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第三章 自由行動編
第53話 孤島の少年
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「すまなかったね、盗難品の返却に少々手間取ってしまって」
一仕事終えて、ホーレンソーは噴水広場に戻ってきた。
「カニミソ、こちらでは何も問題はなかったかい?」
「勿論大丈夫だカニ」
「おや、どうかしたのかね?」
梓と智恵理が哀れむような目で見てきたので、ホーレンソーは疑問に思った。
「いいえ、何でもないわ」
「もうお昼カニよ。そろそろご飯にするカニ」
カニミソが広場の時計を見ながら言う。
「そうだね。では三日月君、前に約束した通り、私のお勧めの店に行こうではないか」
「ええ、そうさせてもらおうかしら」
「俺も智恵理にお勧めの店を紹介するカニよ」
「えっ、あ、ありがと……」
そうして二組は別れ、別々の方向へと行った。
智恵理がカニミソに連れてこられたのは、ごくありふれたファーストフード店といった雰囲気の場所であった。
「こ、ここが?」
「そうカニ。ここは俺が子供の頃、初めて一人で王都に来た時に昼食をとった店なんだカニ」
カニミソは店に入ると、店員に軽く挨拶をした。二人は席につき、カニミソは智恵理にメニューを渡す。
「さあ、好きなもの頼んでいいカニよ」
とは言われたものの、全く未知の妖精界料理である。一体どれを頼んでいいやら、智恵理は困惑した。
「えーと……じゃあ、これでいいかな」
とりあえず一番大きく載せられたセットを適当に選んで注文。カニミソは何やら色々注文している様子だった。
「んー! おいしー!」
運ばれてきた料理を食べて、智恵理は舌鼓を撃つ。
「気に入ったカニ?」
「うん! もちろん!」
「それはよかったカニ。俺も初めてこれを食べた時は感動したんだカニよ。子供の頃の俺は高級な物しか食べたことなかったカニから、ずっと憧れてたんだカニ」
「あんたって確か貴族のお坊ちゃんなんだっけ?」
「そうカニ。名門貴族シリウス家の嫡男なんだカニ」
「へー、あんた苗字シリウスっていうんだ。初めて知った」
「妖精騎士は慣例的に苗字を名乗らないようになってるからカニな。妖精界では家の名前を継いでいく貴族だけに苗字があるんだカニ。騎士には貴族も平民もいるカニが、騎士でいる限り身分は同じという意味を籠めて苗字を名乗らないようになってるみたいだカニ」
「ふーん」
「あ、そうだ智恵理。明日俺の実家来ないカニ? 父上と母上に智恵理を紹介したいんだカニ」
「はっ? えっ?」
突然そんなことを言われ、智恵理は取り乱す。慌てるあまり紙コップの中のジュースをこぼしかけた。
「ちょ、ちょっ! 両親に紹介って……まだそういうの早いから!」
智恵理の脳内で、一瞬の内に新婚生活がシミュレートされた。
「父上は魔法少女バトルの度に自分が担当する魔法少女を屋敷に招いてパーティーを開いていたんだカニ。だから俺もそれに倣って、智恵理を招待するんだカニ」
「そ、そう。ふーん」
早とちりした智恵理は、恥ずかしくなって縮こまった。
一方その頃。梓がホーレンソーに連れてこられたのは、いかにもな高級レストランといった場所であった。
「ここが私のお勧めする店だよ。どうだね、素晴らしいだろう」
「ええ、いかにもお貴族様が来そうな店って感じね」
畏まった態度の店員から案内され、ホーレンソーの予約した席につく。
「極上のランチコースを頼んである。堪能したまえ」
「……いただきます」
梓は運ばれてきた料理を口に運ぶ。
「どうだね、お味は?」
「ええ、とてもいいと思うわ」
「それはよかった。ところでさっきから私の顔をずっと見ているようだが……そんなに私が美しいかね?」
「馬鹿なこと言ってるとまたしばくわよ。ただ、貴方の口から訊きたかったのよ。どうして貴方が私だけ特別扱いするのかを」
梓は再びホーレンソーの目を見た。
「その口ぶりだと、既に答えは知っている様子だね」
梓の表情が一瞬変わったのを、ホーレンソーは見逃さない。
「大方カニミソが勝手に話したのだろうな。あいつはいつも善意で余計なことをするからね」
「……鋭いのね」
「まあ、仕事柄ね。それで、どこまで聞いたんだい?」
「彼から話すなと言われているのだけれど……」
「構わないさ。それで私がカニミソに怒るようなことはない。彼がそういう奴だと知った上で友達をやっているのでね。さあ、話したまえ」
ホーレンソーから逆に迫られ、梓は渋々とカニミソから聞いたことを話した。
「ふむ……いかにもその通りだ。君は私の初恋の人に似ている」
ホーレンソーから流し目を送られ、梓は目を逸らした。
「例えば特に、その大きなお尻とかね」
そう発言した直後、アイアンクローがホーレンソーの顔面を掴んだ。
「どうせそんなところだろうと思っていたわ」
「痛いのだよ、離したまえ」
そう言いながらもホーレンソーは少し気持ちよさそうである。梓が手を離すと、ホーレンソーはまた決め顔に戻る。
「聴きたいかね、私の昔話を」
「話したいのなら聴いてあげるわ」
「うむ、だが食事中にはあまりしたくない話なのでな、今はランチに集中して終わってから話すとしよう」
昼食後、二人はレストランのある建物の屋上に来ていた。
「それでは話して差し上げよう。少なくとも楽しい話ではないが、まあ心して聴きたまえ」
ホーレンソーは己の過去を語り始めた。
ホーレンソーの生まれ故郷は、ゾディア大陸東の海に浮かぶ孤島、カロン島である。
かつてこの島は無人島であった。ここを切り開いたのはケフェウス王国の将軍、カンパチ・アルタイルである。
ケフェウス王国がゾディア王国に敗れて併合されるにあたって、カンパチ将軍は元々の領地を取り上げられ、代わりに与えられたのがカロン島であった。
ホーレンソー・アルタイルはその末裔であり、アルタイル家の次男として生を受けた。当時のホーレンソーは領主の息子という立場故に我侭で、他者と接する機会が少ない為に世間知らず。その上家督を継ぐ必要が無い為勉強もせず遊び呆けていた。
弓を手に屋敷近くの森で小さな魔獣を狩ったり、フェアリーフォンのアプリでゲームをしたり、ただただ暇を持て余す日々。こんな孤島には、大した娯楽も無かったのである。
父パンプキンも島暮らしに不満を抱いており、常日頃から「都会に住みたい」と口にしていた。
先祖代々受け継いできた土地は、敗戦国の将軍が押し付けられた地という不名誉なもの。人口は少なく税収も高が知れている。近海の漁獲物や特産品の果実は大陸に出荷してそこそこ売れてはいるが、アルタイル家の者達にとってはつまらない味だとして今や食卓に並ぶことすらない。
こんな場所捨てて都会に行きたいと思うのはやまやまだが、領主としてこの地を守り続けていく義務があってはどうしようもない。
「お前はいいよな、跡取りじゃないんだから。こんな島出てって好きな所に行けるぜ」
兄ペペロンチーノは度々そんな嫌味をホーレンソーに言っていた。
ホーレンソー十二歳の、夏の日のこと。ホーレンソーはいつものように森で魔獣狩りをしていた。
少し疲れたので木陰で休もうとしたところで、事は起こった。
木の上から物音がしたので、ホーレンソーは上を向く。その時、頭上から何かが降ってきた。
大きな尻。ホーレンソーが見たものは大きな尻であった。それが顔面に圧し掛かり、ホーレンソーを地面に押し倒す。
「ふぎゃっ!?」
ホーレンソーを押し潰したものは、甲高い声を上げた。
「だ、大丈夫!?」
慌てて立ち上がり、ホーレンソーの体を揺する。ホーレンソーは何が起こったのかわからず唖然としていたが、はっと気がついた。
「な、何だ君は! 僕が領主の息子だとわかってやったのか!」
ホーレンソーは立ち上がって精一杯の威圧をするが、鼻血を出しているのでどうにも締まらない。
権力を盾に相手を説教してやるつもりだったホーレンソーだが、相手の顔を見た途端、急に胸が高鳴った。
相手はそのホーレンソーと同年代の少女であった。緑色の髪を三つ編みにし、ピンクのレオタードを見に纏う。手には小さな弓を持ち、矢筒を背負っていた。
「ご、ごめんなさい! 急に枝が折れちゃって……」
少女は頭を深々と下げて謝る。
「フン……君も魔獣狩りか? 今この森は僕の貸切になっているはずだが」
「すみません、それは知りませんでした。今日初めて狩りに来たもので……」
「初めてだと?」
「はい、父が遠洋に漁に出てしまったもので。私ももう十二ですから、自分で食べるものは自分で獲ろうと……」
「漁師の娘が森で狩りか?」
「漁師だって魚しか食べないわけじゃないですよ」
「それで勝手を知らない森に来たのか。この僕の貸切だとも知らずに」
「ご、ごめんなさい!」
「挙句の果てにこの僕に、し、尻を……」
急に感触が思い出され、ホーレンソーは頬を赤らめる。
「っ……まあいいさ。僕への無礼とここでの狩りを許そう」
「本当ですか!?」
「君はその容姿に感謝したまえ。許すだけじゃなく……君を僕の妻にしてさしあげよう」
ホーレンソーは少女と目を合わせ、指で少女の顎を軽く持ち上げた。最高の決め顔で相手を見つめ、きざったらしい口説き文句。
少女は何をされているのかわからず、きょとんとした様子だった。
「領主の息子たるこの僕の妻になれるのだ、これほど光栄なことはない」
もう一押しだとばかりに、ホーレンソーは上から目線で畳み掛ける。
「君はとても美しい。下半身は太いが許容範囲だ、安心したまえ」
と、その時。強烈なビンタがホーレンソーの左頬を引っ叩いた。
「へぶっ!?」
かっこつけはどこかに吹っ飛び、情けない声が上がる。
「最っ低!!」
少女は怒りに目を吊り上げる。だが直後相手が領主の息子だったことを思い出し、はっとして逃げるように走り去っていった。
ホーレンソーはぽかんと呆けながら、大きなお尻を揺らして走る後姿を目で追っていた。
結局今日は一匹も獲らずに屋敷に帰った。自室のベッドに寝転がり、彼女のことを思い出す。
都会に行けば可愛い女の子が沢山いると、そう思っていた。だがまさかこの島にあんな可愛い娘がいただなんて。
自分は家柄にも容姿にも恵まれ、誰よりも完璧な存在だと思っていた。だがその自分が振られた。信じ難いことだった。
だがそれはそれとして、叩かれた頬の痛みが妙に気持ちよかった。過去に覚えがない感覚だった。
「ホーレンソー坊ちゃま、夕食のお時間です」
執事のクラッカーが戸を叩いて言う。
「ああ、今行くよ」
ホーレンソーは起き上がり、ダイニングへと移動した。
今日の夕食も、大陸から取り寄せた高給食材をふんだんに使った料理である。
アルタイル家は典型的な田舎の貧乏貴族である。しかし家族皆都会かぶれで見栄っ張りなため、様々な高級品を頻繁に大陸から取り寄せていた。結果財政は常に赤字なのである。
翌日、ホーレンソーは数人の従者を引き連れて村に行った。屋敷周辺から殆ど離れたことのなかったホーレンソーにとって、一般島民の住む村に来たのは初めてのことであった。
領主の息子がこんな所に姿を現したことで、島民達はざわめいた。
「坊ちゃま、例の娘を連れて参りました」
従者の一人が、顔を青くして怯える昨日の少女を連れてきた。
「よし、では下がりたまえ」
ホーレンソーがそう言うと、従者は畏まりホーレンソーの後ろに下がる。
「あっ、あの、ホーレンソー様、昨日は無礼な行いをしてしまい申し訳ありませんでした!」
「構わないさ。そういえば名前を聞いていなかったな。君の名は何という?」
「ライチと申します……」
「そうかライチ、改めて君を迎えに来た。さあ、僕の妻になりたまえ」
衆人環視の中、領主の息子が村娘に求婚。皆の視線が集まった。
「えっと、あの……」
「僕は貴族だ。ルックスもとても良い。断る理由なんて一つとして無いだろう」
ホーレンソーは昨日と同じく上から目線で求婚を迫った。その場にいた島民達に緊張が走る。
「それにこの島を継ぐのは兄上だ。つまり僕は自由。こんなつまらない田舎の島を捨てて都会に出ることだってできるんだ。君だって都会の暮らしに憧れているだろう?」
自分達の住む島を貶されて、島民達の表情が険しくなる。そしてそれは、ライチも例外ではなかった。
「ホーレンソー様は、この島がお嫌いなのですか?」
「こんな何も無い島を好きになる理由がどこにある?」
従者達はばつの悪そうな顔をした。相手が領主の息子だからそれを口に出す者はいないが、明らかに島民達は怒っている。ただでさえ島民からの評判が悪いアルタイル家が尚更に嫌われると、従者達は察した。
「ごめんなさいホーレンソー様。私はこの島が好きです。島を出ていくつもりはありません」
レタスはホーレンソーの目を見て、きっぱりと求婚を断った。
ホーレンソーの心の中で、何かが砕ける音がした。領主の息子として威張り散らしてきた自分が、たかだか村娘に振られた。バキバキにへし折られたプライドが、心の中を傷つける。
「帰りましょう坊ちゃま!」
執事のクラッカーが、泣きそうになるホーレンソーを腕に抱えて持ち上げた。雰囲気の悪いこの場所にこれ以上いてはなるまいと、従者達は慌てて屋敷へと逃げ帰ってゆく。
腕の中で揺られるホーレンソーは、涙で前が見えなかった。
<キャラクター紹介>
名前:須崎蘭
性別:女
学年:中二
身長:158
3サイズ:85-60-85(Cカップ)
髪色:赤茶
髪色(変身後):茶
星座:水瓶座
衣装:バネのアクセサリーを多数付けた王道魔法少女系
武器:無し
魔法:ジャンプ台を作り出す
趣味:ゲーム
一仕事終えて、ホーレンソーは噴水広場に戻ってきた。
「カニミソ、こちらでは何も問題はなかったかい?」
「勿論大丈夫だカニ」
「おや、どうかしたのかね?」
梓と智恵理が哀れむような目で見てきたので、ホーレンソーは疑問に思った。
「いいえ、何でもないわ」
「もうお昼カニよ。そろそろご飯にするカニ」
カニミソが広場の時計を見ながら言う。
「そうだね。では三日月君、前に約束した通り、私のお勧めの店に行こうではないか」
「ええ、そうさせてもらおうかしら」
「俺も智恵理にお勧めの店を紹介するカニよ」
「えっ、あ、ありがと……」
そうして二組は別れ、別々の方向へと行った。
智恵理がカニミソに連れてこられたのは、ごくありふれたファーストフード店といった雰囲気の場所であった。
「こ、ここが?」
「そうカニ。ここは俺が子供の頃、初めて一人で王都に来た時に昼食をとった店なんだカニ」
カニミソは店に入ると、店員に軽く挨拶をした。二人は席につき、カニミソは智恵理にメニューを渡す。
「さあ、好きなもの頼んでいいカニよ」
とは言われたものの、全く未知の妖精界料理である。一体どれを頼んでいいやら、智恵理は困惑した。
「えーと……じゃあ、これでいいかな」
とりあえず一番大きく載せられたセットを適当に選んで注文。カニミソは何やら色々注文している様子だった。
「んー! おいしー!」
運ばれてきた料理を食べて、智恵理は舌鼓を撃つ。
「気に入ったカニ?」
「うん! もちろん!」
「それはよかったカニ。俺も初めてこれを食べた時は感動したんだカニよ。子供の頃の俺は高級な物しか食べたことなかったカニから、ずっと憧れてたんだカニ」
「あんたって確か貴族のお坊ちゃんなんだっけ?」
「そうカニ。名門貴族シリウス家の嫡男なんだカニ」
「へー、あんた苗字シリウスっていうんだ。初めて知った」
「妖精騎士は慣例的に苗字を名乗らないようになってるからカニな。妖精界では家の名前を継いでいく貴族だけに苗字があるんだカニ。騎士には貴族も平民もいるカニが、騎士でいる限り身分は同じという意味を籠めて苗字を名乗らないようになってるみたいだカニ」
「ふーん」
「あ、そうだ智恵理。明日俺の実家来ないカニ? 父上と母上に智恵理を紹介したいんだカニ」
「はっ? えっ?」
突然そんなことを言われ、智恵理は取り乱す。慌てるあまり紙コップの中のジュースをこぼしかけた。
「ちょ、ちょっ! 両親に紹介って……まだそういうの早いから!」
智恵理の脳内で、一瞬の内に新婚生活がシミュレートされた。
「父上は魔法少女バトルの度に自分が担当する魔法少女を屋敷に招いてパーティーを開いていたんだカニ。だから俺もそれに倣って、智恵理を招待するんだカニ」
「そ、そう。ふーん」
早とちりした智恵理は、恥ずかしくなって縮こまった。
一方その頃。梓がホーレンソーに連れてこられたのは、いかにもな高級レストランといった場所であった。
「ここが私のお勧めする店だよ。どうだね、素晴らしいだろう」
「ええ、いかにもお貴族様が来そうな店って感じね」
畏まった態度の店員から案内され、ホーレンソーの予約した席につく。
「極上のランチコースを頼んである。堪能したまえ」
「……いただきます」
梓は運ばれてきた料理を口に運ぶ。
「どうだね、お味は?」
「ええ、とてもいいと思うわ」
「それはよかった。ところでさっきから私の顔をずっと見ているようだが……そんなに私が美しいかね?」
「馬鹿なこと言ってるとまたしばくわよ。ただ、貴方の口から訊きたかったのよ。どうして貴方が私だけ特別扱いするのかを」
梓は再びホーレンソーの目を見た。
「その口ぶりだと、既に答えは知っている様子だね」
梓の表情が一瞬変わったのを、ホーレンソーは見逃さない。
「大方カニミソが勝手に話したのだろうな。あいつはいつも善意で余計なことをするからね」
「……鋭いのね」
「まあ、仕事柄ね。それで、どこまで聞いたんだい?」
「彼から話すなと言われているのだけれど……」
「構わないさ。それで私がカニミソに怒るようなことはない。彼がそういう奴だと知った上で友達をやっているのでね。さあ、話したまえ」
ホーレンソーから逆に迫られ、梓は渋々とカニミソから聞いたことを話した。
「ふむ……いかにもその通りだ。君は私の初恋の人に似ている」
ホーレンソーから流し目を送られ、梓は目を逸らした。
「例えば特に、その大きなお尻とかね」
そう発言した直後、アイアンクローがホーレンソーの顔面を掴んだ。
「どうせそんなところだろうと思っていたわ」
「痛いのだよ、離したまえ」
そう言いながらもホーレンソーは少し気持ちよさそうである。梓が手を離すと、ホーレンソーはまた決め顔に戻る。
「聴きたいかね、私の昔話を」
「話したいのなら聴いてあげるわ」
「うむ、だが食事中にはあまりしたくない話なのでな、今はランチに集中して終わってから話すとしよう」
昼食後、二人はレストランのある建物の屋上に来ていた。
「それでは話して差し上げよう。少なくとも楽しい話ではないが、まあ心して聴きたまえ」
ホーレンソーは己の過去を語り始めた。
ホーレンソーの生まれ故郷は、ゾディア大陸東の海に浮かぶ孤島、カロン島である。
かつてこの島は無人島であった。ここを切り開いたのはケフェウス王国の将軍、カンパチ・アルタイルである。
ケフェウス王国がゾディア王国に敗れて併合されるにあたって、カンパチ将軍は元々の領地を取り上げられ、代わりに与えられたのがカロン島であった。
ホーレンソー・アルタイルはその末裔であり、アルタイル家の次男として生を受けた。当時のホーレンソーは領主の息子という立場故に我侭で、他者と接する機会が少ない為に世間知らず。その上家督を継ぐ必要が無い為勉強もせず遊び呆けていた。
弓を手に屋敷近くの森で小さな魔獣を狩ったり、フェアリーフォンのアプリでゲームをしたり、ただただ暇を持て余す日々。こんな孤島には、大した娯楽も無かったのである。
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兄ペペロンチーノは度々そんな嫌味をホーレンソーに言っていた。
ホーレンソー十二歳の、夏の日のこと。ホーレンソーはいつものように森で魔獣狩りをしていた。
少し疲れたので木陰で休もうとしたところで、事は起こった。
木の上から物音がしたので、ホーレンソーは上を向く。その時、頭上から何かが降ってきた。
大きな尻。ホーレンソーが見たものは大きな尻であった。それが顔面に圧し掛かり、ホーレンソーを地面に押し倒す。
「ふぎゃっ!?」
ホーレンソーを押し潰したものは、甲高い声を上げた。
「だ、大丈夫!?」
慌てて立ち上がり、ホーレンソーの体を揺する。ホーレンソーは何が起こったのかわからず唖然としていたが、はっと気がついた。
「な、何だ君は! 僕が領主の息子だとわかってやったのか!」
ホーレンソーは立ち上がって精一杯の威圧をするが、鼻血を出しているのでどうにも締まらない。
権力を盾に相手を説教してやるつもりだったホーレンソーだが、相手の顔を見た途端、急に胸が高鳴った。
相手はそのホーレンソーと同年代の少女であった。緑色の髪を三つ編みにし、ピンクのレオタードを見に纏う。手には小さな弓を持ち、矢筒を背負っていた。
「ご、ごめんなさい! 急に枝が折れちゃって……」
少女は頭を深々と下げて謝る。
「フン……君も魔獣狩りか? 今この森は僕の貸切になっているはずだが」
「すみません、それは知りませんでした。今日初めて狩りに来たもので……」
「初めてだと?」
「はい、父が遠洋に漁に出てしまったもので。私ももう十二ですから、自分で食べるものは自分で獲ろうと……」
「漁師の娘が森で狩りか?」
「漁師だって魚しか食べないわけじゃないですよ」
「それで勝手を知らない森に来たのか。この僕の貸切だとも知らずに」
「ご、ごめんなさい!」
「挙句の果てにこの僕に、し、尻を……」
急に感触が思い出され、ホーレンソーは頬を赤らめる。
「っ……まあいいさ。僕への無礼とここでの狩りを許そう」
「本当ですか!?」
「君はその容姿に感謝したまえ。許すだけじゃなく……君を僕の妻にしてさしあげよう」
ホーレンソーは少女と目を合わせ、指で少女の顎を軽く持ち上げた。最高の決め顔で相手を見つめ、きざったらしい口説き文句。
少女は何をされているのかわからず、きょとんとした様子だった。
「領主の息子たるこの僕の妻になれるのだ、これほど光栄なことはない」
もう一押しだとばかりに、ホーレンソーは上から目線で畳み掛ける。
「君はとても美しい。下半身は太いが許容範囲だ、安心したまえ」
と、その時。強烈なビンタがホーレンソーの左頬を引っ叩いた。
「へぶっ!?」
かっこつけはどこかに吹っ飛び、情けない声が上がる。
「最っ低!!」
少女は怒りに目を吊り上げる。だが直後相手が領主の息子だったことを思い出し、はっとして逃げるように走り去っていった。
ホーレンソーはぽかんと呆けながら、大きなお尻を揺らして走る後姿を目で追っていた。
結局今日は一匹も獲らずに屋敷に帰った。自室のベッドに寝転がり、彼女のことを思い出す。
都会に行けば可愛い女の子が沢山いると、そう思っていた。だがまさかこの島にあんな可愛い娘がいただなんて。
自分は家柄にも容姿にも恵まれ、誰よりも完璧な存在だと思っていた。だがその自分が振られた。信じ難いことだった。
だがそれはそれとして、叩かれた頬の痛みが妙に気持ちよかった。過去に覚えがない感覚だった。
「ホーレンソー坊ちゃま、夕食のお時間です」
執事のクラッカーが戸を叩いて言う。
「ああ、今行くよ」
ホーレンソーは起き上がり、ダイニングへと移動した。
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領主の息子がこんな所に姿を現したことで、島民達はざわめいた。
「坊ちゃま、例の娘を連れて参りました」
従者の一人が、顔を青くして怯える昨日の少女を連れてきた。
「よし、では下がりたまえ」
ホーレンソーがそう言うと、従者は畏まりホーレンソーの後ろに下がる。
「あっ、あの、ホーレンソー様、昨日は無礼な行いをしてしまい申し訳ありませんでした!」
「構わないさ。そういえば名前を聞いていなかったな。君の名は何という?」
「ライチと申します……」
「そうかライチ、改めて君を迎えに来た。さあ、僕の妻になりたまえ」
衆人環視の中、領主の息子が村娘に求婚。皆の視線が集まった。
「えっと、あの……」
「僕は貴族だ。ルックスもとても良い。断る理由なんて一つとして無いだろう」
ホーレンソーは昨日と同じく上から目線で求婚を迫った。その場にいた島民達に緊張が走る。
「それにこの島を継ぐのは兄上だ。つまり僕は自由。こんなつまらない田舎の島を捨てて都会に出ることだってできるんだ。君だって都会の暮らしに憧れているだろう?」
自分達の住む島を貶されて、島民達の表情が険しくなる。そしてそれは、ライチも例外ではなかった。
「ホーレンソー様は、この島がお嫌いなのですか?」
「こんな何も無い島を好きになる理由がどこにある?」
従者達はばつの悪そうな顔をした。相手が領主の息子だからそれを口に出す者はいないが、明らかに島民達は怒っている。ただでさえ島民からの評判が悪いアルタイル家が尚更に嫌われると、従者達は察した。
「ごめんなさいホーレンソー様。私はこの島が好きです。島を出ていくつもりはありません」
レタスはホーレンソーの目を見て、きっぱりと求婚を断った。
ホーレンソーの心の中で、何かが砕ける音がした。領主の息子として威張り散らしてきた自分が、たかだか村娘に振られた。バキバキにへし折られたプライドが、心の中を傷つける。
「帰りましょう坊ちゃま!」
執事のクラッカーが、泣きそうになるホーレンソーを腕に抱えて持ち上げた。雰囲気の悪いこの場所にこれ以上いてはなるまいと、従者達は慌てて屋敷へと逃げ帰ってゆく。
腕の中で揺られるホーレンソーは、涙で前が見えなかった。
<キャラクター紹介>
名前:須崎蘭
性別:女
学年:中二
身長:158
3サイズ:85-60-85(Cカップ)
髪色:赤茶
髪色(変身後):茶
星座:水瓶座
衣装:バネのアクセサリーを多数付けた王道魔法少女系
武器:無し
魔法:ジャンプ台を作り出す
趣味:ゲーム
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