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第三章

第94話 ラッキースケベプール・3

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 凛華がチャラ男二人組にナンパされあわやポロリを目撃されそうになったのをリリムに助けられていた頃。
 その凛華を放置して逃げ出した龍之介は、せっかくトイレに来たのだからと用を足した後、孝弘に相談を始めた。

「佐藤君はさ、臨海学校の海水浴で島本さんがビキニ着てきた時、嫌じゃなかった?」
「え? 何で? 嬉しかったけど」
「いやだって、目のやり場に困るし、それに見たら勃っちゃうし……」
「それはしょうがないな、男なんだから。でもそれ込みでも好きな子のビキニ姿とか、嬉しいに決まってるじゃないか?」
「いやそれに、他の男に見られるの、嫌だろ?」
「ああ、それはすごくわかる」
「だろ? だったら……」
「でもビキニ着てくるってのはさ、それを彼氏に見せることが目的なわけだろ。悠里って服には拘りのあるタイプだし、多分元々好んで着る水着は今日着てきたようなのだろ? それをあの時はあえてビキニ着てきたってのは、つまり他の男にも見られるリスク抱えてでも俺に見せたかったんじゃないかなーと。まあ殆ど俺の妄想ではあるんだが。相川さんだってきっとそうなんだよ。だからちゃんと彼女の気持ちに向き合って、ちゃんと彼女の期待に応えて見て褒めてあげるのが彼氏の務めなんじゃないかと、俺は思うわけで」

 自分の考えをはっきりと告げる孝弘の言葉を、龍之介は身を入れて聴いていた。
 だがそれを聴いていたのは、龍之介だけではない。

(孝弘君……)

 実の所、孝弘と龍之介の会話は壁越しで女子トイレに筒抜け。盗み聞きは良くないと思いつつも、自分のことを話しているためつい耳を傾けてしまった悠里だ。
 自分の気持ちをそこまで汲んでくれていたことの嬉しさと、気持ちを見透かされていたことへの恥ずかしさで頬を染める。

 そしてそのことには気付かぬまま、孝弘達は話を続けていた。

「いやまあカッコつけたこと言ってるけど、単に俺が見たいというだけの下心ではあるんだが。大丈夫だって、恋人同士なんだから、堂々と見ればいい!」
「いやそれができないから悩んでるのであって……」

 でもでもだってでうじうじし続ける龍之介に、孝弘も苛立ち始める。

「というか川澄、お前去年の秋から相川さんと付き合ってるわけだろ? 俺はまだ悠里と付き合って二ヶ月。こういうのって普通俺がお前にアドバイスを乞う立場じゃないのか」
「それは……その……」

 自分と凛華の進展速度が遅すぎる自覚も、その原因が自分の奥手さにある自覚もある。だがいくら自覚しているからといってそうそう簡単に変われないのがこの男なのだ。

「話は聞かせてもらった」

 と、その時。水の流れる音と共に個室の扉が開き、孝弘達の話を聴いていたもう一人の人物が姿を現す。代々木当真である。

「いたのか当真。というかお前まさか……」
「シコっちゃいねーよ。ただのウンコだ。というか今日はまだ一回もポロリ拝めてねーんだ」

 当真は手を洗いながら、龍之介に視線を向ける。

「川澄よ、童貞で彼女いない歴=年齢の俺から一つアドバイスするならば……お前はさっさと相川で一発抜いてスッキリしろ。そうすれば色々と吹っ切れる」
「無理だよそんなの! 凛華を性欲の対象にするだなんて!」
「それは流石に相川に失礼じゃね!?」
「いやだって……」
「つーかお前こないだも相川で抜いたことないっつってたけどさ、普段オカズ何使ってんだよ」
「え? いやその、グラビアとか……」

 十八禁のものなんか見られませんと暗に言う龍之介に、当真は嘲笑の表情。

「孝弘は普通に委員長で抜いてるんだろ?」
「ああ。というか俺は悠里以外をオカズに使う方が罪悪感あるというか。オナニーって結局のところ疑似的なセックスなわけだろ? だったら彼女持ちは自分の彼女をオカズにして然るべきだと俺は思うんだが……」
「なー、コイツのこういうとこマジキモいだろー?」
「おい、お前から言わせといて」

 こんな会話も、当然女子トイレには丸聞こえ。
 悠里はしゃがみ込み、真っ赤になった顔を両掌で覆っていた。

「あの、体調悪いんですか?」
「いえ、お構いなく……」

 偶然入ってきた人が入口近くでしゃがみ込む悠里を不審に思って声をかけると、悠里は男子トイレ側に聞こえないよう小声で答える。
 彼氏の性事情を聞かされて恥ずかしさと居た堪れなさに撃沈した悠里だが、掌に覆い隠された口元は自分でも不思議に思うほどに緩んでいた。


「とにかく川澄よ、俺の言いたいことはな、お前はあんだけうらやまけしからん状況を自分から避けてるのが気に食わん。孝弘の言う通り相川のエロビキニ堂々と見て堂々と抜け。以上だ!」
「別に当真レベルまでスケベに堕ちる必要は無いからさ、最低限相川の気持ちには向き合ってやれよ」
「わかったよ……頑張ってみる」

 どうにか龍之介の説得も完了。三人は男子トイレを出てくる。

「悠里ー、話終わったよ」
「そう、よかった」

 少し裏返った声で返事をした悠里は、まだ顔の赤みが引かぬまま出てきた。そして孝弘の顔をチラッと見て、すぐに俯いては瞳を潤ませ、ぎゅっと目をつむった。
 これで事態を察せぬほど、今の孝弘は鈍感ではない。男子トイレという男の聖域にいたが故の油断。孝弘の顔から、みるみるうちに血の気が引いていった。

「あっ、悠里、もしかして……」

 悠里はビクッと身を震わせた後、また一瞬孝弘の顔を見てすぐに俯いた。

「ごめん、盗み聞きはよくないとわかってたんだけど、私のこと話してるって気付いて……孝弘君、男の子同士だとああいう話するんだね。本当、ごめんね。聞かれたくない話だったよね」

 か細く震えた声。一歩間違えれば酷く冷められて破局に発展しかねないこの危機に、孝弘の脳内はフル回転を始めた。どうにか彼女の心をケアせねばと、必死に言葉を絞り出す。

「まあ、うん。それもそうなんだけど、それよりも悠里に嫌な話聞かせて、不快にさせちゃったんじゃないかと……」
「あっ、えっと、それは……」

 素敵な彼のそういう面を、知りたくなかったという気持ちはある。けれど当真や龍之介の話はともかくとしても、孝弘の話で不快にさせられたかと言われればそうとも言えず。

「嫌じゃ、ないよっ。他の人にされるのは嫌だけど、孝弘君にされる分には、決して嫌じゃないからっ……」

 自分の気持ちをどう伝えるか考えたものの、早く返事をしなければと焦るあまりかなり直接的でいやらしげな言葉になってしまい、悠里はますます焦る。

「あっあの、変な意味じゃなくって、それほどにまで想われてるだなぁって……ああもう忘れて」
「わかったよ。ありがとう悠里」

 自分で言ってて恥ずかしくなり掌で顔を覆う悠里の頭を、孝弘は優しくぽんぽんと撫でた。悠里の手前格好つけているが、実はこちらも居た堪れなさで内心は嵐が吹き荒れている。どうにか危機は回避できたようだが、お互い恥ずかしい思いをしたこともまた事実。二人は暫く目を合わせられなかった。
 そしてそのただでさえ暑い気温をより上げそうな光景に当てられて、当真は眉間に皺を寄せ苦笑いするしかなかった。

(こいつらもうセックスまで秒読みじゃねーの?)

 白けた様子の当真だったが、その直後に響いた声で一転ぎょっと目が覚めた。

「あーっ! いたーっ!!」

 甲高い叫び声を上げて龍之介を指差すリリム。その隣には凛華もいた。

「り、凛華……」

 怯えた表情をする龍之介に、リリムは凛華より先にずかずかと寄ってくる。

「何で凛華ちゃんほったらかして一人で行っちゃったの!? さっき凛華ちゃんナンパされてたんだよ!」
「えっ!? ご、ごごごごめん凛華!」

 リリムの後から凛華が近づいてくると、龍之介は腰を九十度折って頭を下げる。そこで当真はここぞとばかりに、龍之介の脛を蹴った。

「おらっ、他にも言うことあんだろが」

 が、その不意打ちは思わぬ効果をもたらした。バランスを崩し、もつれた足であわあわと前進する龍之介。そしてお辞儀をしていたために頭の位置が丁度いい場所に来て――柔らかい感触に顔面を突っ込んだのである。
 凛華と龍之介、そして引き金となった当真も、始め何が起こったのか分からないといった表情をしていた。胸の谷間に鼻先をすっぽりと収めた龍之介はやがて事態を理解。目を回しながら慌てて凛華から離れると「あひぃぃぃ」と情けなさすぎる声を上げて逃走しようとする。
 が、そこを凛華がすかさず両腕でがっしりとホールド。今度ばかりはもう逃がさない。

「龍之介君」
「はい、もう逃げません」
「私のこと、ちゃんと見てよね」
「はい、ちゃんと見ます」

 観念した龍之介は必死に両手で股間を押さえながら、背中に当たる胸の感触にまたも悩まされるのであった。
 偶然にもファインプレーかましてしまった当真は、嫌気が差したような顔。

(どいつもこいつもイチャイチャと……あーあ、俺だってもうちょっと身長があれば彼女くらい……)

 そして凛華と龍之介は、改めて向き合う。たとえ不格好であっても粗末な物を勃たせた姿を凛華に見せたくない龍之介は、股間から両手を離せない。それでも覚悟を決めて、凛華の眩しすぎる水着姿をまっすぐ見つめていた。
 対する凛華は、龍之介の興奮を止めさせる気など更々無い堂々とした立ち振る舞い。だけども強気そうに見えて少しだけ固い微笑みは、彼女の照れと緊張の表れだ。
 皆に見守られる中――言い方を変えれば衆人環視の羞恥プレイの中、龍之介は口を開いた。

「りっ、凛華。あっ、その……凄く綺麗だよ。それに……その……色気がありすぎて、もう少し加減して頂けると助かります……」
「ありがとう、龍之介君」

 慈しむような表情で龍之介に寄った凛華は、そっと隣に移動して身を寄せた。



 龍之介がへたれにへたれて逃げ回り引っ掻き回したこの一件も、どうにか良い所に着地した。
 それを見届けた孝弘と悠里は、安心した様子でまた二人手を繋いでプールサイドを散歩する。

「よかった。悠里、落ち着いたみたいで」
「凛華の幸せそうな様子を見てたら安心して……」

 そう言う悠里だが、孝弘と目が合うとまた頬を赤くして俯いた。
 孝弘は足を止め、悠里と向き合うように立つ。

「今度はさ、二人でまた来ない?」
「う、うん。それもいいよね。水着どうしよっか」
「悠里の着たい水着でいいよ。俺は自分の好きな服着てる悠里が好きだから」

 孝弘は優しく微笑んでいるもののまだどこかぎこちなさがあり、嫌な話を悠里に聞かせてしまった負い目は大分効いているようだった。
 彼が気まずい雰囲気を払拭しようと明るい話題で気遣ってくれているのだろうと、悠里はすぐに気付いた。

「えっと、じゃあ……デート用の水着、持ってくるね」

 デート用の水着、即ち臨海学校の時に着ていたビキニである。
 本音を言えばあの時もとても恥ずかしかったのだが、孝弘に喜んでもらえた嬉しさが勝っていた。恥ずかしがり屋な自分も好きな人のためなら思いのほか大胆になれるものだと、改めて自覚できた出来事だった。
 そして今も孝弘は、表面上平静を装っているものの緩んだ口元が喜びを隠しきれておらず。誠実で紳士的な彼も根っこの部分はスケベな男の子なのだと、トイレでの会話の件も含め改めて認識したのである。
 トイレでの会話を思い出したら急激に恥ずかしさが込み上げてきた悠里が顔を俯かせると、自然と孝弘の股間が視界に入った。
 意識してしまって顔を上げようとする悠里だったが、ふと次に目に入ったものは解けたままの海パンの紐。トイレで用を足した後、会話に夢中になっていて結ぶのを忘れていたのだ。

「あっ、孝弘君」

 そう言いかけた時だった。孝弘の背後やや離れた場所から、聞こえてくる声。

「あっ、悠里ちゃんだ! おーい」
「ひなちゃん?」

 こちらに向かって大きく手を振る背の低い女子と、孝弘よりも背の高いその隣にいる男子。同級生の高梨比奈子と二階堂篤だ。
 悠里が気付くや否や、比奈子は手を振りながらこちらに駆けてくる。幼げな印象を感じさせる黄緑色に水玉模様のワンピース水着で、それに不釣り合いな胸を揺らして。
 だが忘れてはいけない。比奈子は何も無い所で転ぶ子だということを。
 孝弘のすぐ後ろまで来た辺りで、比奈子は前のめりに倒れた。その拍子に目をつぶり、両腕を前に伸ばす。反射的に掴んだものは、孝弘の海パンだった。
 瞬間、猛ダッシュでこっちに向かってくる篤。床に伏せる比奈子が顔を上げる前に、掌で両目を覆った。

「佐藤、今のうちに!」
「すまん!」
「ほえー? あっくん?」

 目隠しされた比奈子は、一体何が起こったのかさっぱりわかっていない様子だった。
 足元までずり落ちた海パンを慌てて上げる孝弘。ふと正面の悠里を見ると、目を丸くして時が止まったように固まっていた。程なくして、ぼっと顔から火を噴き空気が抜けたようにヘナヘナとその場に座り込んだ。

「悠里ー!?」

 孝弘が叫ぶ。
 軽く冷やかしてやろうと近くまで来ていた当真は、今日一番の苦笑い。

(何やってんだあいつ……)



 やがて本日のプールもお開きとなって、男子更衣室では。

「川澄よぉー、お前帰ったら今日のラッキースケベ思い出してシコシコかー?」
「ばっ……できるわけないだろそんなこと!!」
「だからお前は駄目なんだよ」

 そこについては態度を変えぬ龍之介に、当真は呆れかえった。

「ったくよぉー、川澄といい孝弘といいお前らばっかラッキースケベな目に遭いやがって」
「いや川澄はともかく俺は違うだろ」
「は? 彼女にチンコ見せつけとか十分ラッキースケベじゃねーか。つーか俺はでっかいおっぱいがポロリする所を見たかったってのに、何で唯一目撃したポロリがでっかいチンコなんだアァン?」

 相も変わらず、女子がいない所では下ネタのリミッターが外れる当真である。

「つーかよかったなぁ孝弘、お前ズル剥けのデカチンでよ。俺や川澄みたいな皮被った粗チンだったら目も当てられなかったぜ」

 孝弘が海パンを脱いだタイミングで当真がそう言うと、たまたま近くで着替えていたナンパ男二人組が孝弘の股間を覗き込み、敗北感に打ちひしがれながら距離を置いた。
 一方、巻き添えでディスられた龍之介は顔を青くしている。

(やっぱり無理だ……俺のはとても凛華には見せられない……)
「別に大きければいいもんじゃないって、この前臨海学校の風呂で大山寺も言ってただろ」

 公共の場で性器を露出させられた孝弘であるが、悠里が正面にいたため目撃した人もそれほど多くはないこともあって本人としてはもうさほど気にしていない。
 比奈子はちゃんと謝ってくれたし、そもそも根本の原因は紐を結び忘れていた自分の不注意であるため比奈子を責めるつもりもない。
 だが気がかりなのは、不本意に見せられてしまった悠里のメンタルである。


 女子更衣室。

「いやー、ありがとね佐奈。おかげさまでいいデートができそうだよ」
「どういたしましてー。デート前に髪セットしたい時はうちの店をどうぞごひいきに」

 佐奈にプールを案内してもらった麗は、かなり満足げな様子。水着を脱ぎながら大変嬉しそうに感謝していた。

「それにしても……」

 二人が目を向けるのは、らしくもなく水着を脱ぎかけのまま上の空でぽかんと口を開け天井を見つめる悠里。
 水着を膝の辺りまで下ろした状態で止まっているのを見てピンと来たリリムは、つい悪戯心が湧き悠里の腰に巻いたタオルを正面から捲り上げた。

「いいんちょ、おけけ丸見えー」

 丁寧に整えられた黒い逆三角形を衆目に晒されても、悠里は時が止まったまま。しかし「丸見え」という単語が脳裏でリピートしだすと、途端に顔から火を噴いた。
 嘆くような声と共に掌で顔を覆ってしゃがみ込む悠里に、凛華と佐奈が駆け寄る。

「悠里、何があったの?」

 凛華が尋ねると、悠里は顔に当てた掌から指を開きその隙間から二人の顔を見た。

「それは……その……誰にも言わないでね……」

 恥ずかしさと居た堪れなさと自分でもよくわからない変な気持ちで情緒をぐちゃぐちゃにされながら、悠里は最も信頼する親友二人に小声で話し始めたのである。


「えーっ!? そんなラッキースケベ、ホントにある!?」
「まあ、ラッキースケベは普通にあるよね」

 実際今日ラッキースケベな目に遭った凛華が、二度頷く。

(龍之介君が私の胸にダイブしてきたのもそれはそれで美味しかったけど、悠里のシチュエーションもそれはそれでなかなか……というか私も龍之介君のちんぽ見たい! あ、帰ったらそのシチュエーションでオナろ)



 皆着替えを終えて更衣室を出ると、先に着替えを済ませて待っていた男子達と合流。

「お待たせー」
「おう」

 私服で濡れ髪の女子達を当真がじろじろ見ていると、孝弘に掌で頭頂部を押さえつけられた。

「やめろ背が縮む」
「悠里」

 当真から手を離し悠里に歩み寄ると、悠里はピクっと身を震わせて気まずそうに孝弘から目を背けた。

「あー、悠里。家まで送ろうか?」
「えっ、あ、その……ごめんね。今日は、凛華と佐奈と一緒に帰るから……」
「あ、うん」

 繋ごうと伸ばした手が行き場を失くした孝弘の肩に、当真がポンと掌を置いた。



 その日の夜。いつも早寝早起きを心掛けている悠里は、今日も早くに就寝の準備を整えてベッドに入る。
 いつも本日の反省を、寝る前に回想するのが悠里の日課だ。脳裏に思い起こされるのは、家まで送ろうとした孝弘の誘いを断った時。

(あの時、孝弘君を傷付けちゃったかな。私、酷いことしてたよね……明日ちゃんと謝ろう)

 だが自分がそうしてしまった動機が思い出されるにつれて、全身が熱くなり身体の奥底がむず痒くなってきた。叫びたい気持ちになるも、声を押し殺す。
 夜更かしは美容の大敵だから早く寝たいのに、瞳の裏に鮮明に残るその光景がどうしてもそうさせてくれない。
 自分がそれを目の当たりにするのは、もっともっと先のことだと思っていた。
 思えば自分自身は、既に彼に一糸纏わぬ姿を見せているのである。あの日の彼もこんな気持ちだったのかと、急激に共感を帯びてくる。

 経験したことのない欲求を、今自分は抱いている。
 布団の中で脚をもぞもぞと動かし太腿の内側を擦り合わせながら、羞恥と焦燥とえも言われぬ高揚感に悶える悠里。
 いかに悠里が初心といえど、こんな気持ちを解消する手段があることは流石に知っている。凛華も佐奈もしているとは聞いていたし、孝弘から自分がそういうことに使われていることも今日知った。
 だけどもそんなはしたない行為は自分にはとてもできないと思っているし、実際生まれてこの方一度もしたことがなかった。

 布団の中で横向きになり膝を抱えて丸くなると、ますます熱が籠もる。今秘部に手で触れたら、自分の中で何か大切なものが弾け飛びそうな気がした。
 身体は求めているのに、心が抵抗を続ける。
 とうとう悠里はこの悶々とした気持ちを解消することができぬまま、眠れぬ夜を過ごしたのである。
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