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第三章

第95話 霊能アイドル☆彩夏ちゃん

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 八月も半ば、お盆に差し掛かった頃の夕暮れ。綿環市内のとあるファミレスにて、四人の男女が会食していた。
 中年女性とその隣に座る女子小学生。それと向き合うのは、中高生の男子二人。いずれも身長は平均よりもかなり低く、顔立ちは似通っている。一目見て血の繋がった家族だと分かる一団であった。

「ま、そういうわけでさ。俺がエースやることになったわけよ」

 代々木当真は母、相馬そうま登紀子ときこに部活のことを話していた。

「俺も兄ちゃんの学校受験することにしたからさ、来年はまた同じチームで野球することになるんだよな」

 当真の弟で中学三年生の代々木よよぎ隼也しゅんやが続けて言う。

しゅんにい、ちょっと背伸びた? もうとうにいより背高いじゃん」

 当真の妹で小学六年生の相馬そうま円花まどかは、冷めた様子でそう言ってジュースをすすった。

「っせーな……」

 いつの間にか弟に身長で負けていたことは、当真も自覚していた。尤もその弟も決して背は高くないので、ますます自分の低身長が際立つ。

「ていうか当にい、そんな調子じゃ未だに彼女いないでしょ。隼にいは彼女できたって聞いたよ」
「いなくて悪かったな。つーかコイツに彼女できたとか初耳なんだが」
「あー、円花には伝えてたけど兄ちゃんには言ってなかったわ。絶対からかわれると思って」

 兄の身長超えた挙句彼女も先を越していった弟に、当真は絶句した。

「その子の身長は?」

 そう質問してきたのは、母の登紀子だ。

「今の俺と同じくらい? 女子なら特別低くもないよ」
「そう。当真、あなたも自分より背の低い子に拘ったりしちゃ駄目よ」

 母から会う度同じことを言われて、当真はうんざり。
 当真の父、大作だいさくは、当真ほどではないが男性としてはかなり背が低い。にも関わらず「男が自分の女より背が低いのは格好悪い」と自分のプライドばかりを優先し、できるだけ背の低い女性を探し当てた上でかなり強引な手段で落として結婚までこぎつけたのが登紀子だった。
 三人の子に恵まれた代々木夫妻であったが、当真が小六の時のこと。高圧的でモラハラ気質な大作の態度に耐えられなくなった登紀子は三行半を叩き付け、お互い自分と同性の子供を引き取る形で離婚に合意となった。
 だがその後もこうして大作抜きで母子四人で度々会っており、お互いの近況を報告し合っているのである。

(だったら俺の身長もっと高く産んでくれよ)

 心の中で悪態を吐く当真に対し、登紀子はそれを察したような顔を見せる。
 低身長のサラブレッドである子供達は皆可哀想になるくらい背が低かったが、隼也は最近伸びつつあるし、円花は女子なので低身長のデメリットは男子ほど大きくはない。当真だけが低身長コンプレックスに酷く悩まされ、そのために恋愛に消極的にならざるを得なくなっていたのだ。
 当真の父に対する感情はといえば、離婚に発展するほどのモラハラ気質に思う所こそあれ、スケベ同士気が合うこともあって嫌いではない。だけども父親のちっぽけなプライドが原因で今自分が苦労しているのだと思うとどうにも心を乱された。

「もうほっといてくれよ。お袋には関係ねーだろ。俺に彼女ができてもお袋の娘になるわけじゃねーんだし」

 当真が鬱陶しそうに言うと、登紀子はどこか悲しそうな顔をした。



 夕食を終えて解散し、当真と隼也は母と妹を見送る。

「そうだ隼也、俺この後コンビニ行くんだけど一緒に来るか?」
「あ、俺この後見たいテレビあるから先帰るよ」
「おう、了解」

 そう言って当真は今の場所から見える位置にあるコンビニへ、隼也は自宅の方向へと足を進めた。


「らっしゃーせー」

 コンビニに入って、聞こえてくるのは聞き慣れた声。

「おう大地、この近くにたまたま用事があったんでな、買い物に来てやったぜ」
「何だ当真かよ」

 レジで笑顔で挨拶していた大地は、客が当真だとわかった途端真顔に変わった。

「その様子だと随分仕事にも慣れたみてーじゃん」
「ま、明日でこのバイトもお終いだけどな」

 当真が真っ先に向かったのは、牛乳の売り場。牛乳パックに手を伸ばすと、同時に牛乳を取ろうとした別の客と手が触れた。

「あっ、サーセン」

 そう言って相手の客の顔を見ると、これまた知った顔。

「目黒!?」
「あら、代々木君」

 頬を染めてこちらを見てくるのは、毛量の多いセミロングの黒髪にどこか愁いを帯びた雰囲気の顔立ちが特徴的な同級生、目黒冬香。
 当真が彼女の私服姿を見るのは今日が初めてだが、絵に描いたような地雷系ファッションに呆気に取られた。

「こんな所で会えるなんて……嬉しいわ」
「お、おう」

 反応に困ることを言われて、当真はそんな返事しかできない。

「おい大地、何で目黒がここにいんだよ」
「この近くに画材屋があるんだとさ。そのついでにここ寄ってるらしい。この前も来てたぜ」
「そうなの」

 ずいと顔を寄せてくる冬香に、当真はたじたじ。

「……つーか、お前も牛乳かよ」

 牛乳自体は十分な数が陳列されているため、当真は自分の必要分を取って籠に入れた。

「牛乳飲むと胸が大きくなるって聞いたから。代々木君、胸が大きい方が好きなんでしょ? ちゃんと効果はあったのよ。この前計ったらCからDに上がってたの」

「お、おう」

 当真の視線は、当然ながら冬香の胸に向いた。心なしか大きくなっているようにも見えるが、当真好みの巨乳には程遠いサイズだ。

「じゃあ、レジお先にね」

 そう言って冬香は、自分の籠を大地のいるレジへと持っていった。

「今の話、聞かせてもらったぜ。実はな、美奈も最近FからGに上がったんだぜ!」
「そう。羨ましいわ」

 大地が親指を立てて歯を光らせ自分のことのように自慢げに言うと、冬香はくすっとミステリアスに微笑んだ。
 冬香が会計を済ませて店を出ると、次は当真の番。どんと置かれた三本の牛乳に、大地は目を丸くした。

「何だよ。何かわりーかよ」
「いや……あんま身長気にしすぎるのもどうかと思うぜ。俺だって高い方じゃねーけどさ、そんな無理に伸ばそうとしたって……」
「あ? 百七十ある奴が言っても嫌味にしか聞こえねーんだが!? お前ガチの低身長舐めてんだろ? 知ってるか? 漫画とかに出てくる低身長に悩んでる設定の男、あれ大体俺よりは背高いからな。俺の背の低さはもうそんな域じゃないガチでひっでぇレベルだからな!?」
(やっべ、地雷踏んだわ)

 当真を励ますつもりが逆に怒らせてしまったようで、大地は焦った。

「いやでも、目黒はお前の身長なんか関係なしにお前のこと好きでいてくれるわけだろ? つーかそもそもさっさと付き合っちまえばいいじゃんか。特別乳でかいわけじゃないけど貧乳ってわけでもないんだしさ。美人だろ目黒。ちょっと怖いけど。それにお前のゲスい下ネタトークにも付き合ってくれそうじゃん」
「……っせーな」

 不機嫌そうに会計を済ますと、当真は逃げるように店を出た。

 目黒冬香という女子は、中学の頃から当真に惚れている。背が低くて下ネタばっか言ってるしょうもない男子をずっと好きでいてくれる不思議な女子だ。
 勿論当真も、彼女の気持ちに気付かないような鈍い男ではない。だけどもその気持ちに応えられずにいるのは、ひとえに身長が原因である。結局自分も父親と同じで、彼女と並んで自分の方が背が低い光景に耐えられないのだ。
 自分が父親と同じで己のプライドばかり優先した恋愛観の持ち主であることには、自己嫌悪を感じつつもそれを変えることができずにいる。

(あーあ、俺も不器用な男だぜ)

 ハードボイルドぶった心の声は、自分の情けなさに対する誤魔化しであった。



 日が暮れても熱気が冷めぬ中帰宅すると、自宅から離れたコンビニで買った牛乳はすっかり温まっていた。
 とりあえず牛乳を冷蔵庫に入れ、テレビの音が鳴るリビングへと足を進める。
 男三人家族ということもありいつも恥ずかしげもなくAVを流しているテレビから聞こえるのは、不安を煽るようなおどろおどろしい音楽。
 当真がリビングに足を踏み入れてテレビに目を向けた瞬間、そこに映ったのは恐ろしい顔でこちらを見つめてくる幽霊であった。

「うぎゃっ!」
「あ、お帰り兄ちゃん」

 当真の悲鳴を聞いて、隼也は当真が帰ってきたことに気付いた。

「見たいテレビって……心霊番組かよ!」

 先程流れていたのは視聴者投稿の恐怖映像だったようだ。画面では出演者のタレント達が先程の映像に対する感想を述べていた。

「こないだまで兄ちゃんの同級生だった人も出てるよ」

 そう言った途端、タイミングよく画面には神崎彩夏が映った。

「俺は見ないからな」

 次の恐怖映像が始まる前に、当真は退散。自室へと籠ってしまった。



 三日後の綿環高校、野球部の朝練に来た当真。

「よう柚木ちゃん、元気そうじゃん。何かいいことでもあった?」

 にっこにこ笑顔で足取り軽くご機嫌に登校するマネージャーの柚木杏に、当真が声をかける。

「ふふっ、秘密です」

 が、その理由は教えてくれず。
 好きな人がクズだと判明し、その失恋を機に髪を切った杏。だが今の様子を見れば、そのショックからはすっかり立ち直ったようだ。
 当真はとりあえずせっかく大きな胸を揺らしてくれているのだからと、遠慮なくそれを凝視した。

 部室に入ると、孝弘が着替え途中のままパンツ一丁で椅子に腰を下ろして項垂れていた。

「どうしたー孝弘。朝から燃え尽きて。あとお前のパン一とか委員長以外得しないからはよユニフォーム着ろ」
「ああ……実はその悠里と、あれから一回もデートしてないんだ……」
「あれって、例のチンコ事件か」

 孝弘が悠里で抜いていることをうっかり悠里に聞こえている所で暴露してしまった挙句、これまたうっかり悠里の見ている前で下半身露出させられてしまった事件である。

「毎日連絡は取り合ってるんだが……デートに誘っても躱されてるというか……」
「あー……委員長ウブそうだからなー。いきなりお前のズル剥けデカチン見せられたらショックでかいのかもな。いやでも案外とお前のチンコ思い出しながら毎晩オナりまくってるかもしれんぞ」
「悠里で変な妄想するな」

 座ったままの孝弘に掌で頭を押さえつけられ、当真はうぎぎと声を上げる。

「大丈夫っスよ先輩!」

 と、そこで口を挟んだのは一年生の岩田翔馬。

「女の子の機嫌なんてほっときゃそのうち治りますよ。同じ子と四回別れて五回付き合った俺が言うんだから間違いないっス!」
「いや別れてちゃ駄目だろ」

 頼りにならない翔馬に皆が呆れかえる中、危機感を抱いているのが当真だ。

(うーむ、マズいな。キャプテンがこの調子だと、岩田が天崎に捨てられてヘコんでた時の比じゃないピンチだぞ)

 どうにか立ち直らせる方法を考えていると、ふと近々ある地元の一大イベントを思い出した。

「そういや明々後日は夏祭りじゃねーか。流石にそん時は委員長もデート来るだろ」

 その話を聞いて、孝弘が顔を上げる。
 まだ付き合う前の、去年の夏祭り。浴衣姿の悠里と偶然会って軽く話し、幸せな気分になったことを思い出したのだ。

「そうだ、そうだよな。よし!」

 孝弘がいともあっさり元気を出したので、当真は吹き出しそうになる。
 この男が雰囲気だけ理知的で実際の中身は単純馬鹿なことを、当真はよく知っていた。


 無事孝弘を立ち直らせることにも成功し、野球部一同は朝の日差しが照り付ける中グラウンドを走っていた。
 ふと、当真は校門から入って校舎に向かう女子生徒を一人見つける。

(ん? あいつは神崎じゃねーか? 何でまたうちの学校に?)

 一学期が終わると共に元の学校に戻った人気アイドル神崎彩夏。それがまた綿環高校の制服を着て、登校してきている。
 眼鏡とマスクで顔を隠しているが、あのお尻大きめの体型は間違いなく彩夏であると当真は察したのだ。


 校舎に入った彩夏が向かったのは、美術準備室であった。そこで待つのは、かつての同級生。

「いらっしゃい神崎さん。来てくれて嬉しいわ」

 机に腰を下ろした目黒冬香は、くすくすとミステリアスな笑みを浮かべて彩夏を見る。眼鏡とマスクを外した彩夏は、どこか恨めしそうに冬香と見合った。

「こっちだってスケジュール忙しいのに、わざわざ来てあげたんだから。それで、私にどうして欲しいの?」
「貴方、私と同じで幽霊が見えるのでしょう? この前の心霊番組で貴方、霊が見える人にしかわからないことを言っていたわ」
「……よく気付いたじゃない」

 霊能者ではなくあくまでも普通のアイドルとして番組に出演していた彩夏だが、どうやら分かる人には分かることを何かしら口走ってしまっていたようだ。

「それで、幽霊トークでもしたいっていうの?」
「そうしたいのはやまやまなのだけど、神崎さんだって忙しいでしょ? 私が貴方に相談したいのは、うちの部員に霊に憑かれた人がいるってことなのよ。大木先輩、入ってきて」

 美術室に繋がる扉が開いて、男子生徒が入ってくる。

「どうも、三年A組の大木おおき信吾しんごです」

 自己紹介する彼を見た瞬間から、彩夏は目を見開いた。

「……確かに、憑いてるわね。髪の長い女の霊よ。歳は私達と同じくらいかしら」
「そこまで視えるの!? 私は白いモヤくらいにしか視えないのに……」

 彩夏はエクソシストになる上で、霊視ができるように訓練をしている。はっきりと霊を視ることができなければ、除霊は務まらないからだ。

「ああ、やっぱり憑いてるんだ。ここのところずっと肩が重くて……」
「丁度お盆に帰ってきた霊ってとこでしょうね」

 当たり前のように霊について話す彩夏を、信吾は不思議そうに見ていた。

「いや、目黒さんから聞いてはいたけど、あのアイドルの彩夏ちゃんに本当に霊が見えるんだなと……というか、本当に憑いてることはわかったけどどうやったら祓えるのこれ」
「……ごめんなさい。力になってあげたいのはやまやまだけど、私には無理よ。私は視えるだけだもの」

 彩夏はエクソシストを辞めるにあたって、聖剣をエクソシスト協会に返却している。熟練のエクソシストなら聖剣無しでも除霊くらい可能だが、彩夏はまだその域に至っていない。
 エクソシスト協会は、一度組織を出た人に対しては厳しい。彩夏が除霊を頼んでも、門前払いされるだけだろう。
 協会と対立するもう一つのエクソシスト団体、討魔会“天照”に頼めば、彩夏のネームバリューに乗っかり「神崎彩夏は協会を捨て我々についた」とふれ回って身勝手な目的に利用されかねない。
 エクソシストを辞めアイドル活動に集中することを決めたのは自分自身だし、その選択に後悔はしていない。だがいざこうして自分の経歴を活かせる機会に何もできなくなることには、もどかしさを感じざるを得なかった。


 休憩中の野球部。当真が校舎の方を見ると、昼前に帰宅する美術部員達の姿が見えた。その中には冬香の姿もあり――その隣には信吾が。
 心配そうに信吾の顔を見上げ話しかけている冬香の姿を見て、当真は手にしたペットボトルを落とす。

(誰だよその男……)

 普段あまり男子と関わらない冬香が、こうして男子と二人並んで帰る姿を見るのは初めてだ。

(……そりゃあ、四年もアプローチかけて靡かない男なんか見放されるよな)

 市民プールでは龍之介のヘタレぶりを散々嘲っておいて、自分も同類であったことに今更気付く。
 胃の中のスポーツドリンクが、喉まで戻ってくる感覚を当真は覚えた。

「……わりー孝弘。俺体調悪いから帰るわ」
「え? 大丈夫か当真」
「あー、多分シコって寝たら治る」

 少し離れた位置で翔馬と話していた孝弘に声をかけると、当真はとぼとぼと部室に行ってしまった。
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