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第五章 フォアグラ教団編
第89話 最強寺拳凰VS殺戮爆殺拳
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唸りを上げて迫るプルコギの拳。拳凰はそれを見切って大振り気味に避ける。拳は空を切り、音だけが静かに伝わった。
何も殴らなければ、爆発は起こらない。どうにか広いとこまで誘導できれば楽だが、拳凰は王都オリンポスの地理には詳しくない。この場で戦うしかないのである。
殴れそうなものに相手の手を届かせないよう、拳凰は脚捌きを駆使して立ち回る。隙を突いてこちらからも打ち込むが、それはわざと作り出した隙。その腕を爆破しようとしてきたので、拳凰はすぐさま腕を引っ込めた。
(ちっ、こいつ全く隙が無え。イカれたテロリストかと思いきや、武術家としても一流ってか。こいつはなかなか楽しめそうだぜ!)
「そろそろ爆死してくれねえか?」
プルコギはポケットに手を突っ込むと、そこから何やらパチンコ玉サイズの球体を取り出す。そしてそれを指で弾いて拳凰目掛けて飛ばした。直後、自らも駆け出す。拳凰のお株を奪う、一瞬の間合い詰め。弾が拳凰の顔面に当たる寸前に、プルコギは弾を殴る。強い光と音が炸裂し、巻き起こる爆炎。だが拳凰は目を閉じて自ら吹っ飛び、ダメージを最小限に抑える。
(危ねー危ねー。殴って爆発を起こす道具は持ち歩いてるわけか。抜け目のねー奴だぜ)
後ろの壁を蹴って跳び上がり、屋根の上に立つ。だが距離をとって作戦を考える間を与えまいと、プルコギは拳凰の立つ民家の爆破に乗り出した。壁を貫かんが如きパンチを受けると、民家は大爆発を起こし吹っ飛ぶ。拳凰はその前にジャンプし、空中から拳骨を喰らわせようと仕掛けた。
「読めてんだよ」
プルコギはすぐに腕を引き戻し、空中の拳凰にアッパーを放つ。だが拳凰は空中で体を捻って回転させ、アッパーを避けつつプルコギの頬に膝を入れた。先程爆破した民家の瓦礫の中に、プルコギは突っ込む。
「やっと一発入ったぜ」
拳凰はしなやかに着地し、プルコギに向かって構える。
「痛えじゃねえかこの野郎」
プルコギはあまりダメージを受けている様子もなく平然と立ち上がった。
(アフロがクッションになってんのか?)
拳凰が暢気なことを考えていると、プルコギはすかさず殴りかかってくる。拳凰は後ろに跳んで避けると、プルコギの拳はそのまま空を切る。そこから何度もパンチを打ってくるが、拳凰は全て避けてゆく。
(妙だな……やっと本気出したかと思ったらまた直接狙いばかりになって、さっきみたいな小道具を使ってこねー。あれ一個しか持ってなかったのか?)
不気味なものを感じて、大きく距離をとる。だがその途端に、プルコギはニヤリと笑って一気に駆け出す。距離を詰めてくるかと思って身構えていた拳凰だが、プルコギが移動したのは拳凰から少し離れた位置。民家に隣接するように動き、左の拳で地面を殴った直後、右の拳で民家を爆破。殴った場所から地面にひびが入り、崩落。それと同時に民家がこちらに向かって倒れてきた。
「ぐおおっ!?」
すぐに退避しようとする拳凰だったが、プルコギはすぐさまもう一発地面を殴る。早まる崩落に足をとられ、退避すること叶わず拳凰は奈落の底へと吸い込まれていった。そして地面に空いた大穴に、倒れた民家が蓋をしたのである。
プルコギは丁度空洞のある場所を狙って地面に穴を開けた。蓋がされる前に一瞬見えた地面の底。拳凰は崖から落とされた時と同じように、地面を拳で殴って落下の衝撃を相殺し着地した。
(あの特訓がこんな形で役に立つとはな。だが……)
完全に蓋がされた上空を見上げて、拳凰は眉をひそめる。空は晴れているのに一分の光もこちらに降りてこず、完全な暗闇だ。
(こんな所に閉じ込めるとは、いやらしい手を使いやがる。さて、どうやって脱出したもんか……)
そう思ったところで、ふと拳凰はこちらに向かってくる何者かの足音を聞いた。真っ暗闇の中で身構えた側に、打ち込まれる拳。音を頼りに、寸での所で拳凰は避けた。
「ほう……鋭いな」
「その声、アフロ野郎!」
囁くように聞こえた声は、紛れもなくプルコギのもの。
「はっ、俺を閉じ込めるつもりが自分も閉じ込められてやんのか。間抜けな野郎だ」
「勘違いはよしてもらおうか。俺はお前を仕留めるためにわざと落ちたんだ」
減らず口を叩き合いつつ、第二ラウンド開始。プルコギは早速指で弾いた弾を殴り、爆発を起こす。暗闇を照らす赤い爆炎。拳凰は怯むことなく冷静に、それで相手の位置を確認する。
「ありがとよ、灯りつけてくれて!」
炎は一瞬で消えたが、拳凰は的確に狙いを定めてパンチを入れる。当たった感触はない。すぐさまカウンターで打ち込まれた拳は、上体を反らして避ける。一切の視覚を封じられた中でここまで避けられるのは、一発でも喰らえば致命傷になるが故にいつも以上に勘が冴えているためだ。
「避けるのが上手いな……見えてるのか?」
「音と勘だ。そっちこそ、よく俺の場所がわかるな」
「俺は本当に見えてるんだ。体を改造されてるんでね」
視覚面でのアドバンテージを誇示するように、プルコギはあえて秘密を明かす。
「暗闇での戦闘は得意分野ってわけかよ」
拳凰がそう言ったところで、返事の代わりに拳が迫る。ジャンプして上から叩きつけるようなパンチだ。拳凰は体勢を低くしながら後ろに跳んで避ける。次の瞬間、殴られた地面が爆発した。その直後、拳凰は爆炎が消える前に一枚脱いだ服をかざす。そして火の点いた服を、地面に投げ捨てた。
「こいつで灯りの出来上がりだ」
小さな炎だが、今はこれが希望の光。だが暗闇の中に仄かに照らされたプルコギの表情は、俄然冷静なまま。
「よう、殴る度明るくしてくれるとか、お前本当は暗闇との相性悪いんじゃねーの?」
「本当にそう思うか?」
煽られてもなお余裕の態度を崩さないプルコギは、弾を一つ指で上へ軽く弾く。どこを狙っているのかと拳凰が疑問に思った次の瞬間、プルコギは弾を殴り凄まじい閃光と共に大地を揺らす程の音を鳴らして爆発が起こった。爆風と音波で拳凰は吹き飛ばされ、灯りもかき消された。
「ぐっ……ぐあ……」
横から体を壁に打ちつけ、拳凰は悶える。相手の狙いが光による目潰しであることは読めていた。暗闇の中で眩しい光を受ければ、視力を奪われる。拳凰は瞬時に目を庇い、それは防いだ。
だが、敵の狙いはもう一つあった。拳凰はふと違和感を覚え、耳の中に指を入れる。生暖かい液体の感触。耳の中から出血している。
(ちっ、鼓膜を破られたか)
目の代わりに耳で敵の位置や行動を捕捉していたが、もうそれは使えない。こちらがどんな策を投じても、相手はそれを的確に潰してくる。これが七聖者の実力だ。
暗闇と静寂の中、拳凰は身構える。追撃の拳を振り上げたプルコギ。拳凰は精神を研ぎ澄ませ、空気の流れを読む。視覚も聴覚も奪われたなら、触覚で捉えればいい。敵の一挙一動によって、密室の中で揺れ動く空気。それを肌で感じ取るのだ。
(ここだ!)
気流に乗るように動き、パンチを回避。だが次の瞬間、突如として拳凰は体の力が抜け膝をついた。プルコギはニヤニヤしながらそれを見下ろす。
「な……」
拳凰は喉を押さえる。突然、息が苦しくなったのだ。
(野郎……何しやがった!?)
冷静に状況を思い出す。密室、繰り返す爆発。
「てめー、俺を窒息死させるつもりか!」
プルコギの狙いに気付いた拳凰は叫ぶ。密室に追い込まれた時点で、既に罠は張られていた。爆発を一回起こす毎に、この場の酸素は大きく消費される。たとえ爆発で仕留められなくとも、窒息死させることが可能なのだ。爆発による破壊だけが芸ではない、これぞテロに特化した拳法、殺戮爆殺拳の恐怖。
「だがてめーも死ぬぞ?」
拳凰が尋ねると、プルコギは不敵に笑った。
「生憎だが俺は改造されててね、二酸化炭素や一酸化炭素、或いはどんな毒ガスでも呼吸ができるのさ」
プルコギは質問に答えてくれるが、聴覚を失った拳凰には聞こえない。だが、なんとなく彼がこの状態で呼吸できる手段を持っているであろうことは理解した。
(あいつが呼吸するための道具を持っているとしたらそれを奪えば……いや、暗闇でも目が見えるのと同じように改造による効果かもしれねーからな、それは期待すべきじゃねーな)
だがそう考えている間にも、窒息死のタイムリミットは迫る。プルコギは動けない拳凰を見下ろしつつ、また爆発を起こそうと弾を弾く。
「さーて、密室窒息死テロの始まりだ!」
意気揚々と弾を殴り、再び爆発。更に酸素が薄くなる。
(やべーぞこれは……早くなんとかしねーと……)
次第に遠のいてゆく意識の中で、デスサイズの言葉が頭を過ぎった。
『お前何のために強さを求めている?』
とっくに答えはわかっていた。だが男のプライドが、それを認められない。
(うるせえよ……俺が強さを求めてんのはな……)
拳凰は一度息を吐き、それをすぐに吸い込む。この場の空気よりは、自分の吐息の方が酸素が多いのだ。
一呼吸はできた。これで動ける。相手の位置はすでにわかっている。拳凰は低い姿勢で駆け出すと、プルコギの顎目掛けてアッパーを放つ。プルコギは両手を振り下ろし、拳凰を直接爆殺させようと狙う。腕と腕とが交差する。より早く拳を入れたのは――拳凰であった。顎を拳で捉えたまま跳び上がり、プルコギを天井へと叩きつける。そしてそこから更に力を籠めて突き上げれば、拳凰は更に上昇し天井を突き破った。倒れた民家を貫いて、地下空洞からの脱出。青い空が眩しく光った。
「俺が強くなりてーのは、てめーみてーなクソ野郎をブチのめすためだ!!」
それが拳凰の、精一杯の答え。勢い余って空まで飛び出した拳凰は、プルコギを地上に叩き落そうと右腕を振り上げる。しかし忘れてはいけない。プルコギの髪型はアフロである。脳天を天井にぶつけられて突き抜けても、アフロがクッションとなりダメージを最小限に抑えていたのだ。
「お前は俺には勝てない……死ね!」
拳凰のパンチに合わせるように、プルコギは左の拳を突き出す。だが拳凰は避けることなく、あえて真正面から、拳と拳をぶつかり合わせた。当然、二つの拳の間で爆発が起こる。拳凰の右腕は無惨、木っ端微塵に吹っ飛んだ。だがしかし、拳凰もまた、プルコギの拳を力強く殴っていたのである。プルコギの左手は骨が粉々に砕け、最早拳を握ることすらできない状態になった。
「こ、こいつ、捨て身で俺の拳を潰す気か!」
パンチを打てなければ殺戮爆殺拳は使えない。プルコギに初めて焦りが見えた。しかし、まだ利き腕の右が残っている。対して、拳凰は先に利き腕を潰された形になる。
右を振り上げたプルコギ。それでも構わず、拳凰は左で迎え撃つ。パンチの威力もさることながら、利き腕で打てば爆発の威力も上がる。二度目はないと言わんばかりに、左とは比較にならない殺戮爆殺の魔拳が呻りを上げる。
拳凰が叫ぶ。絶対に勝つという思いを乗せて。拳凰の左が、プルコギの右を打ち砕いた。直後、爆発が巻き起こり拳凰の左腕は跡形もなく砕け散る。
お互い自慢のパンチはもう打てず。しかし拳凰の方が重傷なのは見て明らか。プルコギには、まだここから逃げられる算段があった。
(アジトに戻れば腕は治して貰える。更なる強化改造もな……)
拳凰の視界がぼやける。気を抜けば意識が飛びそうだが、それでも目から闘志は消えていなかった。上体を大きく反らし、勢いをつけて頭を振り下ろす。
相手の額に向けて突っ込むこちらの額。両腕を失った拳凰の切り札は、頭突きであった。真下へと突き落とされたプルコギは倒れた民家を突き抜け、先程の地下空洞へと再び落下した。
両腕が無くバランスをとれない拳凰は、うつ伏せに着地する。そして芋虫のように身体を曲げ、足の力だけで立ち上がった。
「どうだアフロ野郎……俺の勝ちだ……」
逃げることを考えた時点で、勝敗は決していた。最後まで諦めることなく戦い抜くことを決めた男の勝利。
だが拳凰の体力は、最早限界に達していた。両腕の傷口からは血が止め処なく流れ続ける。
(やっべー……早くチビ助んとこ行かねーと……)
バランスを取り辛い身体で歩き出そうとする拳凰であったが、急にふらつき前のめりに転ぶ。が、その時、何者かが拳凰を受け止めた。
「こちらミルフィーユ、最強寺拳凰の回収完了致しました」
受け止めたのは乙女座のミルフィーユ。その左肩には、カニミソが担がれていた。後ろには兵士が一小隊。
「敵はこの穴の下ね。もう戦える状態ではないと思うけれど、相手は七聖者よ。気をつけて行きなさい」
「了解!」
ミルフィーユの指示を受けて、兵士達は穴に縄梯子を下ろす。
ぽかんとする拳凰を、ミルフィーユは右肩に抱える。男二人を軽々と担ぎ、ミルフィーユは王都を駆けていった。
<キャラクター紹介>
名前:第十使徒・飛翔のアブラーゲ
性別:男
年齢:29
身長:169
髪色:焦茶
星座:牡牛座
趣味:射撃
何も殴らなければ、爆発は起こらない。どうにか広いとこまで誘導できれば楽だが、拳凰は王都オリンポスの地理には詳しくない。この場で戦うしかないのである。
殴れそうなものに相手の手を届かせないよう、拳凰は脚捌きを駆使して立ち回る。隙を突いてこちらからも打ち込むが、それはわざと作り出した隙。その腕を爆破しようとしてきたので、拳凰はすぐさま腕を引っ込めた。
(ちっ、こいつ全く隙が無え。イカれたテロリストかと思いきや、武術家としても一流ってか。こいつはなかなか楽しめそうだぜ!)
「そろそろ爆死してくれねえか?」
プルコギはポケットに手を突っ込むと、そこから何やらパチンコ玉サイズの球体を取り出す。そしてそれを指で弾いて拳凰目掛けて飛ばした。直後、自らも駆け出す。拳凰のお株を奪う、一瞬の間合い詰め。弾が拳凰の顔面に当たる寸前に、プルコギは弾を殴る。強い光と音が炸裂し、巻き起こる爆炎。だが拳凰は目を閉じて自ら吹っ飛び、ダメージを最小限に抑える。
(危ねー危ねー。殴って爆発を起こす道具は持ち歩いてるわけか。抜け目のねー奴だぜ)
後ろの壁を蹴って跳び上がり、屋根の上に立つ。だが距離をとって作戦を考える間を与えまいと、プルコギは拳凰の立つ民家の爆破に乗り出した。壁を貫かんが如きパンチを受けると、民家は大爆発を起こし吹っ飛ぶ。拳凰はその前にジャンプし、空中から拳骨を喰らわせようと仕掛けた。
「読めてんだよ」
プルコギはすぐに腕を引き戻し、空中の拳凰にアッパーを放つ。だが拳凰は空中で体を捻って回転させ、アッパーを避けつつプルコギの頬に膝を入れた。先程爆破した民家の瓦礫の中に、プルコギは突っ込む。
「やっと一発入ったぜ」
拳凰はしなやかに着地し、プルコギに向かって構える。
「痛えじゃねえかこの野郎」
プルコギはあまりダメージを受けている様子もなく平然と立ち上がった。
(アフロがクッションになってんのか?)
拳凰が暢気なことを考えていると、プルコギはすかさず殴りかかってくる。拳凰は後ろに跳んで避けると、プルコギの拳はそのまま空を切る。そこから何度もパンチを打ってくるが、拳凰は全て避けてゆく。
(妙だな……やっと本気出したかと思ったらまた直接狙いばかりになって、さっきみたいな小道具を使ってこねー。あれ一個しか持ってなかったのか?)
不気味なものを感じて、大きく距離をとる。だがその途端に、プルコギはニヤリと笑って一気に駆け出す。距離を詰めてくるかと思って身構えていた拳凰だが、プルコギが移動したのは拳凰から少し離れた位置。民家に隣接するように動き、左の拳で地面を殴った直後、右の拳で民家を爆破。殴った場所から地面にひびが入り、崩落。それと同時に民家がこちらに向かって倒れてきた。
「ぐおおっ!?」
すぐに退避しようとする拳凰だったが、プルコギはすぐさまもう一発地面を殴る。早まる崩落に足をとられ、退避すること叶わず拳凰は奈落の底へと吸い込まれていった。そして地面に空いた大穴に、倒れた民家が蓋をしたのである。
プルコギは丁度空洞のある場所を狙って地面に穴を開けた。蓋がされる前に一瞬見えた地面の底。拳凰は崖から落とされた時と同じように、地面を拳で殴って落下の衝撃を相殺し着地した。
(あの特訓がこんな形で役に立つとはな。だが……)
完全に蓋がされた上空を見上げて、拳凰は眉をひそめる。空は晴れているのに一分の光もこちらに降りてこず、完全な暗闇だ。
(こんな所に閉じ込めるとは、いやらしい手を使いやがる。さて、どうやって脱出したもんか……)
そう思ったところで、ふと拳凰はこちらに向かってくる何者かの足音を聞いた。真っ暗闇の中で身構えた側に、打ち込まれる拳。音を頼りに、寸での所で拳凰は避けた。
「ほう……鋭いな」
「その声、アフロ野郎!」
囁くように聞こえた声は、紛れもなくプルコギのもの。
「はっ、俺を閉じ込めるつもりが自分も閉じ込められてやんのか。間抜けな野郎だ」
「勘違いはよしてもらおうか。俺はお前を仕留めるためにわざと落ちたんだ」
減らず口を叩き合いつつ、第二ラウンド開始。プルコギは早速指で弾いた弾を殴り、爆発を起こす。暗闇を照らす赤い爆炎。拳凰は怯むことなく冷静に、それで相手の位置を確認する。
「ありがとよ、灯りつけてくれて!」
炎は一瞬で消えたが、拳凰は的確に狙いを定めてパンチを入れる。当たった感触はない。すぐさまカウンターで打ち込まれた拳は、上体を反らして避ける。一切の視覚を封じられた中でここまで避けられるのは、一発でも喰らえば致命傷になるが故にいつも以上に勘が冴えているためだ。
「避けるのが上手いな……見えてるのか?」
「音と勘だ。そっちこそ、よく俺の場所がわかるな」
「俺は本当に見えてるんだ。体を改造されてるんでね」
視覚面でのアドバンテージを誇示するように、プルコギはあえて秘密を明かす。
「暗闇での戦闘は得意分野ってわけかよ」
拳凰がそう言ったところで、返事の代わりに拳が迫る。ジャンプして上から叩きつけるようなパンチだ。拳凰は体勢を低くしながら後ろに跳んで避ける。次の瞬間、殴られた地面が爆発した。その直後、拳凰は爆炎が消える前に一枚脱いだ服をかざす。そして火の点いた服を、地面に投げ捨てた。
「こいつで灯りの出来上がりだ」
小さな炎だが、今はこれが希望の光。だが暗闇の中に仄かに照らされたプルコギの表情は、俄然冷静なまま。
「よう、殴る度明るくしてくれるとか、お前本当は暗闇との相性悪いんじゃねーの?」
「本当にそう思うか?」
煽られてもなお余裕の態度を崩さないプルコギは、弾を一つ指で上へ軽く弾く。どこを狙っているのかと拳凰が疑問に思った次の瞬間、プルコギは弾を殴り凄まじい閃光と共に大地を揺らす程の音を鳴らして爆発が起こった。爆風と音波で拳凰は吹き飛ばされ、灯りもかき消された。
「ぐっ……ぐあ……」
横から体を壁に打ちつけ、拳凰は悶える。相手の狙いが光による目潰しであることは読めていた。暗闇の中で眩しい光を受ければ、視力を奪われる。拳凰は瞬時に目を庇い、それは防いだ。
だが、敵の狙いはもう一つあった。拳凰はふと違和感を覚え、耳の中に指を入れる。生暖かい液体の感触。耳の中から出血している。
(ちっ、鼓膜を破られたか)
目の代わりに耳で敵の位置や行動を捕捉していたが、もうそれは使えない。こちらがどんな策を投じても、相手はそれを的確に潰してくる。これが七聖者の実力だ。
暗闇と静寂の中、拳凰は身構える。追撃の拳を振り上げたプルコギ。拳凰は精神を研ぎ澄ませ、空気の流れを読む。視覚も聴覚も奪われたなら、触覚で捉えればいい。敵の一挙一動によって、密室の中で揺れ動く空気。それを肌で感じ取るのだ。
(ここだ!)
気流に乗るように動き、パンチを回避。だが次の瞬間、突如として拳凰は体の力が抜け膝をついた。プルコギはニヤニヤしながらそれを見下ろす。
「な……」
拳凰は喉を押さえる。突然、息が苦しくなったのだ。
(野郎……何しやがった!?)
冷静に状況を思い出す。密室、繰り返す爆発。
「てめー、俺を窒息死させるつもりか!」
プルコギの狙いに気付いた拳凰は叫ぶ。密室に追い込まれた時点で、既に罠は張られていた。爆発を一回起こす毎に、この場の酸素は大きく消費される。たとえ爆発で仕留められなくとも、窒息死させることが可能なのだ。爆発による破壊だけが芸ではない、これぞテロに特化した拳法、殺戮爆殺拳の恐怖。
「だがてめーも死ぬぞ?」
拳凰が尋ねると、プルコギは不敵に笑った。
「生憎だが俺は改造されててね、二酸化炭素や一酸化炭素、或いはどんな毒ガスでも呼吸ができるのさ」
プルコギは質問に答えてくれるが、聴覚を失った拳凰には聞こえない。だが、なんとなく彼がこの状態で呼吸できる手段を持っているであろうことは理解した。
(あいつが呼吸するための道具を持っているとしたらそれを奪えば……いや、暗闇でも目が見えるのと同じように改造による効果かもしれねーからな、それは期待すべきじゃねーな)
だがそう考えている間にも、窒息死のタイムリミットは迫る。プルコギは動けない拳凰を見下ろしつつ、また爆発を起こそうと弾を弾く。
「さーて、密室窒息死テロの始まりだ!」
意気揚々と弾を殴り、再び爆発。更に酸素が薄くなる。
(やべーぞこれは……早くなんとかしねーと……)
次第に遠のいてゆく意識の中で、デスサイズの言葉が頭を過ぎった。
『お前何のために強さを求めている?』
とっくに答えはわかっていた。だが男のプライドが、それを認められない。
(うるせえよ……俺が強さを求めてんのはな……)
拳凰は一度息を吐き、それをすぐに吸い込む。この場の空気よりは、自分の吐息の方が酸素が多いのだ。
一呼吸はできた。これで動ける。相手の位置はすでにわかっている。拳凰は低い姿勢で駆け出すと、プルコギの顎目掛けてアッパーを放つ。プルコギは両手を振り下ろし、拳凰を直接爆殺させようと狙う。腕と腕とが交差する。より早く拳を入れたのは――拳凰であった。顎を拳で捉えたまま跳び上がり、プルコギを天井へと叩きつける。そしてそこから更に力を籠めて突き上げれば、拳凰は更に上昇し天井を突き破った。倒れた民家を貫いて、地下空洞からの脱出。青い空が眩しく光った。
「俺が強くなりてーのは、てめーみてーなクソ野郎をブチのめすためだ!!」
それが拳凰の、精一杯の答え。勢い余って空まで飛び出した拳凰は、プルコギを地上に叩き落そうと右腕を振り上げる。しかし忘れてはいけない。プルコギの髪型はアフロである。脳天を天井にぶつけられて突き抜けても、アフロがクッションとなりダメージを最小限に抑えていたのだ。
「お前は俺には勝てない……死ね!」
拳凰のパンチに合わせるように、プルコギは左の拳を突き出す。だが拳凰は避けることなく、あえて真正面から、拳と拳をぶつかり合わせた。当然、二つの拳の間で爆発が起こる。拳凰の右腕は無惨、木っ端微塵に吹っ飛んだ。だがしかし、拳凰もまた、プルコギの拳を力強く殴っていたのである。プルコギの左手は骨が粉々に砕け、最早拳を握ることすらできない状態になった。
「こ、こいつ、捨て身で俺の拳を潰す気か!」
パンチを打てなければ殺戮爆殺拳は使えない。プルコギに初めて焦りが見えた。しかし、まだ利き腕の右が残っている。対して、拳凰は先に利き腕を潰された形になる。
右を振り上げたプルコギ。それでも構わず、拳凰は左で迎え撃つ。パンチの威力もさることながら、利き腕で打てば爆発の威力も上がる。二度目はないと言わんばかりに、左とは比較にならない殺戮爆殺の魔拳が呻りを上げる。
拳凰が叫ぶ。絶対に勝つという思いを乗せて。拳凰の左が、プルコギの右を打ち砕いた。直後、爆発が巻き起こり拳凰の左腕は跡形もなく砕け散る。
お互い自慢のパンチはもう打てず。しかし拳凰の方が重傷なのは見て明らか。プルコギには、まだここから逃げられる算段があった。
(アジトに戻れば腕は治して貰える。更なる強化改造もな……)
拳凰の視界がぼやける。気を抜けば意識が飛びそうだが、それでも目から闘志は消えていなかった。上体を大きく反らし、勢いをつけて頭を振り下ろす。
相手の額に向けて突っ込むこちらの額。両腕を失った拳凰の切り札は、頭突きであった。真下へと突き落とされたプルコギは倒れた民家を突き抜け、先程の地下空洞へと再び落下した。
両腕が無くバランスをとれない拳凰は、うつ伏せに着地する。そして芋虫のように身体を曲げ、足の力だけで立ち上がった。
「どうだアフロ野郎……俺の勝ちだ……」
逃げることを考えた時点で、勝敗は決していた。最後まで諦めることなく戦い抜くことを決めた男の勝利。
だが拳凰の体力は、最早限界に達していた。両腕の傷口からは血が止め処なく流れ続ける。
(やっべー……早くチビ助んとこ行かねーと……)
バランスを取り辛い身体で歩き出そうとする拳凰であったが、急にふらつき前のめりに転ぶ。が、その時、何者かが拳凰を受け止めた。
「こちらミルフィーユ、最強寺拳凰の回収完了致しました」
受け止めたのは乙女座のミルフィーユ。その左肩には、カニミソが担がれていた。後ろには兵士が一小隊。
「敵はこの穴の下ね。もう戦える状態ではないと思うけれど、相手は七聖者よ。気をつけて行きなさい」
「了解!」
ミルフィーユの指示を受けて、兵士達は穴に縄梯子を下ろす。
ぽかんとする拳凰を、ミルフィーユは右肩に抱える。男二人を軽々と担ぎ、ミルフィーユは王都を駆けていった。
<キャラクター紹介>
名前:第十使徒・飛翔のアブラーゲ
性別:男
年齢:29
身長:169
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「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。
そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。
制刻を始めとする異質な隊員等。
そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。
元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。
〇案内と注意
1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。
3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。
4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。
5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。
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