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第四章

第128話 始まりの地・淫魔学校

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 それは一年前の四月のことだ。大島由美の一件以来人間と交わることができなくなったルシファーは、魔界の淫魔族居住地インキュヴェリアに戻っていた。
 彼の眼前に聳えるのは、かつて己が生徒として在籍していた学び舎。八百年前から変わらぬ見た目をしたアンティークな建物だ。しかし当時と大きく異なるのは、かつて校舎の横に聳え立っていた巨大なサタン四世像が跡形もなく撤去されていることである。

「いやぁ、まさか貴方ほどの方が教育に携わって下さるとは。これほどの幸運はありませんよ。それにしても、何故また突然に?」

 彼に話しかけるのは当代の淫魔族長、恥辱のマラコーダ。長い髭を蓄えた白髪の老人である。

「いや何、少し自分を見つめ直したくなってね」

 マラコーダに対しては曖昧な物の言い方で誤魔化したが、ルシファーが突然教職に就くことを決めたのには明確な理由がある。
 今からおよそ四百年前、大魔王サタン四世が崩御。魔界の慣わしにより王位継承者は大魔王の実子全員参加の武闘大会で決められることとなり、優勝した三十四女が即位しサタン五世となった。
 歴代大魔王史上最も強固な侵略政策を執り無闇矢鱈と人間界に兵を送り込んでは魔界を疲弊させた四世から一転、五世は人間界・天界への侵攻を打ち切ることを実施。魔族が人間界に渡ることを禁じ、サタン一世の魔界創世当初から代々続く三界を手中に収める野望を完全に終わらせることとしたのである。
 だがそれに際して一つ問題となったのが、淫魔の存在であった。淫魔は普通の魔族と違って食事で栄養を得ることが殆どできず、人間と性行為をしなければ生きてゆくことができないとされているのだ。
 結局五世はやむなく淫魔のみを例外とした。淫魔は現代の魔界で唯一の、人間界に渡ることが許されている種族なのである。

 終戦宣言から四百年、全身凶器のような戦闘種族でさえこの平和の世に順応しているというのに、ただ一種族だけが侵略兵器であり続けている。
 人間から搾取しなければ生きてゆくことのできない淫魔という生物は、存在そのものが悪なのか。断食しながら自問自答を繰り返した果てに、一つの考えに行き着いた。
 己のルーツたる淫魔学校に再び赴き自分を見つめ直しながら、人の味を知らぬ若い淫魔達と接して淫魔という種の未来とあり方を考えるのだ。


「いやぁ、それにしても本当に良かったですよ。前任者が辞めたいと言い出して教師をやる者が誰もいなくなっていた所に、貴方が来てくれたのですから」
「俺が生徒だった頃から、教師のなり手は不足していた。それは今も変わらないのだな。だがそれ以上に問題に思えるのは、生徒数僅か七名という点だが……」
「全く仰る通りで。近年は大乱交会に参加する淫魔も減り、そればかりか大乱交会自体の開催も減っており前々回から前回の間は十年以上も開く始末で。最早人口減少は歯止めがかからない状態でして……」
「それは由々しき事態だな。ただでさえ人間界で死にまくっているというのに。このままでは淫魔は絶滅しかねないぞ」

 そもそも昔から、淫魔の出生率は非常に低いことで知られる。淫魔が主に性行為の相手とする人間との間に子供ができることはないし、淫魔同士でも男女双方が子供を作ることを強く意識しながらする行為でないと妊娠しない。そして人間界帰りとなった淫魔は、基本淫魔同士での性行為を滅多に行わないのである。
 淫魔の繁殖は、公共の催しである大乱交会にて行われる。そこでは人間界から生きて帰った淫魔達が、その優秀な遺伝子を後世に残すために様々な相手と交わり繁殖に励むのだ。
 しかし現代においては、淫魔同士でするくらいならその時間を眷属との行為に使いたい、妊娠出産のために貴重な時間を無駄にしたくない等といった理由から大乱交会への参加を拒む淫魔が激増。インキュヴェリアにおける重大な社会問題と化していた。


(或いは、淫魔はこのまま絶滅すべき種であるという導きか)

 マラコーダの話を聞いたルシファーの中で、そんな考えが頭を過った。

「ですが貴方様が来てくれたからにはもう安心ですな。何せ貴女は世界でただ一人の、サタン四世様の時代から生きている淫魔。あの時代の素晴らしき教えを、世の中舐め腐った現代の若者に説いて下さることに期待しておりますぞ」

 ルシファーはマラコーダのその言葉をまるで聞かなかったかのように、何も返事をせず視線を彼から校舎の方に移した。

 ルシファーの受け持つ七名の生徒達は、いずれも今年度で卒業し人間界に赴く、人間界で言うところの中学三年生に相応する若者達。
 大乱交会の性質上、淫魔の子供達は同じ年に纏まって生まれてくるものなのである。


 マラコーダと別れて校内に入ったルシファー。廊下を進んで教室近くまで来ると、ふとあることに気が付いた。
 半開きになった教室の扉。その最上部には何かが挟まっている。扉を開けて中に入ろうとすれば挟まった物が頭上に落ちてくるという、古典的な悪戯だ。
 新しい教師をからかってやろうとこんなものを仕掛けているのを見た時点で、どんな生徒が在籍しているのかも、前任者が辞めた理由も概ね察せた。マラコーダの言う「世の中舐め腐った現代の若者」という言葉も、そう間違っていなさげに感じる。
 ルシファーはあえて、何も見なかったふりをしてごく自然に扉を開けて教室に足を踏み入れた。当然、仕掛けられたものは頭上に落ちてくる。
 べちゃっと音がして頭頂部に当たったその物体は、何かの液体で濡れていた。しかもその物体――男性器の形を模した器具は、当たると同時にウィンウィンと音を立てて頭上でのたうち回るのだ。

「いえーい! 引っかかったー!」

 途端、教室に響き渡る甲高い声。真っ赤な長い髪をツインテールに結った、褐色の肌をしていて背の低い女子生徒が立ち上がってテンション高く腕を振り上げていた。

「ちなみにそれ、さっきまでボクの中入ってましたー!」

 自分の股間の辺りをちょいちょいと指差しながら、にやついた嘲り顔で煽る件の女子。ルシファーは真顔でそちらを見ると、頭上の物体を落とさないように教壇へと歩いた。
 男性器を模したバイブを長い銀髪の上で震わせながら壇上に立って見下ろすルシファーに、生徒達の視線が集まる。

「なあ、ホントにあれ伝説の“寝取りのルシファー”なのか? あんなしょうもない罠に簡単に引っかかるし。確かに見た目は凄い美形だけどさ、なんかやつれた感じもしてるし……」
「ああ。ルシファーの名を騙る偽物、という可能性も考えられるな」

 ルシファーに疑いを向けるのは、深緑色のショートヘアの女子生徒。それに眼鏡を掛けた薄紫色の髪の男子生徒が相槌を打つ。
 寝取りのルシファーといえば、その名を知らぬ淫魔はいない生ける伝説。容姿も技術も話術も、男として持つべきあらゆる能力で他の男を上回り、男は絶望に、女は快楽に溺れさせて幾多の人間を墜としてきた淫魔の中の淫魔。
 それがどうしたことか、こんな間抜けな姿を晒している。ちょんまげのように頭に乗ったバイブが震える度、付着した液体が美しい銀髪を濡らす姿は一体何の虐めか罰ゲームかと言わんばかりに滑稽で屈辱的だ。その上妙に顔色が悪く、栄養を摂っていなさそうに見える。これでは偽物だと疑いを持たれるのも無理はない。

「では生徒諸君、俺が今日からお前達の担任を務める“寝取りのルシファー”だ。それはさておきまずは君達に自己紹介して貰おう。最初はそこのお前。俺の頭に載ってるこいつを仕掛けたそこの生意気なガキだ」

 ルシファーが指差したのは、件のツインテール。彼女はムフッと悪戯に口元を緩めると、翼を羽ばたかせて机の上に立ちあざとくも可愛らしいポーズをとった。

「ボクはリリム! 同期の中では実技の成績ナンバーワン! チャームポイントは八重歯でー、おっぱいはAAカップ! 身長とおっぱいちっちゃいのがちょっぴりコンプレックスだけど、お尻はそこそこあるんだよ! 太腿にも自信アリ! 好きな体位は騎乗位! 一番得意な前戯はフェラ! どんな男子でもイかせる自信あります! これからよろしくね、せんせ!」

 他の女子が全員巨乳の中で一人だけぺったんこな彼女は、生意気なガキ呼ばわりされても全く動じることなくキャピキャピした声色で自己紹介。
 そしてただでさえ普通に立った状態でも僅かに下着が見えるくらい短いスカートをたくし上げ、幼げな体躯とギャップのある紫レースの色っぽい下着を見せつけた。つい先程までバイブが挿入されていたことを示すように、表面まで染みが付いている。

 彼女はスカートをとびきり短くしているのみならずブレザーにもかなり派手な改造を施しており、かろうじて元は学校指定の制服であったことがわかる程度にまで別物と化している。
 だがそれよりも大きな注目点といえば、ルシファーは彼女の容姿にどこか旧友の面影を感じていたことだ。

(悪戯は困ったものだが、この俺相手に物怖じしない自信と度胸は大したものだ。それにしても……似ているな。まあ、あいつは子供を沢山産んだと言っていたからな。遺伝子の濃い子孫の一人や二人、いたところで不思議じゃない)
「どうどう? ボクのぱんつ! セクシーでしょー!」
「よし次。その左の女子」
「はい」

 リリムのアピールをスルーした上で、ルシファーは次の生徒を指名。その女子は音を立てずにすっと立ち上がり、ピンと背筋を伸ばした良い姿勢でルシファーと目を合わせる。
 長い水色の髪を下ろして白いカチューシャを付け、リリムと違って学校指定の制服をきちんと着こなしているその女子は小首を傾げてニコッと微笑んだ。

「ヒルダと申します。リリムさんの自己紹介に倣うのなら、まず私のチャームポイントはこの声でしょうか」

 自己紹介の通り、その声はとても澄んでおり聞いただけで耳に心地良さを感じさせるものだ。その礼儀正しく上品な立ち振る舞いは、ある種淫魔らしからぬ清廉な雰囲気を感じさせた。だけども、あくまでも彼女はサキュバスなのである。

「相手の耳元で囁くことで気分を高揚させられる、私の一番の武器なんですよ。バストはEカップ。好きな体位は対面座位です。先生、御指導御鞭撻のほど、よろしくお願い致します」

 再びニコッと微笑むと、ヒルダは長いスカートを両手でつまんで上げる。これもリリムに倣う形でルシファーに向けて見せた下着は、沢山のフリルと小さなリボンが付いた上品なものだ。
 見る者を混乱させるが如く清楚と淫らが入り混じった彼女は、ある意味女性の二面性をその身に宿しているとさえ言える。

「別にパンツを見せろとは言っていないのだが……次、その後ろの女子」

 びくっとして立ち上がったのは、ピンクのミディアムヘアーにおっとりタレ目の大人しげな女子生徒。柔らかそうな白いもち肌で、胸や腰回りや太腿の肉付きが良くむっちりした印象を感じさせる。それでいて絞るべき所は適度に絞られており、特別太っているようには感じられない優れたプロポーションだ。

「あっ、あの、えっと……私はメイアですっ……」
「乳はFカップ、だろ」

 おどおどしながら震えた声で名乗るも、その後に言葉が続かなくなる。すると左端後ろの席の、オレンジ色のツンツン髪の男子が勝手に続きを言った。
 もじもじするメイアは二の腕をぴったりと胴体にくっつけており、それにより寄せられた大きな胸がむぎゅっと強調されている。

「ちなみにこいつ、乳もでかいがケツはもっとでかいぜ。好きな体位はバックで、ケツ叩かれながらされるのが好きなんだよな」
「ロ、ロイド君、私の自己紹介……」
「そういやお前得意な前戯ってあったっけ? 無かったよな?」
「あうぅ……」

 ロイドと呼ばれた男子に勝手に紹介されて涙目になるメイアだが、ルシファーの眼に映る情報によればロイドの発言は概ね間違っていない。
 マラコーダから聞いた話によれば、彼女はこの世代の姦通式一回目の犠牲者、即ちこの中で一番の劣等生だそうだ。あの悪習が八百年経った今も続いているという事実に、ルシファーが絶句したのは言うまでもない。

「ほら、お前も先生にパンツ見せてやれよ」
「あぅ」

 メイアはヒルダほどではないが長めのスカートをたくし上げ、白とピンクのシンプルな縞パンを露にした。

「丁度いい、次はそこのべらべら喋ってる男子だ」
「俺っスか。俺はロイド。好きな体位は、バックっスね。激しくガンガン突くのなら誰にも負けねー自信ありますよ。得意な前戯はケツひっぱたくこと。チンコはデカい方っス」

 オレンジのツンツン頭男子は、かったるそうに立ち上がって自己紹介を始める。気が強くて柄が悪い、それでいて気の弱い同級生を玩具にする典型的ないじめっ子気質と見える。人格的な面では、リリムよりも彼の方が件の旧友に近いと言えるかもしれない。

 次に指名されたのは、最初にルシファーを偽物ではないかと疑っていた深緑色のショートヘアの女子。

「うっす。あたしはルーシャ。胸はGカップ。あたしの魅力っていったらやっぱこの胸だなー。あと腹筋。あ、ボタン閉まんないんでいつもブレザーは前開けてまーす」

 彼女はリリム以上にがっつり制服を改造している。丈を短くしたブレザーの前を開け、その下にはシャツ等を着ないで黒のブラジャーと自身の魅力だと豪語する腹筋を露出。
 一名を覗いて巨乳揃いのこのクラスの中でも最もグラマーなプロポーションを惜しげもなく見せつけるように、校内では基本この恰好で過ごしているようだ。

「好きな体位は正常位。得意な前戯は、やっぱパイズリですかねー。あ、今日のパンツはこんな感じです」

 例によって他の女子達と同じようにスカートをたくし上げ、黒のハイレグ紐パンを見せつけた。

 次に自己紹介するのは、ルーシャと一緒にルシファーを疑っていた薄紫色の髪で眼鏡を掛けた男子。

「俺はギルバート。好きな体位とか前戯とか、言う必要あります? そもそも貴方にはそれが視えているはずですが」

 ルシファーの眼は、淫魔の基本能力である経験人数を視る眼を究極まで強化させて、視界に入れただけで相手の様々な情報――とりわけ性的な情報を視ることができるようになっている。当然、ここにいる生徒達のそういった情報もはっきりと視えていた。

「己の情報をあえて秘匿する、それはそれで一つの技だ。俺は一向に構わん。では次」

 最後に残ったのは、ややウェーブのかかった鮮やかな金髪に穏やかな微笑みを湛えた優男。

「僕はジークです。僕が得意なのはクンニと対面座位ですね。キスにも自信あります。相手の女の子に喜んでもらえたらなあって思ってます。先生のことはとても尊敬していて、僕も先生のような素晴らしいインキュバスになることを目指しています」
「よし、皆自己紹介ご苦労。ではこれより」
「はい! 先生!」
「質問か? リリム」
「先生の羽って、なんかボク達のと違って天使みたいですよね!」

 リリムが急に何を言い出すかと思えば、彼女の先祖と思わしきルシファーの旧友を思わせる一言。ルシファーは一息つくと、改まって話し始めた。

「ああ、この翼のことか。別に気にするほどのことじゃない。俺はごく普通の変異体だ。前任者から習っただろうとは思うが、魔族の中には稀に体内の魔力術式に異常が生じた状態で生まれてくる者がおり、そういう者は変異体と呼ばれ他の同種には無い身体的特徴を持つ。例えば諸君らもよく知る大魔王軍大元帥、黄金竜ドゴールは通常の竜族とは異なる黄金の鱗を持つことで知られている。彼はそのおかげでどんな攻撃を受けても傷一つ付かない絶大な守備力を得て、一兵卒から今の地位にまで上り詰めることとなったのだ。同じく俺もこの翼のおかげで、類稀なる魔法の才を得た」
「知ってるー! “寝取りのルシファー”の魔法は凄いって、前の先生や族長も言ってました!」
「ああ、変異体はそのように他者には無い優れた能力として生きる上で有利に働くことも多いが、良いことばかりではない。他者と違うが故に差別や迫害の対象にもなり得るのだ。ましてや俺の場合、魔族の怨敵たる天使に似た特徴を有してしまった。挙句の果てに俺の生まれた時代はまだ魔界が天界と戦争をしていた頃だ。俺は生まれた直後に母親に殺されかけたよ。床に投げ落とされてな」

 先程までざわついていた生徒達が、途端に静かになった。凍り付いた空気の中、ルシファーは話を続ける。

「何、気にすることはない。今の俺にとって、この翼は誇りだ。こうして紋章に刻むくらいにな」

 ルシファーがスラックスの前をはだけると、下腹部には二枚の黒翼を象った紋章が。途端、ルシファーのあまりに色気ある姿を目の当たりにした女子生徒四人の瞳の中にハートマークが宿った。

「おっと、うっかり魅了させちまったか」

 パチンと指を鳴らして魅了を解除すると、生徒達は再びざわつき始める。淫魔としての圧倒的な実力を見せつけられて、もう誰も彼が偽物であることを疑う者はいなかった。
 ルシファーは七人の生徒達を、改めてざっと見た。まだ人の味も、人間界の空気も知らぬ子供達。彼らの目は、まだ希望に満ちている。
 彼らは皆、これから一年後に人間界へと旅立つ。その中で魔界に生きて帰ってくる者は、一人でもいれば良い方だ。
 己が生きるための糧として人間と交わり続け、邪悪な怪物としてエクソシストに狩られて命を散らす。そういう宿命の下に生まれてきた哀れな子供達。もしも淫魔などという存在自体が許されざる種に生まれさえしなければ、きっともっと幸福に生きられたであろう子供達。
 彼らを教え導くことこそが、今のルシファーの務めなのだ。

「では、授業を始めよう」
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