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第四章

第134話 母性サキュバスの裏の顔

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 それは、ルシファーが淫魔保育園に研修に行った日のこと。
 ティターニアを怪しみ彼女の領域に足を踏み入れたルシファーが見たものは、衝撃的な光景であった。

(これは……馬鹿な。こんなことが……)

 淫魔領域の中には、町が存在していた。さほど大きな規模ではないが、確かにそこは淫魔達の住む集落。
 外はもう暗くなっているにも関わらず領域の中は真っ昼間であり、市街地中心部と思わしき場所はとても賑わっている。

 かく言うルシファーも、広大なフィールドを必要とする脱衣ゲームのために領域内に町一つ作ったことはある。
 だがそれとこれとには決定的に違うものがある。この町の住民達は、領域のディテールとして生成された張りぼてなどではない。血と魔力が通った、本物の生きた淫魔なのである。
 一つの領域の中にこれだけの人数。それだけでも目を疑うほどの異常事態なのだが、ルシファーの目にはそれを上回る衝撃が見えていた。

 ルシファーが注目したのは、手を繋いで二人で歩くインキュバスとサキュバスだ。二人とも嬉しそうな笑顔で、頬は仄かにピンクに染まっている。見ているだけでも、二人の幸福感が伝わってくるようであった。
 二人が向かった先は、性行為をするための施設――人間界で言うところのラブホテルだ。こういう施設が街中の目立つ場所に当たり前のように点在しているのを見ると、ここが淫魔の社会であることを顕著に感じさせた。

 さて、この二人の何がそんなに異常なのか。まず、年齢が十六歳であることだ。
 淫魔の子供は通常、インキュヴェリアで大乱交会が行われなければ生まれてこない。そしてそれは毎年行われるものではないため、一つの世代毎に数年差が開くのが当たり前である。
 リリム達十五歳の一つ上の世代は、現在十八歳。十六歳の淫魔が今存在すること自体が、本来はありえないことなのだ。

 これだけでも十分ルシファーを驚かせることだが、まだそれだけでは終わらないのである。
 淫魔なら誰もが持つ、経験人数を視る目の能力。それに表示されたこの二人の経験人数は、いずれも一人だけ。ルシファーだけが持つ性交遍歴を視る能力によれば、いずれも今手を繋いでいる相手とだけしかセックスをしたことがないのである。
 これは淫魔としては、あまりにも異常な事態だ。どんな淫魔も、淫魔学校に進級すればそこで最低限異性の同級生全員と性交を行うのが当たり前だ。既に淫魔学校を卒業しているような歳で、経験人数一人というのはあり得ない。

 そして駄目押しとばかりに更にもう一つ。この二人の魔力はティターニアの眷属二人ほどではないものの、十六歳の淫魔としては異常に高かった。勿論、経験人数一人の淫魔として見たら尚更に異常だ。
 何から何まであり得ない要素が目白押し。いくら史上最強の淫魔といえど、こんなにも不条理なものを見せられては頭がどうにかなりそうになるのも無理はない。

 勿論、この二人だけが異常というわけではない。上空から見下ろした町にいる淫魔達の中には、同様の特徴を持った者がごろごろといる。
 とはいえ全てがそうというわけではなく、魔力か経験人数のいずれか、あるいはその両方が普通の数値の淫魔もいた。
 何にせよこの領域の中に魔力インフレの真相が隠されていると、ルシファーは確信した。

 上空をゆっくりと飛びながら町を観察していると、この町にはあれほど沢山の淫魔がいるにも関わらず、大人の淫魔にとって必要不可欠であるはずの人間の存在が一つも見られないことに気付いた。街中には勿論、住宅の中にもである。ここでは完全に、淫魔同士の性行為だけで魔力の供給が成り立っているのだ。
 それだけではない。他にもインキュヴェリアと異なる光景として、ここには普通に働いている淫魔が沢山いることも目立つ。ニートと奴隷ばかりのインキュヴェリアとは大違いだ。

 ふとルシファーは、町行く淫魔の中にサキュバスの妊婦を見つけた。彼女もまた、経験人数が極端に少なく魔力の高い淫魔である。
 まさかこれはと思ったルシファーはすぐさま翼を翻した。元よりその存在を認知しており気にもなっていた建物へと、急速に飛んでいった。

 それはこの領域内に存在する学校施設である。古来の建築をそのまま利用しているインキュヴェリアの淫魔学校と違って、その様式は近代的だ。
 中を覗いてみれば、予想していたとはいえやはりルシファーを仰天させる光景が見られた。
 多種多様な年齢の、淫魔の子供達。インキュヴェリアでは決してあり得ない光景に、ルシファーは目を見張らせた。

(間違いない。この領域の中で秘密裏に淫魔の繁殖が行われている。だが何のために? これが淫魔族の人口減少対策としてやっていることだとするならば――いや、マラコーダに具体的な対策を講じている様子は見られなかった。これはティターニアがマラコーダの承諾を得ず独断でやっている可能性がある。ましてや原理は不明だが異様に魔力の高い淫魔を量産していることを加味するならば――やはりあの女、きな臭いにも程があるな)

 何も知らずに楽しそうな学校生活を送る子供達を眺めていると、ルシファーは背後から強い魔力が近づいてくるのを感じ取った。
 すぐさま気を張り詰めて戦闘態勢を整えたルシファーは、振り返って対象のインキュバスを視界に収めた。
 黒鉄くろがねのバーガンディ、九十九歳。二十代相応の若い見た目をしているが、かなりの高齢だ。経験人数は二千五百人程度。そして魔力量は、ティターニアと同程度であった。

(これほどの魔力を持った淫魔がもう一人……)

 ちなみに二つ名の由来は自身のペニスの硬さを誇ったもの。そして硬派そうな見た目の癖して赤ちゃんプレイが好きなことが、ルシファーの瞳には映し出されている。

「寝取りのルシファーだな」
「いかにも。さてバーガンディ、こちらもあまり手荒な真似はしたくないのでな。ここが一体何なのか、教えては貰えないか」
「……ティターニアの所に案内しよう」

 バーガンディは一瞬迷う素振りを見せたが、あまり抵抗はせずルシファーに従った。領域内に建てられた庁舎、その一室に案内されたルシファーを出迎えたのは、ほんの数時間前に別れたあのサキュバス。

「よくぞいらっしゃいました。“愛の園”代表を務めるティターニア・フローレンスです」

 保育園での裸エプロン姿から一転、フォーマルなパンツスーツ姿で彼女は現れた。その佇まいからは力強さと気品を感じさせ、保育園での母性溢れる姿とはまた印象が違って見える。スーツの胸部やスラックスの腰部は彼女のボディの豊満さを誇示するように、ぱつぱつに生地が張っていた。丸眼鏡の奥の瞳は、保育園の時と同じく穏やかな笑みを湛えている。
 彼女は二つ名の代わりにフローレンスという姓名を名乗った。本来淫魔族は持たないはずのものである。それを聞いただけで、ここがインキュヴェリアとは全く異なる文化の淫魔社会が築かれている場所であることをルシファーははっきりと認識させられた。

「こちらは夫であるバーガンディ・フローレンス」

 ティターニアにそう紹介されると、バーガンディは無言で礼をした。勿論、インキュヴェリアには夫婦という概念も無い。
 ティターニアとバーガンディに共通するのは、八十年以上もの間一人の相手としか性行為をしていないということだ。勿論、ティターニアはバーガンディと、バーガンディはティターニアと。
 初めルシファーが保育園でティターニアのこの情報を視た時は、驚きのあまり声が出そうになった。

 ルシファーの知る限り、自分の次に高い魔力を持つ淫魔が二人。ルシファーにとって気の抜けない状況だ。

(万が一奴らが襲ってきた場合……俺が負けるとまでは言わんが少なくとも戦いにはなる)

 ルシファーはそんなことを考えた。戦いにはなるとは、いつものようにルシファーが一方的に相手を蹂躙できるわけではない、という意味である。
 ただでさえ強い相手なのもさることながら、最大の問題はこの淫魔領域だ。あまりにも広大すぎる上に、収容されている人数が多すぎる。これでは十八番の領域上書きも簡単には行えない。仮に戦いになった場合、相手のルールでの戦闘を余儀なくされるのだ。

「……これが園長先生の裏の顔というわけか?」

 だがルシファーは決して動じた様子を見せず、冷静さを保っていた。

「それは否定致しません。貴方はこの領域について、説明を希望しているそうですね」
「ああ」

 バーガンディにだけ尋ねたことが、いつの間にかティターニアの耳にも入っている。恐らくはテレパシー等で伝えたのだろう。

「念のために言っておくが、俺はマラコーダの回し者というわけではない。あくまで一個人の意思でこちらに来ている。仮にお前がよからぬ目的のために淫魔を繁殖させ異常に魔力の高い淫魔を作り出しているのだとしても、事と次第によっては黙認するつもりでいる」
「よからぬ目的ですか。貴方はわたくしがこの愛の園の住民達を使って軍隊を作ることを警戒しているのでしょう? でしたらそれは杞憂ですね。異常に増えた魔力は、わたくしの目的を成した結果生じた副産物に過ぎませんので。それを使って彼ら彼女らに戦いをさせるつもりはありませんよ。わたくしはあの子達が平和に暮らすことを望んでいますから」
「では一体何の目的でこの愛の園とやらを運営している?」

 ルシファーが尋ねるとティターニアは一度目をつぶり改めて瞼を開けると、ルシファーと目を合わせた。

「わたくしの目的はただ一つ。愛し合う淫魔達の幸福です」
「愛し合う……無能病のことか? なるほど、大方理解した。無能病を患った淫魔が治療を受けさせられることも奴隷化させることもなく、無能病のまま生きていける社会を作った、という認識で構わないか?」
「……無能病ではありませんよ。それはただの恋であり、愛です。わたくし自身外の世界と二重生活をしている身ですから、それが外の世界では病とされることはよく存じています。ですがここの中では決して病などではなく、間違っても治療されるべきものではない。愛し合うことは、尊ばれるべきものなのです」

 黙って聞いていたルシファーの瞳には、ティターニアの姿がとある女性と重なって見えた。ルシファーに愛の概念を知らしめ、ルシファーの脳を修復不可能なほどに破壊した、あの大島由美に。

「ここでは淫魔達は恋をし、愛し合い、結婚して家族を作り暮らしています。他の魔族や、或いは人間のように。やはり、貴方には理解し得ない世界ですか?」
「……いや、そうでもないさ。お前もなかなか面白いことを考える。それで、それと異常な魔力の高さには一体どういう関係があるんだ?」
「我々にも原理はわかりません。ただ、淫魔同士が愛し合いながら性行為をすると人間とするより優れた魔力を得られるのです。そのおかげでわたくしはこれだけの魔力を得られ、これほどの領域を維持できているのですよ」

 ティターニアはバーガンディに身を寄せ、うっとりと頬を染める。バーガンディも同じ色に染まった頬を人差し指で掻きながら、もう片方の腕をティターニアの腰に回して抱き寄せた。

「あの保育士達もここの住民か?」
「ええ、彼女達は淫魔学校の退学者です。恋をしたために退学となった彼女達を、わたくしが眷属にするという名目でこの愛の園に招待しました。今ではそれぞれ愛し合う相手と結婚し、幸福な暮らしをしています。そして外の世界で暮らした経歴のある彼女達には外の世界の知識もあり、上層部の目を欺くにも都合が良かったので外の世界でのわたくしの仕事を手伝って貰うことにしたのです。先程は魔法で母乳が出るようにしたと説明しましたが、実際は彼女達は出産経験があり自前の母乳なのですよ」

 彼女達もティターニアと同じように、何年も同じ一人の相手としか性行為をしていないことがルシファーには視えていた。その答えがこれなのだ。

「なるほど。先程町を上空から見ていても、生き生きと働く淫魔の姿が沢山見られた。外の世界の眷属淫魔のように奴隷として働かされるわけでなく、多くの人間界帰りのように働くことを拒んで自堕落に生きているわけでもない。ここの社会は外よりよほど健全だと思えるよ」
「嬉しいことを言って下さいますのね。ここにはわたくしや夫のような人間界帰りもいれば、淫魔学校の退学者もいます。そして、この愛の園で生まれ育った子達も。どんな出自の者でも受け入れるのが、この愛の園なのです。一つ提案があるのですが、貴方もこちらで生きることを考えてみては如何ですか?」
「……いや、生憎だが俺は誰も愛せないし、俺に誰かを愛する資格などは無い。申し訳ないがその提案は遠慮させて貰う」
「それは残念です」
「ところでだ、先程お前は住民を戦わせるつもりは無いと言っていたが、その割には随分殺気立った連中がこちらを睨んでいるようだが?」

 ルシファーは当然、姿を隠した兵士達の存在にずっと気付いていた。するとティターニアが何か合図を送ったようで、隠れていた兵士がわらわらと出てきた。皆人間界帰りの平均値を大幅に上回る魔力を有した恐るべき実力者ばかりである。

「彼らは自ら戦うことを望んだ者達です。万が一外の世界にここを知られ、攻め滅ぼされそうになった時の防衛力は必要ですから」

 ティターニアは穏やかな口調で言うが、決して目は笑っていない。

「だが俺には正直に話すのだな」
「貴方の悪名は存じておりますから。貴方がここを調査しながら住民達が育んできた愛を破壊されてはたまりませんもの。正直に話してご理解頂けた方が得だと判断致しました。そしてあわよくば味方に引き込もうという算段でしたが……」
「味方、か。まあ今の所お前のことは信用していいとは思っている。嘘をついている様子も見られないしな。そこでお前に一つ、頼みたいことがあるのだが――」

 ティターニアの話を聞く内にルシファーの中で、一つの考えが明確にビジョンを描いた。
 そして翌日、ルシファーは計画を実行に移すこととなる。自分が受け持った生徒の中で無能病――もとい恋をした可能性のある生徒達に、脱衣ゲームを挑むことによって。
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