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第二章

第63話 あっち向いてホイ決戦・1

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 テュポーンと対峙する彩夏は、テュポーンを指さし脱衣ゲームでの勝負を堂々と宣言した。一瞬静まり返る領域。その沈黙を破ったのは、テュポーンの吹き出す声であった。

「フッ……ハハハハハ! 彩夏ちゃん……俺は君を脱衣ゲームに誘いたかったのだがね、君がアイドルの掟を忠実に守って彼氏を作らないものだから一向に誘えなかったんだ。俺はヤる時は寝取る主義なのでね。それがまさか君の方から俺に脱衣ゲームを挑んでくるとは、実に面白い。いいだろう、相手してやる。勿論、俺が勝てばお前は俺に犯される。彼氏でないのは残念だが、君を大事にしているそのマネージャーの前でな」
「私が勝てば、あんたは私に殺される。逃がしはしないわ」

 テュポーンの下劣な発言に対する返答はせず、あくまで自分の言葉をぶつけるのみ。彩夏は剣先をテュポーンの瞳に向けて威嚇した。

「クク……やる気満々じゃないか。君ほどの人気アイドルが俺の記念すべき一万人目の相手とは運が良い」

 黙ってれば美形であるテュポーンだが、歓喜を抑えきれなくなり舌なめずりをする姿にはまるで品性を感じさせない。彩夏は不快感を覚えるが、それを表情には出さなかった。

「それでルシファーよ、お前が彩夏ちゃんと組んでいる以上、彩夏ちゃんの敗北でお前にもペナルティを負ってもらうことになるがそこはどうなんだ?」
「構わんよ。お前が勝てばこのルシファー、お前に絶対の忠誠を誓おうじゃないか」
「クク……それはいい。史上最強の淫魔を顎で使える日が来ようとはな」

 口で乗せて参加者にやる気を出させるのはルシファーの常套手段。始めはルシファーに臆していたテュポーンも、すっかりその気になったようだ。


「本当に大丈夫なんですか!? 負けた時のリスクが大きすぎません!?」

 至極当然の指摘をするのは小畑である。

「それにいくら彩夏がアイドルジャンケン大会のチャンピオンでも、あのテュポーンにあっち向いてホイで勝てる気がしない……」
「ねえおじさん、あのテュポーンってヤツ、あっち向いてホイ強いの?」

 リリムが尋ねると、小畑は鬼気迫る表情。

「強いなんてもんじゃない! 有子はあいつに四連敗してあっという間に全裸にされたんですよ! まるでこちらの出す手や顔を向ける方向を全て知っているかのような圧勝ぶりで……」
「ジャン、ケン、ポン」

 と、話していたところで響く彩夏とテュポーンの声。いつの間にかゲームが始まっていたようで、リリムと小畑は慌ててそちらに顔を向ける。
 彩夏の出した手はパーで、対するテュポーンはグー。初戦のジャンケンを制したのは彩夏であった。

「どうしたテュポーン。何か予想外のことでもあったか?」

 信じ難いと言わんばかりに目を見開くテュポーンに対し、ルシファーが言った。

「お前が神崎にかけようとしていた魔法は俺がブロックした。精神に働きかけ特定の手を出させる……本人は自分の意思でその手を選んだと思い込まされてるが故に、魔法で操作されていることに気が付かないというなかなか狡猾な魔法だな」

 小畑の言っていたことへのアンサーを示すかのように、テュポーンの手の内を説明するルシファー。

「あっち向いてホイと聞いて自分がゲームマスターの時と同じ感覚でそういう手段を使ったのだろうが、生憎今回のゲームマスターは俺だ。魔法による不正は禁止とする」

 出鼻を挫かれて握った拳を震わせるテュポーンであったが、程なくして冷静になる。

「……確かにジャンケンでは負けた。だがこれはあっち向いてホイだ。それを当てなければ勝ったことにはならないぞ」
「勿論わかってる。じゃあ始めましょうか」

 彩夏は握った右手の人差し指を立て、テュポーンの鼻先を指す。

「あっち向いて……ホイ!」

 ホイの掛け声と同時に彩夏が人差し指を下に動かそうとすると、テュポーンはすぐさま顔を上に動かす。その瞬間、彩夏は瞬時に人差し指を跳ね上げて天井を指さした。

「勝者、神崎彩夏!」

 ルシファーが高らかに宣言。絶句するテュポーンの上着が、自動でビリビリに破れて弾け飛んだ。
 簡単なフェイントにいとも容易く引っかかったことは、テュポーンがこれまでいかに魔法を使ったイカサマに頼りきってきたかを示している。

「流石彩夏ちゃん!」

 リリムがガッツポーズで讃える。だが彩夏は勝利を喜ぶような素振りを見せず、真剣な表情でテュポーンをじっと見つめていた。


 二回戦が始まる。テュポーンは指をタコ足のようにうねうねと動かし、手を読まれないようにするつもりだ。この器用な指の動きは彼のセックステクニックにも直結するものであり、まさしくその優れた実力の程を窺わせる。

(でも先生はあれの三倍は早く指動かせるよね)

 だがそれ以上のテクニックの持ち主と普段から体を重ねているリリムからしてみれば、あの程度はこれといって凄いとも感じなかったのである。

「ジャン、ケン、ポン」

 そして彩夏の目つきが鋭くなり――彩夏はチョキ、テュポーンはパーを出した。

「ば、馬鹿な……」

 出す手を読ませぬ驚異的な動きをもってしても、彩夏の目からは逃れられない。彩夏の何よりの武器は、その集中力と動体視力だ。しっかりと目で見極めれば、たとえうねうねと指を動かされようが出す手を察知することくらい余裕である。

「あっち向いて……ホイ!」

 そこからすぐさまあっち向いてホイへと移行し、やはり彩夏の目はテュポーンの頭の動きを読んで右に顔を向けることを当てた。

「勝者、神崎彩夏!」

 テュポーンのシャツが弾け飛び、上半身裸になる。

(これで二点差……本当にイカサマ無しではこんなものだっていうの?)

 拍子抜けするほどの弱さに、かえって気味の悪いものを感じる彩夏。圧倒的優勢なはずなのに、嫌に胸騒ぎがした。
 そして同じようにルシファーもまた、何かを感じ取っていたのである。

(そろそろ、何かを仕掛けてくる頃か?)

 先程まで呆然としていたテュポーンは、いつの間にやら冷静沈着に不敵な笑みを浮かべていた。


 三回戦が始まる。案の定ジャンケンは彩夏が勝利。だがテュポーンはそれを読んでいたかの如くにやついていた。
 何かしてくる。それは見て明らか。彩夏が警戒に神経を張り巡らせながら、あっち向いてホイに挑む。

「あっち向いて……」

 今回は右にフェイントをかけ、テュポーンの首も馬鹿の一つ覚えのようにそれと逆方向に動く。彩夏は即座に指を左へ振ったその瞬間、テュポーンの首はそれを読んだかの如く右へと切り返す。が、彩夏はそれに追随し追い抜く速度で一気に右へと指を振り切った。
 ほんの一瞬の間にせわしなく指を動かす彩夏だが、最後はしっかりと勝利を勝ち取った――かに思えた。ルシファーは彩夏の勝利を宣言することはない。むしろルシファーでさえも困惑している様子だった。
 その場にいた誰もが目を丸くするテュポーンの奇策。左から右へ切り返した首をぴったり中央で止め、まっすぐ正面を向いていたのである。

「え……何? ふざけてんの?」
「あっち向いてホイでの顔の向きが上下左右のみと誰が言った? このあっち向いてホイは正面を含めた五方向を使うのだが?」

 あまりにも無理のある、無茶苦茶な言い分。それをどや顔で言い放つテュポーンに、誰もが唖然とする他ない。だが不思議とルシファーは神妙な表情を湛えていた。

「ふむ……これは俺のミスだな。魔法による不正は禁止と言ってしまった以上、魔法を使わない不正は許可されていると解釈されても仕方があるまい。ここは自分のミスを認め、顔の向きに正面を含めるというルールの追加を許可しよう」

 ルシファーが無感情かつ淡々とした口調でそんなことを言うので、彩夏は尚更に唖然としてしまった。

「ちょっと、一体何の冗談!?」
「さてでは四回戦と行こう」

 彩夏の文句を無視して、ルシファーは進行を促した。

(顔の向きが五方向に変わったとしても、私なら正面も含め容易に見切れる。所詮あんなのは苦し紛れよ。少なくとも私がジャンケンに負けることはない)

 自分のジャンケンの強さに絶対の自信を持つ彩夏は、幼稚なインチキに一瞬驚きこそしたものの勝利への道筋が綻びたとは微塵も思っていない。

「ジャン、ケン」

 彩夏はしっかりとその瞳で、テュポーンの指の動きを見極めた。テュポーンが次に出すのはグー。フェイントへの警戒もしつつ、彩夏はパーを出す。

「ポン」
「ダイナマイトォォォォ!!!」

 突然テュポーンが大声で叫んだので、その場の誰もが度肝を抜かれた。

「はい俺の勝ち!」

 静まり返った領域で、テュポーンは勝手に勝利宣言。彩夏のパーに対してグーを出しているにも拘わらずである。
 否――それは正確にはグーではなかった。握り拳から親指だけ立てた、所謂サムズアップ。親指を導火線に見立てて、ダイナマイトを手で表していたのだ。

「これはダイナマイトだ! 石も鋏も紙も爆破するからその全てに勝つ! つまりこのジャンケンは俺の勝ちだ!」
「ちょっと審判!?」

 彩夏は抗議のためルシファーに顔を向ける。その途端だった。

「あっち向いてホーイ!!!」

 突然テュポーンがそう叫び、ルシファーの側に人差し指を向けたのである。

「は!?」

 一体何度、テュポーンの幼稚で無茶苦茶な言動に唖然とすればよいのか。彩夏はアイドルらしからぬ表情で目を見開き、テュポーンの顔を見た。

「はいお前の負け!」

 相手をコケにしたどや顔で煽られて、彩夏の顔が引きつる。

「……審判、さっさとあいつに反則負け出しなさいよ」
「うーむ、こいつは一本取られたな。俺のルール説明の粗を突いて反則並びに勝手なルール追加を一つ認めさせたことで、より悪質なそれを同様に認めざるを得ない状況を作り出した。ま、俺がそういうルールにしてしまった以上は仕方があるまい。使用する手の形にダイナマイトの追加、並びに不意打ちであっち向いてホイを行うことを許可しよう」
「ちょっと、あんたどっちの味方なの!?」
「さて神崎、ルール通り脱いでもらうぞ」

 質問への返答は一切せず、ただ進行だけを求める。まるでテュポーンの言いなりにでもなっているかのようなルシファーに対し、彩夏は一つの疑念を抱いていた。

(まさかあいつ、テュポーンとグル!?)

 Tシャツを一枚脱ぐと、その下は飾り気のないグレーのスポーツブラ。これまで彩夏の下着姿は勿論、ここまで肌を見せた姿すら見たこともなかった小畑は胸中がざわついた。下着としては肌の露出が抑えめなものとはいえ、自分が担当するアイドルが目の前で下着姿になっているのはマネージャーの立場としては決して平静でいられるものではない。


 五回戦。グーチョキパーの全てに勝つダイナマイトが追加された以上、ここで彩夏のとる手段は一つしかない。

「ジャン、ケン、ポン」
「ダイナマイトォォォォ!!!」

 彩夏が出したのは、勿論ダイナマイト。そしてテュポーンは、先程と同じく無駄に叫びながらダイナマイトを出した。

「当然あいこ……こちらもダイナマイトを出せば負けはしないけれど、このままじゃ永遠にあいこが続くだけじゃないの?」
「いや、お前の負けだ。お前はダイナマイトを出すときに『ダイナマイト!』と言っていない。お前の出したそれはただのグーだ」
「認めよう」

 また屁理屈を飛ばすテュポーンと、即答で認めるルシファー。彩夏の疑念は次第に膨らんでゆくが、ひとまずは不意打ちに備えてテュポーンの動向に集中する。

「あっち向いて……」

 指の動きを注視し、恐らく次はテュポーンから見て右に指を向けると読んだ彩夏。そして次の瞬間。

「ホイ!」

 突如テュポーンは手を開いた。人差し指は後ろに反らして右を、薬指は内側に折り曲げて左を、親指はピンと立てて上を、小指は大きく開いて下を、そして中指はまっすぐ彩夏に向けて正面を指す。複雑な手の形で、五方向全てを指していたのである。
 早速追加されたばかりの正面を選んだ彩夏は、視線や顔を動かすことなくすぐにこれを瞳に映すこととなった。
 だが最早驚くことでもない。これまでの流れを見ていれば予想のできたことだ。

「どうだ、これでお前がどの方向を向いても俺の勝ちだ」
「認めよう。神崎、もう一枚脱いで貰うぞ」
「……脱げばいいんでしょ」

 渋々ながらスカートを下ろすと、ブラと同じ色をした飾り気のないボーイレッグのショーツがお目見え。

「人気アイドルにしては、随分と色気の無い下着じゃないか。それでも腰回りの肉付きの良さは、なかなかの見どころと言える……」

 卑劣なインチキ戦法の連続で一気に巻き返したテュポーンは、まだ同点にも拘わらず勝ち誇った様子で舌なめずり。
 今回彩夏は脱衣ゲームに参加した上でテュポーンと戦うことになるため、下着も布面積多めで見られても恥ずかしさがやや少なめなものにしてきた。全勝できるに越したことはないが、ある程度負けて脱がされる可能性も考えた上での選択である。勿論動きやすさも重視し、下着姿のままでも戦えるようスポーツ系のアンダーウェアを着てきたのだ。
 だがそれでも、小畑を悩ませるには十分すぎるものであった。

(彩夏……君のこんな姿を見ることになるだなんて……)

 居た堪れない気持ちでいっぱいになりながらも、どこか背徳感を覚え目が離せない。人気アイドルの魅力とは誠に恐ろしいものだ。
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