ヤンキーVS魔法少女

平良野アロウ

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第一章 一次・二次予選編

第19話 拳凰VS梓

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 カニミソがフェアリーフォンを取り戻した日の翌日。智恵理は登校前にカニミソの家を尋ねていた。
「あれ、智恵理じゃないカニ。何か用カニ?」
 玄関の戸を開けたカニミソは、まだ寝起きで髪もセットしていない状態だった。
「お、おはよ……」
 智恵理はそんな姿を可愛いと思いつつ、恥ずかしくて直視できず目を逸らす。
「お、お弁当……作ってきたの」
「??」
 カニミソは頭上に疑問符を浮かべているようにきょとんとした顔をする。何故智恵理が自分に弁当を持ってきたのか、全く理解していない様子だった。
「つ、作りすぎちゃっただけだから! ちゃんと全部食べないと、承知しないんだからね!」
 智恵理は真っ赤になった顔をこれ以上見られたくないと、逃げるように去っていった。
「何だかよくわからないけど、ありがとうカニー」
 そんな智恵理を見送りながら、カニミソは手を振った。

 朝の支度を終えた後、カニミソは智恵理の作った弁当を鞄に入れて職場へ出勤。フェアリーフォンは妖精騎士団人間界拠点に入るための認証キーとしての役割も持っていたため、カニミソはこれまでずっと締め出しを喰らった状態にあった。しかし今日、ようやくそれが解けたことになるのだ。
蟹座キャンサーのカニミソ、本日より職務に復帰致しますカニ!」
 やはり皆忙しく集まりの悪い仲間達の前で、カニミソは元気溌剌に復帰を宣言する。
「おう、まあ精々頑張れや」
 獅子座レオのハンバーグは興味なさげな態度で言った。
「君ならば無事に帰ってくると思っていたのだよ。騎士団で一番弱いくせに、生命力だけは人一倍あるのだからね」
 ホーレンソーは悪口を言っているようで、その表情はどこか嬉しそうだった。
「それはそうとカニミソ、貴方は自分の担当している魔法少女の現状を知っていますか?」
「え?」
 ザルソバの問いに対し、カニミソは何もわかっていない様子で聞き返す。
「蟹座の魔法少女は既に一人しか残っていません。君が仕事を休んでいる間に悉く負けて脱落していきましてね」
「え? え? カニ~~~~っ!?」
 まさかの事実を知らされたカニミソの悲鳴が、部屋内に響き渡った。

 登校した智恵理は、期末試験の成績表が廊下に貼り出されていることに気がついた。自分はギリギリ赤点回避の点数である。
(セ、セーフ!!!)
 期末テストのことをすっかり忘れていた智恵理は不意打ちでショックを受けるところだったが、どうにか最悪の展開は逃れられて安堵した。
「おはよう智恵理、今日は早いわね」
「え? お、おはよう梓!」
 急に梓に声をかけられ、智恵理はドキリとする。智恵理が早起きしたことを梓は珍しがっていたが、まさかその理由が好きな男に弁当を作るためだとは思ってもいなかった。
「梓は凄いなー、平然と上位にいるんだもん」
「別に大したことじゃないわよ。それより智恵理、赤点回避できてるじゃない。おめでとう」
「ありがとー! 梓が教えてくれたお蔭だよー!」
 智恵理は感謝を籠めて梓に抱きついた。
 二人は何となく他の人の点数と順位もざっと見てゆく。智恵理はその中に、拳凰の名前を見つけた。
「げっ、最低寺の奴あんな見た目して結構上!? ああいう奴って脳ミソまで筋肉でできてるもんじゃないわけ?」
 拳凰の順位は上位というほどではないが、金髪ヤンキーのイメージからすれば破格であった。
「まあ、人を見た目で判断しちゃいけないってことよ」
 こいつなら赤点確実だとばかり思っていた智恵理は、自分が勉強でも拳凰に負けたことが納得いかずにふて腐れていた。
「ま、まああいつは今の範囲二回目だし、本当の勝負は次からだし……」
 そもそも拳凰は何でもそつなくこなす天才型である。その上に勉学も鍛錬の内だとして、片手間でトレーニングをしながらも授業は真面目に聞いていた。その結果がこれであった。
 当の拳凰は今日も登校中に不良を一匹片付けた後、何事も無かったかのように無傷で学校に来た。そして成績表には見向きもせず、まっすぐ教室に入ったのである。

 学校が終わって帰宅後拳凰は、自室の机に置いたノートに目を通した。カニミソのフェアリーフォンは本人に返したものの、魔法少女バトルの試合予定は全てノートに書き写していたのである。
(さて、次はどの試合に行くか……)
 会場に入りやすく手頃な試合を探す拳凰だったが、その中に一つ、気になる名前を発見。
(三日月梓……どっかで聞いた名前だな。誰だっけか)
 今日、比較的近い場所で梓の試合がある。興味の無い人の名前を覚えるのが苦手な拳凰は同級生の名前を見てもそこからぱっと顔が出てこなかったが、とりあえず知った名前であることは気付いていた。誰だか気になるところもあるので、とりあえず今日はその試合に行ってみることにしたのである。
 会場は大型公園内にある噴水を中心とした広場である。拳凰が自宅を出て自転車でそこまで辿り着いた時、丁度試合開始十分前であった。その場にいる魔法少女は一人だけ。もう一人はまだ来ていないようである。
「よう、俺は乱入男で知られてる最強寺拳凰だ。俺が魔法少女を倒して回ってることは知ってるよな。早速やろうぜ、俺と勝負だ」
「最強寺君!?」
 乱入男の正体が知り合いであったことに、梓は驚きを隠せない。
「ん、何だ委員長じゃねーか。お前、魔法少女だったのか。三日月梓って……そうか委員長のことだったか」
「どういうこと? 最強寺君が乱入男って……何のために魔法少女と戦ってるの?」
「どいつもこいつも同じ事訊きやがるなーまったく」
 拳凰は自分が魔法少女と戦う理由を、面倒くさがりながらも説明した。
「そう……そんなくだらない理由で……貴方は見た目と違ってまともな人だとばかり思っていたけど、それは私の誤解だったようね。貴方は見た目通り、ただの不良だわ」
 自分勝手すぎる理由を聞いて怒り、拳凰に対する敵意を顕にした梓は弓を構え矢を向ける。
「おっ、やる気だな。だったら話が早いぜ!」
 向かってきた拳凰に、梓は矢を放つ。拳凰は手の甲で矢をいなし梓に接近。しかし梓は拳凰を近づかせまいと、弓に三本の矢を番えて同時に放った。その反動で梓は跳び上がり、空中へ退避。
 初撃を避けられ隙を晒した拳凰が真下に来た時、梓は矢先を増したに向けて射る。拳凰はわざと前のめりに倒れ、受身をとりながら地面を転がって避けた。だがそこに先程梓が撃った三本の光の矢が、噴水、植木、外灯に当たって反射。更にそこから別の物に当たって跳ね返り、まるで吸い込まれるように三本同時に拳凰へと向かってきた。
「うおお!? 何だこいつは!?」
 拳凰は慌てて起き上がり飛び退きざまにかわすも、地面に当たった矢は再び反射。更に別の物がある場所へと飛んでいき、再び拳凰へと迫る。
 朝香への敗北を糧に特訓して編み出した梓の新たな魔法、それが反射する矢であった。相手に当たるまで反射を続け、相手を翻弄する。しかも当然、梓の攻撃はそれ一辺倒ではない。相手がそれに気を取られている内に、本命の矢で確実に仕留めるのだ。
 梓の狙い通り、拳凰は反射する三本の矢を目で追っている。梓はその死角から、拳凰目掛けて矢を放った。
「させるかよ!」
 拳凰は飛んできた矢を掴み、握力でへし折る。そして反射する矢はあえて三本とも受ける。当たった位置からは血が出るが、大した怪我ではない。
「どうした委員長、こんなもんかよ」
「……噂通りの強さね。でも私はもう負けないわ」
 やっとの思いで会得した新戦術も破られ、梓の額に焦りが見えた。
 丁度その時だった。どこからともなく、梓に向けてトランプが飛んできた。梓は素早くそれに気がつき、大きく避ける。
「おっ、新手か?」
 拳凰がトランプの飛んできた方向に目を向けると、そこには梓の対戦相手である魔法少女が立っていた。
 髪は青のショートカット。黒のシルクハットを被り、衣装は上半身は赤のベスト、下半身は黒のレオタードに網タイツとセクシーなマジシャン風となっている。小柄ながらウエストが細くて胸もそこそこあり、脚がすらっと長くてスタイルのよい美少女だ。
「ボクの名前は二宮にのみや夏樹なつき。そっちのメガネの人が対戦相手の三日月梓さんだね。それでそっちのイケメン細マッチョおにーさんは噂の乱入男かな? 丁度いいや、二人纏めて、ボクが倒しちゃうよ!」
 夏樹は自己紹介の後ウインクし、シルクハットを取る。そしてひっくり返した帽子に指先で触れると、帽子の中から無数のトランプが飛び出した。
「やっちゃえ! ボクのトランプ!」
 広範囲に向けて嵐の如く舞い散る無数のトランプ。拳凰は何を思ったか、大きく弧を描いて夏樹の方へと駆け出した。夏樹が振り向く前に、拳凰は夏樹の後ろに回りこみ襟を掴む。
「ちょっ、離せ!」
 そしてそのまま、トランプの中に夏樹を投げ込んだ。
「ふぎゃっ!?」
 自分のトランプ攻撃を逆に浴びてしまう夏樹。更にそこに、夏樹を射抜こうとばかりに放たれた梓の矢が迫る。
「な、ちょ、ふぎゃ~っ!」
 矢の一撃を受けて、夏樹のHPはゼロに。変身解除されバリアに包まれる。
「ボク瞬殺!?」
 梓は更にそこから、拳凰目掛けて矢を放った。拳凰はすかさずそれを避けると、夏樹の入った球形のバリアを持ち上げて梓に投げつけた。
「!?」
 まさかの攻撃法に、梓と夏樹は同時に驚く。予想外の事態に対応しきれなかった梓はバリアを体にぶつけられ、大きく吹き飛んだ。バリアの中にいた夏樹はバリアに衝撃を吸収してもらったためノーダメージである。
「ひえ~っ、もうボク帰る!」
 武器にされてしまった夏樹は涙目になりながらスマートフォンを操作し、自宅へと逃げていった。
「ちょっと! 何てことするのよ!」
「あ? バリアん中入ってれば絶対安全なんだろ? だったら別にいいじゃねーか」
「よくないわよ!」
 あのバリアは破壊できる。それを身をもって知った梓にとって、拳凰の行為は許されるものではなかった。実際には覚醒魔法少女の特殊な魔力でなければ破壊することは不可能なのだが、梓はそのことをホーレンソーから教えられていないため、バリアの強度について誤解していたのである。
 梓はペン回しのように回転させた矢をすぐさま番え、拳凰に向けて放つ。避けようとした拳凰だったが、矢は急に軌道を変え拳凰のTシャツの右袖を射抜いた。拳凰が気付いたのも束の間。矢は尚も進撃を続け、拳凰の体を後ろに引っ張る。そして噴水のオブジェに突き刺さり、拳凰の体をそこに縫い付けた。更にその矢を撃った反動で、梓は結界ギリギリまで下がる。
(相手の動きを封じた上でこれだけ距離をとれれば十分! 彼を倒せるのは、あの技しかない!)
 梓はまっすぐ立ち、綺麗な構えで弓を引く。その時、梓の袴を突き破り九つの尾が力強く生えた。単なる狐耳の巫女さんではない、九尾の妖狐をモデルとした魔法少女。それこそ三日月梓が最強の必殺技を放つ時にだけ現す姿。
 矢の先端には魔力が集中し、白い輝きを放つ。この技はホーレンソーから教わったものでも、自力で編み出したものでもない。梓の基本的な魔法の一つとして、魔法少女になったその時からずっと使えていたものである。これまで梓は試合でこれを使ったことはなかったが、遂にその禁を解く。
 だがしかし、この技には弱点があった。それは溜めに時間がかかりすぎることである。拳凰の動きを封じた上で大きく距離をとったのもそのため。それだけやっておけば十分だと、梓は考えていた。
 しかしそうはいかないのが、最強寺拳凰という男である。気合でTシャツを引きちぎって拘束を解き、梓の方へと突進した。
 徒手空拳で戦う拳凰は、飛び道具を持たない。先程のように近くに落ちている物を拾って投げることはできるが、それは周囲の環境に依存するため確実性が無い。そこで拳凰は、素早く間合いを詰める技術を磨いた。決して拳凰の間合いに入らず遠距離から攻めてくる相手だろうと、己の脚で懐に飛び込んで倒す神業。それこそが拳凰の圧倒的な強さを形作る要素の一つである。
 間に合わない。梓がそう察したのは一瞬だった。次の瞬間、梓は拳凰に殴られていた。その一撃で梓のHPはゼロ、変身解除されバリアに包まれた。
「よっし、俺の勝ちだな」
 拳凰は腕を組んで立ち、梓に向けて勝ち誇る。
「……貴方、本当にただの人間?」
「多分そうだと思うぜ。何でか結界の中には入れるみてーだがな」
「そう……」
 バリアを破壊できる魔法少女。何故か結界の中に入れる普通の人間。不可解なことばかりに直面し、梓の心はもやつく。
「この敗北は忘れないわ。次はもっと強くなって、必ず貴方を倒す」
 そう言い残し、梓は去っていった。その後拳凰も、自転車に乗ってその場を去る。

 一方その頃、今日は試合が無かった智恵理は返却された答案用紙の見直しもせず、家でゴロゴロしていた。
 智恵理の携帯が、メッセージの着信を知らせた。相手は梓である。
『私が間違っていたわ。やっぱり最強寺君は見た目通りただの不良だった』
(……? 梓、最低寺と何かあったのかな? まあ、梓がようやくそれに気付けてよかったけど)
 と、そこで智恵理は家に結界が張られたことに気付いた。
「智恵理ー、弁当箱返しにきたカニー」
 仕事を終えたカニミソが、智恵理の部屋にワープしてきたのだ。休みの間に溜まっていた仕事を必死になって片付けたカニミソは、帰宅する前に智恵理の部屋に立ち寄ったのである。
「すっごく美味しかったカニ。感謝するカニ」
「こ、こちらこそ……」
 恥ずかしくてカニミソと目を合わせられない智恵理は、俯き気味で弁当箱を受け取った。
「もし智恵理さえよければ、これからも毎日弁当を作って欲しいカニ!」
「まっ、毎日!?」
 智恵理の脳内に、ピンク色の妄想が駆け巡った。毎日弁当を作って欲しいとは、それ即ち……
「あ、迷惑だったカニか? 申し訳ないカニ」
「べっ、別に迷惑なんかじゃないから! あんたさえよければ、そのくらいいくらでも……」
「そうカニか? でもせめて材料費は俺が出すカニ。給料も引き出せるようになったし、金なら有り余ってるカニ」
「そ、そう。ありがと……」
 まるで尻尾を振る子犬のようなカニミソの反応が、智恵理は可愛くてたまらなかった。
 だがそこからカニミソは、突然真剣な表情に変わる。
「智恵理……君は俺の希望カニ。君だけが頼りカニ。これからも俺と一緒に頑張って欲しいカニ」
「はっ、はい……」
 智恵理の手を握り、まっすぐに目を見て話すカニミソ。智恵理はその姿に見惚れ、返事の後空気が抜けたようにへたり込んだ。カニミソは再び、いつもの間抜けな表情に戻る。
「いやーよかったカニ。実は蟹座の魔法少女で残ってるの智恵理だけになっちゃって。智恵理が脱落したら父上に会わせる顔がないカニよ」
 軽々しい笑顔で言うカニミソ。それを聞いた智恵理ははっと我に帰り、立ち上がってカニミソを引っ叩いた。
「紛らわしいこと言うなバカ!!!」
 カニミソは何故自分が叩かれたのかわからない、といった表情であった。
 まったく天然とは怖いものだと、智恵理はつくづく思った。
「……それであんた、好きな食べ物ってある? この世界のでだけど」
 怒った後でも、すぐに許す意思を見せる智恵理。これはその程度で冷めるような恋ではなかった。

 自宅に帰った梓は智恵理にメッセージを送った後、いつものように今日の試合の反省をノートに纏めていた。
 すると、そこにホーレンソーが姿を現した。
「今日は残念だったね、三日月君」
「……今日は完全に私の実力不足よ」
 梓は苛立った口調で言う。
「君は最後にあの必殺技を使おうとしていたね。だが溜めが長すぎて間に合わず、結局負けてしまった。私の見解ではあれが決まっていれば君が勝っていただろうが……」
「負けは負けよ。彼を倒す切り札として初めて実戦で使ってはみたけど、結局あの技は実用性皆無だったわ」
「そうかな? 妖精界一の弓の達人であるこの私に言わせてみれば、あれほど恐ろしい弓術もそうそうないと思うがね。今回撃つ前にやられたのは、君があの技を使い慣れてないからだ。相手が弱い一次予選の内から何度も使用していればコツが掴めて溜めの時間も段々と短縮されていっただろうに」
 ホーレンソーはやれやれといった手振りをしながら言った。
「だってあの技……使うと尻尾が生えて破れるじゃない! ……お尻のところが」
「それもまた魔法少女に必要な『可愛さ』なのだよ。まあ、これで君もあと一回負ければ脱落となるわけだ。私としても君には脱落して欲しくないのでね。この先を勝ち抜きたければ、あの技の練習を怠らないことだ」
「ええ、そうね。私だってこのまま負けっぱなしでいるつもりはないわ。雨戸朝香も、最強寺拳凰も、必ずこの手で倒してみせる」
「それでこそ三日月君だよ。その心意気、忘れないでくれたまえ」
 そんなキザな台詞を吐きながら、ホーレンソーは姿を消す。だがその表情にはどこか疲れが見えた。今日も彼は何かを抱え込んでいるのか。何も話してくれないことに苛立ちを感じながらも、梓はホーレンソーを見送った。


<キャラクター紹介>
名前:二宮にのみや夏樹なつき
性別:女
学年:中一
身長:153
3サイズ:76-55-79(Cカップ)
髪色:茶
髪色(変身後):青
星座:乙女座
衣装:マジシャン風
武器:トランプ
魔法:トランプを自在に操る
趣味:マジック
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