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第四章
第110話 呪われし子は女教師を墜とす
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人間界における十二世紀末期、日本で言う所の鎌倉時代初期のこと。魔界の淫魔族居住地インキュヴェリアにて、一人の男児がこの世に生を受けた。
彼を産み落としたサキュバスはその容姿を見た途端耳を劈くような悲鳴を上げ、錯乱して衝動的に我が子を床へと投げ落とした。
何せ生まれた子は、普通の淫魔にはあり得ぬ形の翼を背に生やしていたからだ。
淫魔を含む多くの魔族は、共通して蝙蝠のような皮膜の翼を持つ。だがこの子の翼は色こそ魔族らしい黒だが、鳥類或いは天使が持つような羽毛の翼であったのだ。
この時代、魔界は人間界並びに天界と戦争状態にあった。魔族にとって天使は怨敵であり、このサキュバスもまた天使に強い怒りと憎しみを持っていたのだ。
運よく一命を取り留めた男児は、当時の淫魔族長によってルシファーと名付けられた。
これは専ら、悪ふざけに近い命名であった。翼が天使に似ているからと、蔑みの意図を籠めて天使の名を付けたのだ。
ルシファーは生まれてすぐに、保育施設へと預けられた。尤もこれは、彼が育児放棄をされたからではない。淫魔の子供は皆こうなのだ。淫魔は家族を持たず親子の概念が非常に希薄で、一般的に親が子を育てることはない。淫魔の子は乳児期から幼児期にかけては、保育士のサキュバスから母乳を与えられて育つのである。
淫魔は性行為によって魔力ひいては栄養を得る生物であるが、性行為に向かない幼少期はサキュバスの母乳に含まれる魔力が生きる源なのだ。それ故に母乳を摂取する期間は、人間や他の魔族より遥かに長い。
しかしこんな翼を持って生まれたルシファーは保育士からも気味悪がられて、あまり母乳を飲ませてもらえなかった。保育士がルシファー本人の前で呪われた子だの気持ち悪い羽だのと誹ることも多く、同期の子供達も保育士を真似してルシファーを馬鹿にした。この歳にして、この世にルシファーの居場所は無くなっていたのだ。
七歳になった淫魔は、淫魔幼年学校へと進級する。現代日本における小学校に相応する施設だが、軍学校やスパイ養成施設としての要素を強く持つ。
淫魔に限らず、全ての魔族は兵士にして兵器としての性質を強く持つ。生まれついて戦争のために存在する生物、それが魔族である。
淫魔に求められる役割は、その美貌を駆使した諜報活動や敵を骨抜きにしての無力化。直接的な戦闘は不得手だが、搦め手を用いて戦局を有利にしていく重要な役割だ。
人間界や天界を打ち倒し、その身を大魔王に尽くし捧げる、魔族らしい魔族としての教育を幼い頃から施す事こそこの幼年学校の理念。
低学年の頃は思想教育や肉体鍛錬に加えて読み書き計算等の一般教養を中心に学び、まだ淫魔特有の教育は殆どしない。
サキュバスの母乳に加えて、大きくなった身体の栄養補助用の食糧が給食として出され、この時期の栄養補給は専らそれである。
この時期のルシファーはといえば、同期の中で落ちこぼれのいじめられっ子というポジションがすっかり定着していた。
幼児期に保育士から差別を受けあまり母乳を貰えなかったことが成長を阻害し、体は小さく魔力も低かったのだ。
そんなルシファーに特別突っかかり積極的にいじめを行っていたのが、隣の席のサキュバスであるリリスであった。彼女は鮮やかなピンクのツインテールと褐色の肌が特徴的な美少女で、誰よりも優秀な成績を誇り他の同期を纏め上げるクラスのガキ大将的存在だ。学校でも寮でもルシファーは常に彼女に付き纏われ、虐げられる日々を送っていた。
今日もルシファーは、リリスから理不尽に罵られ蹴られ羽根を毟られていた。
「やめてよぉリリスちゃん……毟らないでよぉ……」
「はぁ~? 天使羽の分際でこの私に逆らうわけ? あんたそのキモい羽が視界に入って目障りなのよ」
教室の床に這いつくばらせたルシファーの背中に跨り、漆黒の羽根を毟り取りながら得意げに笑うリリス。甲高い声での高飛車な台詞が、教室の天井によく響いた。
扉を開けていじめの現場に足を踏み入れた担任の教師は、これを見て見ぬふり。いじめを注意するような類のことは何も言わぬまま、ただ「授業を始めます、席について」とだけ告げる。
担任のウルスラ先生は、女子生徒皆からこんな大人になりたいと思わせるほどのグラマーで妖艶な美女である。彼女は人間界帰りのサキュバスであり、その実績と実力を買われて教職に就いた。
人間界で実力を高め功績を上げた淫魔は、眷属とした人間を連れて魔界に帰ることが許される。それらは人間界帰りと呼ばれ、淫魔にとっては非常に名誉とされるのだ。人間界帰りに待っているのは、眷属の人間達を食い放題のハーレム生活。淫魔は誰もがそれに憧れ、それを目指して人間界に赴き大魔王のため任務に挑むのだ。
リリスが背中から離れたことで、ルシファーはここぞとばかりに起き上がり自分の机を通り越してウルスラの所へ向かった。
「ウルスラせんせぇ……リリスちゃんがいじめるよぉ……」
目尻に涙を浮かべ瞳をうるうるさせながら救いの手を懇願すると、ウルスラは朗らかな笑顔を見せ両腕を広げた。この合図に、ルシファーは遠慮なくその大変豊かで柔らかい胸へと顔をうずめたのである。
「あらあら、ルシファー君は甘えん坊ね」
ルシファーの銀色の髪を、優しく撫でるウルスラ。彼女のルシファーに対する感情は最初無視したことから分かるように、この翼に対して快く思っていない点はあるようだった。この時代の魔族であるならば、当然の感情だ。しかしそれと同時に、彼女はルシファーに対して最も同情的な大人でもあった。自分から進んで救いの手を差し伸べようとはしないが、頼まれれば慰めてあげるくらいのことはしてくれるのである。
この頃ルシファーは、他者の同情を引くような振る舞いを覚えた。可愛くも可哀想で、救いの手を差し伸べたくなるような不憫な子供を演じることが、ルシファーなりの生存戦略。ウルスラはそれに見事に嵌められてしまった立場なのである。
「先生ー、私も抱っこー」
が、それを快く思わなかったリリスが媚び媚びの猫撫で声と共にルシファーを押しのけて、先生の胸に抱かれる権利を奪い取った。放り出されたルシファーを振り返って見下ろし、リリスは得意げな表情。ルシファーの学校生活は、大概こんな調子である。
リリスから受ける嫌がらせは、直接的な暴力だけではない。それは給食の時間、ルシファーが瓶に入れられた母乳を飲んでいる時のことだ。
「これもーらい」
食べかけのシチューを隣からぶんどり、自分の口に運ぶリリス。母乳を口に含んでいるため文句も言えないルシファーは、黙って給食を奪われるのを見ているのみ。やっと母乳を飲み込んで文句を言う頃には、既に皿は空っぽになっていた。
「返してよ僕のシチュー……」
「私は先生みたいにおっぱい大きくなるんだから沢山食べるのよ。あんたみたいなチビは幼児みたいにおっぱいだけ飲んでればいいの」
「ひどいよぉ……」
以前のように保育士から直接授乳されるのではなく毎日瓶で一定量が供給されるようになったため、ルシファーの栄養状態は格段に改善された。しかしこうしてリリスに給食を強奪されることが度々あるのは困りものである。
食後の休み時間にも、嫌がらせは続く。
「あの天使羽はさぁー、きっと母親が天使に孕まされたんだよ。だからあんなキモい羽してんの」
続いて教室に響く下品な笑い声。本人の聞こえる所で、友達とつるんで罵詈雑言を吐くのである。
だがルシファーは彼女の発言が間違っていることを分かっていた。淫魔と天使の間に子供ができることはないことを知っていたからだ。魔族の中にはごく稀に生まれつき体内の魔力術式に異常があり、特殊な身体的特徴を持って生まれてくる者がいることも知っていた。ルシファーは同期と遊ばない分校内の図書館に通っており、本で読んだ知識は豊富だったのである。
哀れないじめられっ子の劣等生として振舞いながら、虎視眈々と知識をつけてゆくルシファー。彼には一つの野望があった。たとえ給食で栄養状態がまともになっても、幼児期の遅れを取り戻すには至らない。何か強力に魔力を底上げするブーストが必要――それを探し求めるために、ルシファーは図書館に通い続けた。
歳を重ね二次性徴が始まる頃になるといよいよ、淫魔にとっての本当の“食事”とも言うべき淫魔特有の技能を得るための授業が始まる。
とはいえこの時点ではまだ男女が直接絡んでの行為は禁止されており、人形相手に疑似的な行為を行うのみである。
サキュバスが精液を啜るイメージからの連想でよく人間には誤解されているのだが、淫魔が性行為で魔力を得るというのは相手から精気等を吸収しているわけではない。性行為をすることで淫魔自身の体内から魔力が生じ、それが栄養素になるのである。
つまり自慰行為でもある程度の魔力を得ることができ、この歳の子供であればこれに母乳や食事の摂取だけで生きるのに十分な栄養素を得られるのだ。
そして性行為のやり方を正式に授業で習ったルシファーは、かねてより企てていた計画をいよいよ実行に移したのである。
今日もルシファーはリリスにいじめられて、保健室のベッドでウルスラ先生に膝枕で慰められていた。
「先生……今日もリリスちゃんが酷いんだ」
「もう、リリスさんにも困ったものね」
甘えてくるルシファーのほっぺたを撫でて愛でながら、愉悦の笑みを浮かべるウルスラ。彼女ならば行けると、ルシファーは確信していた。
「でも貴方も男の子でしょう? もっと強くならなきゃ、淫魔学校や人間界でやっていけないわよ」
まるで求めている会話への道筋を示すかのようなことを言うウルスラに、いよいよルシファーは計画を持ち掛ける。
「そうですね、先生。僕、もっと強くなりたいです。リリスちゃんにいじめられることもないくらいに。そのために……先生、僕としてくれませんか? セックス」
膝枕されて顔を見上げたまま思わぬことを言うルシファーに、ウルスラは一瞬凍り付いた。だがすぐに落ち着きを取り戻し、冷静に諭す。
「あらあら、綺麗な先生としたい気持ちはわかるわよ。でも貴方は子供だからまだしちゃ駄目」
(本当にしたいのは貴方でしょう、先生)
心の中で、ルシファーはウルスラを嘲る。ウルスラの倒錯した性癖を、ルシファーは知っていた。彼女に人間界で眷属にした男達を子供の姿に変えて行為に及ぶ趣味があることは、調べがついていたのだ。あまりやりたがる淫魔のいない幼年学校教師の職務を請け負ったのも、本物の子供と触れる機会を求めてのものなのだろう。ルシファーは彼女と接触する間にも、彼女の下心を度々感じ取っていた。
「お願いです先生。こんなこと、先生にしか頼めないんです。教えて下さい、本物のセックスを。僕にだけして下さい、先生の特別授業を。本当はもっと大きくなってから学ぶことを、僕に予習させて下さい」
起き上がったルシファーはウルスラと向き合う形で太腿に跨り、じっと目を合わせる。男の子はあと少し成長したらもう出せなくなる可愛らしさを全開にして、ウルスラの手を握って懇願。
この時代の淫魔においても、子供との性行為はご法度である。性行為を何よりも重んじる種族であるが故の決まり事であり、それは敵対種族である人間や天使の子供に対しても適用されていた。
どんなにしたくてもできない行為を、持ち掛けてくる子供がいる。それもとびきり自分好みの美少年ときた。
まだ幼さが強い中に少しずつ大人になる兆しが出始めている彼は、大変麗しい容姿に成長していた。
あんな翼に生まれてさえこなければ、彼はきっととてつもなく優れたインキュバスになっていたことだろう。それほどにまでルシファーの容姿は、ウルスラの心を抉るものであったのだ。
ウルスラは唾を呑み、一瞬揺らいだ心を正そうと意識を強く保つ。手応えを感じたルシファーは、とどめとして使うつもりで用意していた一言を放った。
「天使の子供を犯している気分が味わえますよ」
その一言は、己を不幸にし苦しめてきた翼を、生まれて初めて活かしたものであった。
そしてウルスラにとっては、己の性欲と復讐心を同時に満たせるそれは心臓を強く穿つ提案であった。人間界帰りの淫魔ならば天使と交戦したことは一度や二度ではないし、相応に恨みを持っているものなのだ。
無邪気さの中に妖しさを秘めた笑顔でこんなことを言われて、ウルスラの自制心は崩れ落ちるしかなかった。
魔族に対して、この言葉を使うのは不適切かもしれない。だがあえて現代の人間界で頻繁に形容される言葉を彼に使うならば。
それはまさしく、天使のような笑顔であった。
彼を産み落としたサキュバスはその容姿を見た途端耳を劈くような悲鳴を上げ、錯乱して衝動的に我が子を床へと投げ落とした。
何せ生まれた子は、普通の淫魔にはあり得ぬ形の翼を背に生やしていたからだ。
淫魔を含む多くの魔族は、共通して蝙蝠のような皮膜の翼を持つ。だがこの子の翼は色こそ魔族らしい黒だが、鳥類或いは天使が持つような羽毛の翼であったのだ。
この時代、魔界は人間界並びに天界と戦争状態にあった。魔族にとって天使は怨敵であり、このサキュバスもまた天使に強い怒りと憎しみを持っていたのだ。
運よく一命を取り留めた男児は、当時の淫魔族長によってルシファーと名付けられた。
これは専ら、悪ふざけに近い命名であった。翼が天使に似ているからと、蔑みの意図を籠めて天使の名を付けたのだ。
ルシファーは生まれてすぐに、保育施設へと預けられた。尤もこれは、彼が育児放棄をされたからではない。淫魔の子供は皆こうなのだ。淫魔は家族を持たず親子の概念が非常に希薄で、一般的に親が子を育てることはない。淫魔の子は乳児期から幼児期にかけては、保育士のサキュバスから母乳を与えられて育つのである。
淫魔は性行為によって魔力ひいては栄養を得る生物であるが、性行為に向かない幼少期はサキュバスの母乳に含まれる魔力が生きる源なのだ。それ故に母乳を摂取する期間は、人間や他の魔族より遥かに長い。
しかしこんな翼を持って生まれたルシファーは保育士からも気味悪がられて、あまり母乳を飲ませてもらえなかった。保育士がルシファー本人の前で呪われた子だの気持ち悪い羽だのと誹ることも多く、同期の子供達も保育士を真似してルシファーを馬鹿にした。この歳にして、この世にルシファーの居場所は無くなっていたのだ。
七歳になった淫魔は、淫魔幼年学校へと進級する。現代日本における小学校に相応する施設だが、軍学校やスパイ養成施設としての要素を強く持つ。
淫魔に限らず、全ての魔族は兵士にして兵器としての性質を強く持つ。生まれついて戦争のために存在する生物、それが魔族である。
淫魔に求められる役割は、その美貌を駆使した諜報活動や敵を骨抜きにしての無力化。直接的な戦闘は不得手だが、搦め手を用いて戦局を有利にしていく重要な役割だ。
人間界や天界を打ち倒し、その身を大魔王に尽くし捧げる、魔族らしい魔族としての教育を幼い頃から施す事こそこの幼年学校の理念。
低学年の頃は思想教育や肉体鍛錬に加えて読み書き計算等の一般教養を中心に学び、まだ淫魔特有の教育は殆どしない。
サキュバスの母乳に加えて、大きくなった身体の栄養補助用の食糧が給食として出され、この時期の栄養補給は専らそれである。
この時期のルシファーはといえば、同期の中で落ちこぼれのいじめられっ子というポジションがすっかり定着していた。
幼児期に保育士から差別を受けあまり母乳を貰えなかったことが成長を阻害し、体は小さく魔力も低かったのだ。
そんなルシファーに特別突っかかり積極的にいじめを行っていたのが、隣の席のサキュバスであるリリスであった。彼女は鮮やかなピンクのツインテールと褐色の肌が特徴的な美少女で、誰よりも優秀な成績を誇り他の同期を纏め上げるクラスのガキ大将的存在だ。学校でも寮でもルシファーは常に彼女に付き纏われ、虐げられる日々を送っていた。
今日もルシファーは、リリスから理不尽に罵られ蹴られ羽根を毟られていた。
「やめてよぉリリスちゃん……毟らないでよぉ……」
「はぁ~? 天使羽の分際でこの私に逆らうわけ? あんたそのキモい羽が視界に入って目障りなのよ」
教室の床に這いつくばらせたルシファーの背中に跨り、漆黒の羽根を毟り取りながら得意げに笑うリリス。甲高い声での高飛車な台詞が、教室の天井によく響いた。
扉を開けていじめの現場に足を踏み入れた担任の教師は、これを見て見ぬふり。いじめを注意するような類のことは何も言わぬまま、ただ「授業を始めます、席について」とだけ告げる。
担任のウルスラ先生は、女子生徒皆からこんな大人になりたいと思わせるほどのグラマーで妖艶な美女である。彼女は人間界帰りのサキュバスであり、その実績と実力を買われて教職に就いた。
人間界で実力を高め功績を上げた淫魔は、眷属とした人間を連れて魔界に帰ることが許される。それらは人間界帰りと呼ばれ、淫魔にとっては非常に名誉とされるのだ。人間界帰りに待っているのは、眷属の人間達を食い放題のハーレム生活。淫魔は誰もがそれに憧れ、それを目指して人間界に赴き大魔王のため任務に挑むのだ。
リリスが背中から離れたことで、ルシファーはここぞとばかりに起き上がり自分の机を通り越してウルスラの所へ向かった。
「ウルスラせんせぇ……リリスちゃんがいじめるよぉ……」
目尻に涙を浮かべ瞳をうるうるさせながら救いの手を懇願すると、ウルスラは朗らかな笑顔を見せ両腕を広げた。この合図に、ルシファーは遠慮なくその大変豊かで柔らかい胸へと顔をうずめたのである。
「あらあら、ルシファー君は甘えん坊ね」
ルシファーの銀色の髪を、優しく撫でるウルスラ。彼女のルシファーに対する感情は最初無視したことから分かるように、この翼に対して快く思っていない点はあるようだった。この時代の魔族であるならば、当然の感情だ。しかしそれと同時に、彼女はルシファーに対して最も同情的な大人でもあった。自分から進んで救いの手を差し伸べようとはしないが、頼まれれば慰めてあげるくらいのことはしてくれるのである。
この頃ルシファーは、他者の同情を引くような振る舞いを覚えた。可愛くも可哀想で、救いの手を差し伸べたくなるような不憫な子供を演じることが、ルシファーなりの生存戦略。ウルスラはそれに見事に嵌められてしまった立場なのである。
「先生ー、私も抱っこー」
が、それを快く思わなかったリリスが媚び媚びの猫撫で声と共にルシファーを押しのけて、先生の胸に抱かれる権利を奪い取った。放り出されたルシファーを振り返って見下ろし、リリスは得意げな表情。ルシファーの学校生活は、大概こんな調子である。
リリスから受ける嫌がらせは、直接的な暴力だけではない。それは給食の時間、ルシファーが瓶に入れられた母乳を飲んでいる時のことだ。
「これもーらい」
食べかけのシチューを隣からぶんどり、自分の口に運ぶリリス。母乳を口に含んでいるため文句も言えないルシファーは、黙って給食を奪われるのを見ているのみ。やっと母乳を飲み込んで文句を言う頃には、既に皿は空っぽになっていた。
「返してよ僕のシチュー……」
「私は先生みたいにおっぱい大きくなるんだから沢山食べるのよ。あんたみたいなチビは幼児みたいにおっぱいだけ飲んでればいいの」
「ひどいよぉ……」
以前のように保育士から直接授乳されるのではなく毎日瓶で一定量が供給されるようになったため、ルシファーの栄養状態は格段に改善された。しかしこうしてリリスに給食を強奪されることが度々あるのは困りものである。
食後の休み時間にも、嫌がらせは続く。
「あの天使羽はさぁー、きっと母親が天使に孕まされたんだよ。だからあんなキモい羽してんの」
続いて教室に響く下品な笑い声。本人の聞こえる所で、友達とつるんで罵詈雑言を吐くのである。
だがルシファーは彼女の発言が間違っていることを分かっていた。淫魔と天使の間に子供ができることはないことを知っていたからだ。魔族の中にはごく稀に生まれつき体内の魔力術式に異常があり、特殊な身体的特徴を持って生まれてくる者がいることも知っていた。ルシファーは同期と遊ばない分校内の図書館に通っており、本で読んだ知識は豊富だったのである。
哀れないじめられっ子の劣等生として振舞いながら、虎視眈々と知識をつけてゆくルシファー。彼には一つの野望があった。たとえ給食で栄養状態がまともになっても、幼児期の遅れを取り戻すには至らない。何か強力に魔力を底上げするブーストが必要――それを探し求めるために、ルシファーは図書館に通い続けた。
歳を重ね二次性徴が始まる頃になるといよいよ、淫魔にとっての本当の“食事”とも言うべき淫魔特有の技能を得るための授業が始まる。
とはいえこの時点ではまだ男女が直接絡んでの行為は禁止されており、人形相手に疑似的な行為を行うのみである。
サキュバスが精液を啜るイメージからの連想でよく人間には誤解されているのだが、淫魔が性行為で魔力を得るというのは相手から精気等を吸収しているわけではない。性行為をすることで淫魔自身の体内から魔力が生じ、それが栄養素になるのである。
つまり自慰行為でもある程度の魔力を得ることができ、この歳の子供であればこれに母乳や食事の摂取だけで生きるのに十分な栄養素を得られるのだ。
そして性行為のやり方を正式に授業で習ったルシファーは、かねてより企てていた計画をいよいよ実行に移したのである。
今日もルシファーはリリスにいじめられて、保健室のベッドでウルスラ先生に膝枕で慰められていた。
「先生……今日もリリスちゃんが酷いんだ」
「もう、リリスさんにも困ったものね」
甘えてくるルシファーのほっぺたを撫でて愛でながら、愉悦の笑みを浮かべるウルスラ。彼女ならば行けると、ルシファーは確信していた。
「でも貴方も男の子でしょう? もっと強くならなきゃ、淫魔学校や人間界でやっていけないわよ」
まるで求めている会話への道筋を示すかのようなことを言うウルスラに、いよいよルシファーは計画を持ち掛ける。
「そうですね、先生。僕、もっと強くなりたいです。リリスちゃんにいじめられることもないくらいに。そのために……先生、僕としてくれませんか? セックス」
膝枕されて顔を見上げたまま思わぬことを言うルシファーに、ウルスラは一瞬凍り付いた。だがすぐに落ち着きを取り戻し、冷静に諭す。
「あらあら、綺麗な先生としたい気持ちはわかるわよ。でも貴方は子供だからまだしちゃ駄目」
(本当にしたいのは貴方でしょう、先生)
心の中で、ルシファーはウルスラを嘲る。ウルスラの倒錯した性癖を、ルシファーは知っていた。彼女に人間界で眷属にした男達を子供の姿に変えて行為に及ぶ趣味があることは、調べがついていたのだ。あまりやりたがる淫魔のいない幼年学校教師の職務を請け負ったのも、本物の子供と触れる機会を求めてのものなのだろう。ルシファーは彼女と接触する間にも、彼女の下心を度々感じ取っていた。
「お願いです先生。こんなこと、先生にしか頼めないんです。教えて下さい、本物のセックスを。僕にだけして下さい、先生の特別授業を。本当はもっと大きくなってから学ぶことを、僕に予習させて下さい」
起き上がったルシファーはウルスラと向き合う形で太腿に跨り、じっと目を合わせる。男の子はあと少し成長したらもう出せなくなる可愛らしさを全開にして、ウルスラの手を握って懇願。
この時代の淫魔においても、子供との性行為はご法度である。性行為を何よりも重んじる種族であるが故の決まり事であり、それは敵対種族である人間や天使の子供に対しても適用されていた。
どんなにしたくてもできない行為を、持ち掛けてくる子供がいる。それもとびきり自分好みの美少年ときた。
まだ幼さが強い中に少しずつ大人になる兆しが出始めている彼は、大変麗しい容姿に成長していた。
あんな翼に生まれてさえこなければ、彼はきっととてつもなく優れたインキュバスになっていたことだろう。それほどにまでルシファーの容姿は、ウルスラの心を抉るものであったのだ。
ウルスラは唾を呑み、一瞬揺らいだ心を正そうと意識を強く保つ。手応えを感じたルシファーは、とどめとして使うつもりで用意していた一言を放った。
「天使の子供を犯している気分が味わえますよ」
その一言は、己を不幸にし苦しめてきた翼を、生まれて初めて活かしたものであった。
そしてウルスラにとっては、己の性欲と復讐心を同時に満たせるそれは心臓を強く穿つ提案であった。人間界帰りの淫魔ならば天使と交戦したことは一度や二度ではないし、相応に恨みを持っているものなのだ。
無邪気さの中に妖しさを秘めた笑顔でこんなことを言われて、ウルスラの自制心は崩れ落ちるしかなかった。
魔族に対して、この言葉を使うのは不適切かもしれない。だがあえて現代の人間界で頻繁に形容される言葉を彼に使うならば。
それはまさしく、天使のような笑顔であった。
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