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第三章

第100話 Gカップ彼女とすれ違い

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 それは、夏休みがまだ始まったばかりの頃のこと。
 事を終えた大地と美奈は、素っ裸のままベッドに並んで寝転がっていた。
 クーラーをガンガンに効かせた部屋にいながら二人とも汗だくで、その行為の激しさを物語っている。
 前もって凍らせて部屋に置いておいたスポーツドリンクは丁度飲み頃に溶けており、上体を起こした美奈は手を伸ばしてペットボトルを二つ掴み、片方を大地に手渡した。

「お、サンキュー」

 受け取った大地は即座にキャップを開けて口をつけ、美奈の裸体を鑑賞しながらゴクゴクとスポーツドリンクを飲んで渇いた体を潤した。
 最近FからGにカップサイズの上がった美奈は、そのグラマーな身体の魅力を尚更に増している。
 付き合い始めてからまだ日の浅い内に肉体関係に及んだ二人。今やすっかり、お互いの前で裸になるのに慣れ切った様子である。

「なあ、もっかいやれる体力ある?」
「ん、大丈夫」
「おっし。あ……駄目だ。もうゴムねーわ」
「あー……」

 体力の有り余る体育会系カップルだが、たとえ余力があっても今日はここまでである。

「あ、そうだ。なあ美奈、お前来月誕生日だろ? 何か欲しいものある?」

 ふと思い出した大地は尋ねる。美奈の誕生日は八月十六日。それまでもうあと一ヶ月を切っているのだ。

「えー? 適当な安いものでいーよ? 大地お小遣いピンチなんでしょ?」
「いや、そういうわけにもいかねーんだ。俺にも男としてのプライドがあるからな。今年の俺の誕生日、お前からはゲームソフト貰っただろ?」

 大地の誕生日は四月二十九日。まだ二人が恋人同士になる前のことである。

「とりあえずそれよりは高いものを贈ってやらなきゃ男がすたるってわけよ」
「高いものならこないだ貰ったじゃん。あの透ける下着」
「いや、あれはお前の着るものではあっても俺が楽しむために買ったものであってだな。お前のためのプレゼントとするには不適切なんじゃないかと思うわけよ。つーわけで、遠慮せず何でもいいから欲しい物言ってみろよ」
「えー……うーん……」

 あまり乗り気でない様子で考え込む美奈であったが、大地の期待に満ちた顔を見て考えを決める。

「んじゃあ……新しいスポーツバッグとか欲しいなー、なんて」
「よし、任せろ。バイトで金貯めて誕生日にプレゼントしてやるぜ!」
「あー、うん。期待してるね」

 汗が引いたのを確認して下着を着け始めた美奈は、やる気満々の大地にどこか不安を感じていた。



 翌朝の綿環高校。サッカー部の練習に出る前に、大地は職員室に足を運んだ。

「っはようござーす、黒羽先生! バイトの申請に来ましたー!」

 元気よく挨拶しながらまっすぐ黒羽の机に向かうと、バイトの申請書を差し出す。受け取った黒羽は申請書と大地の顔を交互に見た。

「申請の理由は、彼女にプレゼントを買うため……ですか」
「っス!」
「許可します。このアルバイトは君にとって良い社会経験になることでしょう。存分に学んできて下さい」
「あざす!!」

 九十度腰を曲げてお辞儀した大地は、意気揚々と職員室を去った。笑顔で見送る黒羽に、後ろからぬっと現れて話しかける者が一人。生徒の恋愛に何かとやっかみをかける中年童貞教師、渡部直道だ。

「まったく黒羽先生は生徒に甘すぎではありませんか? ましてやあんな不純な理由で……」
「良いではありませんか。自分で働いて稼いだお金で、大切な人にプレゼントを買う。素晴らしいことだと私は思いますよ」

 黒羽がそう答えると、渡部は舌打ちをして去っていった。



 そうして始まった、大地のアルバイト。働く姿をあまり知り合いに見られたくないと思って、自宅からやや離れた場所のコンビニを選んだ。

「らっしゃーせー!」

 レジから笑顔で元気よく挨拶した大地は、客の顔を見て真顔になる。

「何だ、お前らかよ」

 やってきたのは同級生の風間純一と桃井宏美。知り合いに見られたくないと思った矢先のこれである。

「お前がここでバイト始めたって、お前の姉ちゃんから聞いてな」
「姉貴の仕業かよ……美奈には言うなよ。こういうとこ見られたくねーから。で、お前らデートか?」

 男女が二人で来たら、それを疑うのが筋。すると急激に狼狽えたのが宏美だ。

「はぁ!? 何でこいつと!? こんなんデートじゃないし!」

 顔を真っ赤にして強く否定する宏美を大地がレジからニヤニヤして見ていた。
 そしてデートかと聞かれてもそれを宏美に否定されても、全く動じる気配の無い純一である。

「で、どうよ大地。ちゃんとできてるのか?」
「ああ、レジはもうバッチリだぜ」



 そんなこんなで初めての労働に励む大地は、次々と仕事を覚えて日々成長していった。
 だが決して良いことばかりではなかった。大地がバイトを始めてから一週間ほど経った頃の、綿環高校。部活の練習を終えて帰宅する時間のことだ。

「大地ー、これから大地んち行ってもいい?」

 先に練習が終わった美奈は、制服に着替えて校門近くの木陰で大地を待っていた。彼氏の家に行くというのは、即ちヤる気満々ということである。

「あー、悪い。これからバイトなんだわ。また今度な」

 だがいつもの大地なら二つ返事で承諾する提案を、まさかのお断り。美奈はぽかんと目を丸くした。


 それからというもの、大地はバイトに精を出す一方で美奈のことは放置気味に。なかなかデートもできず、美奈のフラストレーションは溜まるばかりであった。
 そうしてあの日以来一度もデートをしていないまま、来たる美奈の誕生日。

「えっ、今日もシフト入れてるの!?」
「ああ、今日までのバイト代で丁度プレゼント買える額になるからな。つっても八月分の給料振り込まれるの月末だから結局足りなくてお袋に小遣い前借りしたんだけどな」

 今日は当然一日一緒にいられるものだとばかり思っていた美奈は、まさかの事態に愕然とした。大地は失敗談を笑い話として語っているが、美奈はとても笑っていられる状態ではない。

「もう物は買って家に置いてあるからな。バイトが終わったら連絡するからうち来いよ」

 いつも通りの明るい調子で言う大地だったが、美奈はそれに対して不機嫌そうに目を細める。大地ははっとして、慌てて弁明。

「いや、悪いとは思ってるんだよ。でもこればっかりは外せなくって。それにお前、この後家族で祝うから俺んち来るのは夜だろ? じゃ、俺急いでるからさ」

 逃げるように去ろうとする大地の背中に、美奈は声をぶつける。

「待ってよ!」

 大地が振り返ると、美奈は続けた。

「あの時は勢いでスポーツバッグ欲しいとか言っちゃったけどさ、あたしはバイトで金貯めてプレゼント買ってもらうより、夏休み中もっと大地と一緒に過ごしたかったし、いっぱいデートしたかったよ!」
「ごめん! マジでバイト遅れるから!」

 まともな返答もせず自転車で走り去る大地の背中を、美奈は腰に手を当て不機嫌そうに頬を膨らませて見つめていた。



 今日で最後となるコンビニ勤め。しかし大地はどうにも浮かない様子で、仕事が身に入らなかった。

(あー……さっきはマズったなー……美奈怒ってんだろうな……)
「山本君何ぼさっとしてるの。今日が最後だからって気が抜けてるんじゃないの?」
「すいません!」

 早速店長に叱られて、大地は自分に活を入れるべく両頬を平手で叩いた。


 気合を入れて仕事に励んでいると時間の流れは自然と早くなり、退勤の時間が近づいてきていた。
 入店してきた客にいつものように「らっしゃーせー」と挨拶する大地だったが、その顔を見てはっとする。

「黒羽先生」
「こんばんは山本君。調子は如何ですか」
「まあ、ぼちぼちっスね」

 黒羽は適当に缶コーヒーを取ってレジに持っていく。買い物が目的ではなく、大地に会いに来たのは明白だった。

「もうすぐ退勤時間でしょう。この後時間に余裕はありますか? 宜しければ夕食にファミレス奢りますよ」

 黒羽に訊かれて、大地は考える。美奈が大地の家に来るのは、どの道家族で夕食を取ってからだ。こちらも食事をする余裕は十分にある。

「いっスよ。あざす!」



 最後の勤務を終えて店長に別れの挨拶をした大地は、外で待つ黒羽と共にコンビニ近くのファミレスへと向かった。
 黒羽の奢りということで、大地は遠慮なく好物のステーキを注文する。

「それで山本君、如何でしたか初めての就労経験は」
「いやー、自分で金を稼ぐことの大変さが実感できましたね。大人の気持ちがわかったっていいますか。毎日仕事して俺を養ってくれてる両親に感謝っスよ」
「良い経験ができたようで何よりです」
「それと、仕事にかまけて奥さんほったらかしにしちゃいけないってことも学習しましたよ」
「ほう」

 大地は今日の学校での美奈との一件を、黒羽に話し始めた。穏やかな表情で身を入れて聴いてくれる黒羽に、大地は自然と打ち明けたくなってきたのだ。


「……そうですか」
「付き合って初めての誕生日だから気合入れてプレゼントするつもりだったのに、向こうはそれを望んじゃいなかったみたいで……上手くいかないもんっスね」
「まあ、人付き合いというのはそういうものですよ。時にすれ違いから喧嘩をすることだってあります。結果的に相手の気持ちを見ていない自己満足になってはしまいましたが、山本君は須崎さんを喜ばせたくてそうしたのでしょう? それならこれからはちゃんと正直な気持ちを伝え合って、お互いの気持ちを尊重し合っていけばいいんです。貴方達なら、これからより仲を深めていくことができますよ」
「……先生にそう言ってもらえると、少し安心しました。俺……美奈のことマジで好きなんスよ。一目見た時からすげー可愛いなって思ってて、明るくて元気で、一緒にいて楽しくて。そんで……おっぱいデカくて、いつも短いスカート穿いててよくパンツ見せてくれて。そんな子がいたら、好きになるに決まってんじゃないスか。こんな、すれ違ったままじゃいたくないっスよ。この後でちゃんと話して、次はちゃんと美奈に喜んでもらえることしようと思います」
「ええ、山本君ならできますよ。ですよね、須崎さん」

 突然黒羽が後ろを振り返って言うので、大地はぎょっとした。慌てて立ち上がり黒羽の背中の向こうの席へと向かうと、そこには今にも火を噴きそうなほど顔を真っ赤にしてプルプル震えている美奈の姿。テーブルには食べかけの大きなパフェが一つ載せられており、同席しているのは同級生の恋咲凛々夢。どうやら二人でこのパフェを食べていたようだ。

「やっほー山本君」

 手を振るリリムに軽く「おう」と返事すると、大地は再び美奈に視線を向ける。

「お前……何でここにいんだよ」
「凛々夢が誕生日プレゼントにおっきなパフェ奢ってくれるって言ったから……そしたらなんかあんたと黒センが話してたもんで、つい盗み聞きを……ていうかこんな公共の場でノロケ話すんなバカ!」
「お、おう、悪い。つーか黒セン、もしかしてここに美奈がいること知ってたんスか!?」
「ええ、お二人の仲がギクシャクしているようなので、恋咲さんにもお手伝いして頂きお節介を焼かせて頂きました」
「先生にパフェ奢って貰う約束でねー」
「あんなこと言っといてこの場で俺ら仲直りさせる気だったんスか。策士っスね……」

 苦笑いするしかない大地と、未だ顔の赤みが引かない美奈。リリムは勝手にパフェを黒羽らの机に移動させ、黒羽の隣に腰を下ろした。

「ささっ、美奈ちゃんもこっち来て」
「……うん」

 ちょっと気まずい空気のまま、美奈はリリムに従って大地の隣に座った。

「あー、その、すまん美奈。俺……」
「わかってる。続きはあんたんち行ってからでいいから」
「おう、わかった」
「……あのさ、あたしもちゃんと、大地のこと好きだから。入学したばかりの頃、クラスに知り合いがいなくて浮いてたあたしに最初に声かけてくれた時からずっと気になってた。だから今ちゃんと付き合えてて凄く嬉しいし、ちゃんと仲直りしたいと思ってるよ」
 美奈はそう言うと、照れを誤魔化すように急いでパフェを口に運ぶ。このままでは美奈に全部食べられてしまうと、リリムも慌ててそれに追随した。


 四人での食事会を終えてファミレスを出ると、大地と美奈は黒羽に深々と頭を下げた。

「先生、今日はごちそうさまでした。それに色々と助けて頂いて、ホントに感謝してます!」
「いえいえお構いなく。それでは須崎さん、良いお誕生日を」
「美奈ちゃーん、後で報告聞かせてねー!」

 大きく手を振るリリムに手を振り返し、二人は手を繋いで大地の家へと歩みを進める。
 二人の夜は、いよいよこれから始まるのだ。
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