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第四章
第113話 恋という名の病
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ルシファーとリリスの大魔王像頭上での一件から、一ヶ月。本日は定期的に行われる性行為の実技試験の日である。
これは無作為に選ばれた男女のペアに性交させてその技術を採点するシステム。どちらが先に相手をイかせるかという勝負の性質も強い。
授業はサボりがちなルシファーも、試験だけは真面目に出席している。今日も相手の女子を一方的に攻め続け、圧倒的な実力差を見せつけて勝利していた。
どの女子とも体の相性が良く、大体どんなプレイにも対応できる。相手によって攻め方を変え的確に悦ばせたり性感帯を突いたりしていく、変幻自在のテクニックこそルシファーの最大の持ち味。
ギガンティスはルシファーを褒めることを拒むようにあえてそちらには何も感想を言わず、他の生徒達を淡々と採点していた。
するとあるペアの前で、ギガンティスは手を止める。
「おい、どうしたリリス。優等生の貴様が何だそのやる気の無さは」
自分からはあまり動かず声も出さず、気だるそうにいい加減なセックスしているリリス。現代の人間界の言葉で言うところの、マグロである。ペアを組んだ男子も、困惑した様子であった。
本来リリスは同期の中ではルシファーに次ぐテクニシャンで、他の生徒達を大きく引き離す実力の持ち主。それが最近はずっとこんな様子で、すっかりやる気を無くしているのである。
それを見てルシファーは理解不能と言わんばかりに首を傾げる。
(おかしい、今朝俺とした時はこんなではなかった)
今朝もリリスは男子寮のルシファーの部屋に押しかけてきて勝負を挑んできた。その際には今と正反対に、自ら積極的に腰を振り激しく乱れていたのである。
勿論それはルシファーの優れた技術あってのものであることは重々承知している。だが以前のリリスであれば、誰が相手であってもそのような対応を程度の差こそあれちゃんとしていたのだ。
勉強熱心で努力家なリリスのことである、ルシファー以外の男子に対してこういう態度をとるのは、何かしら試したいことがあってのものだとばかり思っていた。だが試験においてさえそれを続けるというのは明らかに異常だし、その理由が解せない。
リリスのやる気の無さに苛立ったギガンティスは、リリスとペアを組む男子を強引に退けると自らズボンを下ろして性器を取り出した。
「ええいどけ、腑抜けたセックスをする女子には俺が直々に指導してやる!」
巨大な竿を即座に挿入しては打ち付けるように強く腰を振るギガンティスだったが、リリスの塩対応は変わらず。そればかりか、不快感を露にするような表情をリリスはギガンティスに向けていた。
「おい、ふざけるのも大概にしろ! 授業で習っただろ! こういう時はな……」
そこまで言って、ギガンティスはふと何かに気付いたのか口を噤む。
「ちっ……痛い目を見ないとわからないようだな!」
とうとう逆上して、挿入した状態のまま拳を振り上げる。それを見るや、ルシファーは駆け出してリリスを抱えギガンティスから引き離した。瞬間、ルシファーの顔面を抉る鉄拳。吹っ飛んだルシファーは翼の角度を傾けて空気の流れを作り、飛んでいくベクトルを調整。行き先が安全だと判断すると翼を下に向けて柔らかい羽毛をクッションにしながら、床を引きずって着地した。ぎゅっと抱きしめたリリスは無傷である。
「ル、ルシファー!? あんた何で……」
「俺が一番あいつに殴られ慣れてる。ダメージを最小限に抑える受け身の取り方も熟知してるし、何より体が頑丈だ」
ぽーっと顔を熱くしているリリスを床に寝かせて、殴られた頬をさすりながらギガンティスと対峙。頬を腫らしながらもなお圧倒的な美しさを保つ顔が精悍な目つきで睨みを効かせると、ギガンティスは一瞬怯んだ。
「ギガンティス先生、先程先生が言おうとしてやめたことを代わりに俺が言って差し上げましょうか。こういう時は感じてなくても感じてるふりをしろ。違いますか?」
図星を突かれたギガンティスはぎょっと目を見開き、ますます動揺。
淫魔は人間との性行為では、相手に与えた快楽が大きいほど得られる魔力も増加するという特性を持つ。こちら側も気持ち良さそうに振舞うことは相手の気持ちを高揚させ快楽を増すことに繋がる、とりわけサキュバスにとっては非常に重要なテクニックだ。
この状況でリリスにそれを指導するのは、教師として然るべきこと。だがこの状況でリリスにそれを指導するのは、ギガンティスにとって自分のセックスが気持ち良くないと認めているのと同義なのだ。生徒達の前で自身のプライドを傷付けるようなその発言は、とてもできなかったのである。
赤っ恥をかかされてわなわなと震えるギガンティスを真顔で見つめるルシファーと、怯えた表情のリリス。ぴりぴりした空気が漂う教室で暫しの沈黙が流れる中、ギガンティスは滝のような汗を流す。だがその後、どういうわけか握っていた拳を解いた。
彼がニヤリと口元を緩めたのを、ルシファーは見逃さない。だがその理由までもは、予想することさえできなかった。
「よしわかった。ではルシファー、お前がリリスとしてみろ」
「構いませんが……」
ギガンティスの意図が読めず、ルシファーは首を傾げる。自分と同じように恥をかかせようとしているとも考えられるが、ギガンティスとて当然ルシファーの上手さは知っている。そんな初めから失敗が見えている作戦を、人間界から生きて帰った男がするとは到底思えなかった。
やむなく指示に従い、ルシファーとリリスは行為を始める。
「ちゃんと演技しろよ」
最初に皮肉を籠めてそう言うと、リリスは無言で頷いた。
そしてそこからは、ごくごくいつも通りのルシファーとリリスのセックスである。リリスの方からも適度に攻めていくが、基本はルシファーの一方的な圧勝。何の変哲もないと形容されるくらいの、淫魔学校の生徒教師一同には見慣れた光景だ。
「……やればできるじゃないか、感じてる演技も」
そしてギガンティスはこの負け惜しみな捨て台詞。だがその悔しそうな発言とは裏腹に、口角は上がっている。滝のような汗を流して動揺しつつも、何故か嬉しそう。だがリリスとの行為に集中していたルシファーは、ギガンティスのこの不審な様子に気付くことはなかったのである。
そして翌朝の朝礼。そこにリリスの姿は無かった。
皆が不審に思う中で教壇に立つギガンティスは平然と、しかしどこか嬉しさを隠しきれない様子で言う。
「聞け諸君。リリスは無能病にかかったことが発覚し、治療のため休学することとなった」
それは多くの淫魔に恐れられている、淫魔特有の病気の名。生徒達に戦慄が走り、ざわつき始めた。
無能病。それを患った淫魔はまともに仕事を果たせぬ無能になることからその名を付けられた恐るべき疾患。その症状とは、どんなに凶悪な戦闘系魔族でさえも当たり前に持っているが淫魔にだけは決してあるはずのないもの――恋愛感情を持つことだ。
淫魔は恋をしない。結婚をしない。家族を持たない。だからこそ、余計な感情を持たずに性行為ができる。だが無能病を患った淫魔は恋をした相手以外との性行為を拒むようになり、淫魔として無能になる。しかもそれを周囲に感染させることもあるから、尚更に恐ろしい。
故にこの病にかかった淫魔は隔離の上、迅速な治療が必要となる。治療法は秘匿されているが、何であれ完治までには長い期間を要する。
(あいつが無能病? 道理でおかしくなっていたわけだ。どうするかな……他の女子が相手じゃ実力に差がありすぎて碌な経験にならない)
ルシファーの心に湧いた最も大きな感情は、自身の習練に支障が出ることへの心配。次いで張り合いのある相手がいなくなったことへの残念さだった。無能病患者ではない彼からしてみれば、リリスが“誰”に恋をしたかというのは興味関心の対象外であったのだ。
その日の性交実習の授業には、少し懐かしい顔が姿を見せていた。彼女はルシファーが幼年学校に入学した時から全く老けることなく、二十代相応の若々しい容姿を保っている。
「女子の欠員を埋めるため、幼年学校よりウルスラ先生に来てもらった。普段大人のサキュバスと勝負する機会に乏しい男子はこの機会を存分に活かすように。女子もウルスラ先生の技をしっかりと見て学ぶといい」
これには生徒達も大歓喜。我こそはと手を挙げる男子達の中で、ルシファーだけは静観していた。淫魔学校に上がってからは、ウルスラとは一度もしていない。彼女ならば自分を高めるには絶好の存在と言えようが、あえて今この状況ではがっつかない。
一瞬ルシファーと目が合うと、ウルスラは気まずそうに視線を逸らした。ルシファーがこのタイミングで一応手を挙げてみると、ウルスラは慌てて別の男子を指名した。
(向こうは俺を避けている様子、か)
ルシファーは彼女の罪を唯一知る存在であり、実際はルシファーから誘ったとはいえ立場上ルシファーは彼女に襲われた被害者ということになる。その後ろめたさから、あまり関わり合いになりたくないのだとルシファーは見た。
(ギガンティスも俺にいい思いをさせたくはないだろうからな……授業でウルスラとやれることには期待しない方がいいな)
そう考えながら適当な同期の女子を片手間でとろとろにしていると、ふと視線に気付く。男子生徒に跨って腰を振りながらこちらを見ているウルスラは、自分が攻めている状態の行為中とは思えぬような愕然とした表情。幼年学校時代から格段に進化したルシファーのテクニックに恐れをなしていた様子であった。
(なるほどな……俺の噂を聞いて、もしかしたら俺に負けるかもしれないと――生徒達の前で醜態を晒すことになるかもしれないと恐れていたわけか)
ウルスラの意図を読めたルシファーは更なる技を見せつけてやろうと思い本番を始めようとするが、そこで相手の女子が掌を向けてストップをかける。
「も、もう無理……これ以上イったら壊れちゃう……」
前戯の段階で既にこれである。ルシファーはしまったと思い溜息をついた。
(ついリリスの時と同じ感覚でやっちまった。他の女子が相手だったらもっと加減しとかないと最後まで続けられないな。まあ、下手糞で脆い奴とするのも一つの経験か……)
別にウルスラに見せつけたくて故意にやったわけではない。むしろ本番できずに終わってしまうのは淫魔としては失態だ。今日は心ここにあらずでらしくないミスをやらかしてしまったことは自覚したが、その原因までもは窺い知ることはできなかった。
授業後のことである。
「ウルスラ先生、もうお帰りになられるのですか?」
さっさと帰り支度を纏めているウルスラにルシファーが話しかけると、ウルスラは身震いした。
「え、ええ……私の可愛い眷属達が家で待っているもの」
「そうですか。久々に先生としたかったんですけどね」
「ま、また機会のある時にね……」
やはりウルスラはルシファーを恐れている。もうルシファーとするつもりはないことを窺わせる様子で、ウルスラは慌ててその場を飛び立ち淫魔学校を去っていった。
リリスが復学したのは、それから一週間後のことであった。あれからもウルスラは性交実習の度に学校に来てはいたが、ルシファーの相手をすることはなかった。一週間続いた退屈な日々も、ようやく終わりを告げる。そう思っていた。
「聞け諸君。無能病治療のため休学していたリリスが今日より復帰する。彼女ほど優秀な生徒を治療のため腐らせておくのはあまりにも大きな損失だからな、迅速な治療の末、見事一週間で完治したのだ」
リリスの隣でそう自慢げに語るギガンティス。戻ってきたリリスは変わらず美しく、外見上は以前と特別変化は無いように見える。だが淫魔特有の能力が、生徒達に彼女の身に起こった変化を伝えていた。リリスの経験人数が、激増していたのである。
無能病の治療法は公表されていない。だがこれを見れば、治療の過程でどのような行為が行われていたかは概ね察しが付くというものだ。
生徒達が人間や天使や他の魔族であったならば、それを知ったら大抵の者は不快感を露にすることだろう。だが淫魔の少年少女達は、これでどれだけ魔力が上がったのかだの羨ましいだのと、暢気な感想を持つばかりであった。思想教育の賜物である。
それは、ルシファーとて同じ。ようやくまともに勝負になる相手が戻ってきたという、喜びの気持ちしかなかった。
だが休み時間になって、違和感にはすぐ気付いた。リリスがルシファーに話しかけてこないのである。
あれだけの数の相手と経験して魔力は大幅に上昇し、性技の上達も著しいことだろう。彼女ならばそれを駆使して今度こそルシファーに勝つと、すぐに勝負を挑んでくることを予想していた。だがどういうわけか、ルシファーの存在を認知していないかのような態度をとり続けている。
自分から話しかけることにはどうにも乗り気がせず、ルシファーは黙って様子を見るばかりであった。
性交実習の授業が始まる。ルシファーは今日はいつになくわくわくしていた。ようやく自分にとって実入りのある勝負ができるのだ。
「では復帰したリリスには……ルシファーとやって貰おう」
幸運にも、ギガンティスの方から相手を指定してきた。大方、一気にレベルアップしたリリスにルシファーが負かされることを期待しているのだろう――そうルシファーは考えた。だが始まってみれば、ギガンティスの真意に気付いたのである。
確かにリリスのテクニックは格段に上達していた。だがどこか、以前のリリスとは違うように感じる。それは言わばマニュアル通りの上手いセックスでしかなく、以前のような何としてでもルシファーに勝ちたいという強い感情を感じられないのだ。
初めは進化したリリスの攻めを体感してみたくてわざと受け身に回っていたが、何故だかだんだん苛々してきたので不意を突いて身体を反転させ自分が上に回った。
「ひゃっ……」
リリスの可愛らしい反応。だがそれにも、やはりどこか感情が感じられない。受けの技術においても、今のリリスは以前を遥かに上回る。だがルシファーは技術で受けることすら許さぬ圧倒的な技で終始攻め続け、いつものようにイキ狂わせたのである。
(ああ……久しぶりだよ。こんなに不快なセックスは)
結局今回も、ルシファーの圧勝。だが不思議と勝った気はせず、それ以上に失望の感情が大きかった。理屈ははっきりと言葉に出来ないが、無性にむかむかしてたまらない。
仰向けに倒れ伏し息を切らしているリリスを冷たい目で見下ろしながら立ち上がり、皆がしんと静まり返る中ぼそっと言う。
「つまらない女になったな、お前」
「……そう」
事が終われば、実に素っ気ない反応。
ルシファーの胸中から、リリスへの興味が失せてゆく音がした。
これは無作為に選ばれた男女のペアに性交させてその技術を採点するシステム。どちらが先に相手をイかせるかという勝負の性質も強い。
授業はサボりがちなルシファーも、試験だけは真面目に出席している。今日も相手の女子を一方的に攻め続け、圧倒的な実力差を見せつけて勝利していた。
どの女子とも体の相性が良く、大体どんなプレイにも対応できる。相手によって攻め方を変え的確に悦ばせたり性感帯を突いたりしていく、変幻自在のテクニックこそルシファーの最大の持ち味。
ギガンティスはルシファーを褒めることを拒むようにあえてそちらには何も感想を言わず、他の生徒達を淡々と採点していた。
するとあるペアの前で、ギガンティスは手を止める。
「おい、どうしたリリス。優等生の貴様が何だそのやる気の無さは」
自分からはあまり動かず声も出さず、気だるそうにいい加減なセックスしているリリス。現代の人間界の言葉で言うところの、マグロである。ペアを組んだ男子も、困惑した様子であった。
本来リリスは同期の中ではルシファーに次ぐテクニシャンで、他の生徒達を大きく引き離す実力の持ち主。それが最近はずっとこんな様子で、すっかりやる気を無くしているのである。
それを見てルシファーは理解不能と言わんばかりに首を傾げる。
(おかしい、今朝俺とした時はこんなではなかった)
今朝もリリスは男子寮のルシファーの部屋に押しかけてきて勝負を挑んできた。その際には今と正反対に、自ら積極的に腰を振り激しく乱れていたのである。
勿論それはルシファーの優れた技術あってのものであることは重々承知している。だが以前のリリスであれば、誰が相手であってもそのような対応を程度の差こそあれちゃんとしていたのだ。
勉強熱心で努力家なリリスのことである、ルシファー以外の男子に対してこういう態度をとるのは、何かしら試したいことがあってのものだとばかり思っていた。だが試験においてさえそれを続けるというのは明らかに異常だし、その理由が解せない。
リリスのやる気の無さに苛立ったギガンティスは、リリスとペアを組む男子を強引に退けると自らズボンを下ろして性器を取り出した。
「ええいどけ、腑抜けたセックスをする女子には俺が直々に指導してやる!」
巨大な竿を即座に挿入しては打ち付けるように強く腰を振るギガンティスだったが、リリスの塩対応は変わらず。そればかりか、不快感を露にするような表情をリリスはギガンティスに向けていた。
「おい、ふざけるのも大概にしろ! 授業で習っただろ! こういう時はな……」
そこまで言って、ギガンティスはふと何かに気付いたのか口を噤む。
「ちっ……痛い目を見ないとわからないようだな!」
とうとう逆上して、挿入した状態のまま拳を振り上げる。それを見るや、ルシファーは駆け出してリリスを抱えギガンティスから引き離した。瞬間、ルシファーの顔面を抉る鉄拳。吹っ飛んだルシファーは翼の角度を傾けて空気の流れを作り、飛んでいくベクトルを調整。行き先が安全だと判断すると翼を下に向けて柔らかい羽毛をクッションにしながら、床を引きずって着地した。ぎゅっと抱きしめたリリスは無傷である。
「ル、ルシファー!? あんた何で……」
「俺が一番あいつに殴られ慣れてる。ダメージを最小限に抑える受け身の取り方も熟知してるし、何より体が頑丈だ」
ぽーっと顔を熱くしているリリスを床に寝かせて、殴られた頬をさすりながらギガンティスと対峙。頬を腫らしながらもなお圧倒的な美しさを保つ顔が精悍な目つきで睨みを効かせると、ギガンティスは一瞬怯んだ。
「ギガンティス先生、先程先生が言おうとしてやめたことを代わりに俺が言って差し上げましょうか。こういう時は感じてなくても感じてるふりをしろ。違いますか?」
図星を突かれたギガンティスはぎょっと目を見開き、ますます動揺。
淫魔は人間との性行為では、相手に与えた快楽が大きいほど得られる魔力も増加するという特性を持つ。こちら側も気持ち良さそうに振舞うことは相手の気持ちを高揚させ快楽を増すことに繋がる、とりわけサキュバスにとっては非常に重要なテクニックだ。
この状況でリリスにそれを指導するのは、教師として然るべきこと。だがこの状況でリリスにそれを指導するのは、ギガンティスにとって自分のセックスが気持ち良くないと認めているのと同義なのだ。生徒達の前で自身のプライドを傷付けるようなその発言は、とてもできなかったのである。
赤っ恥をかかされてわなわなと震えるギガンティスを真顔で見つめるルシファーと、怯えた表情のリリス。ぴりぴりした空気が漂う教室で暫しの沈黙が流れる中、ギガンティスは滝のような汗を流す。だがその後、どういうわけか握っていた拳を解いた。
彼がニヤリと口元を緩めたのを、ルシファーは見逃さない。だがその理由までもは、予想することさえできなかった。
「よしわかった。ではルシファー、お前がリリスとしてみろ」
「構いませんが……」
ギガンティスの意図が読めず、ルシファーは首を傾げる。自分と同じように恥をかかせようとしているとも考えられるが、ギガンティスとて当然ルシファーの上手さは知っている。そんな初めから失敗が見えている作戦を、人間界から生きて帰った男がするとは到底思えなかった。
やむなく指示に従い、ルシファーとリリスは行為を始める。
「ちゃんと演技しろよ」
最初に皮肉を籠めてそう言うと、リリスは無言で頷いた。
そしてそこからは、ごくごくいつも通りのルシファーとリリスのセックスである。リリスの方からも適度に攻めていくが、基本はルシファーの一方的な圧勝。何の変哲もないと形容されるくらいの、淫魔学校の生徒教師一同には見慣れた光景だ。
「……やればできるじゃないか、感じてる演技も」
そしてギガンティスはこの負け惜しみな捨て台詞。だがその悔しそうな発言とは裏腹に、口角は上がっている。滝のような汗を流して動揺しつつも、何故か嬉しそう。だがリリスとの行為に集中していたルシファーは、ギガンティスのこの不審な様子に気付くことはなかったのである。
そして翌朝の朝礼。そこにリリスの姿は無かった。
皆が不審に思う中で教壇に立つギガンティスは平然と、しかしどこか嬉しさを隠しきれない様子で言う。
「聞け諸君。リリスは無能病にかかったことが発覚し、治療のため休学することとなった」
それは多くの淫魔に恐れられている、淫魔特有の病気の名。生徒達に戦慄が走り、ざわつき始めた。
無能病。それを患った淫魔はまともに仕事を果たせぬ無能になることからその名を付けられた恐るべき疾患。その症状とは、どんなに凶悪な戦闘系魔族でさえも当たり前に持っているが淫魔にだけは決してあるはずのないもの――恋愛感情を持つことだ。
淫魔は恋をしない。結婚をしない。家族を持たない。だからこそ、余計な感情を持たずに性行為ができる。だが無能病を患った淫魔は恋をした相手以外との性行為を拒むようになり、淫魔として無能になる。しかもそれを周囲に感染させることもあるから、尚更に恐ろしい。
故にこの病にかかった淫魔は隔離の上、迅速な治療が必要となる。治療法は秘匿されているが、何であれ完治までには長い期間を要する。
(あいつが無能病? 道理でおかしくなっていたわけだ。どうするかな……他の女子が相手じゃ実力に差がありすぎて碌な経験にならない)
ルシファーの心に湧いた最も大きな感情は、自身の習練に支障が出ることへの心配。次いで張り合いのある相手がいなくなったことへの残念さだった。無能病患者ではない彼からしてみれば、リリスが“誰”に恋をしたかというのは興味関心の対象外であったのだ。
その日の性交実習の授業には、少し懐かしい顔が姿を見せていた。彼女はルシファーが幼年学校に入学した時から全く老けることなく、二十代相応の若々しい容姿を保っている。
「女子の欠員を埋めるため、幼年学校よりウルスラ先生に来てもらった。普段大人のサキュバスと勝負する機会に乏しい男子はこの機会を存分に活かすように。女子もウルスラ先生の技をしっかりと見て学ぶといい」
これには生徒達も大歓喜。我こそはと手を挙げる男子達の中で、ルシファーだけは静観していた。淫魔学校に上がってからは、ウルスラとは一度もしていない。彼女ならば自分を高めるには絶好の存在と言えようが、あえて今この状況ではがっつかない。
一瞬ルシファーと目が合うと、ウルスラは気まずそうに視線を逸らした。ルシファーがこのタイミングで一応手を挙げてみると、ウルスラは慌てて別の男子を指名した。
(向こうは俺を避けている様子、か)
ルシファーは彼女の罪を唯一知る存在であり、実際はルシファーから誘ったとはいえ立場上ルシファーは彼女に襲われた被害者ということになる。その後ろめたさから、あまり関わり合いになりたくないのだとルシファーは見た。
(ギガンティスも俺にいい思いをさせたくはないだろうからな……授業でウルスラとやれることには期待しない方がいいな)
そう考えながら適当な同期の女子を片手間でとろとろにしていると、ふと視線に気付く。男子生徒に跨って腰を振りながらこちらを見ているウルスラは、自分が攻めている状態の行為中とは思えぬような愕然とした表情。幼年学校時代から格段に進化したルシファーのテクニックに恐れをなしていた様子であった。
(なるほどな……俺の噂を聞いて、もしかしたら俺に負けるかもしれないと――生徒達の前で醜態を晒すことになるかもしれないと恐れていたわけか)
ウルスラの意図を読めたルシファーは更なる技を見せつけてやろうと思い本番を始めようとするが、そこで相手の女子が掌を向けてストップをかける。
「も、もう無理……これ以上イったら壊れちゃう……」
前戯の段階で既にこれである。ルシファーはしまったと思い溜息をついた。
(ついリリスの時と同じ感覚でやっちまった。他の女子が相手だったらもっと加減しとかないと最後まで続けられないな。まあ、下手糞で脆い奴とするのも一つの経験か……)
別にウルスラに見せつけたくて故意にやったわけではない。むしろ本番できずに終わってしまうのは淫魔としては失態だ。今日は心ここにあらずでらしくないミスをやらかしてしまったことは自覚したが、その原因までもは窺い知ることはできなかった。
授業後のことである。
「ウルスラ先生、もうお帰りになられるのですか?」
さっさと帰り支度を纏めているウルスラにルシファーが話しかけると、ウルスラは身震いした。
「え、ええ……私の可愛い眷属達が家で待っているもの」
「そうですか。久々に先生としたかったんですけどね」
「ま、また機会のある時にね……」
やはりウルスラはルシファーを恐れている。もうルシファーとするつもりはないことを窺わせる様子で、ウルスラは慌ててその場を飛び立ち淫魔学校を去っていった。
リリスが復学したのは、それから一週間後のことであった。あれからもウルスラは性交実習の度に学校に来てはいたが、ルシファーの相手をすることはなかった。一週間続いた退屈な日々も、ようやく終わりを告げる。そう思っていた。
「聞け諸君。無能病治療のため休学していたリリスが今日より復帰する。彼女ほど優秀な生徒を治療のため腐らせておくのはあまりにも大きな損失だからな、迅速な治療の末、見事一週間で完治したのだ」
リリスの隣でそう自慢げに語るギガンティス。戻ってきたリリスは変わらず美しく、外見上は以前と特別変化は無いように見える。だが淫魔特有の能力が、生徒達に彼女の身に起こった変化を伝えていた。リリスの経験人数が、激増していたのである。
無能病の治療法は公表されていない。だがこれを見れば、治療の過程でどのような行為が行われていたかは概ね察しが付くというものだ。
生徒達が人間や天使や他の魔族であったならば、それを知ったら大抵の者は不快感を露にすることだろう。だが淫魔の少年少女達は、これでどれだけ魔力が上がったのかだの羨ましいだのと、暢気な感想を持つばかりであった。思想教育の賜物である。
それは、ルシファーとて同じ。ようやくまともに勝負になる相手が戻ってきたという、喜びの気持ちしかなかった。
だが休み時間になって、違和感にはすぐ気付いた。リリスがルシファーに話しかけてこないのである。
あれだけの数の相手と経験して魔力は大幅に上昇し、性技の上達も著しいことだろう。彼女ならばそれを駆使して今度こそルシファーに勝つと、すぐに勝負を挑んでくることを予想していた。だがどういうわけか、ルシファーの存在を認知していないかのような態度をとり続けている。
自分から話しかけることにはどうにも乗り気がせず、ルシファーは黙って様子を見るばかりであった。
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「では復帰したリリスには……ルシファーとやって貰おう」
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確かにリリスのテクニックは格段に上達していた。だがどこか、以前のリリスとは違うように感じる。それは言わばマニュアル通りの上手いセックスでしかなく、以前のような何としてでもルシファーに勝ちたいという強い感情を感じられないのだ。
初めは進化したリリスの攻めを体感してみたくてわざと受け身に回っていたが、何故だかだんだん苛々してきたので不意を突いて身体を反転させ自分が上に回った。
「ひゃっ……」
リリスの可愛らしい反応。だがそれにも、やはりどこか感情が感じられない。受けの技術においても、今のリリスは以前を遥かに上回る。だがルシファーは技術で受けることすら許さぬ圧倒的な技で終始攻め続け、いつものようにイキ狂わせたのである。
(ああ……久しぶりだよ。こんなに不快なセックスは)
結局今回も、ルシファーの圧勝。だが不思議と勝った気はせず、それ以上に失望の感情が大きかった。理屈ははっきりと言葉に出来ないが、無性にむかむかしてたまらない。
仰向けに倒れ伏し息を切らしているリリスを冷たい目で見下ろしながら立ち上がり、皆がしんと静まり返る中ぼそっと言う。
「つまらない女になったな、お前」
「……そう」
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