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第三章

第86話 女友達が俺にレオタード姿を見せてくる

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 それは夏休みが始まって一週間ほど経った頃。ルシファーの開催した脱衣ゲームで言うならば「ストラックアウト」の後で「叩いて被ってジャンケンカードバトル」の前のことである。
 二年B組のダンス少女、宮田麗はダンス仲間の男子生徒、畑山幹人と共に自宅でダンスの練習をしていた。
 音楽を流しながら幹人の見ている前で踊り、最後に可愛く決めポーズ。クールかつキュートに魅せる麗に幹人はつい見蕩れてしまい、少ししてからはっと気が付いて拍手を贈った。

「おー……すげーじゃん」
「でしょー?」
「あー、これはまたバズるわー」

 麗を褒めちぎる幹人であるが、内心は複雑。

(これだから美少女ってのは得だよなー。俺のダンス動画なんて全く伸びねーのに)

 同じ趣味で同じ夢を持つ仲間である麗の躍進を応援しているが、嫉妬する気持ちもある。伸び悩んでいる自分との差は、日々増していくばかりだ。

(……そりゃ、あいつが可愛いのはわかってんだけどさ)

 麗は引き締まったスレンダーな体型に、金髪ボブカットとつり目がちの顔立ちが特徴の健康的な美少女。そんな子がキレキレのダンスを踊っている動画なんて、当然皆見たくなるものだ。
 そんな麗と“友達”として仲良くしてもらっている幹人は、間違いなく恵まれている立場だ。ましてや思春期の男子には必須のオカズまで提供してもらっている身としては。
 今日麗の家に行くことになったので、幹人は余計な気を起こさぬよう朝一番に抜いてきた。オカズは臨海学校の時の麗のビキニ姿。それも麗本人が幹人のスマホに送ってくれた自撮り画像である。
 麗は確かに美少女ではあるが、普段色気を感じさせることは滅多にない。ファッションの趣向は基本的にボーイッシュであり制服以外でスカートを穿いた姿は見たことがないし、さっぱりした性格もあって幹人も殆ど男友達感覚で接している。スレンダー体型故に肉感的な色気はあまり無いし、胸も小さいという程小さくはないがさして目立つサイズではない。
 そんな彼女が見せてくれて、あまつさえ写真まで送ってくれたビキニ姿。元より少なからず異性として意識していたもの性欲の対象としての要素には乏しかった子が、急に肌を見せた姿をお出ししてきた。こんなもの男子高校生の性衝動をたまらなく刺激させるに決まっている。
 思い出したらまた勃起してきそうになったので、幹人は慌てて頭の中からその映像を消し去った。


「あっ、そうだ。幹人に見せたかったものがあるんだよね。ちょっと待ってて、着替えてくるから」
(着替え?)

 麗が急にそんなことを言って部屋を出て行くので、幹人は首を傾げた。
 少しして戻ってきた麗の格好に、幹人はひょっと奇声を上げたのである。
 爽やかな青空のような水色のレオタード姿で、新体操用のリボンを手に戻ってきた麗。幹人の前に立つと左手を腰に当て軽く身体を捻ってポーズをとり、右手は顔の横でピース。

「どう? 練習用のレオタードなんだけど、幹人に見せるのは初めてだっけ。似合う?」

 そう言われてもすぐに言葉で反応はできないのだが、それより先に股間はしっかりと反応してしまったので慌てて座る姿勢を変えた。

「えっ、あっ、いやその……急にどうした!?」
「新体操部、今の大会が終わったら先輩達引退するでしょー? そしたらあたし、レギュラー狙ってみよっかなって思っててねー」
「何、お前新体操本格的にやるつもりなの?」
「やー、別に新体操選手目指すわけじゃないけど。でも一年続けてたら楽しくなってねー、先輩からも筋が良いって言われてるし。どうせなら頑張ってみよっかなって」

 元々麗は部活選びにあたって、新体操履修したらダンステク上がるかもという程度の軽い気持ちで入部した。だが何だかんだで結局ハマっていったのである。

「そういうわけでね、幹人にも見せたいんだ、あたしの新体操」

 麗はスマホから音楽を流し始める。普段ここで流しているようなヒップホップやアイドルソングとは大きく雰囲気の異なる優雅な曲だ。それに合わせてリボンを巧みに操りながら、しなやかに、それでいてどこか艶めかしく舞う。
 元より優れたダンスの才能を持つ彼女は、たった一年やっただけで驚くほどの上達を見せていた。
 一曲終えてポーズをとる頃には、幹人はまたもぽかんと口を開けて見蕩れていたのである。

「どうだったー? これでも先輩達や櫻には全然及ばないんだよねー」
「おー……おう」

 ダンスを嗜む者として何か気の利いたコメントの一つでもしてやりたい所だが、下半身が大変なことになっているのでそれどころではない。
 身体のラインをぴっちり映し出した上ですらっとした美脚を際立たせる衣装を纏い、堂々とした大開脚や魅惑的なポーズを繰り返す女友達。普段とのギャップに、幹人の男心は完敗した。

「それで幹人、あんたいつまで休憩してんの? ほらほら練習。立ち上がってー」
「あっ、いや……」

 麗は幹人の腕を引くが、ある意味既に立ち上がっている幹人は立ち上がれないでいた。

「んー、何? そんな疲れた? もしかして体調悪い?」
「そういうわけじゃないんだが、その……」

 どうにか股間の膨張を鎮めようとするも、目の前の存在がその気持ちを逆行させる。

「そうやってサボってると、あたしの方がますます上手くなっちゃうぞー」

 麗はスマホから別の音楽を流し始める。今度はうってかわって、アップテンポなダンスソングだ。レオタード姿のまま鏡に向かってダンス練習を始め、見慣れた練習姿もこういう格好でされるとドキッとしてしまうのが男のさがだ。

「お前、その恰好のままやるのかよ」
「うん。着替えるのも面倒だし。それにこれ動きやすくて体の動きも見やすいし、ダンスの練習着としても全然アリだよ」
(俺が目のやり場に困るんだよ。つーか俺が練習できんし)

 何事も無かったようにきびきびと踊る麗の姿を見ながら、幹人は溜息。

(こういう格好平気で見せてくるってのはさ、要するに男として意識されてないってことだよなぁ……)

 そう考えている間に一曲終えて、麗はペットボトルを手に幹人の隣に腰を下ろした。汗をかき火照った顔を近づけられて、またも幹人の心臓が高鳴る。

「そういえばさー、今日彩夏ちゃんのライブあるんだってね。新曲発表されるって聞いたよ。どんなダンスか楽しみー」

 今の幹人には、そんな雑談も耳に入らなかったのである。



 同じ頃。二年B組のアイドルオタク矢島信司は、神崎彩夏ソロライブへと足を運んでいた。
 復讐心を断ち切りエクソシストを辞めて一皮剥けた彩夏は、アイドルとして更なる飛躍へと突き進んでいる。領域での一件を完全に記憶から消された信司は、何事もなかったかのように今日のライブを楽しんでいたのである。

(うおおおおおお!!! 今日の彩夏ちゃんも最高だあああああ!!!)

 新曲に大盛り上がりのライブハウスは、ファン達の熱気に包まれている。テンション爆上がりの信司であったが、それに水を差す出来事が。
 信司の前に立っていた人が、急にふらっと倒れて信司にもたれかかってきたのである。倒れたのは小柄な女性であったためそこからドミノ倒しになるようなことはなかったものの、楽しい空気の中で起こった非常事態にその場はざわついた。
 見たところ歳は中学生程度。長いストレートの黒髪を後ろで二つ結びにした少女である。

「大丈夫ですか!?」

 信司が声をかけると、少女は目を閉じたまま「うぅ……」と返事をする。信司はキョロキョロと辺りを見回すが、誰も救いの手を差し伸べようとする気配は無いようだ。信司はやむなく、少女を抱えて人混みをかき分けホールから退出した。


 ホール外のベンチに少女を寝かせ、すぐそばの自販機からスポーツドリンクを購入。

「あの、大丈夫ですか? 救急車呼びますか?」

 信司が改めて声をかけると、少女は目を開け上体を起こす。

「すっ、すみません! ご迷惑をおかけして!」
「あ、よかった。飲み物どうぞ」

 スポドリを手渡されると、少女は申し訳なさそうにしつつも慌ててそれを飲み始めた。

「あの、すみません。私のためにせっかくの彩夏ちゃんのライブを抜け出させてしまった。それにきっと私、彩夏ちゃんにもライブ台無しにして迷惑を……」
「体調不良だったんでしょう。そんなに自分を責めることはありませんよ」

 信司が励ますも、少女は納得していない様子。

「それで、先程はどうされたんですか? 何かご病気でも」
「あっ、いえ、そういうわけではないんです。実はこういう所に来ること自体が初めてで、人混みに酔ってしまいまして。それと……周りの人達の体臭が……」
「ああ……」

 信司は苦笑い。オタクの集まる場所に慣れている信司にとっては今更気にするほどのものではないのだが、こういう場所が初めての、それも女の子である彼女が辛く感じるのも無理は無い。

「アイドルって、ああいう人達とも握手しなきゃいけないって思うと大変ですね……」
「あ、もしかして、僕も君を不快にさせてしまったりしてたのでは……」
「いえ、貴方はそんな、他の人達みたいに不潔な感じはしませんから!」

 迷惑をかけた相手に逆に謝られてしまい、少女は焦った。

「まあ、僕は推しに会いに行く時はきっちり身を清めて行くことを心掛けております故。尤も、そうではないオタクがいるのもまた事実……」

 自分のことのように申し訳なさそうにする信司を見て、少女は逆にこちらが悪いことをしている気にさせられる。

「あっ、そ、そうです! 今度お礼とお詫びをしたいので、連絡先を教えて下さい!」
「え? えーと、じゃあ……」

 信司がスマホを取り出しロックを解除すると、丁度開きっぱなしにしていたSNSアプリのホーム画面が。

「あれ?」

 少女が不思議そうに首を傾げる。

「もしかして……にょきにょき仮面さん?」

 にょきにょき仮面というのは、信司がネット上で使用しているハンドルネーム。SNSのホーム画面には、当然それが載っていた。

「私、まよです! 凄い偶然ですね!」
「えっ、まよさん!? 女の子だったの!?」

 奇遇にも、二人は彩夏ファン同士ネット上で交流があったのだ。
 ハンドルネームまよ、本名君島きみしま真世まよは、神崎彩夏ファンの中学三年生。これまでに生の彩夏を見たことは一度も無かったそうだが、県内で初めてライブをやると聞いてはりきってチケットを取ったのだそうだ。
 それが結果こうなってしまって、本人もかなり口惜しそうであった。



 それから三日後のことだ。信司は真世を連れて、麗の家を訪ねてきたのである。

「いらっしゃい矢島君」

 出迎えたのは麗と幹人。今日も幹人は麗の家に来ているが、今日は信司に用事があって来ているようなものである。

「やあ宮田さん、畑山君。ダンスの調子はどう?」
「なかなかいい感じだよー。それで、その子が例の?」
「はっ、初めまして。君島真世といいます。あの、ダンス動画のREIさんですよね!? 動画見てます!」

 麗を見るなり、真世は目を輝かせて言う。

「いやー、どうもどうも。知ってて貰えて光栄だなー」
「君、灼熱のダンサーMIKITOって知ってる?」
「誰ですかそれ」

 それを見てもしや自分もと思った幹人が尋ねるも、こちらは全く存じていない様子だった。

「REIさんって、この間まで彩夏ちゃんと同級生だったんですよね! 彩夏ちゃんの話、是非聴かせて下さい!」
「オッケー。任せてよ。臨海学校での彩夏ちゃんの話とか、沢山したげる!」



 家に上げられた真世は、麗がダンスの練習や撮影に使っている部屋へと案内された。

「わぁー、この部屋。動画に映ってる!」
「今日はここであたしが真世ちゃんをみっちりレッスンするからね!」
「ぜひお願いします!」



 まずはこうなった経緯を説明しよう。
 彩夏ソロライブの後帰宅した信司と真世は、SNSを通して交流を深めていった。

『えっ、にょきにょき仮面さんって綿環高校なんですか!? てことはもしかして彩夏ちゃんとも……』

 なんて会話や、

『へぇー、まよさんって意外と近くに住んでるんですね』

 なんて会話があり。

『実は私、いつか彩夏ちゃんと同じステージに立つのが夢なんです。でもダンスが苦手で……』
『でしたら丁度いい方をご紹介しましょう』

 という流れで、真世が麗にダンスを習うことになったのである。



「ほらよ矢島。俺の新作ダンス動画」

 麗と真世が話す横で、幹人は信司にスマホで動画を見せる。

「ほうほうなるほど。なかなかですな。お任せ下され、バッチリいい感じに編集しておきましょう」

 二人の様子を見て、真世は首を傾げる。

「ああ、矢島君には、あたしと幹人のダンス動画の編集お願いしてるの。あたし達、パソコンの知識はからっきしだから」

 キラキラしたダンス好きの美少女とオタク男子。一見接点の薄そうな組み合わせが仲が良いことを真世は疑問に思っていたが、それを聞いて納得である。

「矢島君って何気に凄いんだよ。パソコン関係すっごい詳しいし。しかもオタ芸踊れる」

 麗の人に対する評価基準で、ダンスが踊れることの比率は大きいのだ。
 その様子を見ていた幹人は、複雑そうに眉をひそめた。自分も幹人に大変世話になっている手前口に出しては言えないが、気になっている子が他の男子を褒めるのはいい気がしなかった。


「じゃあ真世ちゃん、こっちの部屋で着替えよっか」

 麗がそう言うと、真世はまた首を傾げる。

「あれ、もしかして練習着持ってきてない?」
「あ、はい」
「あー……ミニスカでダンスレッスンはねー……今日は男子もいることだし」

 麗が苦笑いしつつ言うと、真世はそこで初めて気付いたようで「あ」と声を出しぽかんと口を開けた。

「あたしの貸したげるから、こっち来て」

 麗の私室まで案内される真世を、幹人はそわそわしながらじっと見つめる。

(俺ですらまだ入ったことないのに、会って初日で部屋まで入れて貰えるとか……同じ性別は得だよな)


 部屋の内装はボーイッシュな雰囲気の麗にぴったりで、一見すると男の子の部屋のよう。しかしそこかしこに女の子の部屋だと感じさせるものがあるのが、さりげないギャップを醸し出していた。
 麗はクローゼットから白のショートパンツを取り出し、真世に見せる。

「これでいいかな? サイズ合ってるといいけど」

 真世はスカートを穿いたままショートパンツに足を通し、スカートの下に穿く形に。ウエストのサイズは丁度ぴったりだ。自分より大分背の高い子とウエストは同じということに、ややぽっちゃりめな体型がコンプレックスの真世は複雑な気持ちになる。
 自分の分の練習着も取り出した麗は服を脱ぎ始める。上はグレーのスポーツブラ。ダンスのための準備万端なチョイスである。そして下も脱ぐと、真世はびっくり。

「えっ、それ男の子のパンツじゃないですか!? 私の弟が穿いてるのと一緒ですよー!」

 白地にピンクのラインのブリーフを見せられて、真世はそんな声を上げた。

「女の子用のもあるんだよ。ガールズブリーフっていうの。可愛いでしょー」

 そう言って真世に背を向けくいっと腰を捻って軽くポーズをとり、ハートマークのバックプリントを見せる。

「ボーイッシュ系の服が好きで、気付いたら下着もそういう感じに寄せてたっていうか。すっごい穿き心地良いし、このデザインも気に入ってるから今あたしのショーツ殆どこれにしてるんだよね」
「ほぇー……」

 下着にまで拘った麗のファッションに、真世は感心していた。


 そうして始まったダンスレッスン。そもそも運動が得意ではない真世は苦戦している様子だが、麗は優しく、ダンスの楽しさを説いてゆく。

「そうそうその感じ。いいよー」

 拙いダンスなのは自覚していても褒められて嬉しい真世は、明るい笑顔で楽しく踊る。
 それを座って観ている信司と幹人は、何だかそわそわ。

(うーむ……短パンを穿いているのが分かっているとはいえ、こうチラチラとスカートが捲れるのは目のやり場に困るなぁ……)
(これ、俺が見てていいやつなのか……? 麗が色気の無い恰好で踊ってくれるのは、見る側としては助かるというか……)

 そう考えた幹人の脳裏にふと思い起こされたのは、その麗が珍しく色っぽい恰好で踊っていたあの日のレオタード姿。

(何思い出してるんだ俺!)


 次第に上達していったものの、麗のような体力はなくすぐに疲れてしまった真世。
 せっかくなので休憩している間に、麗のダンスを見せてもらうことになった。
 キレキレの動きで彩夏のダンスを完コピする麗の姿を、真世は目を輝かせて観る。

「凄い凄い! 流石REIさん!」
「いやー、どうもどうも。真世ちゃんだって筋は良いんだから、頑張ればこのくらい踊れるようになるよー」
「ホントですか!?」

 アイドルを目指す真世にとって、そう言って貰えたことは大変心強い。疲れも吹き飛び、早速立ち上がって練習を再開したのである。



 そうして無事終わったダンスレッスン。真世は玄関で麗にペコリと頭を下げた。

「今日は本当にありがとうございました。ダンスを教えて頂いた上に彩夏ちゃんの話も沢山……こんなのとても感謝しきれません!」
「いえいえー。真世ちゃんおうち結構近いみたいだし、また遊びに来てねー」

 笑顔で手を振る麗に、真世は改めて頭を下げた。

「では、また。ダンス動画応援してます」
「あたしも真世ちゃんのアイドルデビュー応援してるよー」
「では、僕もこれにて。まよさん、駅までお送りしましょう」

 そう言って信司も、真世と共に麗の家を出た。
 扉が閉まると、麗は急ににやっと顔を緩めて幹人の方を向いた。

「ねえ、あの二人もしかして付き合うことになったりするのかな?」
「いやー……無いんじゃないか? 単なる趣味仲間の域を出ないだろ、あれは」

 自虐気味にそう言う幹人を、麗はじっと見つめていた。
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