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第五章

第155話 脱衣チャンバラ・5

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 今回箱に現れた柄は、フライパンやら箒やらどこかのご家庭から拝借したようなラインナップ。最後の一戦には、いささか相応しくない様相だ。

「うっわー、武器って言いつつこれはなくない?」

 白けた顔でそれを眺めるミランダ。対する聖奈は、真剣な顔で一つ一つを見ながら熟考していた。

(この中で一番武器らしいのは包丁だけど……このゲームで切れ味は意味を成さない。それよりもリーチの短さで不利にしかならない完全な罠。リーチの長さといったら物干し竿だけど、長すぎてかえって扱い辛そう。フォークとかドライバーに至っては論外だし……あ、この電気製品と思わしきものは何だろう。ヘアアイロンとか?)

 聖奈の目に留まったのは、ON/OFFのスイッチが付いた柄である。するとミランダが、目星を付けていたものを奪われまいとしたのか猫がじゃれるような手つきで素早くそれを掴んだ。

「これ、私がもーらい」
(別にいいけど)

 特に惜しいと感じるようなものでもなかったので、聖奈は気にせず。ざっと見回してみて次に目に留まったのは、新聞紙を棒状に丸めてテープで留めたものだ。
 ぱっと見あからさまなハズレ。しかし棒状に丸めた新聞紙といえば、子供が剣に見立ててチャンバラごっこに使う道具だ。もしかしたらこの中で一番、剣術を使うに向いていると言えるかもしれない。

(よし、これで)
「新聞紙? ああ、もう勝つの諦めてるんだ」

 ミランダが煽ってくるが気にしない。
 二人が同時に武器を引き抜くと、聖奈のはごく普通の丸めた新聞紙。実は柄と刃が一致せず強力な武器だったりする可能性を危惧していたミランダは一安心である。
 そしてそのミランダの武器はといえば、柄の先端に振動する球体が付いた所謂ところの電動マッサージ機。当然ながらリーチは非常に短く、一目で不利とわかる武器であった。にも拘らず、ミランダに不満げな様子は全く見られない。

(あれを使って勝つ手段を既に考えている……?)

 聖奈が警戒する中、ミランダは電マのスイッチを入れた。荘厳な剣道場に響き渡る振動音。電マがマッサージ以外でどういう使われ方をするかを知る者にとっては、なかなか異様な光景であった。
 そんな電マの使い道を知らない聖奈は、腕で胸を隠したままただ自分の新聞紙ソードを眺めている。束ねたところで所詮紙は紙。はっきし言って頼りない代物だが、それでも剣術らしい剣術を使えるのはあえてこれを選ぶメリットと言える。

 二人は所定の位置に移動し、それぞれの武器を構える。胸を隠しながら戦って勝てるゲームではないことを聖奈は重々承知していた。恥じらいを耐え忍び胸から腕をどけ、乱れ一つない構えをとる。

「それでは……はじめー!」

 リリムが元気よく合図を出すと、先手を打って攻め込んだのはミランダだ。リーチの差を埋めんとばかりに懐に飛び込んでくるミランダに対し、聖奈は素早くカウンターで新聞紙ソードを打ち込む。
 武器と武器がぶつかり合い、押し合いの形となった。電マの振動が脆い新聞紙に容赦なくダメージを与えていくが、それを握る聖奈の手はびくともしない。武器が紙だったおかげで手まで振動が伝わらないのだ。金属製の剣だったらこうはいかなかっただろう。
 聖奈は姿勢を低くし、新聞紙に力を籠めて電マの位置で折れ曲がらせる。そうして押し合いの体勢から脱すると、折れ曲がった新聞紙ソードをミランダの脇腹目掛けて一閃。瞬間、ミランダは後ろに大きく跳んでリーチの外へ回避した。
 しょうもない武器を持ちながら激しい攻防を繰り広げる二人。しかし男性陣の視線は、専ら二人の裸体に注がれていた。動く度に揺れる胸を見せられれば、戦いなんてとてもとても目に入らなくなる。
 一旦距離を取ったミランダは、何を思ったか電マを持った手を地面につけて前屈みの姿勢となりお尻を上に突き出した。Tバックの下着故に殆ど丸見えになった肛門が、丁度鉄二に見える体勢である。

(これはてっちゃんへのサービス。向こうのおっきいおっぱいばっかじゃなく、もっと私を見てよね)



 ミランダの鉄二への気持ちは、本物であった。
 ルシファーの眼には視えていたのだ。ミランダが一度鉄二と関係を持って以来、他の誰とも体を交えていないことが。

 それはミランダが人間界に来て間もない頃。淫魔学校の教えに倣って人間の男を性的に食って生きていたミランダは、どうにもそれに不満を感じていた。

(あーあ、人間のちんぽって思ってたほど気持ち良くもないなー。領域に連れ込んでも誘惑振り切って逃げられること多いし。もうやんなっちゃう)

 慣れない地での生活と、思うように楽しめないセックス。魔界に帰れるのは半年近く先のことであり、そしていざ逃げ帰っても落ちこぼれの烙印を押される。前途多難な人間界生活が、彼女の精神を蝕んでいた。
 そんなある日のことだった。エクソシストの男――石崎鉄二との出会いが、彼女の運命を変えたのだ。

 鉄二と交戦し追い詰められたミランダのとった行動は、苦し紛れの淫魔領域展開。領域に引きずり込んでさえしまえば相手に自分のルールを押し付けたり、強化された魔力で一方的な戦いができる。それに何より相手が男なら性行為で魔力も補給できるのだ。
 だが相手があまりに強すぎた場合、ルールの押し付けは通用せず力押しで乗り切られてしまう。そればかりか隔絶された空間に二人きりとなり、逃げ場を塞がれ容易く殺されてしまうことになる。言わば諸刃の剣に近い戦法なのだ。
 とはいえ勝算は、あった。鉄二のミランダに対する視線が、異性として魅力的に感じているものであったからだ。鉄二から見てミランダは性欲の対象になり得るものであり、誘惑は成功する可能性が高いと推察したのだ。

 ミランダの読みは当たっていた。領域に引きずり込んで誘惑すれば、鉄二はコロッと落ちた。そればかりか、思わぬ副産物まで得られた。

(こいつのちんぽ……超気持ちいい!!)

 それは人間界に来て以来、最も満足のいくセックスであった。
 更に鉄二は、ミランダが他の人間に手を出さないことを条件に自分がミランダの餌になり続けることを提案してきた。ミランダにとって願ったり叶ったりなことだった。

 それから鉄二とは幾度となく身体を重ねてきた。他のエクソシストから逃げる手伝いもしてもらった。
 そして気付けば、ミランダの中では鉄二に対して特別な感情が芽生えていたのである。
 だが自分は淫魔で鉄二はエクソシスト。本来は決して相容れない関係だ。あくまでも自身の目的のために利用しているのを装って、関係を続けてきたのである。



(これで勝てばカップル成立なんでしょ? だったら勝つしかないじゃない!)

 突き上げたお尻をふりふりして鉄二の視線を誘導しつつ、聖奈を挑発。
 すると聖奈は様子見をする傍ら、新聞紙ソードを持つ手を胸の前に持ってきて申し訳程度に胸を隠した。戦っている時は意識がそちらに集中しているから良くても、一度流れが途切れたら急に恥ずかしくなったのだろう。
 その不自然な構えで脇腹のガードが甘くなったのを、ミランダは見逃さなかった。手を床についた状態から獣のように飛びかかり、脇腹目掛けて電マを振りかざす。
 聖奈はすぐさま、新聞紙ソードでミランダの手首を打った。だが新聞紙ソードは空を切る。脇腹狙いは撒き餌。ミランダは素早く電マを振り上げると本当の狙い――逆に無防備となった聖奈の胸へと突き出した。

「ひぁんっ!!!」

 空気を裂くような上擦った声が、剣道場の天井に響いた。
 電マは聖奈の乳首を的確に捉えていた。触れた瞬間の刺激で聖奈は新聞紙ソードを手放し、何が起こったのかわからないといった表情で瞬きしながら掌で胸を押さえていた。
 そしてその乳首に受けた刺激は、聖奈の意識を下半身から逸らすに至った。ショーツを失ったことに気付かぬまま、背後の義郎にふくよかなお尻を晒していたのである。
 幸運だったのは位置の関係上真正面にミランダがいたことで、それが丁度鉄二に対しての目隠しになっていた。
 そして何を思ったか、ミランダは聖奈に背を向けると紐パンの両サイドを結んだ紐を解いて脱いだ。楕円形の陰毛は髪と同じ青紫色。鉄二にとっては何度も見てきたものである。

「ミラちゃん!? 勝ったのに何で脱いで……」

 鉄二がそう言い終わる前に、ミランダは何を思ったか脱いだ下着を鉄二の顔に投げつけた。
 突然紐パンに視界を奪われた鉄二が困惑したのも束の間、ミランダはダッシュして鉄二に飛びつき押し倒した。

「てっちゃん! 私勝ったよ!」

 ミランダの思いもよらない行動に鉄二以上に驚いたのは聖奈である。

(まさか……私の裸を先輩に見られないように?)

 はっとした聖奈は、右腕を胸に当てたまま左手で股間を隠しミランダと鉄二に背を向けた。すると当然、義郎に対して正面を向くわけである。
 一糸纏わず両腕だけで恥部を隠す聖奈の姿に、義郎は何やら込み上げてくるのを感じた。

(おいおい、エロすぎんだろ)

 思わずそんなことを思ってしまう義郎。
 聖奈はコソコソと移動すると、義郎の横を無言で通り過ぎてパイプ椅子に腰を下ろした。

「あー、その、平沢」

 このまま放っておくわけにもいかず聖奈に歩み寄った義郎であるが、動きは固く表情もぎこちない。見てはいけないと思いつつも、ついつい聖奈の裸体をチラチラと見てしてしまっていた。

「ごめん斑鳩君、勝てなかった」
「ん、まあ、俺にも責任あるしな」
「そ、そんなことないよ! 私が最後に脚を引っ張ったから!」

 義郎の責任を否定しようと、聖奈は両手を広げて振る手ぶりを見せる。
 だがそうすると必然的に、隠していた裸体が露になるのだ。かなり大きめな乳輪は勿論のこと、剛毛気味なのをビキニラインからはみ出ないよう長方形に整えた黒いジャングルも。

「あ」
「ひゃあっ!」
(高校時代からこうだったんだよな……しっかりしてそうに見えて変なとこ迂闊……)

 慌てて隠すも、義郎はしっかりとそれを目に収めていた。

「わ、悪い……しっかり見ちまった」
「あ、う、うん」

 見られた側の聖奈はがっちりガードしているようで、慌てて隠したために乳輪も陰毛も思いっきりはみ出てしまっていた。



 さて、勝った側である鉄二とミランダのペア。
 鉄二を押し倒して馬乗りになったミランダは、目を輝かせて鉄二を見つめていた。

「これで私達、カップルになれるんだよ」
「あ、ああ……俺は一向に構わないんだが……君は本当にいいの? ミラちゃん」

 鉄二が尋ねると、ミランダは煌めく笑顔から一転してどこか悲しげな目をした。

「淫魔の世界では恋をするのを、無能病っていうの。こんな気持ちを抱いた淫魔は病気と見做されて、その気持ちを消し去る治療を受けなきゃいけない。ましてやその相手が人間だなんて、尚更よくないよ」
「だったら……!」
「それでも私は、てっちゃんが好き。ずっとずっとてっちゃんのこと好きだったんだもん! 私もう魔界には帰らない! ずっとこっちでてっちゃんと暮らす!」
「ミラちゃん……」

 それは鉄二にとっても願ったり叶ったりな話だ。出会った頃と違って既にミランダも日本の法律の上で成人しており、歳の差による後ろめたさは無くなった。種族の壁さえどうにかなるなら、いつでもそうしたいと思っていた。

「だけども俺はエクソシストだ。いや、エクソシストだからこそ君を他のエクソシストから護れていた面は確かにある。それがサキュバスと付き合うために正式に組織を、人類を裏切ったら一体どんな報復が待っているか……」


 その時、ルシファーはこの場にあるはずのない気配を感じた。
 剣道場の壁を切り裂く、一筋の刃。その緩やかに曲がった形状は、日本刀だ。
 強引に作り出した裂け目を手で押し広げて姿を現したのは、長い黒髪を後ろで束ねた袴姿の若い男。
 ルシファーと争える域の端正な容姿の持ち主で、力強さの中に愁いを帯びた瞳が奇怪とも言うべき耽美さを放つ。

 リリムはルシファーがいつにない表情をしていることに気付いた。
 ルシファーの魔力が揺らめいている。強い戦意と警戒心。
 それは自分のお株を奪う淫魔領域侵入を目の当たりにしたこともそうだが、彼がかつてルシファーと交戦したこともあるエクソシストであったからに他ならない。

「……これはまた懐かしい奴が出てきたものだ。まさかお前が日本に戻っていたとはな」

 ルシファーが話しかけると、男はルシファーに視線を合わせたまま白銀の刃を納刀した。

「いつか会いたいと思っていたよ。キューピッドのルシファー」

 互いにまだ交戦を始めていないにも拘らず、まるでその場の空気が重く震えるような感覚。最強同士が相対する、一触即発の様相。その場の誰もが、そう感じ取っていたことだろう。
 超弩級の聖なる力に当てられて、リリムは身震いした。まるで絶対的な死そのものを、目の当たりにしたような恐怖感。

「せ、先生!? 何なのあいつ!? 無茶苦茶ヤバそうなんだけど!!?」
「あれは八剱やつるぎ大和やまと。日本最強のエクソシストであり……俺が絶対に勝てないと思ったエクソシストの一人だ」
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