ヤンキーVS魔法少女

平良野アロウ

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第五章 フォアグラ教団編

第96話 叶わぬ夢

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 ハンバーグは、壁の中にいた。何も見えない、何も聞こえない深き闇の中。当然呼吸することもできず、このままではただ窒息死を待つのみ。
(生きたまま壁に埋め込むとは、いかにも根暗野郎らしい陰湿な攻撃だな。さて、こっからどう脱出したもんか)
 絶体絶命の状況にありながら、ハンバーグは冷静であった。慌てることなく、対処法を考える。
 とりあえず動ける限りで体を動かしてみると、どうやら壁の強度はそれほどでもないらしい。表面のレリーフにはマジパンの魔法がかかっているが、内側はただの壁。これならば破壊することは容易い。ハンバーグは気合と魔力を籠めて筋肉を膨張させつつ、体を捻る。馬鹿力に耐え切れなくなった壁は崩壊し、爆音と共に砕け散った。
「えー……何で出てくるんだよ……このまま死んでてくれよ……」
 マジパンは酷くげんなりした顔をしていた。ハンバーグは身構えて相手の出方を窺う。
(脱出成功したはいいが、あの野郎急激に魔力が上がって獅子の威圧が効かなくなりやがったからな。流石は七聖者の一角、そう易々と勝たせてはくれなさそうだ)
 マジパンは相変わらずブツブツと何かを呟いており、最初の場所から動く気配は無い。破壊された銅像は鈍い音を立てて再び動き出した。
(やっぱこういう奴は周りの連中無視して本体を潰すに限るが、厄介なことに銅像ゾンビ一体一体が無駄に強いときた。ゾンビ化する前はクソ弱かったってのに、一体どうなってんだか)
 尖った部分で突き刺そうとしてきた銅像を蹴飛ばして跳び上がり、空中から本体への攻撃を狙う。両掌に集めた魔力が獅子の頭部を形成し、ビームを打ち出す砲口となる。
「デス・アンド・デス……」
 が、その時、銅像達が自身の一部を切り離し、ブロンズの弾丸として空中のハンバーグ目掛けて発射してきた。
「ちっ!」
 思わず舌打ちが出た。やむを得ず攻撃を取りやめ、防御に専念。空中で体を回転させ勢いで弾き飛ばすと共に体の位置をずらし、弾き漏らした弾丸を避けた。
 だが、当然のように銅像達は着地際を狙おうと地上で待ち構えている。ハンバーグは一度はキャンセルして放散させた魔力を再び集中し、地上に向けて必殺技の体勢に入った。
「デス・アンド・デスキャノン!」
 ひしめく銅像の群れに、獅子の咆哮が猛る。ビームの直撃を受けた銅像は木っ端微塵に砕け散り、爆風によって他の銅像も纏めて吹き飛ばした。更地になった床に、ハンバーグは着地する。
 全部壊せたわけではないにせよ、これで敵の戦力は大幅に削れた。そう思った矢先のこと、突然天井が開き、沢山の何かが落ちてきた。ハンバーグは影を頼りに落下位置を見極めて避ける。落ちてきた物は、例によって銅像であった。
「まだあったのかよ!」
「可哀想な僕の作品……誰からも評価されなかった僕の作品……これは君達の仇討ちだ。僕の芸術を理解しない奴を、惨殺してくれ……」
 ハンバーグを取り囲むように動き出した、新たな銅像達。マジパンは変わらず安全な場所で呟いている。
(突然のパワーアップはあの呟きによるものか? だが何かの呪文という感じはしねえが)
 じりじりと間を詰めてくる銅像達。次第にマジパンの姿も見えなくなる。
(どっちみちこいつらの相手してたらスタミナ切れは必至だ。どうにかして本体を叩かないとな)
 様子見はやめにして駆け出し、銅像の群れに突っ込んでいく。銅像達はここぞとばかりに反撃してくるが、ハンバーグは突っ込む直前にジャンプして銅像の頭を踏んづけた。掴んで捕えようとする銅像達を足場として、マジパン本体へと駆け出す。
「どうせ夢なんて叶わない……だって僕には才能が無いのだから……」
「さっきから何ブツブツ言ってやがる!」
 接近に成功したハンバーグは、空中から拳を振り下ろして襲い掛かる。だがその一撃は、ふらつくような動きで躱された。
「どうして僕ばかり、こんな目に……」
 何度パンチを打っても、のらりくらりと避けられる。その間にも、マジパンはハンバーグの存在を認識していないかの如くひたすらブツブツブツブツと呟き続けていた。流石にこれにはハンバーグもイラっとくる。
「夢は叶わないだぁ? 俺は叶えたぜ、騎士になるって夢をよ!」
 そう言った途端、マジパンは鬼の形相で顔を上げてハンバーグをギロリと睨んだ。だが次の瞬間、はっとしたようにまた俯く。
「やめてくれよそういうの……夢を叶えた奴の言う夢は叶うって言葉ほど信用できないものはないよ……」
「ハァ? 何意味不明なこと言ってんだ?」
「だってそうじゃないか、君達には才能があるから夢を叶えられたんだ。でも僕には才能が無い。君達才能のある奴らは、夢は叶うと言う。その甘い言葉に騙されて、僕ら才能の無い者達は夢に挑戦して敗れてゆくんだ。僕らは彼らが夢を叶えるための噛ませ犬にされているんだよ」
 銅像の一体がマジパンを持ち上げると、別の銅像にパスを繰り返してハンバーグから引き離してゆく。
「ちっ、待ちやがれ!」
 距離を取られては面倒なことになるとすぐ捕えようとするが、別の銅像達がハンバーグの追跡を阻止せんと立ちはだかった。
「邪魔だ! どけ!」
 拳でぶっ飛ばそうとするも、先程よりも硬化した銅像に拳は通らない。
「僕は彫刻家になって、僕の作品で皆を笑顔にしたかったんだ。子供の頃からさあ、いつも皆に馬鹿にされて、仲間外れにされて、それでも一人ぼっちで頑張ってきたんだ。だけど偉い芸術家は誰も僕の作品を評価しない。でもフォアグラ様はそんな僕を拾って下さった。フォアグラ様の像や大聖堂の装飾を作らせて下さった。だから僕は、フォアグラ様への恩に報いるんだ」
 銅像達は積み重なりながら、マジパンを高く持ち上げてゆく。
「ヒヒヒヒヒ。僕はダメだ僕はクズだ僕はゴミだ僕はカスだ……」
 目を見開き笑いながら自嘲を繰り返すと、やがてマジパンの体から黒いオーラが再び立ち上がりそれは銅像達へと伝染した。マジパンを持ち上げていた銅像達は巨大フォアグラ像を中心として寄り集まり、巨大な銅像キメラを形作ってゆく。マジパンはその胸部にできた窪みに腰を下ろした。
「ヒヒヒヒヒヒヒ。ウヒヒヒヒヒヒ」
 壊れたように笑っていると、ハンバーグを囲う銅像達はそれに呼応するように攻撃を開始。黒いオーラによって重量の増した銅像達が、一斉に襲い掛かる。
「野郎、舐めた真似を」
 数と重量に物を言わせて押し潰してくる銅像達。ハンバーグはそれを押し返そうとするも、あちらの方がパワーは上。
(ヤベェ……このままじゃ死ぬぜ)
 遂に耐えられなくなり膝をつくと、一気にそのまま倒れ込んだ。体を銅像達に押し潰されながら、顔だけ出してマジパンを見上げる。
「おい、クソアホ彫刻家。お前自分が甘い言葉に騙されたとかほざいてるが、本当にお前を甘い言葉で騙してるのはフォアグラなんじゃねえのか」
 ハンバーグが急に負け惜しみのようなことを言い出したので、マジパンは首を傾げる。
「俺はフォアグラの後任者だから奴に直接会ったことはねえが、騎士団の仲間から聞いた話によればいつも口八丁で他人をいいように操るクソ野郎だったっていうじゃねえか。お前は随分とアレを崇拝してるようだが、実際はお前ただ利用されてるだけだろうぜ」
 息をするように煽り散らすと、最初は冷静ぶっていたマジパンの顔が次第に赤くなってゆくのが見えた。
「ふざけるなッ!! 貴様よくもフォアグラ様の悪口を! フォアグラ様の作る世界はこの世の理想郷だ! 誰も僕を蔑まない優しい世界だ! フォアグラ様が僕を騙しているはずがない! 騙しているはずがないんだ! 絶対に許さん!! 絶対に許さんぞー!!!」
 顔をくしゃくしゃにしての絶叫。マジパンが頭に血が上って怒鳴り散らす傍ら、ハンバーグは上に乗っていた銅像達を一気に吹き飛ばして立ち上がった。
「流石は伝説のギャンブラー様だ、一か八かにはとことん強いぜ」
 自虐を繰り返していたマジパンの逆を突くように、ハンバーグは自分を褒め称える。
 絶体絶命の状況で咄嗟に思いついた作戦、それは悪口による挑発であった。もしかしたらこれが効くかもしれない、そう直感が告げていたのである。

 マジパンがこれほど高い魔力を持ちながら七聖者で下位に甘んじていたのは、その魔法の特性によるものだった。
 彼の魔力の源は、ネガティブな感情によるものなのである。感情が深く落ち込んでいれば、どす黒い魔力が増幅してゆく。どれだけ歳を重ねても叶わぬ夢に自嘲を繰り返すうち、次第に目覚めた力である。
 だがこれは、感情が昂ぶると本来の半分の実力も出せないという致命的な欠点を兼ね備えていた。多くの戦士達が怒りによって力を増すのとは逆なのである。しかもポトフによる強化改造の影響で躁鬱がより激しくなり、キレやすくなった挙句キレた時の弱体化も著しくなった。その分落ち込んだ時の強化幅も非常に大きくなったのだが、総合的に見て改造失敗と言ってよいものだったのである。
 自身の欠点を理解している彼は、感情が昂ぶった際の対策法としてネガティブな言葉を呟き続けるというのを編み出した。しかし自分で言うのはよくても、他人から同じことを言われると結局キレるのである。更に彼にとって何よりの逆鱗は、自身にとっての救世主であり神として崇拝するフォアグラの悪口。ハンバーグの作戦は見事に当たり、一瞬にしてその魔力は獅子の威圧範囲内まで下がることとなった。

「あ、ああ~~~っ!!」
 ここぞという所で挑発に乗って切れ散らかし、とどめを指し損なったマジパンは頭を抱えて取り乱した。しかも、減少した魔力によって支えきれなくなった銅像キメラは寄り集まった銅像が剥がれ、音を立てて崩れる。
「ふ、ふ、ふ、ふざけるなよ! フォアグラ様万歳! フォアグラ様ばんざーい!!」
 マジパンはやけくそになり、崩れ落ちゆく銅像ゾンビで殴りかかる。だがその時、既にハンバーグは溜めの動作に入っていた。
「デス・アンド・デスキャノン!」
 本日三発目、必殺の魔力砲撃。解き放たれし破壊光線は、爆音と共に銅像キメラを消し飛ばした。降り注ぐブロンズの破片と共に、マジパンは白目を剥いて床に落ちる。
「ちょろいもんだぜ」
 相手の戦闘不能を確認すると、ハンバーグは自身の入ってきた扉と逆方向の扉へと向かい部屋を出た。


 一方で、射手座サジタリアスのホーレンソーVS第五使徒・神槍のレバー。
 ホーレンソーの放った矢を、レバーは玉座に腰掛けたまま弾いた。レバーの手には、いつの間にか一本の槍が握られていたのである。
「これぞ王の証、ポセイドンの槍」
 荒波を思わせる豪華絢爛な装飾が彫り込まれた、水色に輝く三叉の槍。レバーはホーレンソーを見下ろしたまま、刃先を向ける。
「その槍はアンタレス家当主たるシオジャケ卿の物だ。それに他の宝物も、いい加減返してもらうぞ」
「王たる自覚無き父上はこの槍に相応しくない。余こそこの槍に、そしてその弓に相応しき者。返して貰うぞ、荒鷲の聖弓」
「盗人猛々しいとはまさにこのこと。これも私が過去二度に渡り貴様をみすみす逃した所為。今日こそは確実に討つ!」
 ホーレンソーは再び弓を引き絞り、矢を放つ。レバーは再び槍で薙いだ。だがその瞬間、矢は軌道を変えて右サイド回り込みレバーの肩に刺さる。
「ぬ……! 王に矢を刺すとは不敬な!」
「貴様など王ではない。ただの盗賊だ」
 アンタレス家長男レバー。自身がケフェウス王家の末裔であることに強い誇りを持ち、一貴族の地位にあることを不服に思う男。
 彼は父の所有するポセイドンの槍を持ち出し、各地に散らばったケフェウス王家所縁の宝物を強盗する事件を起こし指名手配されていた。ホーレンソーの持つ荒鷲の聖弓もターゲットとし、二度に渡って交戦するも決着はつかず。ホーレンソーにとっては因縁深い相手であった。
「余は王なり。跪け」
 矢を引き抜いて立ち上がったレバーは、目を細めてホーレンソーに矢を投げる。ホーレンソーはそれを手で掴み取り、再び弓に番えた。だがそれを射るより早く、ポセイドンの槍がホーレンソーの眼前に迫る。レバーは玉座の前に立ったまま、槍を投げてきたのである。ホーレンソーは木の葉のように躱しカウンターで一矢放とうとするも、途端床に刺さった槍が巻き戻るように飛び出しホーレンソーの背中に迫った。それを避けた後、改めて矢を放つ。だが既に槍はレバーの手元に戻っており、回転する槍に矢は叩き落とされた。
「余はケフェウスの正統なる王。そしていずれはこの世の全てを統べる王となる。そのためにケフェウス王家が奪われた物を全て取り戻す……ゾディア王家によって奪われし神の力さえもな」
 決してホーレンソーと同じ高さに立つことなく、常に上から見下ろす。ただ馬鹿みたいに王を自称しているわけではない。そこには実力による確固たる裏付けがあった。


<キャラクター紹介>
名前:第六使徒・闇の芸術家マジパン
性別:男
年齢:35
身長:156
髪色:黒
星座:魚座
趣味:彫刻
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