ヤンキーVS魔法少女

平良野アロウ

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第五章 フォアグラ教団編

第100話 絶対零度のジェラート

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 魔法少女バトル日本大会が始まる少し前のこと。ゾディア大陸北部、アルゴル領にて。
「ここか、例の現場ってのは。想像以上に凍ってやがる」
 二人の兵士を引き連れて氷の世界に足を踏み入れたのは、妖精界一の炎魔法使い、蠍座スコーピオンのハバネロである。
 その目に映る景色は、全てが凍っていた。住民も、街も、草木も、とにかく何もかもが。
 この地域は元々寒冷な気候。しかし夏に差しかかろうというこの時期に、これだけ凍っているのは明らかに異常である。
 犯人はアルゴル家現当主ジェラート。話によれば突然とち狂って自領の全てを凍らせたという。
 つい半月ほど前に起こったこの事件。魔法少女バトル開催により騎士団が一斉に人間界に行ってしまう前にどうにかしようと、ハバネロが派遣されたのだ。
「さて、じゃあ早速解かしてみるとするか」
 ハバネロは火炎放射器で解凍を始める。手始めに、凍り付いている場所とそうでない場所の境界付近で凍っている人物から。服装から見てこの付近に駐屯する王国兵だ。凍らされた人々の救出に向かおうと氷の世界に足を踏み込んだ途端体が凍り付き、恐怖の表情のまま氷像になっていたと見える。
 火炎放射器から放たれる穏やかな火に炙られると、彼の周囲を覆う氷は解けた。
「ああああああ!!!」
 途端、時が動き出したかのように兵士が動き出し叫んだ。
「こいつは驚いた。生きてやがる」
 ハバネロ自身、凍らされた者達をちゃんと埋葬してやるためにここに来たつもりだった。それが生きたまま凍らされていたというのは、予想外の出来事だったのである。
「おい、大丈夫か!?」
 声をかけると、兵士ははっと気がつく。
「わ、私は一体……貴方は妖精騎士団のハバネロ様!」
「何があった。詳しく話せ」
「そ、そんなことより早く逃げなくては! 氷が! 氷が襲ってくる!」
 兵士は酷く怯えた様子で言う。彼の周囲では、他の兵士達も凍っていた。
 ハバネロはふと違和感に気付いた。周囲の気温が下がっている。
「逃げろ! ここは危険だ!」
 全方位に炎を放射しながら、ハバネロは皆を下がらせる。凍り付いた範囲が広がり、ハバネロ達の方まで迫ってきた。
 火炎放射で氷の進行を遅らせながら暫く逃げると、やがて氷の進行は止まった。
「どうやら敵が俺達の存在に気付いたようだ。嫌な攻撃してきやがる」
 ハバネロはそう言いながら、掌の上に火の玉を出す。
「こいつは魔力を探知する炎だ。一人生きてるってことはやはり……」
 火の玉の中に、小さな炎がぽつぽつと現れる。
「やはりな。凍らされてる奴らは皆生きている。何のためにこんなことをしたのかはわからんが、何にせよこれは朗報だ」
「皆助けられるんですね!」
 喜ぶ兵士の傍らで、バネロは魔法陣からバイクを召喚する。
「お前達はできるだけここから離れて、その男を介抱していろ。俺は単身敵の居城に乗り込み、ジェラートを消毒する。奴さえ斃せば、全ての氷は解けるだろう」
「ジェラート卿は王家の血を引いています。お気をつけて」
 敬礼する兵士を後に、ハバネロはエンジンを噴かせ氷の世界に突撃。途端冷気が凍りつかせようと襲ってくるが、ハバネロはバイクごと炎ですっぽりと覆い冷気を遮断。完全防備で氷の世界を駆ける。
 アルゴル領はどこもかしこも凍り付いている。凍っていないものなど何一つ無い。どれだけ進んでも、その景色は変わらない。
 凍らされた市民達の様子を見るに、魔力の低い者は一瞬で凍らされ、ある程度高い魔力を持つ者は凍るまで時間がかかったようだ。
(こいつは俺が来て正解だったな)
 鍛え上げられた強靭な魔力に加え、氷を溶かすにも体温を保つにも便利な炎魔法の使い手。ハバネロを行かせるよう決めたザルソバの手腕は見事なものである。
 ある程度市民の様子を観察したところで、ハバネロは目的地へと舵を切る。目指す先は、ジェラートの居城。アルゴル家は領地こそ狭いが、城は立派な物を構えている。凍り付いた城はさながら芸術のような美しさだが、今はそれに見蕩れていられる余裕は無い。
 城の門番もまた凍り付いている。ハバネロはバイクを加速させ、一直線に突撃。門を粉砕して城内へと進入した。
 衛兵達も当然氷漬け。瞬間冷凍魔法さえあれば防衛は問題無いとの判断か。
 美しい城内をバイクで踏み荒らしながら駆け巡るハバネロだったが、どうにもその表情は優れない。
(おかしい……炎の探知機が拾うのは小さな魔力ばかりだ。ジェラート程の巨大な魔力を感知できないはずが無え)
 肝心のジェラートが、全く見つからないのである。とにかくジェラートさえ見つけて倒してしまえば凍らされた人々は救えるのに、それをさせて貰えない。
 考えられる可能性は二つ。何かしらの魔法によって探知を防ぎ姿を隠しているか、そもそもこの場にいないかだ。
 ハバネロは最初アルゴル領に足を踏み入れた際に冷凍魔法が発動したことから、敵はこちらの存在を知って魔法を使ったのだとばかり思っていた。だがもしかしたらそれはこの地に仕掛けられ自動で発動する魔法であり、ジェラート本体は別の場所にいる。その可能性が浮上してきたのである。
 冷気から身を守るため常に炎を放出し続けているハバネロは、常に魔力が磨り減っている状態。あまり長くこの場には居られない。
(まだ行ってない場所は最上階……奴がいるとは思えんが、せめて何かしら有益な情報くらいは持ち帰りたいものだ)
 バイクを階段に乗り上げ、最上階へと一気に突き進む。
 最上階に着いて最初の扉を開けると、突然沢山の魔獣が目に入った。ハバネロは瞬時に身構えるも、魔獣は動かない。
 市民同様に凍らされた魔獣。ジェラートは本業として領地の政務を行う傍ら、副業として生物学の研究もしているという。ここは言わば、ジェラートの集めた標本を保管する部屋だ。
 しかもやはりというか、炎の探知機は彼らが生きていることを示している。氷を融かせば魔獣達は再び動き出すのだ。
 そしてハバネロは、あることに気付いた。
(こいつは確か数年前に絶滅したとされる魔獣だ。あれも、これも、絶滅種や絶滅危惧種ばかり。遺伝子の保存が目的か……?)
 そしてもう一つ。標本は綺麗に並べられているが、その中には不自然に空いた場所もある。そしてそこには、以前は標本が置かれていた痕跡があった。
(標本が幾つか持ち去られている。絶滅種の生きた標本とあれば盗みたい奴は幾らでもいるだろうが、こんな所に盗みに入れる奴はまずいない。ならば持ち出したのは、ジェラート本人だろう)
 ハバネロはこの部屋の奥にある扉へと進む。ドアノブを握った途端、急に悪寒を覚えた。意を決して扉を開けると、途端、猛吹雪が吹き荒れる。
「ちっ!!」
 自らの前面に炎の壁を作り出して防御。そして壁ごと移動し、部屋の中へと踏み込んだ。
 標本部屋に併設されたそれは、ジェラートの私室を兼ねた研究室であった。ハバネロは吹雪を起こしている物を注視すると、火炎放射でそれを打ち砕く。
 吹雪を起こしていたのは、小さな写真立てであった。壊れた中から、一枚の写真が出てきて床に落ちる。
 吹雪だけでなく自動冷凍魔法も解除されたのを、ハバネロは感じた。
(こいつを触媒にしてあの恐ろしい魔法を起こしていたのか。よほど強い怨念が籠もっていたと見える。それにしてもこいつは……)
 写真を拾い上げたハバネロは目を丸くした。写る人物は少年時代のジェラートと、一人の少女。しかもそれはハバネロ自身のよく知る人物だった。
 妖精騎士として共に切磋琢磨してきた仲間の一人。先代魚座ピスケスにして現蛇遣座オフュカス、ラタトゥイユ・ミラである。
 現在の妖艶な雰囲気とは随分異なる、素朴な少女といった容姿。彼女が王宮にメイドとしてやってきた頃は、まだこの写真に近い雰囲気だったのをハバネロは見ている。
(さて、とりあえずこいつは持ち帰るとして……)
 他に何か有益な物が無いか物色してみる。本棚の資料はごっそり抜かれており、やはりジェラート本人によって持ち去られた痕跡が見える。
(やはりジェラートはこの城を捨て、どこか別の場所に拠点を移したようだ。最低限の物資とお気に入りの標本を持って……)
 使えそうな物を幾つかを手にしたところで、ハバネロは自身の魔力が枯渇しつつあることを感じた。
(不味いな……そろそろ引き上げか)
 自動冷凍魔法は解除されているため魔力が切れたところで自分が氷像にされることはないが、それでもこの場はとてつもなく気温が低い。魔法によって防寒できている内に脱出したいのが本音だ。
 物色を切り上げたハバネロはすぐさまバイクに跨り、ロケットスタートでエンジンを噴かせた。

 全速力で氷の世界を脱出。兵士達は付近の小屋にいた。
「ハバネロ様、どうされました」
 エンジン音を聞いて出てきた兵士が、ハバネロの姿を見るなりすぐ尋ねた。
「残念ながら魔力切れだ。俺が凍死しちまったら元も子もないからな」
 どうにか完全に魔力切れする前に戻ってこられたハバネロは、安全を確認すると一息ついた。
「結局ジェラートは見つからなかった。もうここにはいない可能性が高い。とりあえず自動冷凍魔法は解除できたし、情報になり得る物も幾つか手に入れた」
「つまり今後はアルゴル領に足を踏み入れても凍らされることはなくなる、と」
「ああ、これでようやく救出作業が始められる。だがまずは一旦帰って体勢を立て直すぞ。炎の出しすぎで俺はもう限界なんだ」
「了解しました!」
 単独でこれだけの仕事をやってのけるハバネロに兵士達は感銘を受けた。

 王都に戻り、ようやく休めると思ったハバネロ。しかし魔法陣から出たところで、待ち構えていたザルソバが声を掛けてきた。
「おかえりなさいハバネロさん。お疲れのところ申し訳ないのですが、教団に潜り込ませているカシュー中尉より新たな情報が届いたので報告します。先程まで貴方のやっていた任務にも関わることです」
「何だ?」
「ジェラート・アルゴルがフォアグラ教に入信。フォアグラの右腕として不動の地位を得ていたポトフより第一使徒の座を譲られたとのことです」
 ハバネロに電撃が走った。自身の調査してきたものと見事に繋がったからだ。
「なるほど……奴の新たな拠点は空の上ってことか」



 そして時は流れ、現代。空の上の大聖堂にて、拳凰とジェラートは激闘を繰り広げていた。
 氷の防壁に覆われていない場所を狙って殴る蹴るを繰り返す拳凰だったが、瞬時にその場所が凍って防がれる。
(なんか、幸次郎との勝負を思い出すな。あれは全自動防御と言いつつ実は手動だったが、こいつは下手するとマジで全自動かもしれねー)
「そんなものか……“乱入男”最強寺拳凰。テレビで見るのと変わらんな」
 突然ジェラートがそんなことを言い出したので、拳凰は首を傾げる。
「私は人間に興味があってな、魔法少女バトルは欠かさず見ているのだ。勿論、お前の今までの戦いも」
「ほーう、つまり俺のことは研究済みだとでも?」
「いや……人間の研究など全くできてはいない。この世に魔力の恵みをもたらす異界の不思議な生物、人間……是非とも研究したいものだが、なにぶん魔法少女バトルは四年に一度しか開催されないものでな」
 どうも会話が噛み合わない感じがして、拳凰はまた首を傾げた。
「だからこそ、お前がここに来てくれたことは喜ばしい。ましてやお前は人間のオスだ。魔法少女バトルには雌しか出られない関係上、人間の雄が妖精界に来ることは非常に珍しい。これは研究する絶好のチャンスなのだ。つい先程も、人間の雄を二匹冷凍標本にしてきたところだ」
「なっ!?」
「他の連中に殺される前に私の物にしたかったのでな。先程留守にしていたのはそのためだ。大人の方は魔力が無いためか一瞬で凍った。少年の方はそれなりに持ち堪えたが、所詮私の敵ではなかった」
「てめえ、幸次郎とデっさんを!!」
「おっと、彼らは死んではいない。コールドスリープを知っているか? 彼らは凍り付いた状態で、永遠を生き続けるのだ。神秘的だと思わないか」
「思わねーよ!」
 会話しながらも拳凰は攻撃を繰り返すが、難なく防がれる。
「何にせよてめーを倒せば幸次郎もデっさんも助けられるわけだな! だったらただぶちのめすしかねーだろ!」
「お前は私には勝てない。私は神の血を引いている。魔力量だけならばフォアグラ様以上だ」
「だから何だってんだ!」
「だから氷漬けにされるまでせいぜい足掻き、私に研究データを提供してくれ」
 ジェラートの両手から吹雪が放たれる。拳凰はそんなもの効かぬとばかりに突き進む。だが接近したところで、ジェラートは巨大な氷塊を出現させ拳凰を突き飛ばした。
 そして拳凰と距離ができたところで、ジェラートは鼻で笑って次の言葉を放つ。
「どうせならば雌も一緒に研究したい。王都に攻め入った際には魔法少女を何人か凍らせるとしよう。例えばあのナース服の……」
 次の瞬間、一瞬で間合いを詰めた拳凰の拳が鳩尾を抉った。瞬時に氷の防壁が張られるが、拳はそれを打ち砕き、ジェラートを吹き飛ばして後ろの壁に叩きつける。
「てめー今何つった」
 鬼の形相でジェラートに睨む拳凰。だがジェラートは、むしろ嬉しそうな様子だった。
「こう言っただけで我が鎧を砕くほど強くなるか。興味深い……」
 コロッセオとの戦いを見ているだけあり、拳凰の逆鱗が何かよく理解している。
「愛しているのだな、あの娘を」
「ハァ!? 何変なこと言ってんだてめー!」
 戦闘中に突然敵からからかわれたようで、拳凰は焦った。
「だが愛など脆いぞ。簡単に壊れる。私には愛していた女性がいた。だがそれは壊されたのだ。妖精王によって」
「妖精王……?」
「私は妖精王オーデンを殺し、ラタトゥイユと共に氷像となり永遠を生きるのだ! これは私からの親切だ。お前も愛する者と共に氷像となれ。さすれば誰にも愛を壊されることなく、永遠を生きられるぞ……!」
 ジェラートは天を仰ぎ、壊れたように笑った。
「てめーイカレてやがるぜ。やっぱ俺がぶちのめさねーとな!」


<キャラクター紹介>
名前:テリーヌ・エンケラドゥス
性別:女
年齢:享年26
身長:150
3サイズ:70-53-75(Bカップ)
髪色:茶
星座:蠍座
趣味:お茶
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