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第二章
第61話 作戦会議
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神崎彩夏が暮らすマンションの一室。そこのリビングにルシファーとリリム、そして彩夏のマネージャーである小畑康夫が集まっていた。
「それで、本当に小畑さんの悪夢に出てきた男はこの人じゃないの?」
「ええ……この方ではありません」
ルシファーを小畑に見せて、詰め寄る彩夏。小畑が否定すると、次はルシファーが一枚の紙を見せた。そこにはルシファーが描いた、若い男の似顔絵が。
「では、こちらの男がそうですか?」
すると小畑は雷に打たれたように目を見開く。
「そうです! この男です!」
「やはりそうでしたか。貴方と貴方の元婚約者の夢に現れたこの男は、淫魔“略奪のテュポーン”。人間ではありません。そしてあれは夢ではなく、現実に起こったことです」
「そう、言われましても……」
とんでもない新事実を突然告げられて、小畑はただ困惑するばかり。
「念のため確認しておきますが、貴方の元婚約者は市村有子さん、二十九歳の美容師で宜しいですね」
「ええ、そうですが……」
「私は先日彼女を尋ね、話を伺いました。貴方と市村さんがその夢で行ったゲームはあっち向いてホイで、対戦相手は他のカップルではなくゲームの主催者であるこの男テュポーン。それで合っていますね」
「ええ、はい」
「ではまず、淫魔についてから説明致しましょうか。淫魔というのは、魔界と呼ばれる異世界に住む魔族の一種です。魔界と人間界は四百年前まで戦争状態にあり、多種多様な魔族が侵略のため人間界を訪れ人間を襲っていました。しかし魔界全土を統べる大魔王の代替わりに際して終戦宣言が出され、多くの魔族は人間界への渡航を禁止されたのです。ただし淫魔だけは人間との性行為をしなければ生きていけないということになっているため、特例として現在も人間界に行き人間を襲うことが許されているわけです」
「は、はあ……」
自分は漫画かゲームの設定でも聞かされているのでは、とでも言いたさげな表情をする小畑。だがルシファーは構わず続ける。
「淫魔が人間と性行為をする際、その多くは淫魔領域という異空間を作り出しそこに獲物の人間を召喚して行います。淫魔には人間に対して領域内で起こったことを夢だと認識させる能力があり、それにより人間から恨みを買うことなく逃げているわけです。ですが淫魔にはそれとは別に、人間を魅了し己の支配下に置くテンプテーションの能力、そして魅了した人間に自らの紋章を刻み眷属にする能力もあるのです」
ルシファーは己の魔力に刻まれた術式を書き換え眷属化の条件を「自らの主催する脱衣ゲームに参加すること」に変更しているが、普通の淫魔はその対象が人間であれ淫魔であれ眷属にするにはまずテンプテーションの能力により魅了しなければならない。ちなみに自分の術式を書き換えるなんてのは、勿論ルシファーにしかできない芸当である。
「眷属となった人間は、基本的に主人である淫魔以外の相手との性行為ができなくなります。そして十分満足できる質と量の眷属を集めた淫魔はそれらを魔界に攫い、ハーレムを作って過ごすわけです」
「ということは、有子もいずれは魔界に……」
「そこは安心して下さい。彼女の眷属契約は私の魔法により解除致しました」
「ちょっと待って。他の淫魔の眷属契約を解除できる淫魔なんて聞いたことがないわ」
そこに驚きの声を上げたのは彩夏である。
「先生はできるんだよ!」
すぐさま、リリムが反論。
「えっと……ルシファーさんと仰られましたか。もしかして貴方もその淫魔なのですか?」
ルシファーを人間だと思っていた小畑は、恐る恐る尋ねる。
「私と助手のリリムについては、故あって人間の味方をしている淫魔だと思って下さい。せっかくなので神崎さんと小畑さん、お二人の質問への返答を兼ねて一つお話しましょうか。昨年の末頃から、世界各地で行方不明者が次々と発見されるという出来事がありましたよね」
「ええ、覚えています。昨日テレビでもその件についてやっていましたよね。私も見ました」
「それは淫魔の眷属にされ魔界に拉致されていた人々を私が救出したものです」
「え、ちょっと待って!? 本当に!?」
「ええ、それも私の贖罪の一環としてやったことです」
しれっと言うルシファーに、彩夏が再び驚きの声を上げる。実際あの件で見つかった行方不明者達は魔界に拉致されていた人々であることはエクソシスト協会でも調べはついていた。そしてそれを救出したのは魔族である可能性が高いことも判明していたのである。
基本的に魔界は、他種族の侵入を寄せ付けない。人間界と魔界を自由に行き来できるのは魔族だけであり、人間はおろか天使でさえも自分だけで魔界に入ることはできないのだ。唯一魔界に出入りする方法は、世界間を繋ぐゲートを通る際に魔族と同伴することである。
魔界に攫われた人々の救出は、エクソシスト達にとって悲願であった。人間だけの力で魔界に行く方法を何百年という間に渡って研究してきたが、成果は得られなかった。魔界に行くために自ら眷属となったエクソシストもいたが、帰ってきた者は一人もいなかった。
こんな芸当ができるのは魔族だけ。だがそれを本当にやる魔族がいるとはとても思えず、彩夏はただ愕然とするばかりであった。
「そういうわけで私は淫魔の眷属にされた人々を救う活動もしているわけです。それで小畑さん、これで市村さんは自由の身となりましたので、今後復縁するかは貴方の自由です。ただ貴方に伝えておかなければならないことがあります。これは全ての淫魔に備わっているものではなく私個人の能力なのですが、私の瞳には視界に入れた人物の性交遍歴を視る能力がありまして。例えば小畑さん、貴方は二十歳で市川さんと初めて性交を行い童貞卒業。以降彼女に一途を貫き、別れた後も他の女性に一切手を出していませんね」
「え、ええ……」
自分の担当するアイドルの前で童貞卒業の歳をバラされて、小畑は赤面した。
「そして神崎さんは流石アイドルの鑑、経験は一度も無いようです」
「当たり前でしょ」
「さて、私がテュポーンの情報を得たのも、この能力で市川さんを見たことによるものです。その際に残念ながら、見えてしまったものがありまして。どうも彼女は貴方との交際中から、複数人の男性と同時に交際をしていたようなのです」
「え……」
突然ショッキングな事実を突き付けられ、小畑の目から光が消えた。
「その男性達の中から貴方との婚約を決めたのも、大手芸能事務所に就職していて稼ぎが良いからという理由のようでした。芸能人とのコネにも期待していたのでしょう」
「そう、ですか……」
「そもそも、元から淫らな人間ほど淫魔のテンプテーションにはかかりやすいのです。彼女がテュポーンの眷属にされたのは、必然と言えば必然と言えるでしょう。さて、これを聞いた上で復縁するかは貴方の判断に任せます」
「ちょっと!」
そこまで話したところで、ルシファーは彩夏に耳を引っ張られる。立ち上がった彩夏に引かれて、ルシファーは廊下に出た。リリムもその後に続く。
「本当なの? 今の話」
「ああ、この目ではっきりと見た。だが神崎よ、これはお前にとっては良い話ではないのか?」
ルシファーがそう言うと、彩夏はぎょっとした表情。
「何を言って……!」
「俺が気付いていないとでも思ったか? 彼への態度を見ていればわかる。それに、いくら恩人といえどたかだかマネージャーのためにそこまで復讐に燃えるのだ。お前が彼にただならぬ感情を抱いているのは、一昨日の時点でわかっていた」
ルシファーが淡々と指摘すると、彩夏は俯き目を伏せる。
「……私の気持ちなんでどうだっていいの。彼にはただ自分の好きな人と結ばれて幸せになって欲しかった。それに私はアイドルだから。貴方も余計なことはしないで」
復讐相手として見ていた時よりは幾分か丸くなっているものの、相変わらずルシファーへの態度は刺々しい。
「だが神崎よ、これでテュポーンは小畑さんを地雷女と別れさせてくれた存在となり、お前にとって復讐の動機が無くなるのではないか? テュポーンが人間に危害を加えている以上どの道俺は奴を討つが、お前がこの作戦から降りたいというのならそれでも一向に構わん。お前がいなくとも俺の戦いに支障は無いからな」
「馬鹿にしないで。私はエクソシストだから、淫魔の討伐は仕事なのよ。それに別れて良かったなんてのは結果論。テュポーンが小畑さんを傷付け悲しませたのは事実なのだから、私がそいつに復讐したい気持ちは変わらないわ」
「そうか。お前が本心からそうしたいと思うなら、これ以上とやかくは言わないさ」
ルシファー達がリビングに戻ると、小畑は涙を拭いていたハンカチを慌てて隠した。
「小畑さん……」
「あ……お気になさらないでください彩夏さん。これで有子への気持ちを完全に断ち切る覚悟ができましたから」
無理矢理作った笑顔が痛々しい。彩夏はルシファーを睨んだ。ピリピリした空気にリリムはハラハラ。
「言わなければより不幸になっていた」
ルシファーが冷たく突き放すと、彩夏は俯く。
「……正論ね」
それは彩夏も認めざるを得なかった。
「さて、前置きはここまでにして、本題に入りましょうか」
ルシファーはソファに腰を下ろし、真剣な表情で小畑を見る。
「まず我々がここに来た目的は、テュポーンの討伐です。見たところ貴方はご存じではないようですが、神崎さんは芸能活動の傍らエクソシストとしても活動しています」
「え、エクソシスト、ですか?」
「エクソシストは恨みを持って死んだ人間の魂が闇に染まった悪霊や、魔界からやってきて人間を襲う魔族と戦う戦士です」
「そう言われましても……」
まだ何だかよくわかっていない小畑を見て、彩夏は立ち上がりロザリオを取り出す。そして光を放ったロザリオは白銀の聖剣へと姿を変えたのである。
「これが私のもう一つの顔。今まで黙っててごめんなさい。私がエクソシストをやってきたのは、小畑さんを傷つけた淫魔を倒すためだった。その過程で仇を勘違いしてこのルシファーと戦ったのだけど、結果的に彼は私の味方になってくれて本当の仇――テュポーンを見つけ出してくれたの」
「それでその、エクソシストの仕事というのは危険なのでは」
「危険ですよ。場合によっては命を落とすことだってあります」
「なっ……!」
「まあそこはご安心ください。神崎さんはこれまで、私を除けば相当弱い部類の悪霊としか戦った経験が無いようですから。それにそもそも現代のエクソシストの殉職率は低いのです。先程言った通り現代においては魔族の中では弱い部類である淫魔くらいしか魔界から来ることはありませんし、悪霊の強さは大抵それ以下です。尤もごくたまに魔界の法を破って人間界に来て暴れる魔族もいますがね。例えば七年前、この日本に魔界最強種族である魔王族が現れたことがありました。尤もその時は“日本最強のエクソシスト”によって討伐されましたが」
と、ルシファーが話すと何やら彩夏が不機嫌そうな表情。
「ちょっと、そいつはエクソシスト協会じゃなくて、日本ローカルのイロモノ団体所属の奴でしょ? そんな奴に最強名乗られたって……」
「日本には大規模なエクソシスト団体が二つありましてね、一つは神崎さんの所属している『エクソシスト協会日本支部』。本部はバチカンにあり、世界各地に支部を持つエクソシストの本家本元です。もう一つは日本ローカル団体の『討魔会“天照”』。エクソシスト協会から分裂した団体の一つであり、本家の使うキリスト教由来の能力に神道由来の能力を掛け合わせた独自の技術体系を使います。和装を制服としたり聖剣を日本刀の形状で統一したりと全体的に和のテイストをイメージカラーとしており、その点を理由に本家からはイロモノ団体として扱われていたりもします。そして神崎さんが討魔会を快く思っていないことから見て分かるように、両団体は商売敵としていがみ合っているわけです。もう一方の団体の仕事を邪魔するため、エクソシスト同士で戦闘になることもあるとか……」
「先生、話逸れすぎじゃない?」
リリムに突っ込まれて、ルシファーは咳払いした。
「彩夏がそんな危険なことをしていただなんて……頼むからやめて欲しいというのが私の望みですが……」
「大丈夫。テュポーンさえ倒したらきっぱり辞めるつもりだから」
「それでそのテュポーンについてなのですが、彼は人間のふりをして生活しており、芸能人やその関係者ばかり狙っていることから、私は彼自身も芸能界関係者である可能性が高いと見て調査していました。そうして判ったのがこちら」
ルシファーは一枚の写真を取り出す。それは先程話題に出てきたバラエティ番組で司会をやっていた、大物タレントの写真である。
「タレントの阿僧祇那由太。彼がテュポーンです」
「それで、本当に小畑さんの悪夢に出てきた男はこの人じゃないの?」
「ええ……この方ではありません」
ルシファーを小畑に見せて、詰め寄る彩夏。小畑が否定すると、次はルシファーが一枚の紙を見せた。そこにはルシファーが描いた、若い男の似顔絵が。
「では、こちらの男がそうですか?」
すると小畑は雷に打たれたように目を見開く。
「そうです! この男です!」
「やはりそうでしたか。貴方と貴方の元婚約者の夢に現れたこの男は、淫魔“略奪のテュポーン”。人間ではありません。そしてあれは夢ではなく、現実に起こったことです」
「そう、言われましても……」
とんでもない新事実を突然告げられて、小畑はただ困惑するばかり。
「念のため確認しておきますが、貴方の元婚約者は市村有子さん、二十九歳の美容師で宜しいですね」
「ええ、そうですが……」
「私は先日彼女を尋ね、話を伺いました。貴方と市村さんがその夢で行ったゲームはあっち向いてホイで、対戦相手は他のカップルではなくゲームの主催者であるこの男テュポーン。それで合っていますね」
「ええ、はい」
「ではまず、淫魔についてから説明致しましょうか。淫魔というのは、魔界と呼ばれる異世界に住む魔族の一種です。魔界と人間界は四百年前まで戦争状態にあり、多種多様な魔族が侵略のため人間界を訪れ人間を襲っていました。しかし魔界全土を統べる大魔王の代替わりに際して終戦宣言が出され、多くの魔族は人間界への渡航を禁止されたのです。ただし淫魔だけは人間との性行為をしなければ生きていけないということになっているため、特例として現在も人間界に行き人間を襲うことが許されているわけです」
「は、はあ……」
自分は漫画かゲームの設定でも聞かされているのでは、とでも言いたさげな表情をする小畑。だがルシファーは構わず続ける。
「淫魔が人間と性行為をする際、その多くは淫魔領域という異空間を作り出しそこに獲物の人間を召喚して行います。淫魔には人間に対して領域内で起こったことを夢だと認識させる能力があり、それにより人間から恨みを買うことなく逃げているわけです。ですが淫魔にはそれとは別に、人間を魅了し己の支配下に置くテンプテーションの能力、そして魅了した人間に自らの紋章を刻み眷属にする能力もあるのです」
ルシファーは己の魔力に刻まれた術式を書き換え眷属化の条件を「自らの主催する脱衣ゲームに参加すること」に変更しているが、普通の淫魔はその対象が人間であれ淫魔であれ眷属にするにはまずテンプテーションの能力により魅了しなければならない。ちなみに自分の術式を書き換えるなんてのは、勿論ルシファーにしかできない芸当である。
「眷属となった人間は、基本的に主人である淫魔以外の相手との性行為ができなくなります。そして十分満足できる質と量の眷属を集めた淫魔はそれらを魔界に攫い、ハーレムを作って過ごすわけです」
「ということは、有子もいずれは魔界に……」
「そこは安心して下さい。彼女の眷属契約は私の魔法により解除致しました」
「ちょっと待って。他の淫魔の眷属契約を解除できる淫魔なんて聞いたことがないわ」
そこに驚きの声を上げたのは彩夏である。
「先生はできるんだよ!」
すぐさま、リリムが反論。
「えっと……ルシファーさんと仰られましたか。もしかして貴方もその淫魔なのですか?」
ルシファーを人間だと思っていた小畑は、恐る恐る尋ねる。
「私と助手のリリムについては、故あって人間の味方をしている淫魔だと思って下さい。せっかくなので神崎さんと小畑さん、お二人の質問への返答を兼ねて一つお話しましょうか。昨年の末頃から、世界各地で行方不明者が次々と発見されるという出来事がありましたよね」
「ええ、覚えています。昨日テレビでもその件についてやっていましたよね。私も見ました」
「それは淫魔の眷属にされ魔界に拉致されていた人々を私が救出したものです」
「え、ちょっと待って!? 本当に!?」
「ええ、それも私の贖罪の一環としてやったことです」
しれっと言うルシファーに、彩夏が再び驚きの声を上げる。実際あの件で見つかった行方不明者達は魔界に拉致されていた人々であることはエクソシスト協会でも調べはついていた。そしてそれを救出したのは魔族である可能性が高いことも判明していたのである。
基本的に魔界は、他種族の侵入を寄せ付けない。人間界と魔界を自由に行き来できるのは魔族だけであり、人間はおろか天使でさえも自分だけで魔界に入ることはできないのだ。唯一魔界に出入りする方法は、世界間を繋ぐゲートを通る際に魔族と同伴することである。
魔界に攫われた人々の救出は、エクソシスト達にとって悲願であった。人間だけの力で魔界に行く方法を何百年という間に渡って研究してきたが、成果は得られなかった。魔界に行くために自ら眷属となったエクソシストもいたが、帰ってきた者は一人もいなかった。
こんな芸当ができるのは魔族だけ。だがそれを本当にやる魔族がいるとはとても思えず、彩夏はただ愕然とするばかりであった。
「そういうわけで私は淫魔の眷属にされた人々を救う活動もしているわけです。それで小畑さん、これで市村さんは自由の身となりましたので、今後復縁するかは貴方の自由です。ただ貴方に伝えておかなければならないことがあります。これは全ての淫魔に備わっているものではなく私個人の能力なのですが、私の瞳には視界に入れた人物の性交遍歴を視る能力がありまして。例えば小畑さん、貴方は二十歳で市川さんと初めて性交を行い童貞卒業。以降彼女に一途を貫き、別れた後も他の女性に一切手を出していませんね」
「え、ええ……」
自分の担当するアイドルの前で童貞卒業の歳をバラされて、小畑は赤面した。
「そして神崎さんは流石アイドルの鑑、経験は一度も無いようです」
「当たり前でしょ」
「さて、私がテュポーンの情報を得たのも、この能力で市川さんを見たことによるものです。その際に残念ながら、見えてしまったものがありまして。どうも彼女は貴方との交際中から、複数人の男性と同時に交際をしていたようなのです」
「え……」
突然ショッキングな事実を突き付けられ、小畑の目から光が消えた。
「その男性達の中から貴方との婚約を決めたのも、大手芸能事務所に就職していて稼ぎが良いからという理由のようでした。芸能人とのコネにも期待していたのでしょう」
「そう、ですか……」
「そもそも、元から淫らな人間ほど淫魔のテンプテーションにはかかりやすいのです。彼女がテュポーンの眷属にされたのは、必然と言えば必然と言えるでしょう。さて、これを聞いた上で復縁するかは貴方の判断に任せます」
「ちょっと!」
そこまで話したところで、ルシファーは彩夏に耳を引っ張られる。立ち上がった彩夏に引かれて、ルシファーは廊下に出た。リリムもその後に続く。
「本当なの? 今の話」
「ああ、この目ではっきりと見た。だが神崎よ、これはお前にとっては良い話ではないのか?」
ルシファーがそう言うと、彩夏はぎょっとした表情。
「何を言って……!」
「俺が気付いていないとでも思ったか? 彼への態度を見ていればわかる。それに、いくら恩人といえどたかだかマネージャーのためにそこまで復讐に燃えるのだ。お前が彼にただならぬ感情を抱いているのは、一昨日の時点でわかっていた」
ルシファーが淡々と指摘すると、彩夏は俯き目を伏せる。
「……私の気持ちなんでどうだっていいの。彼にはただ自分の好きな人と結ばれて幸せになって欲しかった。それに私はアイドルだから。貴方も余計なことはしないで」
復讐相手として見ていた時よりは幾分か丸くなっているものの、相変わらずルシファーへの態度は刺々しい。
「だが神崎よ、これでテュポーンは小畑さんを地雷女と別れさせてくれた存在となり、お前にとって復讐の動機が無くなるのではないか? テュポーンが人間に危害を加えている以上どの道俺は奴を討つが、お前がこの作戦から降りたいというのならそれでも一向に構わん。お前がいなくとも俺の戦いに支障は無いからな」
「馬鹿にしないで。私はエクソシストだから、淫魔の討伐は仕事なのよ。それに別れて良かったなんてのは結果論。テュポーンが小畑さんを傷付け悲しませたのは事実なのだから、私がそいつに復讐したい気持ちは変わらないわ」
「そうか。お前が本心からそうしたいと思うなら、これ以上とやかくは言わないさ」
ルシファー達がリビングに戻ると、小畑は涙を拭いていたハンカチを慌てて隠した。
「小畑さん……」
「あ……お気になさらないでください彩夏さん。これで有子への気持ちを完全に断ち切る覚悟ができましたから」
無理矢理作った笑顔が痛々しい。彩夏はルシファーを睨んだ。ピリピリした空気にリリムはハラハラ。
「言わなければより不幸になっていた」
ルシファーが冷たく突き放すと、彩夏は俯く。
「……正論ね」
それは彩夏も認めざるを得なかった。
「さて、前置きはここまでにして、本題に入りましょうか」
ルシファーはソファに腰を下ろし、真剣な表情で小畑を見る。
「まず我々がここに来た目的は、テュポーンの討伐です。見たところ貴方はご存じではないようですが、神崎さんは芸能活動の傍らエクソシストとしても活動しています」
「え、エクソシスト、ですか?」
「エクソシストは恨みを持って死んだ人間の魂が闇に染まった悪霊や、魔界からやってきて人間を襲う魔族と戦う戦士です」
「そう言われましても……」
まだ何だかよくわかっていない小畑を見て、彩夏は立ち上がりロザリオを取り出す。そして光を放ったロザリオは白銀の聖剣へと姿を変えたのである。
「これが私のもう一つの顔。今まで黙っててごめんなさい。私がエクソシストをやってきたのは、小畑さんを傷つけた淫魔を倒すためだった。その過程で仇を勘違いしてこのルシファーと戦ったのだけど、結果的に彼は私の味方になってくれて本当の仇――テュポーンを見つけ出してくれたの」
「それでその、エクソシストの仕事というのは危険なのでは」
「危険ですよ。場合によっては命を落とすことだってあります」
「なっ……!」
「まあそこはご安心ください。神崎さんはこれまで、私を除けば相当弱い部類の悪霊としか戦った経験が無いようですから。それにそもそも現代のエクソシストの殉職率は低いのです。先程言った通り現代においては魔族の中では弱い部類である淫魔くらいしか魔界から来ることはありませんし、悪霊の強さは大抵それ以下です。尤もごくたまに魔界の法を破って人間界に来て暴れる魔族もいますがね。例えば七年前、この日本に魔界最強種族である魔王族が現れたことがありました。尤もその時は“日本最強のエクソシスト”によって討伐されましたが」
と、ルシファーが話すと何やら彩夏が不機嫌そうな表情。
「ちょっと、そいつはエクソシスト協会じゃなくて、日本ローカルのイロモノ団体所属の奴でしょ? そんな奴に最強名乗られたって……」
「日本には大規模なエクソシスト団体が二つありましてね、一つは神崎さんの所属している『エクソシスト協会日本支部』。本部はバチカンにあり、世界各地に支部を持つエクソシストの本家本元です。もう一つは日本ローカル団体の『討魔会“天照”』。エクソシスト協会から分裂した団体の一つであり、本家の使うキリスト教由来の能力に神道由来の能力を掛け合わせた独自の技術体系を使います。和装を制服としたり聖剣を日本刀の形状で統一したりと全体的に和のテイストをイメージカラーとしており、その点を理由に本家からはイロモノ団体として扱われていたりもします。そして神崎さんが討魔会を快く思っていないことから見て分かるように、両団体は商売敵としていがみ合っているわけです。もう一方の団体の仕事を邪魔するため、エクソシスト同士で戦闘になることもあるとか……」
「先生、話逸れすぎじゃない?」
リリムに突っ込まれて、ルシファーは咳払いした。
「彩夏がそんな危険なことをしていただなんて……頼むからやめて欲しいというのが私の望みですが……」
「大丈夫。テュポーンさえ倒したらきっぱり辞めるつもりだから」
「それでそのテュポーンについてなのですが、彼は人間のふりをして生活しており、芸能人やその関係者ばかり狙っていることから、私は彼自身も芸能界関係者である可能性が高いと見て調査していました。そうして判ったのがこちら」
ルシファーは一枚の写真を取り出す。それは先程話題に出てきたバラエティ番組で司会をやっていた、大物タレントの写真である。
「タレントの阿僧祇那由太。彼がテュポーンです」
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