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第二章
第55話 アイドルリベンジャー・1
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臨海学校三日目の朝。リリムはルシファーに平謝りしていた。
「ごめん先生! ホントにごめん!!!」
突然眠気に襲われたことで爆睡し、夜這いの約束をすっぽかしてしまったリリム。申し訳なさで押し潰されそうになっていたが、反面ルシファーは冷静であった。
「お前のことだ、どうせはしゃぎ疲れたのだろう。企画した側としては嬉しい話だ」
リリムが人間界での学生生活を楽しんでくれていることに、ルシファーは喜びを感じていた。
「じゃあ、今から埋め合わせを……」
「いや、こっちも仕事があるんでな。俺のことは構わず、お前は皆と臨海学校を楽しんでこい」
そう言ってルシファーはリリムに背を向け、人間から姿を隠す魔法を解いて仕事に向かった。
リリムはYes/No枕のNo面を突き付けられたような気持ちになり、意気消沈していた。
三日目の目玉は、水族館である。多種多様な生物を飼育している大規模施設で、デートスポットとしても人気の場所である。
ルシファーはのんびりと魚を観賞しつつ、それと同時にカップル達も観察していた。
「イルカ見に行こうぜイルカ!」
地味な小魚よりも派手なショーを見たい大地が案内表示を確認しながら、美奈の手を引き屋外のイルカプールへと足を進める。
その一方で、生き物の解説文も読みつつじっくりと水槽を観ているのが悠里と孝弘のカップル。生真面目優等生な水族館の楽しみ方である。
暫く歩いていると、ふと菊花と二人で小さな水槽を見ているリリムの姿を発見した。
「ちんちんだ! ちんちん!」
チンアナゴを見ながら男子小学生レベルの下ネタを口にするリリムに呆れつつ、ツッコミを入れたら負けだとスルーした。
可愛いペンギンを見てほわほわと癒される比奈子と、それを見て和む篤。ふれあい水槽で興味津々にナマコをつっつく凛華を見て、何やらいけない気持ちになって目を逸らす龍之介。泳ぐマグロを見て美味しそうだと呟く里緒と、それに同意する清彦。
思わず笑みがこぼれるカップル達の様子を目に収めながら進んでいくと、ルシファーは彩夏を中心とした四人組を発見。メンバーは昨日と同じく信司、麗、幹人である。
今日の彩夏は帽子に眼鏡にマスクと完全防備の変装をしており、誰かに邪魔されることなく楽しみたいという気概を感じさせる。
館内には私服警官の姿がちらほら見られ、昨日ルシファーから注意されたことが効いたようで今日の警察は不審者対策にかなりきっちり仕事しているようである。これで生徒が危害を加えられるリスクは大幅に減った。ルシファーは脱衣ゲームに集中できるわけである。
(さて、そろそろ始めるか)
テレパシーでリリムに連絡を送りつつ、ルシファーは自らの領域を展開した。
「ようこそ愛天使領域へ。私は愛の天使、キューピッドのルシファー」
いつもの決まり文句と共に、自己紹介をするルシファー。領域に召喚された生徒達は、ぽかんとした様子でそれを見上げていた。ただ一人を除いて。
「ボクはアシスタントのリリムちゃんでーす!」
「凛々夢!? ここどこ!? ていうか何その恰好!?」
驚きの声を上げたのは、リリムと同じ新体操部の宮田麗。その隣では畑山幹人が戸惑っている。
先程まで着ていた制服から一転、ストリートダンサー風のコーデに身を包んだリリム。しかも背中には羽と尻尾が生えていて、髪は赤く染まっている。共に浮かぶルシファーは、久々にスタンダードな黒スーツ姿である。
「あ、彩夏ちゃん! 彩夏ちゃんは僕が守るよ! ファン代表として!」
非常事態を察した矢島信司が、神崎彩夏を庇うように位置を取った。が、彩夏はそれを退けるように前に出る。
「散々非道なことをしておきながら、改心したつもりでキューピッド活動。呆れるわね」
突然彩夏がわけのわからないことを言いだすので、誰もがそちらを見た。
「ずっと待ってたのよ、この時を」
彩夏は帽子と眼鏡とマスクを投げ捨てて露にした素顔は、怒っているとも笑っているとも取れる表情であった。この場にいた誰もが、彩夏のこんな表情は見たことが無かった。
彩夏の胸元が制服越しに光を放つ。彩夏はそこに上から手を突っ込んで、首から下げたペンダントを取り出す。それは銀のロザリオだった。光に包まれたロザリオはやがて、一本の剣へと姿を変える。装飾の殆ど無いシンプルで実用的な形状の片手剣だ。
「黒羽先生……いいえ、淫魔“寝取りのルシファー”!! 私は貴方を殺すためにここに来た!」
「黒羽先生!? ていうか、何その剣!?」
彩夏の言っていることややっていることが何もかも意味不明で、麗は混乱していた。
「やはり、エクソシストだったか」
ルシファーは冷静に言う。
エクソシスト。それは天界より与えられた力を用い、聖剣を以って魔族や悪霊を討ち人類を守る戦士達のことである。
かつて人間界と魔界が戦争状態にあった時代、様々な種の魔族が人間界を訪れ人類を襲っていた。エクソシストはそれに対抗すべく数を増やし、戦闘技術を発達させてきた。
だが現代において人間界にやってくる魔族の殆どは、戦闘力の低い種である淫魔のみである。異界からの侵略者と戦う機会が減り、それよりも弱い人間界で発生した悪霊が主な討伐対象となった現代のエクソシストは数を減らし、練度も落ちていったのである。
だがかつてのエクソシストの脅威を知るルシファーは、警戒を怠ってはいなかった。
「まさかこのルシファーを討とうというエクソシストがまだこの日本にいたとはな。それも人気アイドルがそれだとは。まあこうなっては仕方が無い。今回の脱衣ゲームでカップル成立は、先延ばしにするとしよう」
ルシファーがそう言うと、何が何だかわからず戸惑っていた麗と幹人は記憶処理を施された上で領域から退出させられた。
「さて神崎彩夏、無関係な生徒にも退出してもらったことだし、担任としてお前の話を聞こうじゃないか。アイドル活動の片手間にエクソシストをやるくらいだ。よほどの事情があるのだろう」
相手はこちらが黒羽崇であることを知っているようなので、堂々と担任を名乗る。
「先生ぶらないでくれるかしら」
剣先を空中のルシファーに向けて、彩夏は威嚇する。
「小畑康夫という人を知っているかしら」
「お前のマネージャーだったな。以前校長室で話したことがある」
「一年前、貴方に婚約者を寝取られた男よ! あの人は私の恩人だった! あの人のお陰で私はここまでのアイドルになれた! あの人には幸せになって欲しかったのに……!」
ルシファーは一瞬首を傾げたものの、何も言わず彩夏の話を聴く。
「小畑さんは婚約者を淫魔に寝取られる悪夢を見た翌日、実際に婚約者に別れを告げられた。今でこそ大分回復したけれど、あの頃の小畑さんは見ていられなかったわ……私は小畑さんの婚約者を問い詰めた。そうしたら彼女も同じ夢を見たと言うの。これは絶対偶然じゃない。私は芸能界の伝手を使って調べ上げた。そうして知ったのよ、恋人同士の男女が同じ悪夢を見た後に破局するのは、淫魔“寝取りのルシファー”の仕業だと! 私は芸能界の伝手でエクソシスト協会に辿り着き技を学んだ。全ては貴方を殺すために!!」
「そうか、それは悪かったな」
啖呵を切る彩夏に対して、ルシファーはあえて地上に降りる。
「恩人の敵討ち、復讐の理由としては上等ではないか。よかろう、かかってくるがいい」
手招きするルシファー。その後ろでリリムは、今日のルシファーの服装の意図に気付いていた。
(先生が今日、黒スーツを着てったのはそういうことだったんだ……)
最近はリリムの作ったコスチュームを着てやることが多いが、元々ルシファーが脱衣ゲームの際に黒スーツを着用していたのはゲームマスターらしい雰囲気を出すためであった。だがその黒スーツは、ルシファーにとっては勝負服のようなものでもある。エクソシストとの対決を予感していたから、あえて今回は黒スーツで挑んだのだ。
ルシファーに挑発された彩夏であったが、どういうわけかかかっていかず前に出ていた左足を後ろに退かせた。
「どうした、来ないのか? ならこちらから行こうか」
翼を伸ばし、地面すれすれを飛びながら彩夏へと接近するルシファー。対する彩夏は腰を落として剣の構えを変える。
そして二人がぶつかり合い――領域の床に赤い血がポタポタと落ちた。彩夏の手にした聖剣はルシファーの脇腹を貫通し、白銀の刃に血を滴らせていた。
ショックのあまり声が出ないリリム。だが刺されたルシファーは、不敵に笑っていた。
「フフ……久しく忘れていた痛みだ……聖剣の刃をその身に受けるのは、いつ以来だろうな……」
後退して身から刃を抜くと、傷口から鮮血がどっと噴き出す。
「どうだ神崎、気は済んだか」
彩夏を見るルシファーの美しい顔は仄かな笑みこそ浮かべているが、額には汗が流れていた。
対する彩夏は、憎き仇を刺したにも関わらず酷く動揺した表情。ルシファー以上に多量の汗をかき、目を見開いて息を荒くしている。
「うわあああああ!!! 彩夏ちゃんが人を刺した!!!」
直後、領域内に絶叫が響いた。声の主はルシファーでもリリムでも、ましてや彩夏でもない。腰を抜かした信司が、顔を青くして叫んだのである。
彩夏はルシファーにばかり集中していたため、彼がまだ領域内に残っていたことに気付いていなかった。ただでさえ動揺していた所に更なる不測の事態を目の当たりにし、彩夏の心は更に乱される。
「ど、どうしてここに……」
「俺は無関係な生徒に退出してもらったと言ったはずだ。彼は関係者だから残したのだよ。復讐のために利用された、な」
「ぼ、僕が利用された……?」
信司が恐る恐る彩夏を見ると、彩夏は動揺した様子から一転、冷徹な表情で信司を見返した。
「……ええ、そうよ。この場所に召喚されるため、貴方を好きなふりをしていたの」
彩夏は開き直り、堂々と言い放つ。
「昨日一昨日に大量発生していた不審者どももお前が仕向けたものか?」
「ええ、私がネットの掲示板に書き込んだの。貴方を消耗させるためにね」
「自分が何をしたかわかっているのか。他の生徒やお前自身が被害を受ける可能性だってあったのだぞ」
「生徒思いの黒羽先生が、あんな連中放っておくわけないでしょう? それにあいつらも警察に捕まって一石二鳥じゃない」
「……目的のためなら非道な手段も辞さない心意気は良し。だがそうまでして俺を追い詰めておきながら、いざその手で殺す段階になってお前自身が日和ってしまった」
「っ……」
痛い所を突かれ、彩夏は言葉に詰まる。
「俺はかつての所業を本気で反省していてね、お前が俺を恨んで復讐しようとしているなら一度は刺されてやろうと思っていたんだ。だがどうした、本気で殺す気があるとは思えない腰の引け方だ。お陰でわざわざ自分から突っ込んで刺されに行かざるを得なかった。お前、淫魔を殺したことが無いだろう。いや、淫魔と戦うこと自体これが初めてか? 結局お前は自分の手を血で汚す覚悟も、ファンに本性を見られる覚悟もできていなかったということだ」
「黙れ!」
やけになって威嚇するように聖剣を上から下に振るが、ルシファーは動じない。
「何が本気で反省しているよ! だったら黙って殺されなさい!」
「一回刺されてやっただけで勘弁してくれないか。生憎俺は死ぬわけにはいかないんだ。これまでに俺がカップル成立させた生徒達は、俺の紋章によって守られている。だが俺が死ねば紋章が消え、かつての俺のような淫魔やお前が仕向けたような不審者から被害を受ける可能性が出てくるんだよ」
「それは生徒達を人質に取ってるってこと? どこまでも卑劣な……」
「まあ、そう受け取りたいなら受け取ってくれてもかまわないさ。さて、問答はここまでにして、ここからは俺のターンだ」
そう言って不意に指を鳴らしたかと思うと、どこからともなくこの空間に二台の機械が出現した。
それはゲームセンターに置かれているような、ダンスゲームの筐体であった。二人のプレイヤーに対戦して下さいと言わんばかりに、二つ並んで置かれている。
「決着はゲームでつけるとしよう」
「誰がそんなこと!」
対戦を拒否しようとした彩夏であったが、突然聖剣が手から離れて体が宙に浮き強引に筐体の上に乗せられた。
「ルールは知っているな? 音楽に合わせて画面に表示される矢印通りに、足元のパネルを踏んでいく。パネルを踏めなかったり、大きくタイミングがずれたり、或いは別のパネルを踏んでしまった場合はミスとなる。勿論これは脱衣ゲームであり、ミスをしたら服を脱がねばならない。脱ぐ部位はトップス、ボトムス、ブラジャー、ショーツの四つ。四回ミスした時点で全裸となり敗北だ」
ルールを解説しながら歩くルシファーは、自らも筐体に上がる。
「元々これは現役人気アイドルと二年B組のダンス少女によるダンス対決のつもりで用意したゲームだったが……こうなっては仕方が無い、このルシファー自ら踊るとしよう」
「待って先生! ボクがやるよ! ダンスには自信あるし!」
そう提案するリリムであったが、ルシファーは広げた掌を向けてそれを拒否。
「神崎の復讐相手はこの俺だ。ならば俺自ら相手してやるのが道理だろう。お前はそこで矢島と見ていろ」
そう言われてリリムは渋々と、信司の隣に腰を下ろした。
「さて神崎、このゲームにお前が勝てば、俺は無抵抗でお前に殺されてやろう」
そう言ってルシファーは立てた親指で自らの首を切るジェスチャー。
「だが俺が勝てば、お前は矢島の見ている前で全裸になる。人気アイドルともあろう者が、ファンの男の見ている前で、な」
彩夏の視線は一度信司の方に向いた後、再びルシファーに向けられる。
「さて、それではゲームを始めよう」
筐体から音楽が流れ始める。日本に住んでいるなら誰もが一度は聴いたことがある人気バンドのヒット曲だ。
だがその瞬間、彩夏は筐体に背を向け走り出した。手から離れ背後に落ちていた聖剣を拾いに行ったのだ。
『神崎彩夏、アウトー』
途端に鳴り出すブザーと、無感情な電子音声。踊ろうとしていたルシファーは開始早々起こったこの事態にさして驚くこともなく、冷静に見ていた。
「踊っている最中の俺ならば無防備だとでも思ったか? 生憎だがゲームを放棄すれば当然ミスとして扱われる。さあ、ルールに従って服を脱いでもらうぞ」
「誰がそんな……」
一瞬ブザーに驚いた彩夏であったが、それを無視して再び聖剣を拾いに行こうとする。が、彩夏の身体はピタリと固まり動かなくなった。
「自分で脱がない場合は、俺が魔法で脱がせてやろう」
彩夏の意思に反して体が勝手に動き出し、制服のボタンを一つ一つ外してゆく。ブラウスと下着との間には透けブラ防止のキャミソールを着ているが、あくまでもブラジャーが露出するまで脱ぐのがルール。勝手に動く手はキャミソールも捲り上げ、一気に脱ぎ捨てた。今日の彩夏の下着は白とピンクのストライプである。
「あっあっあっ彩夏ちゃんのブブブブラジャー!!???」
信司が挙動不審な声を上げる。どんなに見たくても決して見ることの叶わない、アイドルの下着姿。それが今、目の前にあるのだ。
「貴方って本当に最低ね……そうやって数多くの女性を辱めてきたのでしょう」
恥じらいに瞳を潤ませ、両掌をブラに当てながらルシファーを睨む。
「……まあな。これで解ってくれたか神崎。この領域では俺のルールが全てだ。お前はこのゲームで戦う他ない」
「……私が勝てば、本当に無抵抗で殺されてくれるのよね?」
「約束しよう」
言質は取った。彩夏は覚悟を決め、筐体へと上がる。
「では、ゲーム再開だ」
イントロですぐに途切れた曲が、再び鳴り出した。ルシファーと彩夏は流れてくる矢印に合わせてステップを踏み始める。
現役人気アイドルの彩夏にとって、ダンスは慣れたものである。たとえ上半身がブラジャー一枚であっても、堂々と舞い踊って見せる。
だが対するルシファーも、ダンスの腕は決して劣っていなかった。激しい曲調に合わせたキレキレのダンスをスタイリッシュな黒スーツ姿で披露され、リリムは思わず見蕩れてしまう。
流石二人ともノーミスで踊りきり、曲が終わって小休憩に入った。
「見事だ神崎。難易度は高めに設定していたのだがな」
ルシファーの称賛を、彩夏は無視。ファンに対する神対応ぶりとは真逆を行く塩対応である。
無事に一曲踊り終えたことで、リリムも一息つく。だけどふと、リリムはルシファーが一度脇腹を抑えたことに気付いた。
黒いスーツに付いた赤い染みは、次第に広がってゆく。リリムの胸中がざわついた。
(あんなケガしたまま、あんなに激しく動くから……)
脇腹を貫通した刺し傷は、今もなお血を垂れ流しにし続けている。平静を装っているが、ルシファーは痛みに耐えながら踊っていたのだ。
(先生……どうか無事でいて……)
小休憩が終わり、二曲目がスタート。次は少年漫画を原作にした人気アニメの主題歌が、熱い曲調で流れ出す。
彩夏もルシファーも、やはりノーミスで正確にステップを踏み続けていた。
(淫魔の癖にダンスで私と張り合えるなんて……だけど私には奥の手があるんだから!)
彩夏は踊りながらスカートのポケットに手を入れ、中にある小瓶の蓋を開けた。瞬間、ルシファーの鼻に香る甘い匂い。
「先生この匂い! 昨日の夜これ嗅いだら眠くなっちゃったんだ!」
リリムが叫んだ。たとえ寝ぼけていたとしても、決して忘れはしていない。
「えっ、匂い!? そんなの何も……」
その隣にいる信司は、匂いを感じられず戸惑っている。
「淫魔にだけ効く催眠の香か。なるほど、昨晩はこれでリリムを眠らせ俺の回復を封じたというわけか」
冷静に分析するルシファーであるが、だんだんと瞼が重くなってゆくのを感じていた。
痛みと出血に、眠気が加わる。ステップを踏むルシファーの足取りは鈍くなっていた。元々はルシファーを眠らせた上で殺すために用意した道具であるが、このゲームにおいても効果覿面だ。
気合いで目を見開き、筐体の画面を注視。集中力を高めて眠気に抗いながら踊り続ける。
(くっ……これで眠らないだなんて……)
当てが外れた彩夏は焦り始めるが、すぐに意識をゲームに戻す。
恐るべきルシファーの精神力。間近で催眠の香を嗅がされ続けても、決して眠りに落ちることはない。
だがルシファーは見落としていた。痛みと眠気による注意力散漫に加えて、曲と画面に集中するあまりそちらへの意識が向いていなかった。この極限の状態が、普段のルシファーならばありえないミスを引き起こした。
突然筐体の画面がルシファーの視界から下に向かってフェードアウトし、その瞳に映るのは領域の天井。程なくして、尻餅の鈍い痛みがルシファーを襲った。
『ルシファー、アウトー』
曲が途切れ、ブザーと共に無情なアナウンス。
ルシファーの足を滑らせたのは、足元のパネルに付着した自らの血液であった。
「ごめん先生! ホントにごめん!!!」
突然眠気に襲われたことで爆睡し、夜這いの約束をすっぽかしてしまったリリム。申し訳なさで押し潰されそうになっていたが、反面ルシファーは冷静であった。
「お前のことだ、どうせはしゃぎ疲れたのだろう。企画した側としては嬉しい話だ」
リリムが人間界での学生生活を楽しんでくれていることに、ルシファーは喜びを感じていた。
「じゃあ、今から埋め合わせを……」
「いや、こっちも仕事があるんでな。俺のことは構わず、お前は皆と臨海学校を楽しんでこい」
そう言ってルシファーはリリムに背を向け、人間から姿を隠す魔法を解いて仕事に向かった。
リリムはYes/No枕のNo面を突き付けられたような気持ちになり、意気消沈していた。
三日目の目玉は、水族館である。多種多様な生物を飼育している大規模施設で、デートスポットとしても人気の場所である。
ルシファーはのんびりと魚を観賞しつつ、それと同時にカップル達も観察していた。
「イルカ見に行こうぜイルカ!」
地味な小魚よりも派手なショーを見たい大地が案内表示を確認しながら、美奈の手を引き屋外のイルカプールへと足を進める。
その一方で、生き物の解説文も読みつつじっくりと水槽を観ているのが悠里と孝弘のカップル。生真面目優等生な水族館の楽しみ方である。
暫く歩いていると、ふと菊花と二人で小さな水槽を見ているリリムの姿を発見した。
「ちんちんだ! ちんちん!」
チンアナゴを見ながら男子小学生レベルの下ネタを口にするリリムに呆れつつ、ツッコミを入れたら負けだとスルーした。
可愛いペンギンを見てほわほわと癒される比奈子と、それを見て和む篤。ふれあい水槽で興味津々にナマコをつっつく凛華を見て、何やらいけない気持ちになって目を逸らす龍之介。泳ぐマグロを見て美味しそうだと呟く里緒と、それに同意する清彦。
思わず笑みがこぼれるカップル達の様子を目に収めながら進んでいくと、ルシファーは彩夏を中心とした四人組を発見。メンバーは昨日と同じく信司、麗、幹人である。
今日の彩夏は帽子に眼鏡にマスクと完全防備の変装をしており、誰かに邪魔されることなく楽しみたいという気概を感じさせる。
館内には私服警官の姿がちらほら見られ、昨日ルシファーから注意されたことが効いたようで今日の警察は不審者対策にかなりきっちり仕事しているようである。これで生徒が危害を加えられるリスクは大幅に減った。ルシファーは脱衣ゲームに集中できるわけである。
(さて、そろそろ始めるか)
テレパシーでリリムに連絡を送りつつ、ルシファーは自らの領域を展開した。
「ようこそ愛天使領域へ。私は愛の天使、キューピッドのルシファー」
いつもの決まり文句と共に、自己紹介をするルシファー。領域に召喚された生徒達は、ぽかんとした様子でそれを見上げていた。ただ一人を除いて。
「ボクはアシスタントのリリムちゃんでーす!」
「凛々夢!? ここどこ!? ていうか何その恰好!?」
驚きの声を上げたのは、リリムと同じ新体操部の宮田麗。その隣では畑山幹人が戸惑っている。
先程まで着ていた制服から一転、ストリートダンサー風のコーデに身を包んだリリム。しかも背中には羽と尻尾が生えていて、髪は赤く染まっている。共に浮かぶルシファーは、久々にスタンダードな黒スーツ姿である。
「あ、彩夏ちゃん! 彩夏ちゃんは僕が守るよ! ファン代表として!」
非常事態を察した矢島信司が、神崎彩夏を庇うように位置を取った。が、彩夏はそれを退けるように前に出る。
「散々非道なことをしておきながら、改心したつもりでキューピッド活動。呆れるわね」
突然彩夏がわけのわからないことを言いだすので、誰もがそちらを見た。
「ずっと待ってたのよ、この時を」
彩夏は帽子と眼鏡とマスクを投げ捨てて露にした素顔は、怒っているとも笑っているとも取れる表情であった。この場にいた誰もが、彩夏のこんな表情は見たことが無かった。
彩夏の胸元が制服越しに光を放つ。彩夏はそこに上から手を突っ込んで、首から下げたペンダントを取り出す。それは銀のロザリオだった。光に包まれたロザリオはやがて、一本の剣へと姿を変える。装飾の殆ど無いシンプルで実用的な形状の片手剣だ。
「黒羽先生……いいえ、淫魔“寝取りのルシファー”!! 私は貴方を殺すためにここに来た!」
「黒羽先生!? ていうか、何その剣!?」
彩夏の言っていることややっていることが何もかも意味不明で、麗は混乱していた。
「やはり、エクソシストだったか」
ルシファーは冷静に言う。
エクソシスト。それは天界より与えられた力を用い、聖剣を以って魔族や悪霊を討ち人類を守る戦士達のことである。
かつて人間界と魔界が戦争状態にあった時代、様々な種の魔族が人間界を訪れ人類を襲っていた。エクソシストはそれに対抗すべく数を増やし、戦闘技術を発達させてきた。
だが現代において人間界にやってくる魔族の殆どは、戦闘力の低い種である淫魔のみである。異界からの侵略者と戦う機会が減り、それよりも弱い人間界で発生した悪霊が主な討伐対象となった現代のエクソシストは数を減らし、練度も落ちていったのである。
だがかつてのエクソシストの脅威を知るルシファーは、警戒を怠ってはいなかった。
「まさかこのルシファーを討とうというエクソシストがまだこの日本にいたとはな。それも人気アイドルがそれだとは。まあこうなっては仕方が無い。今回の脱衣ゲームでカップル成立は、先延ばしにするとしよう」
ルシファーがそう言うと、何が何だかわからず戸惑っていた麗と幹人は記憶処理を施された上で領域から退出させられた。
「さて神崎彩夏、無関係な生徒にも退出してもらったことだし、担任としてお前の話を聞こうじゃないか。アイドル活動の片手間にエクソシストをやるくらいだ。よほどの事情があるのだろう」
相手はこちらが黒羽崇であることを知っているようなので、堂々と担任を名乗る。
「先生ぶらないでくれるかしら」
剣先を空中のルシファーに向けて、彩夏は威嚇する。
「小畑康夫という人を知っているかしら」
「お前のマネージャーだったな。以前校長室で話したことがある」
「一年前、貴方に婚約者を寝取られた男よ! あの人は私の恩人だった! あの人のお陰で私はここまでのアイドルになれた! あの人には幸せになって欲しかったのに……!」
ルシファーは一瞬首を傾げたものの、何も言わず彩夏の話を聴く。
「小畑さんは婚約者を淫魔に寝取られる悪夢を見た翌日、実際に婚約者に別れを告げられた。今でこそ大分回復したけれど、あの頃の小畑さんは見ていられなかったわ……私は小畑さんの婚約者を問い詰めた。そうしたら彼女も同じ夢を見たと言うの。これは絶対偶然じゃない。私は芸能界の伝手を使って調べ上げた。そうして知ったのよ、恋人同士の男女が同じ悪夢を見た後に破局するのは、淫魔“寝取りのルシファー”の仕業だと! 私は芸能界の伝手でエクソシスト協会に辿り着き技を学んだ。全ては貴方を殺すために!!」
「そうか、それは悪かったな」
啖呵を切る彩夏に対して、ルシファーはあえて地上に降りる。
「恩人の敵討ち、復讐の理由としては上等ではないか。よかろう、かかってくるがいい」
手招きするルシファー。その後ろでリリムは、今日のルシファーの服装の意図に気付いていた。
(先生が今日、黒スーツを着てったのはそういうことだったんだ……)
最近はリリムの作ったコスチュームを着てやることが多いが、元々ルシファーが脱衣ゲームの際に黒スーツを着用していたのはゲームマスターらしい雰囲気を出すためであった。だがその黒スーツは、ルシファーにとっては勝負服のようなものでもある。エクソシストとの対決を予感していたから、あえて今回は黒スーツで挑んだのだ。
ルシファーに挑発された彩夏であったが、どういうわけかかかっていかず前に出ていた左足を後ろに退かせた。
「どうした、来ないのか? ならこちらから行こうか」
翼を伸ばし、地面すれすれを飛びながら彩夏へと接近するルシファー。対する彩夏は腰を落として剣の構えを変える。
そして二人がぶつかり合い――領域の床に赤い血がポタポタと落ちた。彩夏の手にした聖剣はルシファーの脇腹を貫通し、白銀の刃に血を滴らせていた。
ショックのあまり声が出ないリリム。だが刺されたルシファーは、不敵に笑っていた。
「フフ……久しく忘れていた痛みだ……聖剣の刃をその身に受けるのは、いつ以来だろうな……」
後退して身から刃を抜くと、傷口から鮮血がどっと噴き出す。
「どうだ神崎、気は済んだか」
彩夏を見るルシファーの美しい顔は仄かな笑みこそ浮かべているが、額には汗が流れていた。
対する彩夏は、憎き仇を刺したにも関わらず酷く動揺した表情。ルシファー以上に多量の汗をかき、目を見開いて息を荒くしている。
「うわあああああ!!! 彩夏ちゃんが人を刺した!!!」
直後、領域内に絶叫が響いた。声の主はルシファーでもリリムでも、ましてや彩夏でもない。腰を抜かした信司が、顔を青くして叫んだのである。
彩夏はルシファーにばかり集中していたため、彼がまだ領域内に残っていたことに気付いていなかった。ただでさえ動揺していた所に更なる不測の事態を目の当たりにし、彩夏の心は更に乱される。
「ど、どうしてここに……」
「俺は無関係な生徒に退出してもらったと言ったはずだ。彼は関係者だから残したのだよ。復讐のために利用された、な」
「ぼ、僕が利用された……?」
信司が恐る恐る彩夏を見ると、彩夏は動揺した様子から一転、冷徹な表情で信司を見返した。
「……ええ、そうよ。この場所に召喚されるため、貴方を好きなふりをしていたの」
彩夏は開き直り、堂々と言い放つ。
「昨日一昨日に大量発生していた不審者どももお前が仕向けたものか?」
「ええ、私がネットの掲示板に書き込んだの。貴方を消耗させるためにね」
「自分が何をしたかわかっているのか。他の生徒やお前自身が被害を受ける可能性だってあったのだぞ」
「生徒思いの黒羽先生が、あんな連中放っておくわけないでしょう? それにあいつらも警察に捕まって一石二鳥じゃない」
「……目的のためなら非道な手段も辞さない心意気は良し。だがそうまでして俺を追い詰めておきながら、いざその手で殺す段階になってお前自身が日和ってしまった」
「っ……」
痛い所を突かれ、彩夏は言葉に詰まる。
「俺はかつての所業を本気で反省していてね、お前が俺を恨んで復讐しようとしているなら一度は刺されてやろうと思っていたんだ。だがどうした、本気で殺す気があるとは思えない腰の引け方だ。お陰でわざわざ自分から突っ込んで刺されに行かざるを得なかった。お前、淫魔を殺したことが無いだろう。いや、淫魔と戦うこと自体これが初めてか? 結局お前は自分の手を血で汚す覚悟も、ファンに本性を見られる覚悟もできていなかったということだ」
「黙れ!」
やけになって威嚇するように聖剣を上から下に振るが、ルシファーは動じない。
「何が本気で反省しているよ! だったら黙って殺されなさい!」
「一回刺されてやっただけで勘弁してくれないか。生憎俺は死ぬわけにはいかないんだ。これまでに俺がカップル成立させた生徒達は、俺の紋章によって守られている。だが俺が死ねば紋章が消え、かつての俺のような淫魔やお前が仕向けたような不審者から被害を受ける可能性が出てくるんだよ」
「それは生徒達を人質に取ってるってこと? どこまでも卑劣な……」
「まあ、そう受け取りたいなら受け取ってくれてもかまわないさ。さて、問答はここまでにして、ここからは俺のターンだ」
そう言って不意に指を鳴らしたかと思うと、どこからともなくこの空間に二台の機械が出現した。
それはゲームセンターに置かれているような、ダンスゲームの筐体であった。二人のプレイヤーに対戦して下さいと言わんばかりに、二つ並んで置かれている。
「決着はゲームでつけるとしよう」
「誰がそんなこと!」
対戦を拒否しようとした彩夏であったが、突然聖剣が手から離れて体が宙に浮き強引に筐体の上に乗せられた。
「ルールは知っているな? 音楽に合わせて画面に表示される矢印通りに、足元のパネルを踏んでいく。パネルを踏めなかったり、大きくタイミングがずれたり、或いは別のパネルを踏んでしまった場合はミスとなる。勿論これは脱衣ゲームであり、ミスをしたら服を脱がねばならない。脱ぐ部位はトップス、ボトムス、ブラジャー、ショーツの四つ。四回ミスした時点で全裸となり敗北だ」
ルールを解説しながら歩くルシファーは、自らも筐体に上がる。
「元々これは現役人気アイドルと二年B組のダンス少女によるダンス対決のつもりで用意したゲームだったが……こうなっては仕方が無い、このルシファー自ら踊るとしよう」
「待って先生! ボクがやるよ! ダンスには自信あるし!」
そう提案するリリムであったが、ルシファーは広げた掌を向けてそれを拒否。
「神崎の復讐相手はこの俺だ。ならば俺自ら相手してやるのが道理だろう。お前はそこで矢島と見ていろ」
そう言われてリリムは渋々と、信司の隣に腰を下ろした。
「さて神崎、このゲームにお前が勝てば、俺は無抵抗でお前に殺されてやろう」
そう言ってルシファーは立てた親指で自らの首を切るジェスチャー。
「だが俺が勝てば、お前は矢島の見ている前で全裸になる。人気アイドルともあろう者が、ファンの男の見ている前で、な」
彩夏の視線は一度信司の方に向いた後、再びルシファーに向けられる。
「さて、それではゲームを始めよう」
筐体から音楽が流れ始める。日本に住んでいるなら誰もが一度は聴いたことがある人気バンドのヒット曲だ。
だがその瞬間、彩夏は筐体に背を向け走り出した。手から離れ背後に落ちていた聖剣を拾いに行ったのだ。
『神崎彩夏、アウトー』
途端に鳴り出すブザーと、無感情な電子音声。踊ろうとしていたルシファーは開始早々起こったこの事態にさして驚くこともなく、冷静に見ていた。
「踊っている最中の俺ならば無防備だとでも思ったか? 生憎だがゲームを放棄すれば当然ミスとして扱われる。さあ、ルールに従って服を脱いでもらうぞ」
「誰がそんな……」
一瞬ブザーに驚いた彩夏であったが、それを無視して再び聖剣を拾いに行こうとする。が、彩夏の身体はピタリと固まり動かなくなった。
「自分で脱がない場合は、俺が魔法で脱がせてやろう」
彩夏の意思に反して体が勝手に動き出し、制服のボタンを一つ一つ外してゆく。ブラウスと下着との間には透けブラ防止のキャミソールを着ているが、あくまでもブラジャーが露出するまで脱ぐのがルール。勝手に動く手はキャミソールも捲り上げ、一気に脱ぎ捨てた。今日の彩夏の下着は白とピンクのストライプである。
「あっあっあっ彩夏ちゃんのブブブブラジャー!!???」
信司が挙動不審な声を上げる。どんなに見たくても決して見ることの叶わない、アイドルの下着姿。それが今、目の前にあるのだ。
「貴方って本当に最低ね……そうやって数多くの女性を辱めてきたのでしょう」
恥じらいに瞳を潤ませ、両掌をブラに当てながらルシファーを睨む。
「……まあな。これで解ってくれたか神崎。この領域では俺のルールが全てだ。お前はこのゲームで戦う他ない」
「……私が勝てば、本当に無抵抗で殺されてくれるのよね?」
「約束しよう」
言質は取った。彩夏は覚悟を決め、筐体へと上がる。
「では、ゲーム再開だ」
イントロですぐに途切れた曲が、再び鳴り出した。ルシファーと彩夏は流れてくる矢印に合わせてステップを踏み始める。
現役人気アイドルの彩夏にとって、ダンスは慣れたものである。たとえ上半身がブラジャー一枚であっても、堂々と舞い踊って見せる。
だが対するルシファーも、ダンスの腕は決して劣っていなかった。激しい曲調に合わせたキレキレのダンスをスタイリッシュな黒スーツ姿で披露され、リリムは思わず見蕩れてしまう。
流石二人ともノーミスで踊りきり、曲が終わって小休憩に入った。
「見事だ神崎。難易度は高めに設定していたのだがな」
ルシファーの称賛を、彩夏は無視。ファンに対する神対応ぶりとは真逆を行く塩対応である。
無事に一曲踊り終えたことで、リリムも一息つく。だけどふと、リリムはルシファーが一度脇腹を抑えたことに気付いた。
黒いスーツに付いた赤い染みは、次第に広がってゆく。リリムの胸中がざわついた。
(あんなケガしたまま、あんなに激しく動くから……)
脇腹を貫通した刺し傷は、今もなお血を垂れ流しにし続けている。平静を装っているが、ルシファーは痛みに耐えながら踊っていたのだ。
(先生……どうか無事でいて……)
小休憩が終わり、二曲目がスタート。次は少年漫画を原作にした人気アニメの主題歌が、熱い曲調で流れ出す。
彩夏もルシファーも、やはりノーミスで正確にステップを踏み続けていた。
(淫魔の癖にダンスで私と張り合えるなんて……だけど私には奥の手があるんだから!)
彩夏は踊りながらスカートのポケットに手を入れ、中にある小瓶の蓋を開けた。瞬間、ルシファーの鼻に香る甘い匂い。
「先生この匂い! 昨日の夜これ嗅いだら眠くなっちゃったんだ!」
リリムが叫んだ。たとえ寝ぼけていたとしても、決して忘れはしていない。
「えっ、匂い!? そんなの何も……」
その隣にいる信司は、匂いを感じられず戸惑っている。
「淫魔にだけ効く催眠の香か。なるほど、昨晩はこれでリリムを眠らせ俺の回復を封じたというわけか」
冷静に分析するルシファーであるが、だんだんと瞼が重くなってゆくのを感じていた。
痛みと出血に、眠気が加わる。ステップを踏むルシファーの足取りは鈍くなっていた。元々はルシファーを眠らせた上で殺すために用意した道具であるが、このゲームにおいても効果覿面だ。
気合いで目を見開き、筐体の画面を注視。集中力を高めて眠気に抗いながら踊り続ける。
(くっ……これで眠らないだなんて……)
当てが外れた彩夏は焦り始めるが、すぐに意識をゲームに戻す。
恐るべきルシファーの精神力。間近で催眠の香を嗅がされ続けても、決して眠りに落ちることはない。
だがルシファーは見落としていた。痛みと眠気による注意力散漫に加えて、曲と画面に集中するあまりそちらへの意識が向いていなかった。この極限の状態が、普段のルシファーならばありえないミスを引き起こした。
突然筐体の画面がルシファーの視界から下に向かってフェードアウトし、その瞳に映るのは領域の天井。程なくして、尻餅の鈍い痛みがルシファーを襲った。
『ルシファー、アウトー』
曲が途切れ、ブザーと共に無情なアナウンス。
ルシファーの足を滑らせたのは、足元のパネルに付着した自らの血液であった。
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