから更に踏み込み、追撃をかける。
 気体化できるフォアグラには一切の物理攻撃が効かない。拳凰のパンチなんて当然のようにすり抜けられる。フォアグラはそのつもりで考えていた。だがあの一撃を見た後ならば、避けねばならないと嫌でも理解する。
 十分に余裕を持って避けたつもりだった。だが呻る拳は離れた位置にも衝撃を与える。気体化していたにも関わらず全身が痺れるほどの衝撃を受けたフォアグラは再び目を見開き、全身から滝のような汗を流した。
(これは……ムニエルの時と同じ!)
 あの時の相手は神の血を引く王女だった。だから仕方が無いという思いもフォアグラにあった。だが今回の相手は、ただの人間だ。ただの人間が気体化魔法による絶対防御を貫通してダメージを与えてきて、無敵のゴッド・フォアグラたる自分が回避などという行動をとらねばならない。この短期間に二度もプライドをへし折られたことに動揺を隠し切れなかった。

「うおおおおお! 最強寺拳凰すげええええっ!!」
 観客席から響く声。魔法少女バトルのステージ上で突如勃発したこのバトルに、観客達はフォアグラへの恐怖も忘れて目を奪われていた。
「久々の乱入だー!」
「頑張れ拳凰ー!」
 次々とステージ上に贈られる言葉は、その全てが拳凰への応援と賛辞だ。
 そもそも拳凰は、魔法少女バトル二次予選で試合に乱入しては魔法少女を倒していく謎のイケメン“乱入男”として妖精達の間で話題になっていた人物であった。それが最終予選にてハンターとして公式採用を経て、妖精達からの人気は更に高まることとなった。フォアグラ教団との戦いにおいても王都防衛戦、大聖堂決戦共に七聖者の一角を倒す大活躍。最早妖精界のスターと言っても過言ではない存在となっていた。
 そんな拳凰だが、意外にも妖精界の民の前で生のバトルを見せる機会は無かった。その全てが、テレビ画面の向こうで起こっていた戦いだったのである。
 その拳凰の戦いを、遂に生で見られる。それも相手はかつて国民的英雄として誰からも敬われ慕われていながら、悪に堕ち全国民の敵と化したあのフォアグラ。こんな戦い、燃えないはずがなかった。

「愚民どもめ……かつては私をあれほど持ち上げておきながら掌返しやがって……」
 フォアグラの怒りが、ふつふつと燃え上がる。大量のエアブレードで全包囲攻撃を仕掛けるも、拳凰は視認し辛いエアブレードを的確に見極めキレのある動きで回避。避けきれないものも拳で打ち消す。
「私を崇めよ! このゴッド・フォアグラを!」
 乱舞するエアブレードは勢いを増し、拳凰をズタズタに引き裂かんと四方八方から襲い来る。初めは難なく防げていた拳凰だったが、次第に対応に余裕がなくなってきた。だが拳凰の表情は、むしろ楽しそうになってゆく。
「ハッ、やっぱ戦いはこうでなくっちゃな!」
 エアブレードが腕を掠り、僅かに血が垂れる。拳凰は再び腕を振り上げ、拳圧で煙を吹き飛ばす構え。
「させるか!」
 だが二度も同じ手を通すようなフォアグラではない。渦巻く空気が強烈な気圧を作り、拳凰の拳圧と押し合った。ぶつかり合う二つの力は打ち消しあい、拳凰とフォアグラは後ずさりする。
 二人はすかさず次の手に出る。だがフォアグラがエアブレードを展開するよりも先に、拳凰が間合いを詰めた。フォアグラの頬を、拳凰の拳が抉る。気体化したにも関わらず当然のようにその一撃を喰らったフォアグラは、顔面をステージの床に横から打ち付けた。衝撃で脳を揺らされるが、すぐさま体を霧散させて退避する。
 空中に逃げたフォアグラだったが、頭部からはどくどくと血が流れ出ていた。血が目に滲んで、視界が歪む。相手の視界を奪うのは自分の専売特許であったはずなのに。
(このフォアグラがっ……またも追い詰められているっ……!)
 フォアグラには切り札と呼べる技が一つある。気体化したフォアグラを敵が呼吸によって一定量体内に取り込めば、エアブレードによって敵を内側から破壊する超絶技「ドグマブレード」を発動させられるのだ。どんなに強靭な肉体を持っていても、体の内側は脆いもの。ハンバーグでさえもそれに敗れた。
 だが拳凰は先程からずっと激しく動き回っているが、どんなに呼吸を繰り返してもフォアグラは全く体内に侵入できていない。これもムニエルと同じ、まるでガスマスクでも付けているかの如き完全防御。一撃必殺のドグマブレードが使えないとなると、後は地道に削っていくしかないのか。
 否、フォアグラにはもう一つの超絶必殺技があった。ムニエルへの敗北を糧に、獄中で編み出した新必殺技が。
(私は常に正しく常に勝利者! 絶対無敵にして絶対正義のゴッド・フォアグラだ! 私は必ずやこの国を手にしてみせる。ムニエルもオーデンも全てを倒し、全国民をフォアグラ教徒にしてみせる! そのために一度はプライドを捨て、オーデンを楽しませるための見世物にもなってやった! 全てはこのフォアグラが世界を統べるために!!)
 端整な顔を歪ませながら、フォアグラは指を曲げた状態で両掌を向かい合わせその間で空気を渦巻かせる。高圧縮されたエアブレードが渦の中で無数に生成され、金切り声のような不気味な音を立てた。やがてそれはソフトボール大の球状となった。不気味な音は尚も鳴り続け、触れれば恐ろしいことが起こると伝えている。
「神に牙を向いたこと、後悔しながら死ね人間よ! エアブレード……マジカルエクスプロージョン!!!」
 空気と魔力が高圧縮されたその球体を拳凰に向け掌から発射。
 怒涛のように押し寄せる無数の声援の中に花梨の声が混ざったのを、拳凰は聞き逃さなかった。拳凰は一回の踏み込みでロケットスタートし、球体の横を通り過ぎる。だがこんなにも簡単に避けて終わりというものだとは、拳凰も思っていなかった。
「総員、結界の強度を上げよ!」
 ムニエルが叫ぶ。騎士達は結界に送る魔力を強めた。
 球体は拳凰の背後で一気に魔力を解き放ち、耳を劈くほどの音と共に大爆発を起こした。それもただの爆発ではない。無数のエアブレードがそれと同時に斬撃を放つのである。
 背後から押し寄せる空気の刃が、拳凰の背中をズタズタに切り裂く。背後に爆発を受けて加速するという度々使ってきた得意戦術。それは爆発のダメージが少なからず入るものであり、捨て身の戦術と言ってもいい。ましてや今回は、その威力が桁違いだ。だがそれでも構わず、拳凰は加速しながらフォアグラへと突っ込んでいった。
 逃げられない。自身の切り札を逆に利用して捨て身の突撃を放つ拳凰に、フォアグラの対応策は無かった。鳩尾に突き刺さる拳。フォアグラは盛大に口から血を吐き、結界に体を打ち付けられた。そこから結界に皹が入り――先程騎士団が魔力を送って強度を上げたばかりの結界は、ガラスのように粉々に砕け散った。
 ステージ外まで吹き飛ばされたフォアグラは、大の字になり白目を向いて倒れた。騎士団が一同にそちらに向かい、気を失ったフォアグラに魔力封じの手錠をかけた。
 テロ、拉致、洗脳、幾多の恐怖を振り撒き妖精界の民を震え上がらせてきた男は、大観衆の前で打ち倒されたのだ。
 これまでのどの試合をも超える大歓声。そしてその後に続く、怒涛の拳凰コール。
「ビフテキよ、これが其方のやりたかったことか」
 他の騎士に聞こえないような小声で、ムニエルが言った。ビフテキは答えない。

 タコワサが拳凰の戦いを大興奮で実況する隣で、カクテルは無言で怒りに震えていた。
(私の用意したショーを利用し自分のショーに上書きするとは……これはやってくれましたねビフテキさん)

「あれは本当に最強寺拳凰カニ……」
 魔法少女達の側で戦闘の余波に目を配っていたカニミソは、拳凰のとてつもない強さに戦慄していた。かつて自分に右腕を切り落とされて絶叫していた男が、今や自分がどうやっても手の届かない場所にいる。これに驚かずにいられるはずがない。
「マジカルチェンジ!」
 と、その時、魔法少女の中の一人が突如として声を上げた。カニミソがそちらを向くと、花梨が白い翼を広げステージの方へと飛び立っていった。
「あ、待つカニ!」
 拳凰の傷を見ていてもたってもいられなくなった花梨はステージに降り立つと、すぐに包帯を生成して治療を始めた。
「おう、わりーなチビ助」
「もう、また無茶して……」
 戦いの興奮で痛みも忘れている様子の拳凰を、花梨は心配そうに見上げていた。
 フォアグラはミソシルとホーレンソーに連行されていき、とりあえずは一段落。ビフテキはハンバーグに何か指示を出したところで、マイクを手に取った。
「えー、観客の皆様。アクシデントもありましたが、皆様に危害が及ばずに対処できて安心しております。これより魔法少女バトル本戦を再開したいところなのですが、ここで皆様に大変残念なお知らせがございます。先程Dブロックの魔法少女達を安全な場所に避難させたと言いましたが、その避難に用いたのは人間界への強制送還システム。即ち彼女達は魔法少女バトルに敗退した扱いとなり、既に人間界に送られてしまっているのです」
 先程まで興奮していた観客達が、不安にざわめきだした。
「Dブロックの魔法少女の皆様、そしてDブロックの魔法少女を応援されていた皆様には大変申し訳ない思いですが、彼女達の命を守るためであります故、どうかご了承頂きたく存じます。さて、これで決勝トーナメントの出場枠が一つ空いてしまったことになるわけなのですが、そこでこちらのチームをお呼び致しました」
 ステージ上に現れた魔法陣から、四人の少女が姿を現す。竜崎大名、相葉陽子、令緒春子、大和梢。チーム・烈弩哀図の四人である。
 先程ハンバーグに出した指示は、王都球場の騎士達に連絡し彼女達を転送してもらうことだった。
「二勝一敗でBブロック二位の、チーム・烈弩哀図。彼女達と、同じく二勝一敗でAブロック二位のチーム・ショート同盟による敗者復活戦を行います」
 拳凰の治療を行っていた花梨は振り返り、ビフテキの顔を見た。続けてすぐ、拳凰に顔を向ける。
「おっ、よかったじゃねーかチビ助」
 キラキラとした目で拳凰を見る花梨の頭を、拳凰はぽすぽすと撫でた。
「Cブロックは三チームが一勝二敗で横並びのため敗者復活戦への出場はありません。なお時間の都合上、試合形式は一対一。両チームは代表者一名を選出して対戦して頂くこととなります」
「そんなら当然うちが出るで!」
 ステージ上の大名はやる気に満ちている。花梨は観戦席のチームメイト達を見た。
「花梨! せっかくそっちまで行ったんだから、そのまま戦っちゃいなよ!」
 小梅が叫ぶ。花梨は蓮華と夏樹にも目を向けると、二人とも頷いた。
「私が出場します!」
 花梨はステージ上の大名を見る。
「何や、相手は最強寺の女かいな」
 突然大名にそんなことを言われて、花梨はボッと顔を赤くした。
「えっ? そそそそれは……」
 先程までのきりっとした表情から一転して慌てふためく花梨。敗者復活戦に向けての緊張感は、すっかり削がれてしまっていた。


<キャラクター紹介>
名前:ハンペン
性別:男
年齢:26
身長:175
髪色:黄
星座:魚座
階級:大尉
趣味:料理
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