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第四章

第115話 かくして少年は悪魔と化した

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 卒業式を、明日に控えた夜。ルシファーはウルスラの屋敷と同じ手口で、ギガンティスの屋敷に忍び込んだ。
 羽根の探知機で眷属のいる部屋を突き止めると、いよいよここからが計画本番だ。

 眷属の部屋から聞こえた大きな音に気付いたギガンティスが扉を開けると、何やらルシファーが壁にもたれかかって辛そうに片目を閉じ歯を食いしばった表情をしていた。

「貴様……ルシファー!? 何故貴様がここにいる!?」
「いやぁ、はは……人間界に行く前に本物の人間の味を知っておきたかったんですけどね。触ったら紋章バリアが作動して吹っ飛ばされちゃいましたよ」
「ちっ、羽が糞なら性根も腐ってやがる。俺の家に汚い羽根まで撒き散らしやがって。普通の羽ならこんな風に抜けてゴミになることもなかったというのに」

 吹き飛んで壁に当たった衝撃を物語るように、床には抜け落ちた羽根が沢山散らばっていた。
 ――と、いうのはギガンティスの見方。実際にはルシファーは眷属には触れておらず、壁にぶつかったような大きな音を魔法で出した上で壁にもたれ、羽根も自分で翼から抜いて撒き散らしたものだ。
 淫魔の眷属に主人以外が性的な行為をしようとすると作動する紋章バリアについては、当然知っていた。わざわざ自分から怪我をしに行く必要もないので、さもバリアを喰らって吹っ飛んだように見せかけた工作をしたのである。

「この俺の屋敷に忍び込んで眷属を狙おうとは愚かな奴め。紋章バリアは実に痛かったろう。だがこれで終わりだと思うな。ここから更におしおきをしてやる。せっかく明日は卒業式と、人間界行きの晴れ舞台だというのに……原型留めないくらいグチャグチャになった顔で、笑い者にされながら惨めに旅立つといい」

 拳をポキポキと鳴らしながら、ルシファーに近づくギガンティス。彼はルシファーの工作を疑うことなく、まんまと騙されてくれたようだ。
 油断して羽根を一枚踏んづけた瞬間、ルシファーの仕掛けたトラップが作動した。
 撒き散らした羽根は、壁にぶつかったと思わせる演出のためだけのものではない。ギガンティスが羽根と接触したのと同時に一気に魔力を練り上げ、撒き散らした羽根同士を共鳴させて魔力を増幅。突然周囲の景色が変わったことに、ギガンティスは目を丸くしていた。

「これは……淫魔領域だと!? 貴様如きが俺を!? 馬鹿なありえん!!」

 淫魔領域は、淫魔固有の能力にして淫魔最強の切り札。それを展開すれば術者の淫魔は大幅に能力が向上し、更に自分と相手を隔離して周囲の干渉を受けなくできる。そして最も強力なのが、この場においては術者こそがルールだという点だ。即ちここではルシファーの提示した勝負法に、ギガンティスが従わなければならないのである。
 だがそれほど強力な能力にも弱点はある。領域に引き込む相手が強ければ強いほど魔力の消費量も多くなり、本来であればルシファーの魔力ではギガンティスを領域に引き込むことは不可能なのだ。
 だがルシファーは多数の羽根を触媒にして魔力を増幅させる方式を考案し、自分より遥かに強い相手にも淫魔領域を有効にした。これはウルスラと幾度となく練習して完成させたものだ。

 ギガンティスは、何が起こったのかすら解っていなかった。圧倒的強者であるはずの自分が、格下の若い淫魔の領域に引き込まれる等とは考えてもいなかったのだ。ただ狼狽えるばかりの彼に、ルシファーはあえて何も解説はしてやらない。

「さあギガンティス先生、勝負と行こうか」

 黒一面の殺風景な領域内にポンと現れたのは、小さなテーブル。そしてその上には、魔界で種族を問わず広く親しまれているボードゲームが置かれていた。ギガンティスの得意な直接戦闘を封じ、ゲームでの勝負を強要。これこそルシファーがギガンティスに勝つための切り札だ。

「何だ、これは」
「先生授業で仰ってましたよね? 淫魔領域では術者こそがルール。つまりここではこのゲームで勝負してもらう。そして俺が勝った場合、お前には全ての眷属の契約を解いてもらう。そしてお前が勝った場合、俺がお前の眷属になってやる」

 ルシファーから出された思わぬ提案に、ギガンティスはニヤリ。

「ほう……だが生憎俺に男色の趣味は無いのでな。お前は一生ヤることができず、最期はガリガリに痩せ細って飢え死にだ。ハハハ、せっかくだから奴隷として死ぬまでこき使ってやるよ!」
「ルールに合意したと見ていいんだな。ではルールを説明しよう」

 撒いた餌にはいとも簡単に引っかかった。何と愚かな男だろうと思いつつも、彼に勝算があって勝負を買った可能性を考慮し油断はしない。

 このゲームは戦争をモチーフにしたもので、駒を動かして相手の駒を取り合うという、古今東西どんな世界のどんな国にも似たようなものがある代物。ルシファーもたまに遊んでおり、同期の中では一番強いと評判だ。
 事前にウルスラ相手に練習を繰り返して必勝法を掴み、その上で複数のイカサマも用意しておいた。尤もバレた時のリスクを考えるならば実力だけで勝つに越したことはなく、イカサマはギガンティスが想像以上に強かった場合に用いる手段とした。また、ギガンティスがイカサマを使ってきた場合の見抜き方と対処法も完備しておいた。
 そして今回ルシファーは、これに一つルールを追加した。駒を一つ失う度に、着ている衣服が一つ燃えて無くなるのだ。勿論その度に身体にも火が点き火傷を負う。当然、それはルシファー自身リスクを背負うものである。

 それだけ入念な準備の上で行われたこのゲーム。結果は驚くほどルシファーの圧勝であった。元よりギガンティスはこのゲームが上手いという話は聞いたことがなかったし、この手の頭脳戦を得意とする印象も無かった。ルシファーの読み通りでこそあれ、あまりに弱すぎて逆に驚かされたのである。流石にわざと素人を演じて何か仕掛けてくるのを疑ったが、本当に何の変哲もないただの素人であった。
 一つ駒を落とされる度に真っ赤な炎で服を燃やされ、悲鳴を上げるギガンティス。焼け爛れた裸体はみるみるうちに露になっていく。そして自軍の全滅と同時に最後の一枚を燃やされて、あっという間に全裸にされてしまった。

「あーあ、惨めだな。自慢の巨根が真っ黒焦げじゃないか。さて、じゃあ約束通り眷属達の契約を解除してもらうぜ」

 淫魔領域が解け、ルシファーとギガンティスは元の世界に戻ってくる。全裸で黒焦げになった主人の姿に、三人の眷属は言葉を失っていた。
 敗者が受ける罰まで含めて、淫魔領域のルールだ。ギガンティスがどれだけ抵抗しても自身の魔力が勝手に流れ出し、三人の眷属の下腹部から紋章が消えた。
 ギガンティスは元より体を動かすのもままならない状態ではあるが、ルシファーは彼に魔法をかけて体をぴったり固定して動けなくする。それでいて視線だけは、元眷属達の方を向くようにしておいた。
 準備は整えた。ギガンティスの心を折り脳を破壊するのは、いよいよここからだ。

「よーく見てろよ、惨めな敗北者。ギガンティス先生が大事にしてた眷属達を、今から俺が頂いちゃいまーす」



 翌朝、淫魔学校の卒業式。空に渦巻く巨大な人間界へのゲートの下、背後で巨大なサタン四世像に見下ろされながらそれは行われていた。

「突然の出来事ではありますが、ギガンティス先生は体調不良につき欠席となりました。代理として私ウルスラが司会進行を務めさせて頂きます」

 壇上に立つのはウルスラである。
 ギガンティスは、再起不能になった。自分としている時より遥かに気持ち良さそうに喘ぐ三人の眷属を、目を逸らすことも瞬きすることも封じられた上で見せつけられ、自信とプライドは木端微塵に砕け散った。全身の大火傷もさることながら、心に負ったダメージはそれ以上に大きかったのだ。

 卒業式は淡々と進む。退屈していたルシファーは、隣で真剣に来賓の話を聞いていたリリスに声をかけた。

「残念だったなリリス、最後までお前が俺に勝つことは無かった」
「そう。別に関係ないわ」

 大変素っ気ない返事。終ぞ、リリスのルシファーへの興味が戻ることはなかった。

「ここでの勝敗なんてどうでもいい。私はただ大魔王サタン四世陛下のため人間界侵攻に尽力するのみよ」
「大魔王のため、ねぇ……」

 ルシファーの私語が耳に入ったのか、ウルスラはそちらに目を向ける。

「ではここで卒業生代表、ルシファー」

 名を呼ばれたルシファーは、無言で立ち上がる。来賓席からは幼年学校の卒業式と同じくざわつく声が聞こえるが、あの時とは違いルシファーの大変優れた実力を讃える声が目立った。だけどもルシファーは、同じ淫魔が三年前には自分を誹っていたことを決して忘れていない。
 壇上に立ってスピーチをすることになったルシファーの正面に見えるのは、こちらを見下ろす偉大な王の巨像。そしてルシファーが幾度となくサボりや昼寝に使っていた場所でもある。
 ふと、ルシファーの脳裏に思い立ったことがある。ルシファーが他の生徒より数年早く童貞を卒業し大きく魔力が向上した時は、それを隠すためせっかくの力を振るわないよう気を遣っていた。
 そして先日、歴史を繰り返すように他の生徒より数日早く人間と交わり、淫魔との行為では得られない強大な魔力を得たルシファー。せっかく得た力なのだ、どうせならば試してみたくなった。

 ルシファーは背中の翼から羽根を一枚抜き取り、顔の前に持ってくる。そして練り上げた魔力で羽根の先端に火を灯した。
 変化はすぐに解った。これまでの赤い炎より遥かに高温の蒼い炎が、高圧縮された小さな火の玉になってごうごうと燃えているのだ。
 かつては羽根に火を点ければ勢いよく燃え上がっていたが、ウルスラから教わって自在に制御できるようになった。これだけ威力の上がった炎魔法でもそれが問題なく通用する辺り、この制御法の優秀さが窺える。

 これからルシファーがやろうとしていることを正しく理解できた者は、この場に誰一人としてなかった。それこそ、魔法を教えたウルスラでさえも。それほどあり得ないことを、ルシファーはやろうとしている。
 目線を上げたルシファーの見据える先は、大魔王像の頭部。腕を振りかぶって狙いを定め、ナイフ投げの要領で羽根を投射。大魔王像の眉間を見事射抜くと、圧縮された魔力を一気に解放。不気味な程に蒼い爆炎が、大魔王像の首から上を木端微塵に吹き飛ばした。
 誰もが唖然として振り返る中、ルシファーは高笑い。一同は再びルシファーに顔を向ける。

「ハハハハハ! 大魔王のため? くだらねえ! 俺は俺だけのために、人間界で好き勝手に生きてやるぜ!!」

 三年前の恐怖を再演するが如き、大胆不敵なその姿。大きく広げた翼は、色こそ魔族らしい黒だが形状は魔族の宿敵のそれに酷似している。まるでこの地に天使が舞い降りたと錯覚させるが如き、悪夢のような光景だ。
 魔界への決別を告げたルシファーは大きく羽ばたいて上空へと舞い上がると、大空に渦巻くゲートへと加速しながら飛び込んだ。

 やがて彼は史上最強の淫魔“寝取りのルシファー”として、幾百年に渡ってその名を轟かせることとなる。
 彼が本当の挫折を味わうのは、これから八百年以上も先のことである。
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