ヤンキーVS魔法少女

平良野アロウ

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第三章 自由行動編

第64話 死神の鎌になった男

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「何だ、今日は女いねーじゃん」
 温泉に着いて早々、拳凰はそんなことを口にした。昨日の恋々愛との一件が思い出され、幸次郎はびくんとする。
「ちっ、また女の裸見られるかと思って期待してたのによー」
 拳凰はそう言いながら服を脱ぐ。
 三人とも湯に浸かると、修行の傷がすっと癒え始めた。
「こいつは凄いな。内臓に受けたダメージも癒えてゆくのを感じる」
 拳凰に殴られた腹をさすりながら、デスサイズが言う。
「そんでデっさん、これからどうすんだ? デっさんが修行見てくれるとかクソロンゲは言ってたが」
「俺は基本見ているだけだ。自分達で考えて好きにやるといい」
「おう、それじゃそうさせてもらうわ」
 空を見上げて、のんびりと入浴。拳凰の心も、自然と和む。
「なあ拳凰、お前将来は何になりたい?」
「何だよデっさん、藪から棒に」
「お互い裸で包み隠さず話せることもあろう。それでどうなんだ、格闘家にでもなるつもりか?」
「うーん……先公からそれを勧められたこともあるが……ルールに縛られた格闘技ってのは、あんまり性に合ってないように思うんだよな。つーか急にどうしたよ先公みてーに」
「いや、お前が何のためにそこまで強さを欲しているのか疑問に思ってな。てっきりその強さを仕事に活かすつもりなのかとも思っていたが」
「将来なりたいもんとか、あんまわかんねーんだよな。考えたこともねーっつーか……」
「そうは言っても、お前もう高二だろう」
「いや、出席日数足らなくて留年したからまだ高一だな」
「そうか」
 何とも残念な話を聞き、デスサイズはそう反応することしかできなかった。
「幸次郎、お前はどうなんだ?」
「僕ですか。僕もはっきりとは決めていませんが、例えば警察官とか、自分の技能を活かせる職種に就ければとは考えています」
「いい心がけじゃないか。それに比べて拳凰、お前は将来役立てるわけでもないのに一体何のために強さを求めている? 単なる自己満足か?」
「わりーかよ、自己満足上等だぜ」
「だがそうやって鍛えた力も、獅子座の騎士には通じなかった」
「ちっ」
 水面を拳で叩き、飛沫が幸次郎の顔にかかった。
「初めてあいつに負けた時、どんな気持ちだった」
「そりゃあ……悔しかったさ。まるで自分が自分じゃねーみてーにな」
 拳凰の脳裏に、あの日のことが思い出される。
「あれほどの屈辱は初めてだったぜ。前に初めて魔法少女と戦って瞬殺された時は、俺でも勝てないくらい強い奴と出会えてワクワクしたさ。強い奴と戦うのは俺の喜びだからな。だがあいつに完敗した時は……違った」
 拳凰は俯き、水面に映った自分の顔と睨み合う。
「何が違った?」
「何がって……」
 自分を庇った花梨の姿が、脳裏に浮かぶ。
「だったら、それが答えなんじゃないか?」
 何かを察したように、デスサイズが言う。
「何の答えだよ」
「お前が強さを求めている理由のな」
「……デっさん、あんたクソロンゲから何か頼まれたろ。俺から一体何を聞き出すつもりだ?」
「はぐらかしたな。よほど恥ずかしいことか?」
「ちげーよ」
 デスサイズから顔を背ける拳凰を見て、幸次郎ははっとする。
「あ、あのデスサイズさん。デスサイズさんはどうしてそこまで強くなろうと思ったんですか?」
 わざとらしく話題を変える幸次郎。デスサイズは暫く沈黙。
「……俺の場合は、強くならざるを得なかった。お前の歳の時には、既に戦場に立っていたからな」
「へー、聞かせてくれよ、デっさんの昔の話」
 拳凰が乗ってきた。
「まあ、別に面白い話ではないが……」
 湯煙の中、デスサイズは静かに過去を話し始めた。


 中東のとある国に、一人の少年がいた。名をドーマ・アズライル。ちょっと可愛い幼馴染がいるくらいの、この国ではどこにでもいる普通の少年である。
 ドーマはごく普通の町に生まれ、ごく普通の家庭で育った。そうしてごく普通に家業を継ぎ、ごく普通の人生を送っていくのだと、本人もそう思っていた。
 隣国との戦争。広がる戦火が、ドーマ少年を戦場に送り出した。幼馴染の少女セラはひどく心配したが、ドーマは仕方が無いと割り切って銃を手にする。そして皮肉にも、ドーマは戦場にて自らの才能を知ることとなる。
 初めて殺した人間は、同年代の少年だった。大人だけでは人手が足りず子供も戦場に行かせるのは、敵国も同じだった。撃つのを躊躇う相手に対し、ドーマは自分が生き残るためだと割り切って躊躇無く心臓を撃ち抜いた。初めての殺人、やってみれば意外と何てことないものだった。
 平々凡々だと自覚していたドーマには、実は戦闘の才能があった。この過酷な戦場にすぐ適応し、未熟な少年兵とは思えぬ八面六臂の大活躍を始めたのだ。
 上官は彼の実力を認めつつ、所詮は立場の低い少年兵だとして使い捨て感覚で前線に送りまくった。そしてその度圧倒的な才能で敵を打ち倒し、より成長して戻ってきた。
 だがたかだか一兵士がどれだけ武勲を挙げても、大局に影響を与えることはできない。一つの戦場で勝っていたとしても、全体では敗戦の空気が漂い始めていた。
 こちら側の軍は各地で敗走を繰り返し、戦線は後退。そしてこちらの兵士達が恐れる敵国の戦車隊が、いよいよドーマのいる戦場にも姿を現した。
 迫り来る戦車の群れ。最前線に立つドーマに、砲口が向けられる。流石のドーマも、これには死を覚悟した。
 だがその時だった。一人の男が、光と共に戦場に姿を現した。歳は三十代前半ほどで、焦茶色の髪。そしてこの場に明らかに不釣合いな、中近世ヨーロッパの貴人を思わせる衣服。
 死の間際にふざけた幻覚でも見ているのかと、ドーマは思った。一体何者なのかさっぱり見当も付かないその男は、ドーマの肩に触れる。次の瞬間、眼前に映る景色が変わっていた。絶えず爆音が響き渡り火薬と血の臭いに満ちた戦場にいたはずが、いつの間にか軍が宿泊地として使っているテントに戻ってきていたのだ。
「本来こういうことはするべきではないのだがね、どうしてもとせがまれたのだ。命は大切にしなさい。君を心配している娘がいるのだからね」
 男はそう言うと、幻のようにその場から姿を消す。やはりこれは死の間際に見た都合のいい妄想が幻覚となって現れたのだと、ドーマは確信した。だが、時が経つにつれてこれは幻覚ではなく現実であり、確かに自分はまだ生きていると理解した。あの男が何者だったのか、今のドーマに知る術は無い。

 それから数日後だった。母親からの手紙で、セラが行方不明になったことが知らされた。
 どこかで運悪く戦火に巻き込まれ命を落としたことは、安易に予想できた。今のこの国では珍しいことではない。
 あの謎の男は、セラが死の間際に自分を救ってくれた奇跡なのではないか。そんな非現実的な話を、ドーマは想像するようになった。
 そしてそれからというもの、ドーマの戦い方は尚更に激しくなった。セラの仇を討てるとまでは思ってはいない。誰がセラを殺したかなんて判りっこないからだ。だがそれでもとにかく敵兵を殺したくて、八つ当たりの如くひたすら死体の山を作り続けた。
 鬼神の如き壮絶な戦いぶりは、味方からも恐れられた。何を考えているのかもわからない危険な奴だとして、軍の中でも孤立していった。
 そしてやがて、ドーマにとって二度目の命の危機が訪れた。
 最終決戦に向けて、敵軍が持てる限りの最強戦力を投入した最も危険な戦場。そこに送り込まれたドーマは、やはりというように最前線に立たされ敵の殲滅を任せられていた。
 地平線には無数の戦車。空には編隊を組んだ爆撃機がこちらを狙っている。初めて死を覚悟した時よりも、更に苛烈な状況。
 ドーマは銃を握り締め、力強く前を向く。この命尽きるまで戦い続け、一人でも多くの敵を殺す。その覚悟で、今この地に立っている。
 だがその時、誰もが目を疑う二度目の奇跡が起こった。突如として敵軍が、謎の撤退を始めたのである。あまりにも意味不明で理解不能な状況に、兵士達は戸惑った。そしてほどなくして、終戦が宣言された。
 戦いを終えて故郷に戻ったドーマを迎えたのは、死んだと思っていたセラだった。予想だにせぬ事態に、ドーマは開いた口が塞がらなかった。再会を喜ぶよりも先に、驚きと困惑が出た。
 両親の話によれば彼女はつい先日、ひょっこりと帰ってきたとのことだった。一体どこに行っていたのか尋ねても、答えようとしない。
「何にせよ、お前が無事でよかった」
 ドーマは急に緊張の糸が解けて、壁にもたれかかった。
「それはこっちこそよ。ずっと心配してたんだから!」
 セラはそう言ってドーマに飛びつき抱きしめる。両家族の手前、ちょっと気まずい雰囲気にドーマはどぎまぎした。戦場で磨り減った精神が日常に戻ってゆくかのような感覚だった。
 両家族は微笑ましそうに二人を見ていた。だが今この場に、真実を知る者はいない。このセラこそが、魔法少女バトルで優勝し、戦争を終わらせるという願いを叶えた影の英雄であるという真実を。


 やがて時が経ち、少年は青年となった。
 戦うことしか取り得が無いと考えていたドーマは軍事関係の仕事に就くしかなく、傭兵となった。正規軍人ではなく傭兵となったのは、国家、思想、宗教といったもののために命を張るのが馬鹿らしいと感じたからだ。あくまで金のため、ビジネスとして戦場に出るのだという意思表示である。
 幾多の戦場で名を上げ、纏まった金ができた頃にセラと結婚。現在までに子供は三人設けた。未だ貧しさと戦争の傷跡が残る祖国は危険だとして、家族揃って豊かで安全な国に引っ越させた。
 自身はあまり家には帰らず、世界中を飛び回る日々。戦時中の国だけでなく、平和な国でも何かと傭兵の需要はあった。だがやはり自分が最も活躍できるのは、火薬と血の臭いに満ちた戦場であると自覚していた。
 ある日のこと、とりわけ激しい戦場で一仕事終えた後の酒場で、ドーマは同業者から声をかけられた。
「よう死神。今日も大した殺しっぷりだったな」
「何だ頭でもやられたか」
 その男に死神だなんて非現実的な物が見えているのかと思って、ドーマは尋ねる。
「お前のことだよ。お前以外に死神なんて奴がいるかよ」
「そんなものになった覚えはないが」
「よく言うぜ。戦場でお前が通った後には敵兵の死体しか残らないってのによ?」
「それならむしろこんな戦争を起こす連中こそ死神だろう。俺はただ上の命令に従って戦うだけの道具に過ぎん」
 突然国の指導者を批判するような発言が出たことで、酒場にいた人々が一斉にドーマを見た。だが、ドーマ自身は何が問題だと言わんばかりに平然と酒を呑んでいた。
 死神呼ばわりされたことにドーマは思うところあり、以来死神の鎌デスサイズのコードネームを名乗るようになった。
 その仰々しいコードネームは人々の目を引き、尚更に依頼は絶えなくなった。
 そして、今から一週間ほど前。デスサイズはある人物と接触した。その男は、ごく普通に仕事の依頼だと言ってデスサイズに会いに来た。妖精騎士団が一人、牡牛座タウラスのビフテキ。以前会った時から二十年ほど経っているが、デスサイズは一目見た瞬間にわかった。
「あんたは、あの日……」
「久しぶりだな、ドーマ・アズライル。いや、今はデスサイズと呼ぶべきか」
 少年のあの日、戦車隊から自分を救った妙な服装のあの男。それが間違いなく今この場にいたのだ。
「随分と老けたな。二十年ほど経つとはいえ、あの日のあんたはもっと若く見えたが」
「五十を過ぎると急激に老ける体質なものでな」
 デスサイズは、ビフテキから妖精界や魔法少女バトルの説明を受けた。当然、急にそんなことを聞かされれば混乱するのは必至だった。
「……にわかに信じ難い話だが、現にあの戦争で奇跡としか思えん不自然な状況を二度もこの身で経験しているわけだからな。信じざるを得ない」
「そう言ってくれて助かる」
「それにしても、俺の妻が魔法少女……ねえ」
 一回目の奇跡は、まだ魔法少女も妖精騎士団も人間界にいた二次予選終盤の時期。ドーマが最も危険な戦場に出ていることをテレビのニュースで知ったセラは、担当であったビフテキにドーマを助けて欲しいと頼んだ。ビフテキはあまりそういうことに関与すべきではないとして気乗りはしなかったが、牡牛座の本命優勝候補の頼みである。渋々ながらドーマを戦場から救出することにした。
 それから数日後、本戦が始まりセラを含む魔法少女達は妖精界へと旅立つ。
 そして二回目の奇跡は、魔法少女バトルで優勝したセラが戦争を終わらせることを願った結果によるものである。
「セラは妖精界にいた時も、毎日のように君の無事を祈っていた。そして今もだ。君は全く家に帰っていないそうじゃないか。子供達も君に会いたがっておったぞ」
「……余計な心配、感謝する。それで仕事の依頼というのは何だ? まさかこの俺に妖精界とやらに行けとでも?」
「そのまさかだよ」
 ビフテキはふっと笑い、仕事の概要を話した。
「魔法少女と戦えとは……まったく冗談としか思えん話だ」
 話を聞いて、デスサイズは苦い顔をする。
「断るかね?」
「いや……報酬は魅力的だ。その話、受けよう」
 デスサイズはすぐさま契約書にサインをした。
「おお、やってくれるかね」
「あんたには命を救われた恩がある。それに、妻が戦った世界を一度見てみたいと思ったのでな」
 そうして、デスサイズは妖精界への渡航を決めた。今デスサイズがここにいるのも、あの日ビフテキと邂逅した縁あってのものなのである。



 拳凰と幸次郎は、ずっと黙って話を聞いていた。
「……デスサイズさん、とても苦労されてきたんですね」
「別に大したことじゃない。さて、辛気臭い話はここまでにして、そろそろ上がるとするか」
「なあ、デっさん」
 温泉から上がろうとするデスサイズに、拳凰が声をかけた。
「家にはちゃんと帰った方がいいぜ。俺の親父も仕事で海外飛び回っててあんまり家に帰ってこなかったからよ、デっさんの子供の気持ちはわかんだよな」
 そう言われたデスサイズは振り返り、何かに気付いたように拳凰の目を見た。
「そうか、考えておく」


<キャラクター紹介>
名前:マリネ・シリウス
性別:女
年齢:46
身長:159
髪色:群青
星座:山羊座
趣味:舞台鑑賞
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