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第三章
第102話 浴衣の彼女と夏祭りデート
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本日は綿環市民公園の夏祭り。悠里の家の前まで迎えに来た孝弘は、悠里が出てくるのを今か今かと待ちわびていた。
「お待たせ、孝弘君」
扉が開く。仄かに微笑みながらもどこか緊張した様子で出てきた悠里の姿に、孝弘の胸が高鳴った。
淡い水色地に菖蒲の柄の浴衣と、菖蒲と同じ紫色の帯。可愛らしくありつつも華美になりすぎず、清楚で上品な印象を引き立てる彼女らしい装いだ。
そしてこちらの反応を窺うようにちらちらと目配せしてくる様子が、何とも愛らしくいじらしかった。
「可愛いな、凄く似合ってる。あ、そのカチューシャ、浴衣と同じ柄だよね」
「余った生地で作ってみたの。どうかな?」
「それも似合ってるよ。悠里は凄いな。浴衣を自分で仕立てられて、そういうアクセサリーも作れる。尊敬するよ」
「昔から好きでやってることだから。孝弘君の野球と一緒だよ」
「そう言われると親近感湧くなあ」
手を差し出すと、悠里はそっとそれを握る。二人は手を繋いで他愛無い世間話をしながら公園へと向かった。
プールでの一件以来少々ギクシャクしていた二人は、久しぶりのデートにお互いどこか緊張があった。自然を装って会話しつつも、お互いに相手があの日の話題を出したりしないか冷や冷やしている状態だ。
無数の提灯に照らされた夜の公園は、地元の人々で賑わっていた。孝弘にとっても悠里にとっても、毎年お馴染みの見慣れた光景だ。
しかし今年違うのは、生まれて初めてできた恋人とデートとして来ているということだ。それだけで見慣れた風景も、なんだか薔薇色に感じてくるというものだ。
一先ずは祭の雰囲気を楽しみながら、手を繋いでぶらつく二人。何はなくともこうしているだけで、不思議と幸せが込み上げてくるのだ。
ふと、孝弘が輪投げの屋台に目を向ければ見知った顔が。見事景品に輪を入れて、胸を揺らしてガッツポーズする須崎美奈だ。オレンジ色に向日葵柄のミニ浴衣を着て、受け取った景品を手に楽しげにはしゃいでいる。その隣では、山本大地も一緒に喜んでいた。
視線に気付いた美奈は振り返り、こちらに声をかけてくる。
「あ、委員長に副委員長!」
「こんばんは須崎さん、山本君。須崎さんの浴衣可愛いね」
「ありがとー。委員長のも可愛いよ! ねえねえ見て見て! なんか知らないアニメのフィギュア取れたー」
「知らないアニメなんだ」
「うん、とりあえず何か当たればいいやって適当に投げたら入った」
「こいつテニスでもノーコンパワーショット無暗に撃ちまくるタイプだからな」
「何をー、あんたのシュートだってよくゴールの外側飛んでくじゃん」
「うっせー」
笑顔でどつき合う大地と美奈。何だかんだ言って、脳筋同士気が合うのである。破局の危機を乗り越えた二人は、より一層仲が深まった様子であった。
同じ脱衣ゲームで交際を始めた二組のカップルは、どちらも順調に続いている。それを見て、お面の向こうで仄かに口元を緩ませる男が一人いた。
十七歳の姿――ひろし君スタイルで子供向けアニメのキャラクターのお面を被った、愛の天使ルシファーである。身に纏うは、グレー地に漆黒の羽根を無数に舞わせた柄の浴衣。その隣には、リリムの姿も。
ルシファーが綿環高校に赴任してから初めて行った脱衣ゲームで成立させたカップルが、ここにいる二組。ルシファーにとって、思い入れ深い生徒達である。
感慨に耽っていると、リリムに袖を引かれてルシファーは四人のいる方へと歩き出した。
「やっほー美奈ちゃん、いいんちょ! それに山本君と副委員長も」
「よう恋咲。お前も来てたのか。隣の奴はお前の彼氏だったよな」
「どうもお久しぶりです。山田ひろしです」
ルシファーは大地に挨拶を返し、丁寧に頭を下げた。
リリムの彼氏という設定で山田ひろしという偽名を名乗る。黒羽崇とはまた違う、ルシファーの演じる顔の一つだ。
「初めまして、恋咲さんの同級生の島本悠里です」
「同じく、佐藤孝弘です」
「こちらこそ初めまして。うちの凛々夢がお世話になってます」
丁寧な挨拶を返す学級委員カップル。頭を下げた悠里はふとあることに気が付き、リリムに近づいて耳打ちをした。
「恋咲さん、下着、見えてるよ」
リリムが着ているのは、派手なピンクにハートを散りばめてフリルいっぱいな超ミニ丈の浴衣。短すぎるスカートからは、さりげなく白いショーツが僅かに顔を覗かせていた。
「ちょっとくらい見えてるのがカワイイんじゃーん」
勿論これはわざと見せていることである。だがそのリリムの主張に、聞き捨てならないのは美奈だ。
「ちょい待て凛々夢。ミニスカート愛好家として一つ言わせて貰うなら、スカート丈はギリギリパンツが見えないくらいがベスト! 普通にしてても見えちゃう丈は、最早ただの痴女だよ!」
「ガーン!」
リリムはショックを受ける素振りを見せるが、あくまでノリでやっただけ。自分が痴女であることは、承知の上でこんな格好をしているのだ。
「見よこの黄金比。完璧すぎる丈だと思わないかね諸君」
可能な限り短くしつつも、普通に立った状態では下着が見えないくらいの塩梅を極めたスカート丈。美奈はそれを誇るように、腰に手を当てて胸を張った。制服でも私服でも大概このくらいの丈のスカートを愛用している彼女であるが、いつも元気いっぱいで短いスカートのまま激しく動き回るため、頻繁にパンチラしてしまっているのが実状だ。尤もそれは、リリムも共通ではあるのだが。
「むむむ……でもいーもん! ボクはボクのお洒落を信じる! ボクの自作した浴衣が、世界で一番カワイイんだい!」
「恋咲さんも自作したんだ。私もだよ」
「わー、いいんちょもなんだ! ちなみにねー、ひろし君が着てるのもボクが作ったんだよ!」
すっかりリリムの着せ替え人形にされているルシファーである。
悠里がルシファーに視線を向けると、当然気になる点が。
「そういえば、山田さんはどうしてずっとお面を?」
「それは……」
悠里の疑問にルシファーが答える前に、大地が口を挟む。
「勿体ないよなー、顔隠しちゃうの。芸能人顔負けのイケメンなのによー」
「……まあ、初対面の人の前で顔を隠すのは失礼ですからね」
渋々ながら外したお面の下は、誰しもが振り返るほどの絶世の美男子。瞬間、人ごみから一斉に視線を向けられ、スマホカメラのシャッター音まで鳴った。
「あ、これSNSに『物凄いイケメンがいた!』って晒されるやつ。ひろし君有名人になっちゃう」
「だから外したくなかったんだ」
「ここに来る途中も来てからもずっとこんな調子だったから、そこの屋台でお面買ったんだよね」
事情を説明した上で、ルシファーは改めてお面を被る。美しい顔が子供向けアニメのコミカルなキャラクターに覆い隠された姿は、何とも言い難いシュールさだ。
「ひろし君は顔がいいだけじゃないんだよ。えっちも凄く上手いし、それにちんちんがおっきい!」
リリムが誇らしげに言うと、一瞬辺りが静まり返る。そこから程なくして、悠里がボッと顔を赤くした。
「悠里の前でそういう下ネタ言うのやめてもらえるか?」
眼鏡を光らせて静かに怒る孝弘に、リリムは畏縮。続けて、ルシファーに頭を押さえつけられて強制的に頭を下げさせられた。
「すみません、うちのバカがしょうもないことを」
「ごめんなさーい」
可愛く謝ったリリムの尻をルシファーがペチンと叩くと、リリムは「きゃん」と吼えた。
「あ、き、気にしないで恋咲さん。山田さんも、本当にもういいですから」
真っ赤になりながらも、これ以上拗れるのを望まず事態の収束を求める悠里。
ちんちんがおっきいと言われて脳裏に浮かんだのは、思い出さないよう努めていた市民プールでの一件であった。
「孝弘君も、あまり恋咲さんを責めないであげて。恋咲さん、女子更衣室とかでは大概こういうノリだし、私ももう慣れっこだから」
(当真と似たようなもんか)
「そうそう、凛々夢ってば臨海学校の風呂の時とかやりたい放題だったよねぇ」
美奈の発言を受けて、その際に色々と恥ずかしい思いをさせられた悠里はまたも顔を赤くした。
ルシファーはお面の裏で溜息。
「……では皆さんのデートの邪魔をするのも悪いので、我々はこれにて失礼します。行こうかリリム」
「はーい」
ルシファーに連れていかれたリリムは、けろっとして手を振っていた。
「まったくお前という奴はどうしてこう」
「でもボクの言ったこと全部事実だよー?」
悠里達から離れたルシファーとリリムは賑わう公園を歩みながら、いろんなカップルや過去に脱衣ゲームに参加した生徒達の様子を観察していた。
ちなみに本日ルシファーは、輪投げや射的やヨーヨー釣り等ゲーム系の屋台に参加するのは自重している。本気を出したらあっという間に景品を取り尽くしてしまうためである。
リリムは右手にわたあめ、左手にりんご飴を持って交互に舐めながら、ルシファーのことも舐め腐っていて反省が無い。
呆れ笑いをするルシファーであったが、ふと見知った生徒の存在を感知してそちらに顔を向ける。
(む、あれは……意外な組み合わせだな)
以前脱衣ゲームに参加したもののカップル不成立になった女子生徒が、他校の男子生徒と二人でいたのである。
(俺の関与無しに彼氏ができたか。まあ、そういうことも当然あるだろう。これで彼女が幸せになれればいいが……)
一抹の不安をよぎらせながら、ルシファーは当のカップルとすれ違った。
一方で大地達と別れた孝弘と悠里は、次はどこに行こうか等と話しながらぶらついていた。
「それにしても凄かったよな恋咲さんの彼氏。芸能人でもないのにあそこまで顔の整った男いるもんだなーと。まあ、一輝とかも大概ではあるけど」
「私は、孝弘君の方がかっこいいと思うよ」
「ん、悠里にそう思ってもらえるなら冥利に尽きるよ」
実際孝弘もルックスは非常に良い方である。勿論、ルシファーほど圧倒的ではないが。
暫く歩いていると、孝弘はふと視線を感じそちらに顔を向けた。すると孝弘にとってよく見知った人物が二人。
「柚木さん、それに黒崎も。何で二人が一緒に?」
一人は綿環高校野球部の女子マネージャー、柚木杏。もう一人は夏の大会で綿環高校を破った木津音高校のエースで四番、それでいて孝弘の少年野球時代のチームメイトでもあった黒崎春彦だ。
黒崎の姿を見ると、悠里はペコリと一度頭を下げると半歩後ろに下がり孝弘の手を握るのを少し強めた。春彦は悠里の中学時代の同級生でもあり、何度交際を断ってもしつこく言い寄ってきた男である。苦手意識を持つのも、致し方無いことだ。
春彦は孝弘の質問を聞くと、ニヤリと歯を見せて笑った。
「こないだから付き合い始めたんだよ、俺達」
「そうなの? 柚木さん」
孝弘が半信半疑で尋ねると、杏は頬をピンクに染めながらコクリと頷く。
最近杏がやたらと機嫌が良かったのはこれだったのかと、孝弘は理解した。
失恋をきっかけに髪を切った杏の現在の髪型は、悠里の髪型に近くなっている。それでいて悠里と同じ奥ゆかしい清純清楚タイプ。しかもそこにFカップの巨乳がついてきたとあれば、春彦が目を付けたのも致し方無い。
そして杏はといえば、好きになった人にはとことん尽くしたい性癖の持ち主。自分がいてやらないと駄目になりそうな危うさのある男に心惹かれてしまう性分なのだ。
孝弘が一度悠里の顔を見ると、戸惑っているような憐れんでいるような憂いを帯びた表情。悪い男に捕まってしまった女の子をどうにかしてあげたいけど、特別仲が良いわけでもない人の恋路に口出しするのも憚られる――とでも言いたさげな様子だ。
「あの、佐藤君」
杏が声をかけてきたので、孝弘は再びそちらを見る。
「彼が選手の皆さんにとってライバルの立場にあることは承知しています。ですが、決して部に迷惑をかけるようなことは致しませんので……」
「大丈夫。柚木さんがそういうことする人じゃないってわかってるから」
ライバルチームの選手と付き合うことに後ろめたさを感じていた杏。しかし孝弘にそれを咎める様子はない。
だが不安を感じるならば春彦がライバルチームの選手であることよりも、春彦の人格面なのだ。
そして孝弘と悠里の不安を的中させるように、春彦はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて言った。
「どうだ佐藤。お前の彼女よりずっとおっぱいでかいぞ。野球に続いて女のレベルでも俺の勝ちだな」
何を言い出すかと思えば、本人のいる前で面と向かって言うようなことではないセクハラ要素を含んだ暴言。ましてやその相手は、彼にとって以前好きだった人だ。こういう性格の悪さとマウント癖が、この男の厄介な所なのである。
流石にカチンときた孝弘であったが、悠里の手前事を荒立てたくはない。悠里の方を見ると、口元を一の字にして感情を窺わせない真顔になっていた。
果たしてその感情は怒りか、悲しみか、軽蔑か。ただ一つ言えることは、孝弘の手を握る力が少し強まったことだ。何にせよせっかくの夏祭りデートで、彼女に嫌な思いをさせてしまったことは紛れもない事実である。
孝弘は繋いでいるのとは逆の手で悠里をそっと抱き寄せると、春彦と視線を合わせた。
「お前がどう思っていようと、俺にとっては悠里が一番可愛いよ。でもお前にとっては柚木さんが一番なんだろ? どっちが上かなんて、比べるものじゃない。行こうか悠里、ごめんね、嫌な思いさせちゃって。じゃあ柚木さん、また部活で」
腰に腕を回された状態で身体を密着されている上に、ストレートに一番可愛いと言われて胸の高鳴りが止まらない悠里。
顔から湯気を発し縮こまる悠里と共に孝弘は歩き出し、春彦達の横を抜けて先に進む。最早彼らに視線を向けもせず、春彦が悔しそうに拳を握ったのも目に入らなかった。
杏のことを悠里の代用品として見ていた春彦。彼にとって、孝弘の言葉は深い楔として刺さっていた。
一方の杏は、身体ごと振り返って孝弘の背中に向かって頭を下げる。
「あのっ、佐藤君、島本さん、ごめんなさい! 彼が失礼なことを……」
「柚木さんが謝ることじゃないよ。じゃあ、また」
そしてその様子を空中から眺めるのは、いつの間にやら姿を消して提灯より上に移動していたルシファーとリリムである。
「ねえ先生、杏ちゃん達あのままでいいの?」
「あの黒崎春彦という男が碌でもない奴なのは確かだが……うーむ」
既に成立したカップルを破局させることを視野に入れて行った脱衣ゲームは、富岡櫻と御門千里の一件がある。だが結果としてそれは二人の心の繋がりをより深めることとなった。
人々の愛を結ぶキューピッドとして、そういった目的に脱衣ゲームを使うべきではないのではという気持ちもある。
「まあ、暫くは様子見、だな。あの男が柚木の影響で良い方に変わっていく可能性も、無くはないのだから」
「お待たせ、孝弘君」
扉が開く。仄かに微笑みながらもどこか緊張した様子で出てきた悠里の姿に、孝弘の胸が高鳴った。
淡い水色地に菖蒲の柄の浴衣と、菖蒲と同じ紫色の帯。可愛らしくありつつも華美になりすぎず、清楚で上品な印象を引き立てる彼女らしい装いだ。
そしてこちらの反応を窺うようにちらちらと目配せしてくる様子が、何とも愛らしくいじらしかった。
「可愛いな、凄く似合ってる。あ、そのカチューシャ、浴衣と同じ柄だよね」
「余った生地で作ってみたの。どうかな?」
「それも似合ってるよ。悠里は凄いな。浴衣を自分で仕立てられて、そういうアクセサリーも作れる。尊敬するよ」
「昔から好きでやってることだから。孝弘君の野球と一緒だよ」
「そう言われると親近感湧くなあ」
手を差し出すと、悠里はそっとそれを握る。二人は手を繋いで他愛無い世間話をしながら公園へと向かった。
プールでの一件以来少々ギクシャクしていた二人は、久しぶりのデートにお互いどこか緊張があった。自然を装って会話しつつも、お互いに相手があの日の話題を出したりしないか冷や冷やしている状態だ。
無数の提灯に照らされた夜の公園は、地元の人々で賑わっていた。孝弘にとっても悠里にとっても、毎年お馴染みの見慣れた光景だ。
しかし今年違うのは、生まれて初めてできた恋人とデートとして来ているということだ。それだけで見慣れた風景も、なんだか薔薇色に感じてくるというものだ。
一先ずは祭の雰囲気を楽しみながら、手を繋いでぶらつく二人。何はなくともこうしているだけで、不思議と幸せが込み上げてくるのだ。
ふと、孝弘が輪投げの屋台に目を向ければ見知った顔が。見事景品に輪を入れて、胸を揺らしてガッツポーズする須崎美奈だ。オレンジ色に向日葵柄のミニ浴衣を着て、受け取った景品を手に楽しげにはしゃいでいる。その隣では、山本大地も一緒に喜んでいた。
視線に気付いた美奈は振り返り、こちらに声をかけてくる。
「あ、委員長に副委員長!」
「こんばんは須崎さん、山本君。須崎さんの浴衣可愛いね」
「ありがとー。委員長のも可愛いよ! ねえねえ見て見て! なんか知らないアニメのフィギュア取れたー」
「知らないアニメなんだ」
「うん、とりあえず何か当たればいいやって適当に投げたら入った」
「こいつテニスでもノーコンパワーショット無暗に撃ちまくるタイプだからな」
「何をー、あんたのシュートだってよくゴールの外側飛んでくじゃん」
「うっせー」
笑顔でどつき合う大地と美奈。何だかんだ言って、脳筋同士気が合うのである。破局の危機を乗り越えた二人は、より一層仲が深まった様子であった。
同じ脱衣ゲームで交際を始めた二組のカップルは、どちらも順調に続いている。それを見て、お面の向こうで仄かに口元を緩ませる男が一人いた。
十七歳の姿――ひろし君スタイルで子供向けアニメのキャラクターのお面を被った、愛の天使ルシファーである。身に纏うは、グレー地に漆黒の羽根を無数に舞わせた柄の浴衣。その隣には、リリムの姿も。
ルシファーが綿環高校に赴任してから初めて行った脱衣ゲームで成立させたカップルが、ここにいる二組。ルシファーにとって、思い入れ深い生徒達である。
感慨に耽っていると、リリムに袖を引かれてルシファーは四人のいる方へと歩き出した。
「やっほー美奈ちゃん、いいんちょ! それに山本君と副委員長も」
「よう恋咲。お前も来てたのか。隣の奴はお前の彼氏だったよな」
「どうもお久しぶりです。山田ひろしです」
ルシファーは大地に挨拶を返し、丁寧に頭を下げた。
リリムの彼氏という設定で山田ひろしという偽名を名乗る。黒羽崇とはまた違う、ルシファーの演じる顔の一つだ。
「初めまして、恋咲さんの同級生の島本悠里です」
「同じく、佐藤孝弘です」
「こちらこそ初めまして。うちの凛々夢がお世話になってます」
丁寧な挨拶を返す学級委員カップル。頭を下げた悠里はふとあることに気が付き、リリムに近づいて耳打ちをした。
「恋咲さん、下着、見えてるよ」
リリムが着ているのは、派手なピンクにハートを散りばめてフリルいっぱいな超ミニ丈の浴衣。短すぎるスカートからは、さりげなく白いショーツが僅かに顔を覗かせていた。
「ちょっとくらい見えてるのがカワイイんじゃーん」
勿論これはわざと見せていることである。だがそのリリムの主張に、聞き捨てならないのは美奈だ。
「ちょい待て凛々夢。ミニスカート愛好家として一つ言わせて貰うなら、スカート丈はギリギリパンツが見えないくらいがベスト! 普通にしてても見えちゃう丈は、最早ただの痴女だよ!」
「ガーン!」
リリムはショックを受ける素振りを見せるが、あくまでノリでやっただけ。自分が痴女であることは、承知の上でこんな格好をしているのだ。
「見よこの黄金比。完璧すぎる丈だと思わないかね諸君」
可能な限り短くしつつも、普通に立った状態では下着が見えないくらいの塩梅を極めたスカート丈。美奈はそれを誇るように、腰に手を当てて胸を張った。制服でも私服でも大概このくらいの丈のスカートを愛用している彼女であるが、いつも元気いっぱいで短いスカートのまま激しく動き回るため、頻繁にパンチラしてしまっているのが実状だ。尤もそれは、リリムも共通ではあるのだが。
「むむむ……でもいーもん! ボクはボクのお洒落を信じる! ボクの自作した浴衣が、世界で一番カワイイんだい!」
「恋咲さんも自作したんだ。私もだよ」
「わー、いいんちょもなんだ! ちなみにねー、ひろし君が着てるのもボクが作ったんだよ!」
すっかりリリムの着せ替え人形にされているルシファーである。
悠里がルシファーに視線を向けると、当然気になる点が。
「そういえば、山田さんはどうしてずっとお面を?」
「それは……」
悠里の疑問にルシファーが答える前に、大地が口を挟む。
「勿体ないよなー、顔隠しちゃうの。芸能人顔負けのイケメンなのによー」
「……まあ、初対面の人の前で顔を隠すのは失礼ですからね」
渋々ながら外したお面の下は、誰しもが振り返るほどの絶世の美男子。瞬間、人ごみから一斉に視線を向けられ、スマホカメラのシャッター音まで鳴った。
「あ、これSNSに『物凄いイケメンがいた!』って晒されるやつ。ひろし君有名人になっちゃう」
「だから外したくなかったんだ」
「ここに来る途中も来てからもずっとこんな調子だったから、そこの屋台でお面買ったんだよね」
事情を説明した上で、ルシファーは改めてお面を被る。美しい顔が子供向けアニメのコミカルなキャラクターに覆い隠された姿は、何とも言い難いシュールさだ。
「ひろし君は顔がいいだけじゃないんだよ。えっちも凄く上手いし、それにちんちんがおっきい!」
リリムが誇らしげに言うと、一瞬辺りが静まり返る。そこから程なくして、悠里がボッと顔を赤くした。
「悠里の前でそういう下ネタ言うのやめてもらえるか?」
眼鏡を光らせて静かに怒る孝弘に、リリムは畏縮。続けて、ルシファーに頭を押さえつけられて強制的に頭を下げさせられた。
「すみません、うちのバカがしょうもないことを」
「ごめんなさーい」
可愛く謝ったリリムの尻をルシファーがペチンと叩くと、リリムは「きゃん」と吼えた。
「あ、き、気にしないで恋咲さん。山田さんも、本当にもういいですから」
真っ赤になりながらも、これ以上拗れるのを望まず事態の収束を求める悠里。
ちんちんがおっきいと言われて脳裏に浮かんだのは、思い出さないよう努めていた市民プールでの一件であった。
「孝弘君も、あまり恋咲さんを責めないであげて。恋咲さん、女子更衣室とかでは大概こういうノリだし、私ももう慣れっこだから」
(当真と似たようなもんか)
「そうそう、凛々夢ってば臨海学校の風呂の時とかやりたい放題だったよねぇ」
美奈の発言を受けて、その際に色々と恥ずかしい思いをさせられた悠里はまたも顔を赤くした。
ルシファーはお面の裏で溜息。
「……では皆さんのデートの邪魔をするのも悪いので、我々はこれにて失礼します。行こうかリリム」
「はーい」
ルシファーに連れていかれたリリムは、けろっとして手を振っていた。
「まったくお前という奴はどうしてこう」
「でもボクの言ったこと全部事実だよー?」
悠里達から離れたルシファーとリリムは賑わう公園を歩みながら、いろんなカップルや過去に脱衣ゲームに参加した生徒達の様子を観察していた。
ちなみに本日ルシファーは、輪投げや射的やヨーヨー釣り等ゲーム系の屋台に参加するのは自重している。本気を出したらあっという間に景品を取り尽くしてしまうためである。
リリムは右手にわたあめ、左手にりんご飴を持って交互に舐めながら、ルシファーのことも舐め腐っていて反省が無い。
呆れ笑いをするルシファーであったが、ふと見知った生徒の存在を感知してそちらに顔を向ける。
(む、あれは……意外な組み合わせだな)
以前脱衣ゲームに参加したもののカップル不成立になった女子生徒が、他校の男子生徒と二人でいたのである。
(俺の関与無しに彼氏ができたか。まあ、そういうことも当然あるだろう。これで彼女が幸せになれればいいが……)
一抹の不安をよぎらせながら、ルシファーは当のカップルとすれ違った。
一方で大地達と別れた孝弘と悠里は、次はどこに行こうか等と話しながらぶらついていた。
「それにしても凄かったよな恋咲さんの彼氏。芸能人でもないのにあそこまで顔の整った男いるもんだなーと。まあ、一輝とかも大概ではあるけど」
「私は、孝弘君の方がかっこいいと思うよ」
「ん、悠里にそう思ってもらえるなら冥利に尽きるよ」
実際孝弘もルックスは非常に良い方である。勿論、ルシファーほど圧倒的ではないが。
暫く歩いていると、孝弘はふと視線を感じそちらに顔を向けた。すると孝弘にとってよく見知った人物が二人。
「柚木さん、それに黒崎も。何で二人が一緒に?」
一人は綿環高校野球部の女子マネージャー、柚木杏。もう一人は夏の大会で綿環高校を破った木津音高校のエースで四番、それでいて孝弘の少年野球時代のチームメイトでもあった黒崎春彦だ。
黒崎の姿を見ると、悠里はペコリと一度頭を下げると半歩後ろに下がり孝弘の手を握るのを少し強めた。春彦は悠里の中学時代の同級生でもあり、何度交際を断ってもしつこく言い寄ってきた男である。苦手意識を持つのも、致し方無いことだ。
春彦は孝弘の質問を聞くと、ニヤリと歯を見せて笑った。
「こないだから付き合い始めたんだよ、俺達」
「そうなの? 柚木さん」
孝弘が半信半疑で尋ねると、杏は頬をピンクに染めながらコクリと頷く。
最近杏がやたらと機嫌が良かったのはこれだったのかと、孝弘は理解した。
失恋をきっかけに髪を切った杏の現在の髪型は、悠里の髪型に近くなっている。それでいて悠里と同じ奥ゆかしい清純清楚タイプ。しかもそこにFカップの巨乳がついてきたとあれば、春彦が目を付けたのも致し方無い。
そして杏はといえば、好きになった人にはとことん尽くしたい性癖の持ち主。自分がいてやらないと駄目になりそうな危うさのある男に心惹かれてしまう性分なのだ。
孝弘が一度悠里の顔を見ると、戸惑っているような憐れんでいるような憂いを帯びた表情。悪い男に捕まってしまった女の子をどうにかしてあげたいけど、特別仲が良いわけでもない人の恋路に口出しするのも憚られる――とでも言いたさげな様子だ。
「あの、佐藤君」
杏が声をかけてきたので、孝弘は再びそちらを見る。
「彼が選手の皆さんにとってライバルの立場にあることは承知しています。ですが、決して部に迷惑をかけるようなことは致しませんので……」
「大丈夫。柚木さんがそういうことする人じゃないってわかってるから」
ライバルチームの選手と付き合うことに後ろめたさを感じていた杏。しかし孝弘にそれを咎める様子はない。
だが不安を感じるならば春彦がライバルチームの選手であることよりも、春彦の人格面なのだ。
そして孝弘と悠里の不安を的中させるように、春彦はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて言った。
「どうだ佐藤。お前の彼女よりずっとおっぱいでかいぞ。野球に続いて女のレベルでも俺の勝ちだな」
何を言い出すかと思えば、本人のいる前で面と向かって言うようなことではないセクハラ要素を含んだ暴言。ましてやその相手は、彼にとって以前好きだった人だ。こういう性格の悪さとマウント癖が、この男の厄介な所なのである。
流石にカチンときた孝弘であったが、悠里の手前事を荒立てたくはない。悠里の方を見ると、口元を一の字にして感情を窺わせない真顔になっていた。
果たしてその感情は怒りか、悲しみか、軽蔑か。ただ一つ言えることは、孝弘の手を握る力が少し強まったことだ。何にせよせっかくの夏祭りデートで、彼女に嫌な思いをさせてしまったことは紛れもない事実である。
孝弘は繋いでいるのとは逆の手で悠里をそっと抱き寄せると、春彦と視線を合わせた。
「お前がどう思っていようと、俺にとっては悠里が一番可愛いよ。でもお前にとっては柚木さんが一番なんだろ? どっちが上かなんて、比べるものじゃない。行こうか悠里、ごめんね、嫌な思いさせちゃって。じゃあ柚木さん、また部活で」
腰に腕を回された状態で身体を密着されている上に、ストレートに一番可愛いと言われて胸の高鳴りが止まらない悠里。
顔から湯気を発し縮こまる悠里と共に孝弘は歩き出し、春彦達の横を抜けて先に進む。最早彼らに視線を向けもせず、春彦が悔しそうに拳を握ったのも目に入らなかった。
杏のことを悠里の代用品として見ていた春彦。彼にとって、孝弘の言葉は深い楔として刺さっていた。
一方の杏は、身体ごと振り返って孝弘の背中に向かって頭を下げる。
「あのっ、佐藤君、島本さん、ごめんなさい! 彼が失礼なことを……」
「柚木さんが謝ることじゃないよ。じゃあ、また」
そしてその様子を空中から眺めるのは、いつの間にやら姿を消して提灯より上に移動していたルシファーとリリムである。
「ねえ先生、杏ちゃん達あのままでいいの?」
「あの黒崎春彦という男が碌でもない奴なのは確かだが……うーむ」
既に成立したカップルを破局させることを視野に入れて行った脱衣ゲームは、富岡櫻と御門千里の一件がある。だが結果としてそれは二人の心の繋がりをより深めることとなった。
人々の愛を結ぶキューピッドとして、そういった目的に脱衣ゲームを使うべきではないのではという気持ちもある。
「まあ、暫くは様子見、だな。あの男が柚木の影響で良い方に変わっていく可能性も、無くはないのだから」
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ほぼ知識なしで書かせて頂きました。
お楽しみください♪♪
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