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第四章

第114話 二つの目覚め

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 卒業を二か月後に控えた頃。生徒達は、いよいよ人間界に行くための本格的な準備を始めていた。
 そして本日、人間界に向かう淫魔にとって重要なある物を決定する。それは淫魔の下腹部に刻まれている、淫魔の紋章である。

「いいか諸君、紋章はその淫魔を識別するものであり、その淫魔を象徴するものだ」

 そう言ってギガンティスはズボンを少し下ろして下腹部を露出し、自らの紋章を生徒達に見せた。

「そしてある程度実力をつけ高い魔力を得た淫魔は、この紋章を人間に刻み眷属とすることができる。眷属とは言わば自分専用の食糧だ。このようにな!」

 ギガンティスは、事ある毎に授業で使う資料という名目で自分と眷属達のハメ撮り写真を生徒に配って見せびらかす。今回の資料も三人の眷属達との楽しげなハーレムプレイの様子を写しており、眷属達の下腹部に刻まれたギガンティスの紋章がよく見える構図となっていた。一応、授業で使う資料であることはちゃんと意識して撮っていることが窺える。

 眷属を作れるようになることは、淫魔の成長における一つの目標地点である。いついかなる時でもセックスできる眷属を得ることによって魔力供給は安定し、淫魔はより力を増してゆくのだ。尤も、多くの淫魔はそうなる前にエクソシストや天使に狩られ命を落とすわけであるが。

「では諸君、紋章のデザインは事前に考えてきていると思うが、こちらの魔法紙にそれを描きたまえ。前にも言ったが、自分の紋章は一度決めたら変更できず一生付き合うものだ。ふざけて描けば後悔するのは自分自身だからな。眷属に屈辱感を与えようとわざとダサい紋章にした奴もたまにいるが、その場合眷属を作れるようになるまで恥ずかしいのは自分自身だということを忘れるな」
「それってギガンティス先生のことです?」

 小粋なジョークを飛ばしたら自分の紋章を貶されて、ギガンティスはその声の方向にぎょろりと睨みを効かす。

「教師に喧嘩を売るのは頂けないなルシファー。また顔面潰されたいか?」

 冷静を装いながらそう言ってルシファーに近づくと、既に魔法紙に描き終えていたルシファーの紋章が目に入った。ギガンティスは始め驚いた顔をしていたが、すぐ不敵な笑みに変わる。

「ああなるほど、お前自身がそういう紋章を描いてしまったから、それが悔しくて俺に反発するのだな。それにしても……フフ、自らの恥を紋章に刻むとはね。まあ、お前を象徴する物という点では間違っていまい。その汚らわしい羽は、紛れもなくお前という汚物の象徴だよ」

 ルシファーの描いた紋章は、自らの翼――天使のそれに似た形状をした二枚の黒翼をモチーフにしたもの。ギガンティスは勿論のこと、他の生徒達からしてみても何故こんなものをと感じたことだろう。
 ルシファーは決して、自虐的な意図を籠めてこの紋章を描いたわけではない。だが彼の真意に気付いた者は、ここには誰一人としていなかった。



 その翌日。ルシファーは一人寮を抜け出し、漆黒の翼を羽ばたかせある場所に向かっていた。
 とある淫魔の屋敷。当然その扉には鍵がかかっているわけだが、ルシファーは平然と侵入を試みようとする。
 翼から羽根を一枚抜き取りその先端を鍵穴に差し込むと、羽根はうねうねと波打ちながら変形し鍵穴に吸い込まれていった。カチャ、と音が鳴り見事解錠に成功すると、鍵開けに使った羽根は跡形もなく消滅する。正面から堂々と、ルシファーは屋敷へ足を踏み入れた。

 忍び足で屋敷を進むルシファーの右手は掌を上に向けた形で、その上に羽根が一枚載せられていた。羽根は掌から少し浮いており、方位磁針のように常に先端が一方向を指し示している。そして先端は少し下に傾いてもいる。ルシファーの探す目当てのものは羽根の指し示す方向の、それも地下にあるということだ。
 下り階段を探し当てたルシファーはそこから地下室へと向かい、屋敷に入った時と同じように地下室の鍵を開け侵入した。

「こんばんは、ウルスラ先生」

 地下室にいた目当ての人物に、ルシファーは早速声をかける。
 魔力灯の薄明りに照らされた中で素っ裸になって五人の少年達とベッドで戯れていたウルスラは、突然現れた思わぬ来訪者に動揺して目を泳がせる。

「ルシファー君!?」
「これが……本物の人間ですか」

 ウルスラ邸の地下にあるその部屋は、彼女が眷属の人間達を飼っている部屋。そして彼らと戯れ交わる部屋でもある。
 眷属の男の子達はいずれも本来はれっきとした大人であるのだが、ウルスラの魔法により子供の姿にさせられているのだ。
 話には聞いていたしルシファー自身彼女の性癖を自分の目的のために利用していたが、いざ実物を見てみると想像以上に嫌悪感が湧いた。

(本当に悪趣味な女だ)
「どうして貴方がここに……この時間帯は寮から出ることは禁止されているはずよ!」
「寮の鍵もこの屋敷の鍵も、俺の魔法で開けました」

 ルシファーは背中の黒翼から羽根を一枚抜き取ると、魔力を送ってそれを鍵の形に変形させた。

「貴方、領域外で魔法を!?」
「ええ。この羽根、魔法の触媒になるんですよ。そのおかげで領域の中でなくても俺は十分に魔法が使えます。今やこの翼は、僕の誇りですよ」

 ルシファーはそう言うと少しズボンをはだけ、下腹部を露出する。そこには今日刻まれたばかりの、二枚の黒翼を象った紋章があった。ウルスラは信じられないといった表情。

「貴方……本当にその紋章にしたの!? 虐められて無理矢理そうさせられたのでは……」
「いやだなぁ先生。もう昔の俺とは違うんですよ。俺は感謝してるんです。俺に魔法の才を授けてくれたこの翼に」



 ルシファーがそれに気付いたのは、ほんの些細なきっかけだった。
 いつもの場所――大魔王像の頭上でサボっていた時のこと。実現可能な復讐計画の目途が立たないまま卒業の日が刻一刻と近づき焦っていたルシファーは、昔リリスにやられていたように自分の羽根を毟っていた。無意味で無価値な自傷行為であることはわかっていつつも、何か苛立ちを解消させてくれる手段を求めてそんなことを始めていたのだ。
 毟り取った自分の羽根を見つめながら、ルシファーはぼそっと呟く。

「……燃えろ」

 手にした羽根に魔法で火を点け、燃やす。これもナイーブな感情が引き起こした無意味な行動であったが、それがよもやあんな結果をもたらすとは予想だにしていなかった。
 ルシファーの指先で、羽根は真っ赤な火柱を立ち昇らせて激しく燃え上がったのだ。
 ぎょっとして辺りを見回すルシファー。こんな場所でサボっている不敬な行為がバレれば一大事だ。幸いにもこれを誰かに見られた様子はなく一安心。

 初めルシファーは、この羽根が燃料としての性能を持っていると考えた。だが炎以外の魔法をかけてみて、真相に気が付いた。
 炎に限らず様々な魔法がこの羽根を通して強化される。伸びろと念じれば伸び縮めと念じれば縮み、様々な形に変形可能。魔力を乗せて手放せば自由自在に操り空中を舞わせることができる。この羽根は魔法の触媒として使えるのだ。
 そこからルシファーは羽根を使って様々な魔法を試した末、あることを思い付いたのである。



「そういうわけでウルスラ先生、俺に魔法を教えて頂けませんか? 学校では習わない、領域外での魔法の使い方を」
「……こんなに大きくなったのに、性根の部分は変わらないのね。あの頃から」

 不安げに見てくる眷属達に目配せしたウルスラはすっと立ち上がると、その裸体に独りでに服が纏われていった。こんな魔法を使いたいと早くもルシファーに思わせる神業だ。

「ええ、教えてあげる。貴方のその魔法の才、腐らせておくには惜しいわ。では場所を変えましょう」
「ここで構いませんよ。どうせならギャラリーがいた方が面白いですし。それに、本物の人間をもう少し見ていたいですし」

 ルシファーが眷属達に視線を向けると、怯えたような顔をしている者もいれば眉を吊り上げている者もいる。感情や程度はそれぞれ違えど、五人全員がルシファーを快く思っていないのは確かなようだ。

「……そうね、貴方も近い内に人間界に行くことになるんだもの。人間に興味を持つのも当然よね。私の可愛い眷属達にも、魔法のレッスンを見せてあげましょうか」


 そうして始まった、新たな特別授業。眷属達が見ているためか、ショーのような形式で楽しくレッスン。様々な魔法を解りやすく教えてくれるウルスラに、ルシファーは復讐を忘れるほど知識欲を刺激されていった。
 他の教師の指導を久々に受けてみて改めて思う、ギガンティスの稚拙さ。授業の楽しさも解りやすさも段違いだ。男の趣味という明確な欠点を差し引いても、ウルスラが実に優れた淫魔であり優れた教育者であることを窺わせた。

 授業中視線を感じたルシファーが一瞬そちらを向けば、ウルスラと仲良さそうなルシファーを妬む眷属達の恨めしそうな視線。ルシファーはウルスラに気付かれる前に、すぐ視線を壁掛けの時計に移す。

「先生、もうこんな時間ですよ」
「いつの間にか随分遅い時間になっていたのね。ルシファー君、そろそろ寮に帰りなさい」
「ええ、でもその前に……」

 ルシファーはウルスラの顎に指先を当てて少し顔を上に向かせ、自身と見つめ合わせる。

「魔法を沢山使って消費した魔力、回復させて下さいよ」
「あら、寮に戻れば誰だって貴方の相手をしてくれるでしょう?」
「最近同期の相手が退屈なんですよ。あれじゃ自分にとって何の研鑽にもなりやしない。先生前に臨時で性交実習来てた時、俺のこと避けてたでしょ。俺、先生としたかったんですよ?」

 気付かぬ間に少しずつ後退させられていたウルスラは、いつの間にか壁際に追い詰められていた。ルシファーは掌を壁に突き、逃げ場を塞いで迫る。

「それともこんなに大きく育った俺はもう先生の好みじゃありませんか?」

 本人の言葉通り、ルシファーの背丈の成長は著しかった。ウルスラ自身女性としては、ましてや現代より平均身長の低いこの時代としては背が高めである。だがルシファーはそれをゆうに見下ろして、ウルスラでさえ嫉妬するほど美しい顔で威圧感を出してくる。

「随分と誘惑が上手くなったじゃない。これなら人間界での活躍にも期待できるわね」

 だがそれでも、ウルスラは冷静さを崩さない。この程度魔法で簡単に抜け出せる。そう思った矢先、ウルスラの鼻腔をくすぐる心地よい香りが。

「これは……紫陽花の香り?」
「先生愛用の香水を魔法で再現してみました」
「ムード作りの技能も満点よ。でも……」

 先程ウルスラから教わったばかりの魔法を早速活用するルシファーを褒めつつも、やはりまだ抜け出せるつもりのウルスラ。だが急に身体の力が抜ける感覚がして、ルシファーの仕掛けた二段構えに気が付いた。

「っ……貴方これはまさか……」

 鼓動が早まり身体が火照り、子宮の辺りがキュンと窄まる感覚。

「香りに媚薬効果を混ぜてみました。自力で誘惑できなかった敗北宣言みたいなものなので、媚薬ってあまり好きじゃないんですけどね。まあ格上相手じゃ手段を選んではいられないんで」
「……教えたこと以上のことをすぐに応用できるだなんて……貴方の才能は私が思っていた以上だわ」

 空気がぴりぴり震える。一瞬ウルスラの魔力が膨れ上がるのをルシファーは感じた。その場を漂う紫陽花の香りが一瞬にして消え、頬を染めながらも堪えていたウルスラの表情は和らぐ。己の魔力でルシファーの魔力を打ち消し、一瞬にして解呪したのだ。
 切り札を破られたことに動揺は見せつつも次の手段は既に用意していたルシファーは身構えるが、それに反してウルスラは自ら服をはだけさせ思わず吸い付きたくなるほどの豊かな胸を露にする。

「今回は特別にご褒美として、貴方の相手をしてあげる。さあ、いらっしゃい」
「やれやれ……まだ先生には敵いませんか。本当、人間界帰りの大人って底知れないものですね」
「貴方ならすぐにそうなれるわよ。一度でも人間とすれば、その魔力は格段に跳ね上がるわ。沢山の人間とすれば、より強くなっていく……」

 ウルスラはルシファーをそっと抱擁し、柔らかい胸を押し当てた。くすくすと妖艶に笑い、今度はこちらがルシファーを誘惑する番。十五歳の瑞々しい身体を、心行くままに愛でてゆくのだ。


 二人の勝負は、一進一退で展開されていった。こちらの技術もウルスラの想像を絶するほどに上達していたルシファーに、百戦錬磨の自分でさえ本気を出さねば主導権を持っていかれると感じさせられた。
 先程まで魔法の授業をしていた場でそのまま立った状態で行為に及ぶ二人。ふと、ウルスラの視線は偶然ベッドに向いた。
 彼女は忘れていた。ルシファーに意識を集中するあまり、そのことを頭から抜け落とさせられていた。ウルスラの頭の片隅にそれが思い出された瞬間に、ルシファーはしめたと思い仕掛けを作動させた。
 ウルスラを誘惑している最中に、ルシファーはウルスラの意識をこちらに向けながら密かにある魔法を使っていた。それはベッドにいるウルスラの眷属達を、ウルスラが認識できなくなる幻覚魔法。そしてウルスラがそれに気付いた瞬間に、ルシファーはその魔法を解いたのだ。
 ベッドの上では、こちらを見つめながら放心した様子の眷属達。瞬間ウルスラが意識をそちらに持っていかれ行為への集中力が途切れたら、そこからはもうルシファーの独壇場だった。

 たとえ誘惑に失敗した上で自身の敗北という形で始めるのであっても、この場で行為に及ぶことになった時点でルシファーはこのゲームに勝利していた。
 ルシファーがウルスラを訪ねた理由は二つある。一つは魔法を教わること。そしてもう一つが、復讐計画に向けて試してみたかったことの実験だ。そのためにはこの場で、ウルスラの眷属達が見ている前で行為に及ぶ必要があった。
 今回はたまたま最初からウルスラがここにいたが、もしそうでなかったら「人間界に行く前に本物の人間を見たい」と言ってここに案内してもらうつもりだった。

 魔法の才を自覚した時、ルシファーは急に頭の冴える感覚を覚えた。そしてギガンティスを懲らしめる手段を、急速に閃いたのである。
 ルシファーはギガンティスの授業を心底くだらないと思っていた。だが彼の言葉の中にも、ルシファーの心に響くものはあった。
 敵の大切にしているものを破壊しろ。彼はそう言ったのだ。

 敬愛する女主人が、弱冠十五歳の少年に屈服させられ激しく乱れる姿を見せられた眷属達の顔は、絶望に歪んでいた。
 その絶望の表情が、ルシファーには大変甘美なものに見えたのだ。あの男のこんな表情が見たいと、心から湧き立った。
 ウルスラがうら若き少年と行為に及ぶ趣味に目覚めたことに、どんなきっかけがあったかは定かではない。だがその時はきっと、今の自分のような高揚感に満ち溢れていたに違いないとルシファーは思った。

 ルシファーの二つの目覚め。一つは才能に。一つは性癖に。
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