上 下
26 / 146
第一章

第26話 天からの使者・1

しおりを挟む
 日曜日。今日も朝からルシファーはリリムの試験勉強につきっきりであった。
 リリムは本来高校一年生相応の年齢であるが、歳を逆サバし二年生に編入している。淫魔学校で義務教育相応の教育は受けているものの、高一の過程がすっぽり抜けている状態である。今回はそこからまずしっかりと教え込んだ上で、試験で上位を取れるよう進めてゆく算段である。
 淫魔学校時代は密かに優等生だったリリム。彼女はやればできる子であり、教師の立場としても教え甲斐のある子なのだ。

「どうどう先生、この調子ならボクいい点取れちゃうんじゃないの?」
「まだまだだな」

 ルシファーのつれない態度も、今のリリムにはやる気の燃料である。


 だがそこに水を差す、何かの接近をルシファーは感じ取った。
 壁をすり抜けて正面から現れたそれは、ルシファーの首筋目掛けて一閃。白い刃が光る。
 ルシファーは左手に教科書を持ったまま、右手の人差し指と中指で剣先を挟んだ。剣はそこから時が止まったようにピタリと動かなくなる。
 が、そこに背後からもう一人。同じく首筋目掛けて振りかざされた刃を、ルシファーは瞬時に教科書を手放して逆の手で同じように受け止める。
 何が起こったのかもわからぬリリムは、ただ目を丸くしていた。はっとして、この場に侵入しルシファーに刃を向けた二人組を交互に見る。
 正面から来たのは、銀色の髪をショートカットにした女性。背後から来たのは緑色の髪の男性。二人とも歳は二十代ほど。共に銀色の鎧に身を包み、手には剣。そして背中には、純白の翼を携えていた。明らかにこの現代日本の風景には似つかわしくない風貌だ。
 リリムは戦闘装束でもあるサキュバス衣装に早着替えし、手にした三叉の槍を女の方に向ける。

「やめろリリム。お前の敵う相手じゃない」

 両手が塞がっていて手で止めることができないので、ルシファーは強い口調で静止した。リリムはびくりとして槍を収める。

「セレナ・ルメール、二十七歳処女、Dカップ。アゼル・コノート、二十五歳童貞。この歳まで純潔を貫くとは、流石天使様は貞操観念がお強いことで」

 ルシファーの眼を以ってすれば、たとえ相手が天使であってもその人物の情報を読み取ることができる。

「して、天使ともあろう者がこんな所に一体何用だ?」
「とぼけるなよ、淫魔“寝取りのルシファー”。貴様が淫魔の身でありながら天使の役職たるキューピッドを騙っていることを我らが知らぬとでも思ったか」
「それで俺を討伐しにきたと。生憎俺はお前達と敵対するつもりは無い。俺は今、脱衣ゲームを使ってカップル成立させ人間達を幸せにする活動をしている。その理念は本物のキューピッドと変わらない」
「貴様の言葉を素直に信じるとでも思ったか。自分で成立させたカップルを自分で寝取るつもりなのはお見通しだ」
「酷い言いがかりもあったものだ。ならばこちらにも考えがある」

 ルシファーは軽く手首を捻る。すると二人の天使の持つ剣が、根元からポッキリと折れた。

「生憎俺は暴力での解決はあまり好まないのでな。勝敗をつけるならばゲームでやろうじゃないか。丁度そちらは男女の二人組、俺のゲームにはおあつらえ向きだ」

 つい先日インキュバスを一人暴行の末殺害しておきながら白々しく言うルシファー。あくまでもあれはそういうルールのゲームだからというのが本人の言い分である。


 天使達の目に映る景色が、あっという間に変わる。先程までマンションの最上階にいたはずが、開けたグラウンドのような場所へと移動していた。

「そんな……我々がこうも容易く領域に引きずり込まれるなんて……ルシファーは弱体化したんじゃなかったんですか隊長!?」
「落ち着けアゼル」

 慌てふためくアゼルを宥めるセレナであったが、彼女の表情にも不安が見える。

「ルシファーは弱体化などしていなかったか、或いは弱体化した上でこの強さか。いずれにせよ我々は弱体化したという言葉に踊らされ、力量差を見誤っていた」
「ああ、流石天使兵の隊長ともなる者は判断が的確だ」

 悔しさが顔に滲み出るセレナを、ルシファーはあえて褒める。

「ようこそ愛天使領域キューピッドゾーンへ。これよりお前達には、俺達と脱衣ゲームで対決してもらう」
「キューピッドゾーンだと? ふざけたことをぬかすな」
「これは性行為に使う淫魔領域インキュバスゾーンとは違うという意思表示だよ。さて、今回のゲームは……」

 セレナは自身の足下が揺れ始めたのを感じた。瞬時にその場から退こうとするが、自身を取り囲むように張られたバリアに阻まれて逃げられない。セレナとリリムの足下の地面がせり上がって伸び、二人は等間隔で色分けされた円柱の先端に立たされていた。

「な、何だこれは!?」
「ボクまで!?」

 バリアに掌を付けながら、二人は見下ろす。ルシファーとアゼルの手元には、大きな木槌が出現した。

「巨大だるま落としだ。だるま落としのルールは知っているな。ブロックの塔が崩れないように気をつけながらハンマーで一番下のブロックを叩いて抜いていき、一番上の達磨を倒すことなく下まで落とすというゲームだ。今回は達磨の代わりに、それぞれのパートナーの女性を一番上に配置した。そしてこのゲーム、彼女達は決して救出を待つお姫様ではない。勝利のために自らも努力するプレイヤーの一人だ。下のブロックが抜けて上のブロックが落下すれば、当然彼女達の足場も揺れる。そしてそこでバランスを崩し床に足の裏以外の場所で触れる、或いは足場を囲うバリアに身体の部位を問わず触れた場合ミスとなり、服を一回分脱いでもらう」
「へへーん、ボク新体操部だからバランス感覚には自信あるんだー! 新体操部での活動まだ二回しかしてないけど」

 何にせよ運動神経抜群のリリムにとって得意分野のゲームであることに変わりは無い。
 リリムとセレナがそれぞれ立つ円の直径は、両腕を広げても円の中央にいればバリアに触れない程度。この狭い円の中で、絶えずバランスを取り続けなければならない。

「もし塔が崩れ女性が落下した場合は、ミス二回分の扱いとなり服を二回分脱いでもらう。なお衝撃は全てバリアが吸収するため、落下しても怪我をすることはない。そしてこれは脱衣ゲームであるため、塔を崩すことなく六つのブロックを全て抜き無事女性を一番下に下ろすことができても勝利とはならない。ブロックが全て無くなる、もしくは塔が崩れた場合、自動的に塔は最初の状態に組み直されることとなる。あくまでも勝利条件は、相手の女性を全裸にすることだ」
「何たる破廉恥なゲーム……貴様のような者がキューピッドを名乗るなど言語道断!」

 不快感を露にするセレナであったが、ルシファーはそれを意に介さず説明を続ける。

「脱衣中は塔のブロックが完全に静止するため、傾くことも倒壊することもない。バランスを取ることを考えず気楽に脱ぐといい。なお、脱ぐ部位はトップス、ボトムス、ブラジャー、ショーツの四つ。トップスとボトムスを脱ぐ際は、それぞれ上半身、下半身が下着一枚になるまで着ている物を全て脱いでもらう。なお現在のリリムの服装は三回脱いだら全裸となるため、四枚目の服の代わりに俺の命を賭けることとする」

 普通のルール解説の中にさらりととんでもないことを混ぜてきたので、リリムはぎょっとしてルシファーの顔を見た。

「ちょ、ちょっと待って先生! ボク他の服に着替えるから!」
「いや、そのままでいい。勝てば俺の首を獲れると思えば、天使兵どももやる気が出るだろう。心配するな、俺には勝つ自信がある」

 先程の余裕から一転して不安げなリリムに、ルシファーはそれを払拭するかのように不敵な笑みを見せる。
 対するセレナは、変わらず顰め面をしていた。

「どうするんですか隊長! あんなこと言ってますけど!」
「どの道この場に連れてこられた以上、ゲームをせねば出られはしないのだ。ならば我らが勝利し奴の首を獲るまでだ」
「ですが負ければ隊長は……」
「勝てばよいのだ! 直接戦闘するよりはまだ勝ち目がある!」
「りょ、了解しました!」

 叱咤されたアゼルは、慌てて敬礼。セレナはルシファーの賭けるものを聞いた時点で、覚悟を決めていた。

「更に補足として、このゲームでは叩いて飛ばしたブロックを相手の塔にぶつけることが許されている。上手く当てて相手を揺さぶるといい。それとこのゲームは、人間がプレイヤーであることを前提に作られている。しかし今回塔の先端に立つのはいずれも飛行能力を持った種族。そのため今回翼による飛翔ないし魔法等による空中浮遊は禁止とし、使用した場合は反則となり一回ミスした扱いとする。床やバリアに触れる面積を減らすため、翼や尾は仕舞っておくことをお勧めする」

 そう言われてセレナは翼を、リリムは翼と尾を消し人間同様の姿になった。

「さて、それではゲームを始めようか。挑戦者であるそちらに先攻と後攻、好きな方を選ばせてやる」
「と、言っているようですが隊長、どうされます?」
「先攻にしろ。一発目からぶつけてやれ」
「了解!」

 アゼルはハンマーを構え、しっかりと狙いを定め力一杯振る。心地よい打撃音と共に一番下のブロックが綺麗に打ち抜かれ、上のブロックはあまりずれることなく降下。
 セレナの身に生じる一瞬の浮遊感。直後ズンと揺れるが、セレナは両脚をしっかりと地に着け耐えた。
 飛ばされたブロックは、リリムの塔の最下段に的中。ブロックを少しだけ押し、最上段には横揺れが生じた。

「わっと!」

 声を上げるリリムであるが、足を後ろに踏み込み体重移動でバランスをとる。塔にぶつかったセレナ側のブロックは動きが止まると消滅した。
 まずはどちらも難なく耐え、後攻のルシファーにターンが回る。
 ルシファーは肩に担いだハンマーを両手で持ち、薙ぎ払うような動きで打つ。ブロックが抜けて降下したリリムは、ブロックをぶつけられた時の横揺れとは違う縦揺れに対応するためしっかりと踏ん張った。なお、足場が縦に揺れても横に揺れてもリリムの胸が揺れることはない。
 火花を出して吹っ飛んだブロックはセレナ側の最下段を打ち抜いて吹き飛ばす。ぶつかった衝撃の直後に落下の衝撃が来て、最上段のセレナは体がぐらついた。前のめりに倒れ込み、床に掌をつく。
 あまりのパワーの差に、アゼルは絶句していた。天使兵として鍛えてきたアゼルは、腕力には自信があった。にも関わらず、まるで大人と子供のような差を見せ付けられる格好となった。目を見開き心臓が強く脈打ち、全身から冷や汗が出た。

「これでそちらはワンミス。さあ、服を脱いでもらうぞ」

 ルシファーのその一言で、アゼルの緊張の糸が切れる。無意識に視線をセレナの方に向けると、二段下がってアゼルからも少し姿を見易くなったセレナは無言で鎧を脱いでいた。銀色の鎧のパーツを一つ一つ外していき、黒のインナーを脱ぐと灰色のスポーツブラ状の下着が露となる。

「これで満足か」

 先に脱がされた立場ながらセレナの闘志は微塵も減っておらず、憎まれ口を叩きながら地上のルシファーを睨む。

「さあ次はお前の番だ。唖然としている場合ではないぞ」

 対するルシファーはセレナとの会話を拒否し、アゼルの方を煽った。アゼルのハンマーを握る手に力が入る。

(隊長をこれ以上脱がせてなるものか! 俺達の手でルシファーを倒すんだ!)

 先程よりも力んで振ったハンマーがブロックを突き飛ばすと、それに引きずられる上のブロックの動きも大きくなった。だが上半身の鎧を脱いで少し身軽になったセレナは今度は倒れることなくバランスをとる。
 ブロックは力みすぎた反動か、アゼルが本来想定していたコースを外れて飛んでいった。中央に当てることを狙っていたつもりだったが、アゼルから見て右サイドに当たったのである。だが、結果としてそれは功を奏した。アゼルの想定していなかったコースは、リリムの想定していなかったコースでもあったのである。中央に来ると思って動いたリリムはサイドからの揺れに対応しきれず、よろめいてバリアに手をついてしまった。

「あっ……」
「こちら側のワンミスだな。リリム、ルール通り服を脱げ」
「はーい」

 表情一つ変えず言うルシファーに、リリムはちょっと不機嫌そうに返事。スカートの両サイドに付いた紐を色っぽい仕草で同時に引くと、スカートはするりと落ちた。昨日買ったばかりである白いローライズの紐パンがお目見え。

「どうどう先生、今日のぱんつ可愛いでしょ!」

 明るく笑って下着を見せびらかすリリムであったが、ルシファーは無反応。

「あ……ごめんなさい先生」
「構わん。次に備えろ」

 ルシファーがハンマーを構えると、リリムは降下に備えた。

(このゲームは先生の命がかかってるんだ。おちゃらけてなんかいられない。ボクの責任重大だよ……)

 そう思った途端、突然脳裏にルシファーの生首が転がる情景が浮かんだ。全身に鳥肌が立つ。一瞬でもそんなことを想像してしまった自分が怖い。
 身震いして目を閉じたその瞬間――足下が揺らいだ。ルシファーが最下段のブロックを打ち抜き、リリムの立つ足場は降下。最も油断した瞬間にそれをされて、リリムは全く対応しきれぬままうつ伏せに倒れた。

(あっ……)

 気付いた時既に遅し。ばったりと床に腹をつけたリリムは、血の気が引いていくのを感じた。

(もう最悪だよ……ボクが先生の足を引っ張ってる……先生一人でやるゲームなら余裕で勝てたのに!)

 あまりにも無様なミスでルシファーの命を縮めたことに悔しさを滲ませるリリムは、両の拳で床を叩く。

「こちらは一枚、あちらは二枚脱衣か」

 と、そこで急に発せられたルシファーの声を聞き、リリムは顔を上げる。相手側の塔は崩れており、セレナは地面に落下していた。
 リリムが集中を欠いていたので、わざと転ばせた。ルシファーはそういうことをやる男だ。だが決してただ敵に塩を送ったわけではなく、失ったもの以上のものをしっかり得ている。

「立てリリム。俺はお前を信頼してパートナーにしたんだ。俺はお前がやればできる奴だということを一番知っている」
「先生……」

 叱咤を受けたリリムの目に、闘志が宿る。すっと立ち上がったリリムはルシファーの方を向くとビキニトップを脱ぎ捨て、小さな胸を露にした。

「うん、ボクもう倒れないよ!」

 トップレスで腰に手をあて、鼻息荒く笑ってみせる。ルシファーの口角が僅かに上がった。


 一方の天使側。愕然として肩を落とすアゼル。セレナは拳を握って肩を震わせ、ルシファーをまっすぐ見つめていた。

「隊長……」
「これがルシファーの力か……だが我々は負けられぬ」

 立ち上がったセレナは下半身の鎧を脱ぎ捨てる。飾り気の無いグレーのショーツが露になるが、今回はそれだけでは済まされない。落下により二回分脱がねばならず、それ即ちブラジャーも脱げということだ。
 ここまでは比較的堂々と脱いでいたセレナであるが、ブラジャーを掴んだところで手が止まる。固唾を呑んで見守っていたアゼルが、流石にこれには抵抗があるのかと思った矢先のこと。セレナは先程リリムがやったように、アゼルの方に正面を向けた。ぎょっとするアゼルの見ている前で、セレナはアゼルと目を合わせないように俯きながらブラジャーを一気に捲り上げた。
 姿を現す際にぷるんと揺れた胸は巨乳と言えるか言えないかという程度のサイズで、乳首の色は茶色。一度はアゼルに堂々と全部見せてくれたものの、ブラを脱ぎ捨てるとすぐに両掌で隠す。

「……あまり見るな」
「申し訳ありません! 隊長!」

 思わずガン見していたアゼルは、全身を震わせて敬礼した。だが伏し目がちで頬を染めて言うセレナに、アゼルの心臓はますます高鳴るのである。
 五年も同じ職場で働いてきたが、おっぱいは勿論のことセレナの照れた顔を見るのも初めてであった。
 問題は、何故わざわざこちらを向いて脱ぎおっぱいを見せてくれたかだ。

(淫魔に見られるくらいなら俺に見られた方がマシ……うん、きっとただそれだけ)
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

寄せ集めの短編集

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:5

妹と違って無能な姉だと蔑まれてきましたが、実際は逆でした

恋愛 / 完結 24h.ポイント:404pt お気に入り:5,370

眠姦学校

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,540pt お気に入り:122

[完結] 残念令嬢と渾名の公爵令嬢は出奔して冒険者となる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:13,774pt お気に入り:713

ホウセンカ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:14

ショタロリ金髪淫魔のメイドと同棲することになりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:21

見習いサキュバス学院の転入生【R18】

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:347pt お気に入り:45

処理中です...