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第三章
第109話 人間競馬・4
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これまでの四回全てで服を脱がされとうとう全裸になってしまった浦部は、額に青筋を立てて拳を握っていた。
(くそっ、くそっ、あの銀髪野郎め。これが終わったらあの自慢の顔を原型無くなるまでぶん殴ってやる)
「ちょっと靖信、次あんたが負けたら脱がされるのうちなんだけど?」
「うっせえ! いいからお前は次のレースで勝つんだよ! せっかく俺がアイテム取ってやったんだぞ!」
(あんたが足引っ張ってる癖して偉そうに……)
カチンと来た柳沢だが、あまり浦部の気を立てないように心の中で悪態を吐くに留まる。
なお浦部は取ってやった等とのたまっているが、真剣勝負する二人がスルーしたものを運よくゲットしただけである。
劣勢でギスギスした大人組とは対照的に、優勢の高校生組は和やかなムード。
「今回で相手は残り二枚になったわけだ。ここで百合音が勝てば一枚、更に相手が予想を外せばこの時点で決着だな」
「うん、あと少し……あと少しで終わるんだ」
「だが問題はアイテムだな。取る余裕が無かったとはいえ、俺が取らなかったせいだ。すまん」
「謙哉は悪くないよ。それ以上に貢献してくれてるんだし。アイテムには気を付けながら頑張るから、絶対勝ってみせるよ!」
「ああ、俺も勿論お前に賭けて、精一杯応援するぜ!」
ぐっと気合を入れてみせる百合音。謙哉はその肩に手を置き、快く送り出した。
そうして始まった、第五回戦。
胸囲の格差がありすぎるトップレスの二人と、まだ一枚しか脱いでいない百合音がスタート地点に並ぶ。
この一戦に必ず勝つべく念入りな準備運動をする百合音を、柳沢は冷たい目で見下ろしていた。
「ではここで今回のアイテムを発表致します。今回のアイテムは、走力逆転。使用者自身と、三人の中で一番足が速い人の走力を入れ替えます。つまり今回の場合、柳沢さんは現役陸上部員の走力を得て、永井さんは素人並の走力になるというわけです」
「マジ? めっちゃいいアイテムじゃん」
「えっ、ちょ……」
浮かれる柳沢と、焦る百合音。リリムは何ともないのに自分だけが理不尽にデメリットを受けるアイテムに、唖然とするばかりであった。
「では位置について」
百合音に文句を言う暇を与えず、ルシファーは進行を促した。
銃声と共にレースが始まって、百合音はすぐに違和感に気付いた。自分のあまりの足の遅さに。どんなに綺麗なフォームで走っても、不思議な力によって前に進むのを阻害されているかのように遅くしか走れない。まるで自分だけ時間の流れが遅くなったような感覚だ。
(こんなことって……)
トップを走るのは柳沢で、その後ろをリリムがついていく。二人に大きく引き離されて、百合音は絶望するばかり。素人とはこんなにも足の遅いものだったのかと、逆に驚かされる気分だ。言わばこれは、自分がこれまでしてきた努力を全て敵に奪われたようなものである。
そして逆に力を得た柳沢は素人丸出しのフォームで、丸出しの胸をぶるんぶるんと揺らしながら、それとミスマッチな速度で疾風のように駆ける。
(あはははは! うち最強じゃん! 勝ったわこれ)
そう思った瞬間だった。突如として雷に打たれたように静止し、胸を押さえてうずくまった。
「何やってんだみぅな!」
浦部が怒鳴るも、柳沢は動かない。当然、すぐ後ろにいたリリムはあっという間に柳沢を抜き去ってそのままゴール。
ゴールテープを切った後は右脚を軸にくるっと体を反転させ、走る百合音とうずくまる柳沢の方を向く。ぺったんこの胸とピンクの乳首を恥ずかしげもなく丸出しにして、眩しい笑顔でピースサイン。
「どうだ! これがノーブラで走っても揺れないおっぱいの力だ!」
単純な足の速さで考えれば、百合音の走力を得た柳沢に分がある。しかし胸にダメージが行くことなく走れるアドバンテージが勝負を分けたのだ。
柳沢が唖然としている間に百合音もそれを抜いていきゴール。すれ違い際に、リリムは百合音にウィンクをした。
「はい、ここまで。一等リリム、二等永井さん、三等柳沢さんとなりました」
ルシファーがそう言うと、リリムは歩いてコースを逆走しうずくまる柳沢に近寄る。
「あーあ、クーパー靱帯切れちゃったね。おっぱいの形崩れて垂れちゃうね。残念残念。まあでもあんたの彼氏に久保君は胸を怪我させられたんだし、そのお返しってことでね」
「このクソガキ……」
歯を食いしばる柳沢を見下ろし、勝ったのをいいことに調子に乗って煽りに煽る。ルシファーもそれに注意することなく、淡々とゲームを進行した。
「さて、浦部さんの予想が当たっていなければ柳沢さんは残り二枚を一気に脱ぐこととなり、ここで敗北が決定致します。それでは予想オープンです」
苦渋の表情で挙げられた浦部のフリップに書かれた名前は「みぅな」であった。一方の謙哉はまた「百合音」と書いている。
「おや、今回は二人とも外れのようです。では久保君は下半身を、永井さんは上半身を一枚脱いで下さい」
「これで勝ちでも脱ぎはするのかよ」
謙哉は渋々ながら短パンを下ろし、ボクサーブリーフを露出した。百合音も謙哉の様子を見つつ、レーシングトップを脱いでスポーツブラを露出する。これで完全に下着姿になった百合音であるが、肌の露出度は脱ぐ前とさほど変わっていない。グレーのスポーツ下着を纏った健康的な肉体は、下着姿でありながら爽やかな印象を与えるものであった。
「では柳沢さん、残り二枚を脱いで頂きます」
「あーもう、脱げばいいんでしょ?」
柳沢はショーツに指を入れ、二枚纏めて一気に下ろす。下の毛は脱毛済みで、綺麗にツルツルだ。
「ううー……屈辱的なんだけど……」
「では、これにて今回のゲームは久保謙哉君、永井百合音さんペアの勝利と決定致しました」
ルシファーがそう言うと、謙哉と浦部は宙に浮かされコースに移動させられる。謙哉は優しく下ろされ、浦部は顔面から落とされた。
「ではまず勝者のお二方にはこちらの服をお返し致します」
百合音と謙哉それぞれの手元に、陸上ユニフォームに変わる前の元々着ていた服が現れた。二人はすぐにそれを着始める。
「浦部さんと柳沢さんは、こちらの誓約書にサインをして頂きます」
全裸にされた二人は体が勝手に動いて地べたに正座させられると、その前にちゃぶ台程度の高さの小さなテーブルとそれに載せられた紙が各自一枚ずつ出現。紙の内容はルシファーの説明通り、慰謝料等の支払いに関する誓約書だ。基本的に支払うのは浦部個人であるが、その際にする借金で柳沢も連帯保証人になることになっている。
「冗談じゃねえ! 誰が払うかよこんな……」
浦部がそう言いかけた瞬間、突如股間付近に突き付けられた鋭い槍。リリムがトップレスのまま三又の槍を手にして、凍り付いたように冷たい目で浦部を見下ろしていた。
「ちんちんちょん切られる前にサインした方がいいと思うよ。ボクの友達に酷いことしたの、絶対許さないから」
竿に紙一重の距離まで迫る槍先がキラリと光り、浦部は身の毛がよだった。
「わ、わかった! サインするから……ぎゃあっ!」
サインを書こうと身を屈ませた瞬間、槍の先端にちくっと刺さった。股間を押さえて悶え苦しみのたうち回る浦部を、リリムは変わらず冷徹に見下す。
いつも明るい友達の普段と違った姿を百合音は驚きの目で見つめていたが、やがて穏やかな顔になった。
二人がサインした誓約書を受け取ると、ルシファーは不敵な笑みを浮かべる。そんなルシファーに、リリムはうってかわって可愛らしい声で尋ねる。
「ねえ先生、そういえばあいつらが勝った時にあげる、どんなギャンブルにも勝つ魔法って本当にあるの?」
「あるわけないだろ。最初からおしおきを目的としたゲームだからな。あんなのはエサとして用意したでっち上げだ」
終わったのをいいことにぶっちゃける。当然、浦部と柳沢がショックを受けたのは言うまでもない。
「ふざけんな!!! こんなのインチキじゃねーか! 俺を騙したな!? おい!!!!」
「ええ、でも誓約書貰っちゃいましたからね。借金してでもきっちり支払いはして頂きますよ。ああ、無職でも借りられる闇金ご紹介しておきますね。それと就職先のマグロ漁船も。いやー、ニートに就職斡旋までしてあげるなんて、私はなんて優しいんでしょう」
「じょじょじょ冗談じゃねえ!!」
ルシファーの白々しい態度にブチ切れる浦部だが、再びリリムに槍を突き付けられて大人しくなった。
「逃亡しようなどとは思わないことです」
二人の下腹部に、二枚の黒翼を象った紋章が刻まれる。
「この紋章がある限り、あなた方は私から逃れることは不可能です」
「ヤクザだ……ヤクザだこいつら……」
「では、これにて本日の脱衣ゲームはお開きとなります。皆さんを元の世界にお返し致しましょう」
「おい待て、俺らの服は――」
百合音が気が付くと、謙哉と共に自宅にいた。浦部と柳沢の姿は見えない。
「あ、謙哉。ねえ、あたし達さっきまで……」
「ああ……夢じゃなかった……よな?」
そう話していた矢先のこと、玄関の扉が開く音。先日浦部が侵入してきた時を彷彿とさせる状況に、二人は身を強張らせる。
速足の足音。謙哉が拳を握る中、百合音は不思議と緊張が解け強張りが落ち着く。だがそれに続くもう一つの足音が、再び百合音に緊張を走らせた。
「百合音!」
慌てて入ってきたのは百合音の母親。部屋に足を踏み入れ百合音の名を呼ぶなり、百合音を抱きしめた。
「ごめんね百合音、私があんな人に気を許したばっかりに……」
「お母さん……」
そしてその後から入ってきたのは、まさかの百合音の担任。ぐるぐる眼鏡に白衣姿のおとぼけ化学教師、黒羽先生であった。
「先生!? 何でここに!?」
「アパートの住民から匿名で学校に連絡があったのですよ。永井さんが大変なことになっているとお聞きして、お母様にも連絡をとり駆けつけたのです」
謙哉の尋ねに対する返答のうち、前半はでっち上げたものである。ゲームを終えたルシファーはその後のフォローのため、黒羽として動き始めたのだ。
「そういやあのオッサン達は……先生、この家に不法侵入してた二人組、どこ行ったか知りませんか?」
「ああ、その二人でしたら朝っぱらから全裸で屋外を徘徊していたようで、先程警察に連れていかれましたよ」
「マジかよ……」
脱衣ゲームの後、あの二人が服を返されないまま元の世界に戻されたことを百合音と謙哉は見ていた。間違いなくあれは現実だったのだと、これで確信を持ったのだ。
だがそれはそれとして、百合音は何やら俯いて表情を曇らせる。
「……これであたし、犯罪者の娘になっちゃったんだね」
「何言ってんだよ百合音! そんなの関係ねーよ! お前の父親がどんなだろうとお前はお前だろ!」
百合音の両肩に掌を置き諭すように反論すると、百合音は目に涙を浮かべつつも顔を上げて笑ってみせた。
「あたし、謙哉のこと羨ましいって思っちゃったんだ。あんなに優しくていい両親がいて。謙哉がこんなにまっすぐに育ったのも納得できるなって……」
「いや、俺からしたら別にそこまで良い親ってわけでも……いや、そんなことよりもだ、お前が誰の血を引いていようが俺はお前が好きなんだよ! だからそんな悲観するな!」
「久保君の言うとおりですよ。私は永井さんが素晴らしい生徒だということをよく知っています」
「謙哉。黒羽先生……あの、先生、一つ質問してもいいですか」
「どうぞ何でも」
「先生の親って、どんな人でしたか? 先生のような立派な人なら、きっと親も立派な人だったんだろうなって……」
決して表には出そうとしなかったが、ろくでなしの血を引いていることは百合音にとってずっと大きなコンプレックスだった。それが今日の一件で一気に表に出てきて、百合音の感情を強く抉ったのだ。
百合音の気持ちを察したルシファーは瞼を閉じて少し考え、一つの決心をする。
「私は、親に育てられた経験がありません。私の母親は、生まれた直後の私を床に投げ落として殺そうとしたと聞いています。父親については、顔も名前も知りません」
質問をしたことを後悔するような、壮絶な過去。その場にいた者皆が絶句する中で、黒羽は朗らかに微笑む。
そこで沈黙を破ったのは、謙哉であった。
「あの、先生? この話、俺も聞いちゃってよかったんスか?」
「何も気にすることはありませんよ。今となってはどうでもいい笑い話です。何が言いたいかといったら、そんな親から生まれた私でも今こうして教師をやれているということです。人生というのは遺伝子だけで決まるものではありません。永井さんには、こんなにも貴方を大切にしてくれる恋人がいます。それに貴方を助けてくれる友達も。これらは全て、貴方が人徳によって得た縁ですよ。沢山の人に愛されている自分を、誇りに思っていいんです」
「先生……ありがとうございます」
「永井さんが立ち直ってくれたようでよかったです。それでは私はこれで失礼致します。また学校でお会いしましょう」
百合音と謙哉、百合音の母親にそれぞれ頭を下げて、黒羽は百合音の家を後にする。その後ろを、姿を消してこっそり一部始終を見ていたリリムが付いていった。
黒羽を見送った百合音は、ふと思う。
(そういえば、さっきのゲームで謙哉だけじゃなく誰か友達にも助けられたような……気のせいかな?)
脱衣ゲームのアシスタントを務めるのが恋咲凛々夢であることは、ゲームが終わったら皆記憶を改変されて忘れる。リリムがルシファーと違って、人間としての生活と脱衣ゲームの際とで殆ど見た目を変えず同一人物として振舞っているための措置である。
たとえそれを忘れられても、友達を危機から救うことができたならそれで満足。玄関を出る前にリリムは一瞬振り返り、向こうがこちらに気付くことはなくとも手を振って別れの挨拶をした。
「ねえ先生、百合音ちゃん達に話したんだ。先生が生まれた時のこと」
「まあ、成り行きでな」
アパートを出たルシファーとリリムは、姿を消して上空に飛び朝の街並みを眺めながら話していた。
ルシファーは背中から生えた漆黒の翼を体の前に持ってきて、何か物思いに耽るように眺める。
リリムのそれとは、一般的な淫魔のそれとは明らかに違う形状をした翼を。
「先生、どうかしたの?」
「……何でもないさ。家に戻って登校の準備をしようか。俺は今日も仕事があるし、お前だって部活の練習があるだろう」
「はーい」
(くそっ、くそっ、あの銀髪野郎め。これが終わったらあの自慢の顔を原型無くなるまでぶん殴ってやる)
「ちょっと靖信、次あんたが負けたら脱がされるのうちなんだけど?」
「うっせえ! いいからお前は次のレースで勝つんだよ! せっかく俺がアイテム取ってやったんだぞ!」
(あんたが足引っ張ってる癖して偉そうに……)
カチンと来た柳沢だが、あまり浦部の気を立てないように心の中で悪態を吐くに留まる。
なお浦部は取ってやった等とのたまっているが、真剣勝負する二人がスルーしたものを運よくゲットしただけである。
劣勢でギスギスした大人組とは対照的に、優勢の高校生組は和やかなムード。
「今回で相手は残り二枚になったわけだ。ここで百合音が勝てば一枚、更に相手が予想を外せばこの時点で決着だな」
「うん、あと少し……あと少しで終わるんだ」
「だが問題はアイテムだな。取る余裕が無かったとはいえ、俺が取らなかったせいだ。すまん」
「謙哉は悪くないよ。それ以上に貢献してくれてるんだし。アイテムには気を付けながら頑張るから、絶対勝ってみせるよ!」
「ああ、俺も勿論お前に賭けて、精一杯応援するぜ!」
ぐっと気合を入れてみせる百合音。謙哉はその肩に手を置き、快く送り出した。
そうして始まった、第五回戦。
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この一戦に必ず勝つべく念入りな準備運動をする百合音を、柳沢は冷たい目で見下ろしていた。
「ではここで今回のアイテムを発表致します。今回のアイテムは、走力逆転。使用者自身と、三人の中で一番足が速い人の走力を入れ替えます。つまり今回の場合、柳沢さんは現役陸上部員の走力を得て、永井さんは素人並の走力になるというわけです」
「マジ? めっちゃいいアイテムじゃん」
「えっ、ちょ……」
浮かれる柳沢と、焦る百合音。リリムは何ともないのに自分だけが理不尽にデメリットを受けるアイテムに、唖然とするばかりであった。
「では位置について」
百合音に文句を言う暇を与えず、ルシファーは進行を促した。
銃声と共にレースが始まって、百合音はすぐに違和感に気付いた。自分のあまりの足の遅さに。どんなに綺麗なフォームで走っても、不思議な力によって前に進むのを阻害されているかのように遅くしか走れない。まるで自分だけ時間の流れが遅くなったような感覚だ。
(こんなことって……)
トップを走るのは柳沢で、その後ろをリリムがついていく。二人に大きく引き離されて、百合音は絶望するばかり。素人とはこんなにも足の遅いものだったのかと、逆に驚かされる気分だ。言わばこれは、自分がこれまでしてきた努力を全て敵に奪われたようなものである。
そして逆に力を得た柳沢は素人丸出しのフォームで、丸出しの胸をぶるんぶるんと揺らしながら、それとミスマッチな速度で疾風のように駆ける。
(あはははは! うち最強じゃん! 勝ったわこれ)
そう思った瞬間だった。突如として雷に打たれたように静止し、胸を押さえてうずくまった。
「何やってんだみぅな!」
浦部が怒鳴るも、柳沢は動かない。当然、すぐ後ろにいたリリムはあっという間に柳沢を抜き去ってそのままゴール。
ゴールテープを切った後は右脚を軸にくるっと体を反転させ、走る百合音とうずくまる柳沢の方を向く。ぺったんこの胸とピンクの乳首を恥ずかしげもなく丸出しにして、眩しい笑顔でピースサイン。
「どうだ! これがノーブラで走っても揺れないおっぱいの力だ!」
単純な足の速さで考えれば、百合音の走力を得た柳沢に分がある。しかし胸にダメージが行くことなく走れるアドバンテージが勝負を分けたのだ。
柳沢が唖然としている間に百合音もそれを抜いていきゴール。すれ違い際に、リリムは百合音にウィンクをした。
「はい、ここまで。一等リリム、二等永井さん、三等柳沢さんとなりました」
ルシファーがそう言うと、リリムは歩いてコースを逆走しうずくまる柳沢に近寄る。
「あーあ、クーパー靱帯切れちゃったね。おっぱいの形崩れて垂れちゃうね。残念残念。まあでもあんたの彼氏に久保君は胸を怪我させられたんだし、そのお返しってことでね」
「このクソガキ……」
歯を食いしばる柳沢を見下ろし、勝ったのをいいことに調子に乗って煽りに煽る。ルシファーもそれに注意することなく、淡々とゲームを進行した。
「さて、浦部さんの予想が当たっていなければ柳沢さんは残り二枚を一気に脱ぐこととなり、ここで敗北が決定致します。それでは予想オープンです」
苦渋の表情で挙げられた浦部のフリップに書かれた名前は「みぅな」であった。一方の謙哉はまた「百合音」と書いている。
「おや、今回は二人とも外れのようです。では久保君は下半身を、永井さんは上半身を一枚脱いで下さい」
「これで勝ちでも脱ぎはするのかよ」
謙哉は渋々ながら短パンを下ろし、ボクサーブリーフを露出した。百合音も謙哉の様子を見つつ、レーシングトップを脱いでスポーツブラを露出する。これで完全に下着姿になった百合音であるが、肌の露出度は脱ぐ前とさほど変わっていない。グレーのスポーツ下着を纏った健康的な肉体は、下着姿でありながら爽やかな印象を与えるものであった。
「では柳沢さん、残り二枚を脱いで頂きます」
「あーもう、脱げばいいんでしょ?」
柳沢はショーツに指を入れ、二枚纏めて一気に下ろす。下の毛は脱毛済みで、綺麗にツルツルだ。
「ううー……屈辱的なんだけど……」
「では、これにて今回のゲームは久保謙哉君、永井百合音さんペアの勝利と決定致しました」
ルシファーがそう言うと、謙哉と浦部は宙に浮かされコースに移動させられる。謙哉は優しく下ろされ、浦部は顔面から落とされた。
「ではまず勝者のお二方にはこちらの服をお返し致します」
百合音と謙哉それぞれの手元に、陸上ユニフォームに変わる前の元々着ていた服が現れた。二人はすぐにそれを着始める。
「浦部さんと柳沢さんは、こちらの誓約書にサインをして頂きます」
全裸にされた二人は体が勝手に動いて地べたに正座させられると、その前にちゃぶ台程度の高さの小さなテーブルとそれに載せられた紙が各自一枚ずつ出現。紙の内容はルシファーの説明通り、慰謝料等の支払いに関する誓約書だ。基本的に支払うのは浦部個人であるが、その際にする借金で柳沢も連帯保証人になることになっている。
「冗談じゃねえ! 誰が払うかよこんな……」
浦部がそう言いかけた瞬間、突如股間付近に突き付けられた鋭い槍。リリムがトップレスのまま三又の槍を手にして、凍り付いたように冷たい目で浦部を見下ろしていた。
「ちんちんちょん切られる前にサインした方がいいと思うよ。ボクの友達に酷いことしたの、絶対許さないから」
竿に紙一重の距離まで迫る槍先がキラリと光り、浦部は身の毛がよだった。
「わ、わかった! サインするから……ぎゃあっ!」
サインを書こうと身を屈ませた瞬間、槍の先端にちくっと刺さった。股間を押さえて悶え苦しみのたうち回る浦部を、リリムは変わらず冷徹に見下す。
いつも明るい友達の普段と違った姿を百合音は驚きの目で見つめていたが、やがて穏やかな顔になった。
二人がサインした誓約書を受け取ると、ルシファーは不敵な笑みを浮かべる。そんなルシファーに、リリムはうってかわって可愛らしい声で尋ねる。
「ねえ先生、そういえばあいつらが勝った時にあげる、どんなギャンブルにも勝つ魔法って本当にあるの?」
「あるわけないだろ。最初からおしおきを目的としたゲームだからな。あんなのはエサとして用意したでっち上げだ」
終わったのをいいことにぶっちゃける。当然、浦部と柳沢がショックを受けたのは言うまでもない。
「ふざけんな!!! こんなのインチキじゃねーか! 俺を騙したな!? おい!!!!」
「ええ、でも誓約書貰っちゃいましたからね。借金してでもきっちり支払いはして頂きますよ。ああ、無職でも借りられる闇金ご紹介しておきますね。それと就職先のマグロ漁船も。いやー、ニートに就職斡旋までしてあげるなんて、私はなんて優しいんでしょう」
「じょじょじょ冗談じゃねえ!!」
ルシファーの白々しい態度にブチ切れる浦部だが、再びリリムに槍を突き付けられて大人しくなった。
「逃亡しようなどとは思わないことです」
二人の下腹部に、二枚の黒翼を象った紋章が刻まれる。
「この紋章がある限り、あなた方は私から逃れることは不可能です」
「ヤクザだ……ヤクザだこいつら……」
「では、これにて本日の脱衣ゲームはお開きとなります。皆さんを元の世界にお返し致しましょう」
「おい待て、俺らの服は――」
百合音が気が付くと、謙哉と共に自宅にいた。浦部と柳沢の姿は見えない。
「あ、謙哉。ねえ、あたし達さっきまで……」
「ああ……夢じゃなかった……よな?」
そう話していた矢先のこと、玄関の扉が開く音。先日浦部が侵入してきた時を彷彿とさせる状況に、二人は身を強張らせる。
速足の足音。謙哉が拳を握る中、百合音は不思議と緊張が解け強張りが落ち着く。だがそれに続くもう一つの足音が、再び百合音に緊張を走らせた。
「百合音!」
慌てて入ってきたのは百合音の母親。部屋に足を踏み入れ百合音の名を呼ぶなり、百合音を抱きしめた。
「ごめんね百合音、私があんな人に気を許したばっかりに……」
「お母さん……」
そしてその後から入ってきたのは、まさかの百合音の担任。ぐるぐる眼鏡に白衣姿のおとぼけ化学教師、黒羽先生であった。
「先生!? 何でここに!?」
「アパートの住民から匿名で学校に連絡があったのですよ。永井さんが大変なことになっているとお聞きして、お母様にも連絡をとり駆けつけたのです」
謙哉の尋ねに対する返答のうち、前半はでっち上げたものである。ゲームを終えたルシファーはその後のフォローのため、黒羽として動き始めたのだ。
「そういやあのオッサン達は……先生、この家に不法侵入してた二人組、どこ行ったか知りませんか?」
「ああ、その二人でしたら朝っぱらから全裸で屋外を徘徊していたようで、先程警察に連れていかれましたよ」
「マジかよ……」
脱衣ゲームの後、あの二人が服を返されないまま元の世界に戻されたことを百合音と謙哉は見ていた。間違いなくあれは現実だったのだと、これで確信を持ったのだ。
だがそれはそれとして、百合音は何やら俯いて表情を曇らせる。
「……これであたし、犯罪者の娘になっちゃったんだね」
「何言ってんだよ百合音! そんなの関係ねーよ! お前の父親がどんなだろうとお前はお前だろ!」
百合音の両肩に掌を置き諭すように反論すると、百合音は目に涙を浮かべつつも顔を上げて笑ってみせた。
「あたし、謙哉のこと羨ましいって思っちゃったんだ。あんなに優しくていい両親がいて。謙哉がこんなにまっすぐに育ったのも納得できるなって……」
「いや、俺からしたら別にそこまで良い親ってわけでも……いや、そんなことよりもだ、お前が誰の血を引いていようが俺はお前が好きなんだよ! だからそんな悲観するな!」
「久保君の言うとおりですよ。私は永井さんが素晴らしい生徒だということをよく知っています」
「謙哉。黒羽先生……あの、先生、一つ質問してもいいですか」
「どうぞ何でも」
「先生の親って、どんな人でしたか? 先生のような立派な人なら、きっと親も立派な人だったんだろうなって……」
決して表には出そうとしなかったが、ろくでなしの血を引いていることは百合音にとってずっと大きなコンプレックスだった。それが今日の一件で一気に表に出てきて、百合音の感情を強く抉ったのだ。
百合音の気持ちを察したルシファーは瞼を閉じて少し考え、一つの決心をする。
「私は、親に育てられた経験がありません。私の母親は、生まれた直後の私を床に投げ落として殺そうとしたと聞いています。父親については、顔も名前も知りません」
質問をしたことを後悔するような、壮絶な過去。その場にいた者皆が絶句する中で、黒羽は朗らかに微笑む。
そこで沈黙を破ったのは、謙哉であった。
「あの、先生? この話、俺も聞いちゃってよかったんスか?」
「何も気にすることはありませんよ。今となってはどうでもいい笑い話です。何が言いたいかといったら、そんな親から生まれた私でも今こうして教師をやれているということです。人生というのは遺伝子だけで決まるものではありません。永井さんには、こんなにも貴方を大切にしてくれる恋人がいます。それに貴方を助けてくれる友達も。これらは全て、貴方が人徳によって得た縁ですよ。沢山の人に愛されている自分を、誇りに思っていいんです」
「先生……ありがとうございます」
「永井さんが立ち直ってくれたようでよかったです。それでは私はこれで失礼致します。また学校でお会いしましょう」
百合音と謙哉、百合音の母親にそれぞれ頭を下げて、黒羽は百合音の家を後にする。その後ろを、姿を消してこっそり一部始終を見ていたリリムが付いていった。
黒羽を見送った百合音は、ふと思う。
(そういえば、さっきのゲームで謙哉だけじゃなく誰か友達にも助けられたような……気のせいかな?)
脱衣ゲームのアシスタントを務めるのが恋咲凛々夢であることは、ゲームが終わったら皆記憶を改変されて忘れる。リリムがルシファーと違って、人間としての生活と脱衣ゲームの際とで殆ど見た目を変えず同一人物として振舞っているための措置である。
たとえそれを忘れられても、友達を危機から救うことができたならそれで満足。玄関を出る前にリリムは一瞬振り返り、向こうがこちらに気付くことはなくとも手を振って別れの挨拶をした。
「ねえ先生、百合音ちゃん達に話したんだ。先生が生まれた時のこと」
「まあ、成り行きでな」
アパートを出たルシファーとリリムは、姿を消して上空に飛び朝の街並みを眺めながら話していた。
ルシファーは背中から生えた漆黒の翼を体の前に持ってきて、何か物思いに耽るように眺める。
リリムのそれとは、一般的な淫魔のそれとは明らかに違う形状をした翼を。
「先生、どうかしたの?」
「……何でもないさ。家に戻って登校の準備をしようか。俺は今日も仕事があるし、お前だって部活の練習があるだろう」
「はーい」
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